夢戦士伝説
六本木心中
(16)
本来、恭介や勇太郎――体術を使う男六人の夢戦士には、呪文を必要としない分、 魔法のように大多数の敵を一気に殲滅するような…あるいは、広い範囲の環境に変化 を及ぼすような技は、ほとんど存在しない。 これは、戦いにおける両者の役割上、魔法を繰る者の呪文詠唱時のタイムラグをフォ ローするため、その速攻性を重視していることに他ならないのだが……。 それとは別に、『守護心』に授けられた両者の力の引き出し方にも、深い関与がある。 つまり、生身の肉体ながら、『呪文』という、力の出力調整を備えているがゆえ、条件 さえ合えば、理論上「守護心」の力を100%に近い状態まで引き出せる知子たち魔法 使い―――もっとも、彼女達の場合、魔法の行使に必要とされる『魔力』というものは、 有限なものであり、また感情の起伏などによって増大することはなく、どんなに強大な 呪文を唱えることができても、その状況において『魔力』が足りなければ、発動させる ことはできない。 対して、 強靭な肉体を授かり、呪文というタイムラグなしに力を引き出せる代わりに、その力の 発動は、いかに『氣』の力を増幅・爆発させるかに関わってくる、恭介たち戦士タイプ。 但しむろん、外部からの力を借りる魔法とは異なり、彼らの能力は、あくまで己の気力 と肉体がその根源となっているため、強化されたとはいえ、その自らの肉体を破壊して しまうほどの力の発動はできないように、これは個々の『体力』によって制限されてい る。 例えて言うなら、疲れきった身体では、全力疾走ができないように。 すなわち…魔法使いの『魔力』、戦士タイプの『体力』――― これは言うまでもなく、彼らの「守護心」が彼らに力を授ける際、宿主となる非力な人間 の肉体を考慮し、設けた『リミッター』といえるだろう。 しかしながら、そんな「守護心」たちの配慮も、すこしばかり見立てが甘かった。 そう…時として人は、その肉体をも破壊しかねないほどの感情の高ぶりを得てしまうこ とに。 特に、己が意思…感情の高ぶりが、そのまま『氣』の充実に関わる、男6人の戦士た ち――彼らの能力はその発動特性ゆえ、彼らの身に著しい感情の変化が起こった場合 ごく稀にではあるものの、魔法によるそれを凌駕する凄まじいまでの破壊力を生み出し てしまうものもあったのである。 つまり、通常は人の身であるがゆえに抑えられているそれぞれの守護心の力を、 身を焦がすほどの感情の変化…夥しい怒りや憎悪の感情が、『リミッター』を解除し、 それを百パーセント引き出してしまうのだ。 特に恭介の場合、普段あまり感情の変化を見せないため、その反動は大きく、なんら 渡してしまう―――いわば、外見は恭介のままだが、その実、『決して超えられぬ壁』と 代わってしまうのだ。 眼前の敵を倒すという、破壊衝動のみで思考行動するようになり……さらに、『恭介』 が恭介であるときには、決して使えない『華晶拳』の攻撃技の数々を繰ることが可能と なる。 せたものだと思えば良い。 が、むろん、その効果のほどはそんな単純なものではなく―――
「ぐおおおおおおおおおっ!」 両手を広げ、獣じみた雄叫びをあげる『恭介』。 それに伴い、周囲の霊気が『恭介』を覆う青白い球状になった。 ずっ……… やがて、息を吹き込まれた風船のように、それは膨らんでいき…… ずずず……っ……… 周囲のあらゆるものを削り取っていった……… そう、『恭介』の周囲の景色がその空間ごと消滅していくように。 また、その一方、 「うわああああああ!」 空中の景色させ削り取り、徐々に近付く青白い球に恐怖の色を示しつつ、今もなお絡 み付く霊気の糸を必死に断ち切り続けるマリオネット。 だが、斬っても斬ってもなお数を増やし生えてくる霊気の糸はキリがなく――― あたかも、イソギンチャクに捕らえられた小魚のように、もがくのみ。 「…くっ……!」 そしてもはや、足元にまで及び、濃青の度合いを占めた『球』を回避する手段がなく なったことを知ると、 また、今までのマリオネットの声ではなく、本来の、混沌に属する者の声で……。 つまり、本気の…最大限の力を以て、青白い球に対抗する力を発動させた。 ぶ…ぶぉぉぉぉんっ!! 青と黒の球……二つの接点が急速に近付き、やがて…… ばああああああああああああああんっ!! 耳をつんざく破裂の大音響。 二つの巨球は砕け散った。 そして…………………、 後には、何も『無く』なっていた。 茂る森も、その下生えも、何もかも………。 唯一、大地をえぐる巨大なクレーターの奥底に、横たわる恭介の姿を除いて……
