メイプルウッド・ロード
                     イ ヴ
〜#1.小雪舞うカムループスの聖夜〜

 

(4)

「全くだ……」

「………う……」

 さらに、少し遅れて届いた瞬からの低い声で、よりいっそう胸が締め付けられる由美。

 ………が、

「つっても、お前がはじめてじゃねーとかそーゆーことじゃねーぞ」

「え?」

「あのな………こーいうときに、そーゆー余計なこと思い出すよーなこと言って、そんな

顔すんなっての……」

 伸びてきた瞬の手のひらが、くしゃっと由美の頭を撫でる。

「大体、んなこといちいち気にして、おめーのこと好きになったりするかよ………

 それよか、俺は…俺のためなんかでお前にそんな顔して欲しくねーんだよ……」

 照れ隠しのつもりなのか、天井に向かって、ぶっきらぼうに言い放つ瞬。

「え………?」

 この一瞬、沈んだ由美の表情が輝く…が、もちろん瞬は気付かず、また、決まり悪そう

に付け加えた。

「それに、んなこと言ったら俺だってそーだし……」

「え……な…なんか悔しいな……」

「……ふ…ふん、ま、そりゃお互いさま…だ……」

 どこか寂しげに聞こえた由美の言葉に、苦笑を浮かべ、首を傾ける瞬。

 だが、それっきりうつむいたまま、何も言わなくなってしまった由美に、瞬は間がもてな

くなってしまう。

 気まずい…とまではいかないが、まんじりとしない空気が漂い始め………

「さて!」

 そんな雰囲気を嫌うように、やおら瞬は胸の前でぱちんっと手を合わせ、いまだ顔を

うつむかせたままの由美に言った。

「寝るか?」

「へ………?」

 やや間の抜けた声を上げ、ようやく顔を起こす由美。

「え……あの……その……寝る…って、あの…ぐーぐー…の方…?」

「おお。明日もまた結構な距離はしんなきゃいけねーしな………って、だめだな……言

い訳になんねーか………」

「……え?」

 なにやら自己完結ぎみに、困ったような笑み浮かべ言葉をとぎらせた瞬に、由美は不

思議そうな顔で問い返す。

「い…いや、なんかそーゆー気分じゃなくなっちったろ?」

「………は?…え……でも……?」

 視線を泳がせ鼻先を掻きつつ言う瞬に、由美はなにげに視線を下方に落とす。

 そして、そこにはぱんぱんに膨らんだ瞬のジーンズがあった。

「あ…いいいいいや…これは…その…なんだ……た…単なる男の生理現象ってやつで

……って、いやまじに。それに…その…なんつーか、ただヤリたいっつーだけで、お前と

はしたくねーんだよ!」

 きょとんっ、とした顔の由美に見上げられ、瞬は何やら大慌ての早口で捲し立て、赤く

染まった顔を背けた。

 ………あ。なるほど………

 由美はそこでようやく、瞬の不可解な物言いのわけを理解した。

 どうやら瞬は、先程押し黙ってしまった自分の姿を変な風に勘違いしたようである。

 つまり、これは見当違いもはなはだしい、らしいと言えばらしいのだか、瞬なりの分か

りにくい気遣いだったのだ。

 …本当は、心地好い安堵と痛いほどの優しさを受け、喜びのあまり言葉を失っていた

だけなのに……

「………くす…」

 そんな不器用で間が抜けた瞬の優しさをまた嬉しく思いつつ、由美の表情にいつもの

悪戯っぽい笑みが戻った。

 そして、

「…へぇ、それじゃ…気分戻せばいーんだ?」

「へ……?」

 唐突に変化した由美の態度に驚き、向き直る瞬。

「え…?あ…?」

 するとそこには、頬杖をついて顔を起こした由美が、にんまりと不敵な笑みを浮かべて

いた。

「あのねー、瞬? あんたはそれでカッコついたと思ってんのかもしんないけどねー、

 あたしのこのどきどきはどーしてくれるわけ?」

「え…ちょ…ゆ……?」

 戸惑う瞬が口を開くいとまもあらばこそ、由美は瞬の手を取り、自分の胸に押し付け

た。

 むにゅ。

 ふくよかな柔肉の感触が掌一杯に広がり、瞬はただ硬直するしかない………

 だが確かに、にわかに高鳴りだした由美の鼓動が、柔らかな弾力越しに伝わってく

る。

 一方由美にしても、とんちんかんなこの男を挑発するためとはいえ、ただ触れられた

だけで、予想以上に反応し始めた身体に驚きを覚えていた。

 だが、ここでそんな素振りを素直に見せてしまえば、またさっきの二の舞になり兼ねな

い。

「ね☆」

 由美はできるだけ心の動揺を押さえ、とびきりの笑顔を送った。

 が。

「…………」

 そんな苦労も空しく、瞬は、いまだ鷲掴みにした由美の乳房を見詰めたまま、固まって

いた。

「あーっ、もう!」

 またしても、瞬の態度に業を煮やす由美。だが、もうこの鈍い男には喋るのももどかし

い。

 …ならば実力行使あるのみ!

