ハート・オブ・レイン
〜第4章 熱夏にあえいで〜Shower
Me〜
(22)
エピローグ―――の前に……。 ―――明けて翌朝……。 ……とん…とととん…(ふあぁ。)……とん…ととん…(あふ…。)…とん……とん…… 響く包丁の音は…漏れるあくびを合いの手に挟んで、かなり眠たげなリズムで。 また……そんな不規則な旋律を漏らすリビングへと…… ……とん…とととん………とん…ととん……とん……とん…… そのリズムにまったく呼応するかのように…同じテンポの足音が、階段を踏み鳴らし… 「…ふあぁ……」 漏れるあくびをその口に、寝ぼけ眼をこすりつつ…美沙は、ゆっくりと階下に降りて いった。 そして…… 「あー、お…おはよ〜ございま〜す……」 リビングの扉をくぐりつつ、間のびした挨拶を口にすれば…… 「あ…美沙ちゃん、おはよ〜……あふっ……」 生あくびを噛み殺しつつ、こちらを振り返るシンク前の真子……。 顔を合わせた二人は…… 「…………。」 「…………。」 しばし、無言で見つめ合い――――やがて同時に…… 『……ふ… 力なくも、その口の端に小さな、やーらしい笑みを浮かべて…… ((…………なるほどね……。)) やはり同時に…お互い、昨夜は似たような状況だったことを悟る……。 ………まあ、それはさておき…… ともあれ、そんな風に無言の情報交換をした後、二人は再び、眠たげな半眼の表情に 戻り…… 「…あ…あー、なんか……飲む〜?」 やる気ゼロの口調で尋ねる真子に、 「…あ。ええじゃあミルクを……あ…自分でやりまーす……」 ほとんど棒読み口調で、美沙は応えて、てふてふと冷蔵庫側まで歩み寄り…… ぎ〜。がちゃん……たん…かたん……とくとくとくとく…… 淡々と、その手順の音だけを奏で―――― かたわらのコップに注いだミルクを、ひとくち…… 「…………はふ…。」 だが…やはり、ぼーっとした頭は未だ晴れず……。 ――――って、このままでは、話も何も…全然進まないので…… 「……ん〜〜っ……」 ともあれ美沙は、軽く背伸びをして、気力を奮い起こし―――また、二日酔いの 中年のように、てんてん…と、軽く額を叩きながら、シンクに立つ真子に歩み寄って いき…… 「あ…真子さん…あたしも手伝います〜」 「ん…あ…じゃあ…おねがい。二人分でいーからね」 言って隣に並び立つ美沙に、真子が応えて。 二人は、重い睡魔に取り憑かれたまま…遅々淡々と、調理に移っていく。 「……あふ…っ……」 「……ふあぁ…ぁ……」 眠たげに目をこすりつつ……あくび混じりに……やや痛む腰を伸ばして…… ……と言っても、やはりこの辺は、くさってもタイと言うか…サビても名剣は名剣と 言うか……そんなスローモーな、二人の動きとは裏腹に…… とろり半熟のベーコンエッグ……ふんわりまろやかプレーンオムレツ……シナモン 効かせたハチミツたっぷりのフレンチトースト……はたまた、ほどよく炙ったアジの開き に、朝粥…味噌汁…お漬物……その他諸々―――シンプルながらも非常にクオリティ の高い多彩な朝食(いやあの二人分)が、次々続々と白いテーブルに並んでいき――― やがて――― 静寂したキッチンを背に……二人は向かい合ってテーブルに腰掛け、 『……いただきま〜す。』 ――――しばし…… かちゃかちゃ… 二人は、言葉少なに、食器の触れ合う音だけを響かせ…… 「……むぐむぐ……」 何の盛り上がりもなく淡々と…… 「……ぱくぱく……」 あっさりそれらをたいらげて―――― 『……ごちそうさま〜。』 やはり食前と同様、声を揃えて食事を終え―――― ……がたっ…がたっ…。 その満腹の余韻に浸ることなく、無言のまま、食器抱えて席を立ち…… じゃー……じゃぶじゃぶ……きゅっきゅっ……。 あたかも、与えられた定型作業をこなすロボットのようにムダのない動きで、やはり 淡々と、食器を洗い……食卓、キッチンを片付けて…… 「……ふぅ……とりあえず…」 「……こんなもん…ですね…」 そして……何事もなかったかのように、ピカピカ整然と片付けられたキッチンを前に、 「…それじゃ……」 「……はい…」 二人は、やはり何事もなかったかのように、頷き合い―――― また、さらに眠気の増した半眼のまなこをうつむかせつつ、リビング出口へと向かい…… 『………おやすみなさ〜い…』 またしても唱和した声を、お互いその背に聞きながら…踵を返して。 てふてふ…。 真子と美沙…二人は、再びそれぞれの寝室へと帰っていく……。 後には……朝の陽だまりに満ちた静寂のリビング―――― そして、差し込む夏の陽射しが燦々と…横たわる長テーブルを皓く輝かせていた。 いつまでも……そう、いつまでも………。
