ロフト・イン・サマー・V

Last Night〜長い長い最後の夜☆〜

(7)

 エピローグ。

「お待たせ!」

 背後から、元気よく掛かった声で、

「おー」

 別荘の出入り口、垣根の脇にしゃがみ込んでいた剛は立ち上がった。

「…………あ。」

 立上がり様、小さな驚きを漏らして。

 剛の視線の先。そこには、しなやかな髪をポニーテールにまとめ、袖のない肩ヒモ

だけの白いワンピースを纏った真子が、はにかんだような笑顔で佇んでいた。

「ん…なに?」

「い…いや、この旅行で初めて見るな…と、思ってさ。真子のスカート姿……」

 小首を傾げて尋ねてくる真子に、どぎまぎしつつ視線を泳がせ答える剛。 

 この旅行で……ということは、少なくとも三年振りということ。

 それは、とどのつまり、真子を『女』として見るようになっての、剛が初めて見る

スカート姿であった…………。

「へへ。かーいーでしょ?」

 そんな剛の心情を知ってか知らずか、得意げにその場でひらりと回ってみせる真子。

 ポニーテールの髪が揺れ、白いスカートがふわりと舞う。

「…………」

 円の軌跡にぼやける白と黒の輪郭を目で追いながら、剛はにわかに鳴り出した胸の

鼓動を感じていた。

 …その中身も何もかも、もう全て知っているはずなのに、どうしてこんなにも胸が高

まってしまうんだろう………?

 どこか甘酸っぱいようなこの感覚は、数日前、まだ何も知らない少年だった頃……

真子と再会したときと、何も変わっていないではないか…………

「……あ、う…うん。かわいい……」

 自分自身の心情を不思議に思いながら、上の空で答える剛。つい、思いがそのまま

口に出てしまった。

「……え?」

 真子の動きがぴたりと止まる。

「…って……ああっ! な…なななな…何言ってんだ…俺……」

 うっかり口にしてしまった心の声を、あわてふためき引っ込めようとする剛だが、

もう遅い。おそるおそる視線を上げると、そこには………

「……………」

 きょとんっ、と目を丸くした真子が、頬を赤らめそのままの姿勢で固まっていた。

   

 …カナカナカナカナ……………

 互いに金縛りを掛け合ってしまったふたり……

 しばし、ヒグラシの鳴き声のみが響き渡った。

              

