夢戦士伝説・U

有楽町で遭いましょう

(3)

「う…うわ……」

「き…聞きしに勝る…とはこれのことだな……」

 眼前に広がる累々たるガレキと廃墟を見詰め、蓮と勇太郎は呆然と立ち尽くした。

 ある程度、予想はしていたものの、現在の銀座の様相は、二人の想像をはるかに

上回るものであった。

 ささくれだったように隆起し、或いはえぐられたように陥没しているアスファルト……

 かつて建物だったであろうその破片が積み重なり、出来上がった大小様々な奇妙

な山々……

 ……どこまでも広がるコンクリートの墓場……

 これが、今の荒れ果てた銀座の第一印象であった。

「そ…そうか……植物の急成長とかがなかったから、土の隆起とかがなくて……」

「そう。地面が馴らされることもなく、また熱波や寒波が押し寄せたわけでもないから

風化することもなかったわけ…よ」

 何とか声と推測をしぼりだした蓮に穏香が静かに答えた。

「ま、こんなとこで眺めてても、景色が変わるわけじゃないし、とにかく人の住んでると

ころまで行きましょうか」

「…ん」

「ああ」

「あ、途中結構段差がきついところもあるから、気を付けて着いてきてね」

 言って穏香は浮遊の呪文を唱え、ぷかりと宙に浮かんだ。

「え…? あたしらもそれで連れてってくれるんじゃ……」
                                         
 マーフ
「ああ、ごめんね。私、『風』系列の呪文と相性悪いんだ。だから私の『遊飛』って一人

用なの」
                    
 イーザ
「じ…じゃあ、知子さんも使ってた『皮翼』とかっての使えば……」

「あー、だめだめ。あんなのなおさらよ。発動すらしないわ。さ、行くわよ」

 あっさり言い切って、穏香は空中でくるりと二人に背を向けた。

               

