メイプルウッド・ロード#3
                     
〜嵐のI−5〜

(2)

 ……とまあ、そんなこんなで、場面は、冒頭へと戻る。

「……………」

「……………」

 相変わらずの無意味な沈黙を続ける瞬と武史。

 ちなみに言うまでもないが、車外に出て押すだの引くだのするのはもうさんざんやっ

た。

 そして、これまた言うまでもないが……この車の大きさ、雨風吹き荒ぶ天候の上、

夜間…しかも、斜面プラス緩んだ足場の悪さ…という、最悪の条件の中では、まったくど

うにもならず……。

  

 …とはいえ―――

 この状況を打開する手立てがまったくなくなったわけではなかった。

 そう、残された手段が二つほど。

 その一つは―――、

 もぉあきらめて、このまま朝までやり過ごしてしまうという選択。

 おそらく夜が明ければ、車の一台も通ることだろう。さすれば、そこからレッカーを呼

んでもらい……という手段である。

 だが……その選択には重大な欠陥がある。

 そう、もともと『2泊3日でヴィクトリア〜SF往復紀行!』などとゆームチャ極まり無い

スケジュールでのこの旅行。

 夜明けまでは、まだあとゆうに5…6時間はある。そしてその時点からいつ通るか分

からない車を待ち、レッカーを呼んでリカバー…と、これも数時間は要することだろう。

 よって、大幅な時間のロスは免れず、

 そんなことをしてたら、向こうで遊ぶ時間がなくなる…とゆーより、果たしてとんぼ返

りでもかえってこれるかどーか……。

 すなわち、その手段を取った場合、その時点で旅行は断念。そのまま尻尾巻いてヴィ

クトリアに帰らなくてはならない公算が極めて高いのだ。

 そしておそらく待っているのは、だから言わんこっちゃない然とした、冷笑のスペシャ

リスツ…智也&葉月の凍て付くような微笑みと、忘れかけた頃に来る皮肉とイヤミが数

日は続くことだろう。

 それだけは、なるべく……いや、絶対に避けたい。

 しからば、もう一つの手段なのだが、

 それは……

「なー武史……?」

 ざんざん…と天井を叩く雨音がやや緩んだ頃だろうか、

 沈黙を守っていた瞬が重い口を開いた。

「ん…な…なんや……?」

 やや怯えた様子で聞き返す武史に、瞬は暗い夜空を見詰めたまま、

「いや…あのよー、さっき寄ったドライブイン……確か、こっから15分くらいのトコだった

よなぁ……?」

「あ…え…えっと……そやったかな……」

「で……その隣…スタンドになってたよな…?」

「あ…ああ、そやった…?……気付けへんかったけど……」

 瞬の言わんとしていることを察し…だが武史はどぎまぎしつつ、とぼけた口調で返す。

 むろん、暗い夜道にぽつんと一軒、こうこうと照らし出されていたドライブイン…その