 由美は飛び掛かるように瞬に抱き付いていき、

「え…な…何だ?…おい?うあっ!」」

 ようやく我に返り慌てる瞬…などむろん無視!

 そのまま由美は、横向きになっていた瞬の身体を強引に転がして仰向けにさせると、

その上に馬乗りになった。

「…う…っく…お…おい…由美…?」

「んー、なに? 重い…とでもいうつもり?」

 呻く瞬の腰骨辺りのところにまたがって、冷ややかな目で見下ろす由美。

「そ…そーじゃねーよ……それもあるけど………い…いや、なんでもない……」

 よけいなことを言い掛けた瞬を視線で黙らせ、

「あのね、瞬、大事に思ってくれるのは嬉しいけどさ、あたし、それほど可愛い女の子じ

ゃないよ……」

 身体を前に倒し、瞬の額に自分の額を押し当て、由美は言う。

「それにね、このひとになら奪われたいって思うこともあるんだよ…女には……」

「ふ…ふーん?」

 吸い込まれそうな大きな瞳から逃れることもできず、またどう答えていいのかわから

ず、とりあえず間抜けな声で返す瞬。

 相変わらず腹立つ反応だが、それを堪えて、

「だ・か・ら・ね……瞬が今までにどんな女のコとどんなことしたかしんないけど、絶対

あたしの方がいいんだって思い知らせてやる!」

「ば…ばか! な…何言って……あぶっ!?」

 あわてふためく瞬の口を、由美の唇がすかさず塞ぐ。

「んんっ!?……ん…んんん………」

 押し当てられた柔らかい由美の唇。驚きはしたものの、むろん抵抗する理由もなく、

瞬はそのまま身を任せた。

 顔の両側をすっぽりと由美の髪に包まれ、甘いシャンプーの香りに酔いしれる瞬……

 ぼーっとなった思考の中……

「……んっ…はぁ…ふ。………もう……ここまでしないと……ダメなわけ?」

 僅かに顔を浮かせ、おでこと鼻先を触れ合わせたまま、甘い声で囁く由美。

「な…なにが……?」

「あたしにここまでさせて、まだ豹変できない…?」

「な…っ…おまえ…まだそんなこと言って…………え…?」

 言い返そうとして口をつぐむ瞬。

 冗談じみた言葉とは裏腹に、自分を見詰める由美の瞳があまりにも真っ直ぐで……

 どくんっ!

 瞬の胸の鼓動がひとつ、大きく高鳴った。

 同時に全身の感覚が、密着している由美の柔らかな身体の感触を鮮明に思い出す。

 そして、

「…ほかの女の子にはそーなるとこ見せてきたんでしょ…? あたしにだけ見せてくれな

いなんて不公平だよ……」

 どこか恥ずかしそうな笑みを浮かべ、拗ねたように言った由美の言葉が、とどめとなっ

た。

「………っ!」

 瞬は力なく横たえていた腕を翻し、ぎゅっと由美を抱き締めると、そのまま横倒しに身

体を半回転させた。

「え…きゃ…瞬?……あむ…っんん…」

 瞬時にくるりと身体を入れ替えられ、伸し掛かられたことに驚く由美だが、そんな暇も

なく迫る瞬に唇を奪われ沈黙する。

 だが、甘いひとときに酔いしれる間もなく、

「…ん…あふ……あ…きゃ…ちょ……あ…あ…」

 瞬の手が素早くTシャツの中に潜り込んできた。

 といっても、素早い瞬の手の動きは決して荒々しいものではなく、

「あっ……あ…はぁ…ふ………」

 ふわりとその豊かな乳房を包み込むと、ゆっくり…まるで壊れ物でも扱うようにその五

指を閉じまた開いていく…という極めてソフトなタッチ。

 しなやかな瞬の指の動きに思わず甘い吐息を漏らす由美。

 いまだブラの布越しにされていることをもどかしく感じながら……

 ぷちん……

 すると、その考えが伝わったかのように、背に回されていた逆側の瞬の指がホックを

外していた。

「あ………」

 締め付けていたものがふっと浮き上がったような感覚。そして、すかさずその下から、

零れ落ちるものをすくうように瞬の掌が潜り込んできた。

「あ…あ…あ…はぁ……んっ……」

 暖かい瞬の掌に直に触れられ、また、やわやわとソフトに揉みほぐすような指の動き

に上ずった吐息を漏らす由美。

 引く波にさらわれるように、全身が宙に浮いたような感覚に包まれ、力が抜けていく。

「や…あ……ん…しゅ…瞬…ぅん……」

 そんな予想以上に手慣れた瞬の行動に驚き、由美は困ったような表情で、堅く閉じた

まぶたをうっすらと開いた。

 …も…もう……すっごい慣れてるじゃん………

 などと、軽い腹立ちを覚えながら……。

 おそらく主導権を握り、へらへらと余裕の笑みを浮かべて自分を弄んでいるだろう、

瞬の顔へと目を移す。

 だが………

 

(5)へつづく。

 

 

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