「はあっ…はあっ……ち…ちときついなこりゃ……」

 五つ目のガレキの頂を登りきり、勇太郎は荒い息を着くと共に天を仰いだ。

 最短距離を行く、と言った穏香の後に着いていってみれば、そのルートはかなり過酷

な道であった。ガレキの山々を越えていく、と簡単に言ってしまえばそれまでなのだが、

なにしろそのガレキの量が量である。越えていく『山々』には数十メートルに至るものも

少なくなかった。そのうえ、その多くはただ崩れるままに積み重なった…といったもの

がほとんどで、足場の悪いことこの上なく、超がつく身体能力を持つ蓮と勇太郎の運動

神経を以て、何とか登れるといった代物であった。

「よっ……とぉ! はぁっ…つ…着いたぁ……」

 最後の足場から大きくジャンプした蓮も勇太郎の隣に着地する。

「お…おい、蓮、そんな派手に飛んでくんなってばよ! また崩れっちまったらどーすん

だよ!?」

「だぁぁってぇ、こんなの、えっちらおっちら登ってらんないよ……」

 迷惑そうに言った勇太郎に、蓮は口を尖らせる。

 が、しかし……

 がらがら……

 不吉な音が、足元から聞こえ、

「……え?」

 踏み締める頂に微弱な震えが走り、それは即座に激しい震動に変わった。

「だぁぁぁぁぁっ! ほらみろっ、いわんこっちゃない!」

 粉塵を巻き上げ、沈んでいく『山』。

 叫ぶ勇太郎は、ジャンプ一番、板状の岩塊に飛び乗り、巧みな足捌きでそれをコン

トロールして、スノーボードよろしく崩れる斜面を滑り降りていく。

「ひぃぃぃぃぃっ! も…もうやだよぉっ、こんなとこぉっ!!」

 また、蓮も崩れる瓦礫と同じ速度で斜面を駆け下り、滑り落ち崩れるガレキに飛び乗

り、また次の足場を求め、飛び移っていった。

「あーあ……学習能力ないわねえ……」

 そんな二人を、ぷかぷかと宙に浮かぶ穏香が冷ややかな目で見下ろしながら、その

後を追った。

「はーっ! はーっ ま…穏香よぉ…ま…まだ…けっこうあんのか? そ…その…人の

いる場所までは……」

「ぜーっ! ぜーっ! あ…あたしもうだめ……ちょっと休ませ…て……」

 崩れ落ち、かなりその背丈が低くなったガレキの山を背に、荒い息を着いてぐったり

とその場に横たわる勇太郎と蓮。

 二人が壊した『山』はこれで都合三つ目である。強靭な体力を誇る二人もかなり疲

労の色が濃くなっていた。

「ま…穏香さぁん…せ…せめて…も…もうちっと、マシな道は…ないの……?」

 首だけをごろりと傾け、問う蓮に穏香は……

「あるわよ」

 あっさり言ってのけた。

「…………!」

 二人の目が点になる。

「あはは、あったりまえじゃない。じゃなきゃここに住んでる人達が不便でしょうがない

でしょ?」

 ころころと笑いつつ軽い口調で言う穏香。

「なななななななっ! な…なら、何で最初からそっちに行かないのよっ!?」

「え…何でって、だって、二人の体術見ときたかったんだもん。これから地下に潜って

パーティ組むのに、力量知っとかないとまずいでしょ? 魔法使いの私としては。

 要所要所で、どの術を使うとかにも関係してくるし……」

 いかにもそれが愚問であるかのように、きょとんっとした表情で答える穏香。

「だ…!? だからって……こんな…」

「やめとけ……ムダだから。言っとくけど、こいつ、知子よりもっとタチ悪いぞ……」

 なおも反論しようとする蓮を制し、うんざりしきった様子で勇太郎は首を横に振った。

 しかし、そんなことでは納得がいかない蓮は、

「んなこと言ったってねー……ん?」

 勇太郎に向かって口を尖らせた。と同時にかすかによぎった気配から、ある事をひ

らめく。

「じゃ、ついでに戦士二人の体力が尽き、そこへ現れた敵に対してかしこい魔法使い

さんはどう対処するのか……、それを見せてもらおうかな?」

 口元に笑みを浮かべ、言った蓮の言葉が終わるか終わらないかのうちに、忍び寄

る気配がより濃厚なものとなり……

 がらがらっ! ぐぁばぁぁぁっ!!

 積み重なったガレキが爆発したように噴出し、そこから現れたのは、こめかみ辺り

まで裂け吊り上がった瞳のない眼を持つ五体の毛むくじゃらの巨人であった。

「ふ…ん、トロルか……」

 面倒臭そうに言葉を吐き出した勇太郎の言う通り、身の丈三メートルほどのこの巨

人はトロルと呼ばれる怪物である。

 その風貌が示す通りの凶暴な性格、体躯の割に身軽で俊敏。並の人間なら一撃で

叩き殺せる力を持ち、両手の五指に鈍い光を見せる爪は鉄板さえも切り裂いてしまう

切れ味を持っており、勇太郎や蓮のような超人でも、肉弾戦においては、油断すれば

足元をすくわれかねない難敵である。

 また、この怪物の最も特筆すべきは、その恐るべき回復能力にある。ただでさえ強

固なその皮膚は、少々の傷を負っても、瞬時にその傷口を塞いでしまうし、仮に五体

ばらばらに切り裂かれても、ものの数分もあれば完全に復元してしまうという。

 とはいえ、勇太郎と蓮が牽制している間に、穏香が大きな呪文を唱えてしまえば、

どうという相手ではないのだが……

「さ、どーする? 穏香さん。あ、言っとくけど、地中での戦いのシミュレーションなん

だから、空中に逃げるのはなしだよ」

 言って、意地悪い笑みを穏香に向ける蓮。

 どうやら、先程の仕返しとばかりに手を出す気はないらしい。大きく飛び退って、穏

香の背後に立った。

「あ、おい蓮……って、もお遅ェか、ま、いーや。んじゃ、俺はこっちで見物させてもら

うわ…」

 何か言いたげな勇太郎であったが、途中言葉を引っ込め、垂直にジャンプすると、

背後のガレキの山の頂上に立ち……

 がらがら……ぐしゃーんっ!