「………ったくもう、な…何言い出すのよいきなり……」

「い…いや…だ…だってよ……」

 今だ頬が赤いままの真子に、うしろあたまをがしがし掻きながら、困ったような笑み

を浮かべて汗する剛。

 人気のない夕暮れ時の田舎道。

 うっすらと陰りを見せた田園風景の中、沈みゆく太陽を背に二人は歩き始めていた。

「はぁぁあ。それにしても……おわっちゃったね……」

「ああ、そうだな……」

 感慨深く頷き、空を仰ぐ剛。雲一つ無い蒼穹が少しずつ紫色に染まり始めていた。

「ね…剛んち、何時頃出るの?」

「ん…ああ、聞いてねーけど、どーせ一緒だろ。真子んとこと。どっちみちお前んちの

車が後から入ってるから、お前んとこのがでてかねーとウチの車出れねーし……」

「ふふ…じゃ、また途中まで一緒だね☆ ね…また昔みたいに後ろの窓から手振って

あげるから、剛も手振ってね?」

「ば…ばかやろ………」

 身体を傾け覗き込んでくる真子の瞳に耐えかねて、そっぽを向く剛。

 真子は、そんな剛の様子に軽く微笑み、再び正面を向く。

「…………でも、どうしたのよ。急に散歩? だなんて……」

「ん…?あ…いや、まあ…な。ほら…この辺二人だけで歩いたことなかっただろ?」

「………? そういえば…そうね?」

「で…さ、お前、昨日言ってたじゃん……海で。……デートくらいしたい…とかなんとか」

「へ…?………ああ! や…だ…聞いてたの? アレ……」

 きょとんっとした顔を赤らめ、立ち止まる真子。

 照れ隠しに歩を早めた剛との距離が開く。

「あ…ちょっと、置いてかないでよ」

「…おっ!?」

 ちょこちょこっと走り寄ってきた真子にTシャツのすそを掴まれ、剛は軽くつんのめっ

た。

 剛がバランスを崩したところへ、すかさず真子はその腕にしがみつく。

「ばか……」

 伏し目がちに、ひとことそう言い、

「ばか…ね。デートくらい帰ってからいくらでもできるじゃない……」

 言葉とは裏腹に、喜びを隠し切れない顔で剛を見上げた。

 だが、今だ気恥ずかしさの残る剛は、あさってのほうを向いたまま、

「ま…まあ、そりゃそーだけどよ、やっぱ、なんつーか……その…くせーけど、一応

俺たちの『思い出の場所』…だろ…ココ? 今逃したら、また来年まで待たなきゃい

けねーじゃん……」

 ぽりぽりと頬を掻きつつ答えた。

「んふ…ま、そーね」

 そんな剛の様子を満足げに見送り、こてんっ、と寄り添う剛の肩口に頭を寄り掛か

らせる真子。

 その表情に、なぜか意味深な笑みが浮かんでいたことを、むろん剛は気付かない。

「ね…?」

「ん…?」

「あのさあ、剛ってたしかバイク持ってたよね?」

「ん…? おお! 今度乗っけてやっからな☆」

 唐突な真子の言葉に戸惑うも、自分の好きなことを覚えてくれたことへの喜びで、

剛は頼もしげに答えた。

 真子もそれに大きく頷き、

「もっちろん! でさ、来月あたり、またこの辺に来ない?」

「あぁ〜〜? そ…そりゃいいけど、2ケツでココ、日帰りはちょっとキツイな。行って

帰ってくるだけになっちゃうかもしんねーぞ?」

「ばかね。日帰りじゃないわよ」

 意味深な笑みを浮かべて、上目づかいで剛を見る真子。

「………? え…そそりゃ、やべーよ。そりゃ、こここの辺……は、いっぱいあるけど

さ ……ほ、ほら、俺金あんまねーし、往復のガス代なんかも考えると……」

 意味を完全に履き違え、にわかに、ぼっと顔を赤くして、剛は何やらあわてふためく。

「や…やーだ! 違うわよ! そーいうトコに泊まるってイミじゃないわよっ!」

「……え?」

 また同様に慌てた風の真子に、吐き捨てるようにそう言われ、剛はますます訳が

分からなくなる。

 そんな剛の前で、真子は軽い咳払いで取り直し、

「……じゃーん☆ コレ、なぁ〜んだ?」

 傍らに持っていたポーチから、一本のカギを取り出した。

「なにこれ?」

 真子の指先にぶら下がる一本のカギをしげしげと見詰める剛だが、それでも意味

はさっぱり掴めない。

 しばし、あれこれと考えた後、

「…………あ。」

 とうとつに、ある考えに辿り着いた。

 ……たしかに、このタイミングで真子が出したと言う事は、それしかないだろう。

 しかし……、まさか……。

 「……ひ…ひょっとして……?」

 ともあれ、頭の中でいつまでも否定と肯定を繰り返していてもらちが開かないと

考えた剛は、確認のため、いま歩いてきた道の方向を指差した。

 すなわち、今日まもなく後にする、今年はひときわ名残惜しいあの別荘に向けて。

「そ。遅いわよ」

 一連の剛の態度に焦れたように、うなずく真子。

 剛の顔色が変わる。

「そ…『そ。』って、ど…どーしたんだよっ、それっ? ……ま…まさかギってきたん

じゃ……」

「ギ…? 何それ?」

「かっぱらうってことだよ」

「! ば…ばか!そんなことするわけないでしょっ!剛じゃあるまいし。ちゃんとお願

いして貸してもらったのよ。涼子おばさんにっ」

 言うまでもないと思うが、『涼子おばさん』とは、剛たちの母の同級生。別荘の持ち主

である。

「ええっ? マジかよ! なんつって借りたんだよ?」

「え…別に。ただ『来月友達とここに遊びに来たいから』って……ぜんぜん簡単に貸し

てくれたよ」

「ちっ…ずりーなー。前に俺が友達と使おうと思って言ったときは。うまーく、やんわ〜

り、断られたんだぜー!」

「あはは、やっぱ、こーいうところで普段のおこないの差がでるのね〜?」

 なにやら憤慨している風の剛に、ころころと笑って言う真子。このとき剛の思考が

全然別の方向へすっ飛んでいたことをまだ真子は知らない。

「ね…だからさ……」

「……で、何人連れてくりゃいーんだ?」

 いよいよ本題に入ろうとした真子の言葉をさえぎり、やけに難しい顔をした剛が尋

ねてきた。

「……へ?」

 訳の分からぬ剛の言葉に、間の抜けた声で聞き返す真子。

「だから、合コン…みてーにすんだろ? お前何人友達誘ってくんだよ?