隣のガソリンスタンドの存在に、気付かなかったはずなどないのだが……。

 まあ、それはともかく、

 そう、先程…といっても、もう2時間ほど前のことだが、この事態が勃発する少し前…

…トイレ休憩と飲食料補給をかねて立ち寄った店(ドライブイン)の隣は、ガソリンスタ

ンドになっていた。

 またちなみに、こちらでは、こういう事態に備え、スタンドでレッカー車を常備している

場合が多く………

 つまりは―――

「ま…もーこうなっちまった以上……誰かがちょびっと行ってくるっきゃねーんじゃねー

か?」

 ぎしっ、とシートの背もたれに身を預けつつ、瞬は運転席へと横目をちらり…

その『誰か』を仰ぎ見る。

 ………そう、つまりは…そーゆーことである。

 だが天候上、徐行運転をしてたとはいえ、車の走るスピードでの15分程の距離……

 むろん、徒歩で『ちょびっと』行ってこれる距離ではなく―――

 まあ…帰りは手配したレッカー車に乗せてきてもらうとしても、片道5kmはゆうにあ

るだろう。

 しかも、延々と続く深夜のオレゴンのワインディングロード…お世辞にも歩いて気味の

いいものとは言えない。

「…………」

 武史は、暗い夜道を、ひとり…ぽつねんと歩くシュールな自分の姿を想像し―――

「……って、ちょう待てぃ!まさか俺ひとりで行ってこいゆーんやないやろーな?!」

 取り乱しつつ、怒声を上げる武史に、だが瞬は、極めて冷めた表情を浮かべて、

「はぁ…?だってお前……おめーが『まかさんかい』とかえらそーに言って、そんとーり

まかしたあと……すぐこの有様だぞ……そりゃやっぱしゃあねーんじゃねーの?」

「………う。い…いや……そ、それはそーかもしれんけど……」

 誠にもってごもっとも……あっさり打ちのめされて、途端に語気を弱める武史。

 また瞬は、そんな武史に、同情を含めたやや苦い笑いに顔を歪めつつ、

「それにな……実際問題として、俺ら二人して行っちまったらまずいだろ。さすがに…

 こんなとこに女二人残して行くわけにもいかねー……」

 言いながら、がこんっ、とリクライニングを倒して後部座席に目を移し―――

「…………う゛…。」

 目に入った光景――どー表現していいのかわからないご意見無用なその『女二人』の

寝姿(?)に、眉をひそめて一時言葉をとぎらせ。

「…………」

 刹那の沈黙。なにも見なかったことにして……

 ぎぎぃっ。

「――ま…まあ、こいつらの心配は…ともかくとして…だ…」

 リクライニングレバーを引くと同時に、ばつ悪そ−な表情を武史に戻し、

「あ〜、えっとほらやっぱアメリカだし?何があっかわかんねーじゃん?万一ってことも

……ほらっ、クルマごとかっぱらわれちまったらコトだしよ……?