 その衝撃で崩れた瓦礫の中に埋まった。

『ばか……』

 そちらを見ることもなく呟いた蓮と穏香の声が重なった。

「さてさて、穏香さん、どーする? なまじっかの呪文じゃ、あいつらすぐ復活しちゃうよ。

……って言っても、トロル五匹相手じゃ、おっきい呪文を唱えるヒマがあるかどうか……」

 穏香の背後から、慌てたようなそぶりをみせ、急かすように言う蓮。むろん口元には先

程と同様、意地悪い笑みを浮かべている。

 しかし穏香は、そんな蓮の声など聞こえない風で、疲れたように溜め息をつく。

「ふん……全部退治したと思ってたけど、まだこんなにいたとはね……ったくどこからわ

いてくるんだか……」

 その間に、それまで、じりじりと間合いを詰めていたトロルの一匹が、距離を見定めた

か、地を強く蹴り飛び掛かってきた。

「ちょ…ちょっと穏香さんっ! んな呑気なこと言ってる場合じゃないって! ほら来る

よっ!」

 迎撃の態勢すら取らぬ穏香に、さすがに蓮もあわてふためく。ちなみにこれは演技で

はない。

 もはや眼前に迫る凶悪なトロルの爪。

 やむなく、蓮は穏香を横に突き飛ばし、自らが迎撃しようと穏香の肩に手を掛ける…

…が、
 ビーフィーター
「猛足獣!」

 びゅっ!

 呟くようにぼそりと言った穏香の言葉で、蓮の周りの景色が流れた。

「わわわわわっ!? なっ…何!?」

 仰天する蓮だが、それは、たった今二人に襲いかからんとしていたトロルも同じ。

 急に眼前の獲物が消えてしまったのだ。繰り出した爪のやり場がなくなり、勢い込んだ

身体を一回転させて、前につんのめるのを防ぐと、即座に周囲を見回し、二人の姿を追

う。

「な…何よぉ? こ…これ……?」

 再度、驚きの声を上げる蓮。

 それもそのはず。蓮と穏香の二人は、今までいた場所から五メートルほど距離を置い

た場所に立っていたのだ。

 そう、あたかも立っていた地面が真横にスライドしたかのように。

 だが、驚くべきはそれだけではない。驚愕の表情で自らの足元を見下ろす蓮の視線が

示すように、二人が立つ足元一メートル四方の大地が、わさわさと動く短い『毛』のような

物に変わっていたのだ。

「ん? コレ? これはね、地精に働き掛けて足元の土砂を……って、ちょっと待ってね、

あとでゆっくり説明したげる」

 何くわぬ顔で答える穏香だが、その間に二人の行方を知ったトロルが後ろに控えてい

た仲間と共に猛然と襲いかかってきた。

「いい?ま、あなたの運動神経ならだいじょぶだと思うけど、スケボーに乗った感じで…

ね。あびっくりしてもジャンプは厳禁よ。振り落とされるからね。

 んじゃ、GO」

 抑揚のない穏香の声に反応したように足元の『毛』がざわめき…疾りだす。

「わわっ! ち…ちょっとぉっ!」

 蓮は、強く後ろに引っ張られるような感覚を覚え、堪らず穏香の肩につかまり、首をす

くめた。

 びゅっ!