 ……あ、言っとくけど、俺の友達にお前のトコの…朋院女子のコたちにつり合う

ような品のいーのはあんまいねーぞ………」

「………………」

 どこでどう聞きまちがえたのか、まるで見当違いのことを言い始めた剛に、真子は

唖然として絶句する。

 とはいえ、剛がそう考えてしまったのも、無理からぬことかもしれない。

 幼い頃から大勢で訪れることが通例になっていたあの別荘を、まさか今真子が思って

いるような使い方をするとは考えが及ばなかったのである。

 ……もちろん、間抜けな話には違いないが……。

「あーあ……えーと、誰にすっかなー。晃…? いやいやだめだあいつは。最近でき

たとかいう年上の女に夢中だしな……。凌…? うーん、アイツは、まあいいセンいっ

てっけど、真子にも手ェだしそーだしなー………」

 ますます難しい、いや険しい顔になって、ぶつぶつと呟き続ける剛。

 理解外のところへイッてしまった剛に、真子はただぽかんとしている。

「………」

「うーん………」

「…………………」

「えーと………」

「……………………」

「………はあ、だめだ……」

 重い溜め息ひとつついて、剛がうつむいた顔を起こしたのはそれから数分後の

ことであった。

「わりィ、だめだ。やっぱ、連れてけるよーな奴ぁいねーよ……ん?」

 沈痛な表情の剛の目の前に、口元を引きつらせている真子の顔……

「どうし………」

「な…なによなによ! なんなのよぉっ! だぁ〜〜れが合コンなんてするなんて言った

のよっっ!! ふぅぅぅぅぅぅんっ、いいわよっ! そぉ〜んなに合コンしたいんなら、友

達、いぃぃぃ〜っぱい誘って来てあげるわよっ!!」

「な? なんだよ? そんな怒って………。………あ、でも、そうすっと男は俺一人か。

……それもいいかも

 烈火のごとく凄まじい真子の剣幕にたじろぎつつも、お約束どおり、口の端ににやけ

た笑みを浮かべてしまう剛。

「………ばかぁっ!!」

      

 ………真っ赤に染まった夕焼け空に、真子の怒声が轟き渡った………。

                          

 ざぁぁっ。

 一陣の風の風が木々を揺らし、ヒグラシの鳴く声が、しばしかき消される………

 砂利道に、長く尾を引く二つの影。

 荒々しい足取りで歩を進め、離れていく影に、もう一つの影が大あわてでその後を

追っていき………

 やがて、影はまたひとつになった。

                          

 蛇行する砂利道の向こう、

 遠くに見える山の端に、沈みゆく夕陽が最後の輝きを放つ。

 木々の隙間から覗く赤茶けた別荘の壁が、あざやかなオレンジ色に染まった。

 二人を出会わせ、結ばせた、思い出の家。

 あたかも照れて笑っているように………

               

 今、夏が終わる…………。

ロフト・イン・サマー 完。

 

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あ と が き
と書いて、いいわけと読むのはもうご存知ですね?(^^;

                                            

 おまたせしましたっ!

 ロフト・イン・サマー・VLast Night〜長い長い最後の夜☆〜

 お届けいたしました☆

 そして、

 長らくお付き合い頂いた「ロフト・イン・サマー」は、

 これにて全編完結です☆

 いろいろ思うところはありますが、おかげさまで何とか無事書き上げることができ、

 今は、ただただほっとしています………。

                                         

 さて、今回の「ロフト〜V」についてですが、

 サブタイトルの通り、ホントにホントに長い夜となってしまいました(^^;

 読み終えて、お分かりになったかと思いますが、その長さはなんと「T・U」を

合わせた文章量をさらに超えています!(一応7ページにまとめていますが、各

ページごとの量は、以前の倍!)

 それゆえ、長すぎて(じれったく思っていただければ本望なのですが(^^;)、なん

か味付け過多で、中だるみしてるな〜とお思いになった方も多くいらっしゃるかもし

れませんね。

 これについては、「最後だからぁ、あれもこれもいれちゃえ〜」と欲張りすぎた

 るますりーの責任です。

 どうぞ、存分にご批判くださいませ(…といっても、なるべく、お手柔らかにおねがい

しますね(^^;)

 ただ、ひとこと(?)言い訳させていただくとすれば、

 切るべき部分は多々あったのかもしれませんが、修正に辺り、その部分に差し掛か

ると、どうしても切れなかったのです。

 展開がつながらなくなる…というのは、もちろんありましたが、それ以上に、真子の

言葉ではありませんが、やはり最後の夜なんだから、じっくりさせてやりたい…という

気持ちが強くなり、気づいてみると、切る…どころか、さらに手を加えて展開を増やし

ていた、という始末.………

 期待して読まれて、がっかりなさった方、ごめんなさい。

 深くお詫びいたします………m(_ _)m

                             

 ……と、言い訳どころか、反省文のようになってしまいましたが(^^;

 それでも、当初の予定を大きく上回り、一応『えっち』以外にも内容のある作品

にできたこと。その点については自分なりにかなり満足しています。

 そして、また、この作品で得たことを生かして、さらに面白いお話をつくろうと、

 現在既に模索中です。

 そのときは、よろしければ、またお付き合いくださいね☆

 それまでは………

 そう、秋口に再び別荘を訪れる剛と真子の姿でも、思い描いてやってみてはい

かがでしょうか。

 たとえば……

 ……はたして、剛のハーレム状態は実現するのか…?

 それとも、やはり合コンが成立し、自ら連れて行った友達に口説かれる真子を見て、

剛がはらはらしてしまうのか…?

 それとも…………………………☆

 ……などなど。

 ………まあ、この先はみなさんのご想像にお任せします(^^;

 るますりーの世界から飛び出した、剛と真子。そんな二人がみなさんの頭の中でまた

違う物語を作ってゆくのなら、作者として、こんなに嬉しいことはありません……

 それでは、

 最後まで読んでいただき、本当にありがとうございましたm(_ _)m

                  

2000年、7月15日、るますりー  

 

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