――――――――――――そして…………………
エピローグ。(真の) ……疾くように流れる、夏の日のうつろいは…… 行き交う海水浴客の流れが、やや落ち着きを見せ始めた、海岸沿いの高台――― 「―――お〜!いいシュミしてんな?オレが昔乗ってたのとおんなじだよ☆」 感嘆の声を上げつつ―――、一昼夜、主を待ち続けちょっとスネているような、勇樹の 愛車を見入る剛に、 「えー?マジっすか〜☆」 勇樹の嬉しげな声が返る。 そう――― 爆睡ぶっこき、貴重な夏の1日を台無しにしたことを、悔やむことなく…… 佇む勇樹たち4人は、もうじき訪れる、別れの時を間近に控え―――― 「…んじゃ、今度は、サックスの腕前もみせてね♪」 「あ…はい☆ じゃあ、真子さんも……今度は和食系教えてくださいね☆」 その青白のカラーリングのバイクを囲んで、名残惜しげに談笑しつつ…またの再会を 期す言葉を交えていた。 そして…… そんなとりとめもない会話も、やがていつしか…乾いた潮風の中に流れていき――― 「そんじゃ―――ま…気ィつけてな☆」 まるで再び、明日にでも会うような……軽い口調で言う剛に、 「はい。いろいろありがとうございました☆」 被りかけのメットを頭に乗せたまま、屈託のない笑みで応える勇樹。 「美沙ちゃん。振り落とされないように気をつけてね!」 やや心配げに、苦笑を浮かべてかける真子の声には、 「はい…。真子さん。ほんとにほんとに……お世話になりましたぁ〜☆」 メットをかぶった美沙の大きな頭が、ぺこりと下がり――――――― やおら…それを合図にしたように、 どぅ…んっ! CBRのエンジンが、久しい目覚めの唸りを上げる。 「それじゃ…剛さん…」 今一度…メットのシールドを押し上げ、別れの言葉を口にする勇樹に…… 「おお☆また近くまで来たら、寄ってみ。俺らいるかもしんねーから…」 剛は、無責任な再会を促す言葉で返し、 「あはは…ぜひそーします☆」 また、限りなく本気でそーするだろう笑みで勇樹は応えて―――元気よく、その左足で シフトペダルを蹴った……。 ヴォンッ!……ヴォッ……ヴォォォォ……ン………
――――かくて、高らかな咆哮が……やがてにわかに遠ざかっていき……。 白煙巻き上げ去ってゆく、そのオレンジ色のテールを見やりつつ―――― 「ふふ……いーね…あのふたり…☆なんか…ちょっと、昔のあたしたちみたい…☆」 そう言って、寄り添う剛に腕を組みつつ、微笑む真子。 剛もまた、それにテレたような笑みで頷きながら、 「ああ…なんか面白かったな〜☆」 また、やおらその表情を、苦い笑みに変えて、 「……けど、勇樹くん、か。ありゃあ…これからも大変だぞー。おもいっきり尻にしかれる タイプだもん―――俺とおんなじで……」 「あはは…それもそー………って、それ………どーゆーイミ…?」 笑いかけたその言葉を途中で止め……にわかに、纏うオーラの色を変えた真子の表情 に、 「……はぁ?」 だがむろん、剛はまったく気付かず……また、しんそこ意外そうに言葉を返す。 「いやあの…言ったまんまの意味だよ…って、なにお前?もしかして、そのみかけより かなりでっけーケツに俺をしいてねーとでも思ってたの……?」 ―――せつな……… びゅぅぅぅ……っ。 今日の猛暑の名残を残す、過ぎゆく熱い潮風が……一迅。 「……………。」 睨めつける、笑みのカタチにゆがんだその瞳が、美しくも危険な輝きをたたえ…… 「……え…?…ま…まこ……?」 戸惑う剛が、脅えるいとまもあらばこそ。 「……っ……!!」 ぎゅっ……! その細い爪先が、剛の尻に思いっきり食い込んだ―――のは、もはやまったく記す までもないことだろう……。 「―――!? い…いってぇぇぇぇぇぇぇ〜〜っ!!!!!」 あか そして熱夏は、未だ冷めることなく…………………。
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ロフト・イン…じゃなくて……。 『ハート・オブ・レイン、第4章〜熱夏にあえいで〜』 ここに。完。 2004年、10月14日、るますりー |
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