甘い欧州旅行

第七章 ピーピング・ナイト☆

(エピローグ)

 ……こうして――

「――かくも淫らなあたしのウィーンの夜は過ぎていった……とでもいったところかな?」

 そうそう……ん?

「…………って、基明くん? なんでキミがあたしのナレーション盗ってるかな?」

 ラウンジを後にし、エレベーターホールに向かう道すがら、オチネタに困った作者の心情をあっさりばらすよーなセリフまわしで軽はずみなエピローグに持ち込もうとする基明くんに、言ってあたしはジト目でにらむ。

「いやぁ…だってなんか俺今回、存在感なかったんじゃないかなー、なんて……」

「じょ…じょーだんじゃないわよ!あんなシャレになんないことまでしといてっ!」

 頬をぽりぽり、苦笑を浮かべて言う基明くんに、力一杯怒鳴るあたし。

「それに過ぎていった…なんてまだ終わったわけじゃないわよ!まぁだすこぶる大事なことが残ってるんですからね!」

「へ…大事なことって……まさか……」

「んっんっんっ〜、違うわよ〜〜♪」

 おそらく、前回前々回のオチを思い浮かべ二通りの勘違いをした彼の目の前で、あたしはちっちっち、と指を振って見せ、

「ザッハトルテよ!ザッハトルテっ!もぉ…ここまできたら後のことはどーでも、それお腹におさめなきゃ、あたしのウィーンの夜に終りはこないのよ!」

 まるであさっての方を見上げ、胸の前で拳を掲げたあたしのバックに情熱の炎が舞い上がる!

 一方―。

「はぁぁぁ〜〜。やれやれ、しょせん色気より食い気、仕事よりも食欲……か。」

 だが、そんな趣あふれる風情というものがわからないのか、あたしの背後で、なぜか疲れ切ったため息を吐く基明くん。

 ふっ、えっちのテクはなかなかだが、なるほど、この辺のところはまだまだビミョーなオンナゴコロというものが分かっていない若輩者、といったところか。

 ふふん…まだまだこどもねー。

 冷めた笑みを浮かべ胸の内で背後の彼をあざけるあたし……だが、

 「あーやだねぇ。女も25過ぎるとこれだから…いくらトシ隠したってこーいうところに……」

 びきっ!

 なんだとおい。

 下がりかけたあたしの目尻がにわかにその角度を変えた。

 ………………ふ…。なるほど。よぉくわかった……。

 やはりここは年長者として、そこら辺のところも含めてきっちり世の中とゆーものを教えねばならないようだ。このコには。

 そんな義務感すら覚えたあたしは、にわかに纏った青白いオーラを靡かせて、

「……ま、どっちにしても俺には関係なさそうだし洋子さんの好きに……」

 未だたわごとほざき続ける彼に振り返り、

「ふっふっふ〜〜、なぁに勝手なこと言ってんのかなぁ?」

 青スジ立てた満面のにこやかな笑みでずいと詰め寄る。

「………え?……あ…よ…ヨーコさ…ん……?」

 もぉほんとに大人の女らしく、彼の胸ぐらつかんで引き寄せて、

「あ〜〜の〜〜ね〜〜、お客様? まさかこおんな素敵なオプショナルナイトツアー、『ガイド』させといて、チップもなしにお帰りになるおつもりじゃないでしょーね〜〜?」

「う…ぐっ…ちょ…よ…洋子さ……」

「ねー?」

「………う。…ぁ………いやその……は…はい………」

 よろしい。

 ようやくあたしの気持ちが通じたようで、素直にうなずく基明くん。

 ふっ、と静かに鼻から息を抜き、あたしは、びよんと伸びた彼のトレーナーから手を離す。

 そして……

「け…けほっ…き…客にタカる添乗員も珍し…い…いや…なんでもないです……」

 この期に及んでまだ反論しようとする基明くんを、視線で圧して従えて。

「……ふ。」

誰もいないフロアを往くあたしの口元に小さな可愛らしい笑みが浮かんだ………。

…なによ。文句ある?

 

ふと、目の端に映った台座の上、今度はモーツァルトの彫像が額に汗してきまずそーに目をそらした気がするが、もちろんそれも目の錯覚である……。

 

甘い欧州旅行第七章、『ピーピング・ナイト☆』、おしまい(^^; 

 ……あ。言うまでもないとは思うけど、こんな添乗員絶対いないと思うから。

ご安心を……。

 それでは、今後も良いご旅行をお楽しみくださいませ☆

 

第八章、「牡夢魔〜エーゲ海に捧いじゃって…〜」へつづく。

 

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