 二人は、まさしく高速で走るスケートボードに乗っているかのように、向かい来るトロ

ルの間をすり抜けた。

「ま…穏香さん」

「なに?」

「どーでもいーけど、このわさわさ……足の裏が気持ち悪い」

「んふ…ま、ちょっと我慢して。もっかいやれば、ポジショニング完成するから……

 ほうらっ! こっちよぉっ!」

 またも二人を見失い、狼狽するトロルの背後に立ち、穏香は挑発するように手を大き

く振った。

 一応、馬鹿にされていることが分かるのか、その醜悪な顔をさらに醜く歪め、再度強く

地を蹴る五匹のトロル。

 そして穏香は再び『毛』を操作し、

「ち…ちょっと、穏香さん!? 向かっていってどーすんのよぉっ!」

 蓮の言葉通り、トロルの眼前まで迫ると、急制動をかけて、真横にスライドさせた。

「うぐっ! だ…だめ……酔いそう……」

 前後左右に揺さぶられ、青ざめる蓮。

 しかし、それよりたまらなかったのはトロルの方。まさか向かってくるとは思っていな

かった穏香たちに驚き、つんのめった先頭の者に後続がなだれこんできて、その場に

覆い重なるように倒れ伏した。

「よしっ!」

 指をパチンっと鳴らし、術を解く穏香。途端に蓮の足元のわさわさがなくなる。

 そして、穏香は間髪入れずに、唱えておいた呪文を発動させた。
 ツェネライバー
「氷  牙!」

 ぐしゅっ!

 穏香の言葉に応え、地中より波打つように発現した巨大な氷の刃が、積み重なった

五匹のトロルを串刺しにした。

 グアアアアオオオオオッ!

 絶叫を轟かせ苦痛にもがくトロルたち。だが、さすがに強力な再生能力を持つ怪物、

普通なら即死しておかしくないこの状況で、絶命に至っていない。

 そればかりか、腹部を貫く氷の刃が溶けるにつれ、その傷口が塞がりつつあった。

「う…うわ…気持ち悪………っと、ほ…ほら、穏香さん、まだみたいだよ……どーすん

の? あのまんまじゃ、あいつらすぐに復活しちゃうよー」

 トロルの不気味な再生過程を目の当たりにし、気持ち悪さが増す蓮だが、持ち前の

負けん気からか、なんとか取り直し、なおも穏香を急き立てた。

 が……

「ふふ…」

 覗き込んだ穏香の表情には、焦燥も恐怖もなく、代わりに興味深い実験材料を見付

けた狂気の科学者のように不気味な笑みを浮かべていた。

「げ………」

 ただならぬ様相に、思わず『引く』蓮。

 そして穏香は第三の呪文の詠唱を始めた。

 闇より来たれ魔王の雫……

 念を集中する穏香の眼前に、染み出るように現れた黒い煙が漂い始め……

 黒き滴りを以て血肉を喰らい、塵と成せ……

 複雑な印を結ぶ穏香の動作に呼応するように『煙』は凝縮し、やがて小さな黒い点と化

す。
 
ジ   タ  ン
「塵散崩滅!」

 魔力の解放と共に、ゆっくりとやや上向きに手を掲げる穏香。

 と同時に黒い点は穏香の眼前から消え、穏香の指し示す方向…氷の刃の切っ先へと

転移する。

 そして、切っ先に触れた瞬間、黒い点はその場で弾け、染み出した黒い液体…いや粒

子のようなものが、瞬時に氷の刃と五匹のトロルを包み漆黒に染め上げた。

 やがて、

 ぴしっ………

 その全てに無数の亀裂が走り、微かな音のみを残して、氷の刃と五匹のトロルは黒い

塵となってぱらぱらと崩れ落ちた。

 あとには、地面に積もる黒い粉の山となってわだかまるのみ……

「あ……」

 一部始終を見終え、目をかっ開き、あんぐりと口を開けたままその場に固まる蓮。

 そして、

「どう? 一応、地下でのシミュレーションってことで、振動を与えない術のコンビネー

ションやってみたけど……こんなもので、私の力量見定めてもらえたかしら?」

 差し込む陽光に眼鏡をきらめかせ、振り返った穏香は、にっこりと微笑んでいた。


  

(4)へつづく。

 

   

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