 ま、ここはひとつ『どらいばー』の責任を果たすと思って…な」

 妙に感情のこもっていない語調で、即座に彼女らの身の心配から、財産的な危惧へ

と論点を修正し、改めて武史を説得する。

「い……いや……そないなこと言われたかて、こ…この雨と風やし……」

 一方武史は、目の前に置かれた難題のせいだろうか、そんな瞬の機微の変化にも

気付かず、いまだ弱々しくも抵抗の言葉を口にする。

 …が、しかし、

「ん〜〜、いや、雨は……だいぶ弱くなったみたいだぜ」

 うぃ〜ん、と傍らのパワーウインドウを操作し、窓の外に手を翳す瞬。

 タイミング良く…というべきか、皮肉なことにというべきか……

 どうやらここへきて、あれ程吹き荒れていた嵐もその勢力を弱め、暴風域から脱しつ

つあるようであった。

 瞬の翳した手に、雨はほとんど当たらず、吹き荒れていた風も心なし弱くなったように

感じられる。

「な…?今のうちみたいだぜ☆」

 笑みを浮かべて武史に視線を固定する瞬に、

「わ…わーったわーった!行ってくればえーんやろっ!」

 覚悟を決めて言い放ち、武史はパーカーのフードを被って外に出ようと……したその時、

「……ん……んんぅ〜〜ん……」

 妙に悩ましげな声は、後部座席から。

『…?』

 身支度を整えていた武史…そして、瞬が振り返れば、

「ん…あむっ…あれ…武史……どこ行くの…?」

 運転席のシートに後ろからしがみつくようにして、目をこすりこすり…晶子が目覚めて

いた。

 ちなみに今回、メイクの方はじゅーぶんに『対処』してきたので無事ではあるが、ご自

慢のロングソバージュのヘアスタイルは、伸び切ったラーメンのようになっている。

 まあ、それはともかくさておいて、

「……あふ…っ…」

 次いで、晶子はあくびを噛み殺しつつ、その寝ぼけ眼できょときょとと辺りを見回し、

「え…な…なにこれ?……どしたの?」

「あー、実はな……かくかくしかじかで……」

 現在の『状況』を知って驚きの声を上げる晶子に、頭かきつつ武史が簡単に状況説

明。

 そして…

「ふーん……」

「いや…『ふーん』て……。ま、えーわ……ともかくそんなわけやから…ちょっと行ってく

んで…」

 寝ぼけている…とゆーより、生来の性格に依るものだろう…ほとんど反応しない晶子

に、やや脱力しつつも…武史は再び背を向け、ドアに手を掛ける。

「え…あ…だから…武史、どこいくのよ〜〜?」

「……ぐ…っ……!」

 大ボケ…とゆーより、まるで話が分かっていない晶子の台詞に、ドアに突き指しかけ

た武史はもとより……瞬までも膝に突いていた頬杖の肘をがくんっ、と外す。

「だぁぁぁ〜〜!あ…アホかお前、人の話し全っ然っ、聞いてないやろっ!」

「えーだって、どこ行くかはまだ聞いてない……」

 武史の怒声に、だが晶子はまったく悪びれた様子もなく、ほっぺを膨らまし対抗する。

「いやあの…だから晶子…お前……、話を読むとか…そーゆーの…ないの…?」

 見かねた瞬が、唖然とした口調で口を挾む傍ら、

「はぁぁ…瞬、もぉえーて……俺がアホやった…」

 武史は、しんそこ疲れきった表情で大きな溜め息一つ付き、

「あ〜そやから、散歩や散歩ぉ。そーそー、深夜のオレゴンの山ん中、てくてく歩ってみ

たくなってなぁ!おもくそオツなもんやでこんなんも。おそらくもぉ一生け−けんでけへん

と思うしなしぁ…」

 呆れ果てた棒読み口調でヤケクソ気味に言い放ち…

「どや…お前も一緒に行くか?」

 背を向けたまま、冷めたおざなりな誘い文句を口に、改めてドアに手を掛ける。

 だがしかし、

「あ…うん。行くいくぅ」

「……へ…?」

 まだ寝ぼけているのか…それとも、今の武史の台詞のどこかに何かヒットするものが

あったのか……

「……………………」

 ともあれ、意表を突きまくった晶子の言葉に絶句すること、しばし……

 そして、

「え…い…いや…あの…お前…行く…て…おい…?」

 ドアを開けたまま、戸惑っている武史を尻目に、晶子はささっと身支度を済ませ…

 がらがら。

 スライド式のドアを引き―――あっさり車外に出てしまい……

「うわ…、ぐちゃぐちゃ〜」

 などと、どこかはしゃいだ様子で、ぬかるんだ地面の水溜まりをぴょんぴょんと避けつ

つ、運転席側に回り込み、

「えへへ…だって…なんか面白そーじゃん。ホントにオレゴンなんて滅多に来れない

し…」 

 にっこり笑って、開いた傘を武史の頭上に掲げる。

 一方、そんな晶子の妙なノリに、わけもわからず気圧されて…

「あ…ああ……?そ、そっか……?」

 唖然とした表情のまま車外に下り、晶子の横に並び立つ武史。

 そして…

「それにね……」

「…あ〜?」

「……………トイレ……いきたくなっちゃったの……」

 うつむきかげんで、武史にのみ言ったつもりの晶子の小声はしかし、にわかに吹いた

嵐の残り香が瞬の耳まで運んでおり……

 ぎしっ。

 なにやら、わいわいぎゃーぎゃー言いつつ側道に登り行く二人の背中を見守りつつ、

 瞬は苦い表情を浮かべつつ、改めてシートに深く身を沈め、こう思うのだった。

「まぁ…もてばいーけどな……5km………」

   

(3)へつづく。

        

 

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