そして、天高く空中、 「や……………やったのっ!?」 長い刹那の沈黙の後、興奮気味に驚疑の声を上げる蓮と、 『………………。』 声もなく、ほっと安堵の息をつく知子と勇太郎。 三人は、立ち込める砂煙が晴れるのを待ち、高度を下げ、横たわる恭介の傍らに 舞い降りた。 そう――― あっけなく―――と言うには、あまりにも語弊があるような気もするが、 とにもかくにも、戦いは終わった……。
「……よかったな。この程度で済んで……」 力を使い果たし、気を失った恭介を担ぎ上げ……開口一番、勇太郎は心底疲れた顔 で呟いた。 やはり疲れた口調であいづちを打つ知子。 「…だな。けど…ま、良く考えりゃ、前の戦いで使い果たした力、二年ばっか眠ったくれ ーで回復しきってるわきゃねーもんな。」 「……?」 意味不明の二人の会話に訝しげな顔を浮かべる蓮。 「あ…そっか。…いや……あのね、あんたはただ恭介が勝って嬉しいだけかもしんない けど………… 蓮の様子を見越し、知子はややシニカルな笑みを浮かべつつ言う。 「え……?ど、どうって……アレ……本気じゃなかったの?」 「…たりめーだろ。十分の一もいってねーんじゃねえか? 第一、もし、全開でやられて たら、ここら一帯…いや、このへんを境に日本が真っ二つになってたかもしんねー…っ と、よいしょ…ロクに食ってねーくせに、重ぇな…コイツ……」 滑り落ちそうになる恭介を背負い直しつつ、あっけらかんと言う勇太郎の言葉に、 「……!!」 驚愕の表情を浮かべ、立ち止まる蓮。 『残り香』で無事だったみたいじゃん」 さらに知子は付け加えつつ、辺り一面、赤茶けた荒野と化した大地の中、ぽつんと聳 える東京タワーを指差す。 それは同時に、マリオネットにかどわかされた人々の無事を示していた。 なるほど、皮肉にもマリオネットがかけていた結界のおかげで、激戦の影響を受けず にすんだということか…… ………いや? それは、少しおかしな話ではないだろうか。 術者本人が滅びても、結界という術自体の効果は残るものなのだろうか……? ………………。 果たして、その事に気付いているのかいないのか、三人、いや勇太郎に担がれた恭 介を含め四人は、疲れ果てた足取りを東京タワーに向けた。 六本木に残してきた子供たちの、両親たち……その再会を果たすため。 彼らの救出に向かうべく………。
そして数日後、 「じゃ、行くか……」 蓮の家の前、復興の兆し…と言えるかどうかは分からないが、ともあれ人の活気 を見せ始めた街を見渡しつつ、知子と勇太郎は、バッグを担ぎ上げた。 また、囚われていた人々の中には、六本木以外から集められていた者も数多くいた が、むろん、マリオネットの存在がなくなったからといって、周囲に徘徊する妖魔や狂獣 への恐怖まで終え去ったわけではなく――そのほとんどはこの街に移り住むことになっ た。 加えて、知子が街の周囲に破邪の魔法封印を施したことにより、妖魔の類もそう簡単 には、この街に近寄れなくなり――――危険と恐怖は格段に減り…… そう、かつての喧騒…とまではいかないまでも、六本木は、平穏と人々の賑わいを取 り戻し始めていた。 そんな中、 「おい…知子」 「……ん…」 促す勇太郎の言葉に、知子は見入っていた街並みから目を戻し、 「そうね。じゃ、蓮、あとのこと…と、恭介のことお願いね…っつても、どーせしばらく起き ないだろーから、なんもすることはないけど…」 苦笑を浮かべ、正面の蓮へと目を移す。 ちなみに、恭介は、担ぎこまれた廃墟にて、再び深い眠りについていた――が、それ は別に改めて記すまでもないことだろう……。 ともあれ、 「ど…どうしても行く…の?」 視線をやや落とし、悲しげな声で二人の胸に問い掛ける蓮。 「ん、ま…まあ…な」 勇太郎は少し困った顔になり、答を知子になすりつけるように首を回した。 しかし知子も、答を言葉にすることなく、ただ哀しげに笑みを浮かべるだけ。 そして、蓮は二人の心情を伺うように、ちらり目線を上向きに、さらに問い掛ける。 「あ、あの…さ、あたしも行っちゃ………ダメ…かな?」 「………」 知子と勇太郎、二人は、無言で別々の方向に視線をずらせた。 「だって、だって、あの子たちの親も戻ってきたし、あたし一人だけなんだもん……普通 の人間じゃないの……」 訴える蓮の声はうわずっていた。 夏の優しい風が吹き抜ける間、三人の周囲を沈黙が包む そして……… 「……ま、いっか、な?」 くわえ煙草の向こう側、はにかんだ笑みを浮かべる勇太郎。 「……そうね。それじゃ―――邪魔ンなんないようについてきな!」 そして、知子がとびきりのウインクを付け足した。 とぎれた雲の合間から、眩しい太陽が顔を覗かせる…… 「う、うんっ!!」 同時に、蓮の顔が一際輝いた。
………で……。 「………え…えっと…………」 目を点にし、呆然と立ち尽くす蓮の足元にて――― 「おぉ☆こ、こりゃあ……ギロー(ブランデー)のエクストラじゃねえか!?」 「…………」 「あはッ☆やりぃ! 割れてないミキシンググラス見っけ♪ これでマンハッタンでもマテ ィニでもつくれるわよぉ〜☆」 「…………」 目の色変えて、目当ての酒を探す知子と勇太郎………。 やはりかつては酒場だった跡であろう場所に、三人は居た。 加えて言うなら、蓮の家から五十メートルも離れていない廃墟の地下である。 やがて、 「ちょ…ちょっとぉぉぉっ! 何なのよぉぉぉぉっ!!」 「ぅおうっ!? なんだなんだ!? おんめ〜急に大声だすなよ!」 っことすとこだったじゃない!」 蓮の突然の大声に、知子と勇太郎はそれぞれ手にしていた高級酒のボトルを落としそ うになり、憤然と抗議する。 だがむろん、それに怯む事なく、蓮の顔は真っ赤に染まり…… 「な、何なのよっ!これわっ!? 旅に出んじゃなかったのっ!!」 廃墟内に怒声が響き渡る。 「………?……」 だが、知子と勇太郎は互いに顔を見合わせ、一瞬躊躇したものの…… 「あぁ〜?旅ぃ……? おいおい、じょーだんはやめてくれや。俺ぁ長いことかけてやっと こココにたどりついたんだぜ……今さら、どこ行けっつーのよ?」 「そーそー。馬鹿なコト言ってんじゃないわよ。第一、あんた、こんなスケベと寝食共にす るつもりだったの? 言っとくけど、あたしゃ絶対イヤだかんね!」 「………おい?」 まったくの愚問とばかりに口々に言いつつ…知子の台詞に、勇太郎は何か言いたげ な目線を向ける。 その一方、蓮はそんな二人の答にやや鼻白み、 「だ…だって、こういう場合、はぐれた仲間を探して……ってのが、相場じゃない…の?」 それでもおずおずと口ごもった口調で訴える。 だが、 なしちめんどくせーことすっかよ。だいたい、ンな殺しても死なねえ奴等探して歩くよりな …ここの酒がなくなっちまわねえうちに飲んじまうってー方が百倍重要……って、おい知 子!その『季風(日本酒)』は俺んだって……」 「そうそう、人間安全なとこに居んのが一番なの!それに、心配しなくても待ってりゃそ のうちみんな勝手に寄ってくるわよ☆」 蓮の言葉に吐き捨てるように答える勇太郎と、その目を盗み、掠め取った酒瓶を片手 に小躍りしつつ言う知子。 やがて再び、アル中二人の夢戦士は、再びガレキに埋もれた酒の争奪戦を始め…… そして、蓮は――― 「…………………。」 やはり呆然と……いつまでも立ち尽くしたのだった…………。
……そして………… 寒風吹き荒ぶ極寒の地にて――― 積もる雪よりなお白い、長い爪を伸ばした細い指先が――― 「アーラ、こんなトコロに……?」 純白の大地に突き刺さる黒い結晶を取り出した。 「ふん、何よ。気が向いたら行ってやろうと思ってたのに……自分の方から来ちゃうと はね………………マリオネット」 強風に乱れる漆黒の髪を整えることもせず、妖艶な女性のシルエットは血の色の唇で 黒の結晶に軽く口付けた………。
夢戦士伝説・U〜六本木心中〜 完。 |
あとがき
え〜、……とまあ、そんなわけでして………(気まずい笑みを浮かべつつ…) 『夢戦士伝説・U〜六本木心中〜』、ここにお送りいたしました次第でございます(^^; いや〜、「とりあえず原案は完成してるし、あとはちょいと手直しするだけでだいじょぶ だろ☆」 など…と、カルい気持ちで始めた、この物語…… でもしかし、原案が十ン年前のモノだっただけに、ここ最近、急変した時代の流れにつ いていけないところも多々あったりして……(いや、それわストーリー上、あんまし関係な かったよーな……(^^;) と…ともあれ、 当初の予定では、3回に分けるくらいで、ひと月ほどで完全アップできる予定だったん ですが、それがまあ…なんとゆーか…3ヶ月もかかってしまい………(汗) ……まあ…尽きない言い訳はその辺にして…… ちなみに、この作品…舞台の前後ともに、まだまだ世界は広がります。 すぐにでも、次章…あるいは前章を、お目にかけたい☆ と思ったりなんかはしてます…が、 そろそろ、本業(えっち)もなんとかしないといけませんし…(なにやら冷たい視線も ひしひしと感じますし…(^^;) 乱心(?)は、とりあえずここで中断させていただきます(^^ゞ (でも…いずれまた、折を見て、こっそりと……(笑) では、 最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました☆m(_ _)m |
2002年5月1日、るますりー。
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