夢戦士伝説・U

六本木心中

(3)

「…でねでね……だから……だったんだよ。」

「…ん……」

「それで…そうそう、……が……しちゃって……」

「……ん…………」

 気付けば、蓮がなにやらしゃべりまくっていた。

 遅まきながらも、知子の落胆をなんとか紛らわそうとの気遣いであったが……

「だから…………。……って、ちょっと、知子さん、聞いてる?」

「……うん………」

 だが、当の知子はぼんやりと遠くを見詰めたまま、時折、生返事を返すだけ……。

「……う〜、もぉっ!」

 そんな知子の態度に対し、ついに蓮は業を煮やして声を荒げた。

「あーもー!ちょっとだらしないよ知子さんっ!今さらグジグジ考えたってどうしようも

ないじゃん!こーなっちゃったんだもん! いっくら知子さんが魔法使いでも元通りに

することなんかできないでしょ!? それにっ!何度も言うけど、別に知子さんたちが勝手

に世界をこんな風にしちゃった訳じゃないじゃん!」

「え…あ……うん……」

 突然の剣幕に、きょとんとした顔で蓮を見つめる知子。

 また、そんな反応の薄い知子に、蓮はさらに語気を荒げ、まくしたてる。

「だいたいねー、あの時『夢魔』が解放した負のエネルギーを、自分たちが消滅しちゃ

うような奥義を使って、それを押し止めたのはまぎれもなく知子さんたちなんだよッ!!

 だったら、守ったのは自分達なんだってえばってもいいくらいで……」

 その瞬間。

「……………え……?」

 知子は細めていた目を大きく見開き、蓮に向かって向き直り……

 さらに、憮然とした顔で自分を睨みつけている蓮にも構わず、

「あ…あんた、何でそんなこと知って…う、嘘でしょ…? あの戦いをそんな近くで見て
                       
インテリオン
たの…?う…ううん…そんな訳ない…『鳳凰天舞』を直視して生きていられる筈…ない

……何で、何でよっ!?」

 知子はいつの間にか、蓮の両肩をつかんだまま彼女の身体を強く揺さぶっていた。

「え…?あ…ちょ…ちょっと、と…知子さん?い、痛いよ!」

「あ…ご、ごめん…」

 我に返り、慌てて手を離す知子。

 そして、
                                 
  インテリオン
「……もう、びっくりするじゃん!急に…。あ…でも、あれ『鳳凰天舞』て言うんだ…? 

 知子さん達六人の魔法使いが融合して大きな金色の鳥になっちゃうの…」

 ………確かに蓮は知ってる。それもかなり間近で目撃していたようだ。

 だが、それは決して有り得ないはずであった。

   

 つまり――、

 先にも述べた精神界よりの干渉で、知子たち十二人の『夢戦士』が授かった力は、

男女別に大きく二つの種類に分けられていた。

 これは人間が雌雄という壁で肉体的、または精神的にその優劣の相違を有していた

がゆえのことで―――すなわち、十二人で構成される『夢戦士』たちの内、肉体的にアド

バンテージのある男六人には、人の持つ気の力を増大させ、強固な肉体と巨大な物理

的エネルギーを放つ力。そして非戦闘的な肉体を持ちつつも、新たな生命をその身に宿

すという神秘の力と強い精神力を持つ女六人には、その自らの精神力の放出と紡ぎ合

わされる『力ある言葉』によって、物質界の法則を並び変え、強大な力を得たり、精神界

を始めとする物質界とは異なる世界と干渉を持ち、異界にのみ存在する生物やエネル

ギーを召喚する――いわゆる魔法の力…『魔力』が授けられたのである。

 さらに、それらの力は前述の通り、彼らの意思によって発揮されるため、それぞれが

持つ性格や才能に合わせ、一番成しやすい形を取って具現化されるようになって

おり――要するに、十二人の『夢戦士』たちの力とはそれぞれが異なる属性を持ってい

たというわけである。

                              インテリオン
 さて…それを踏まえて、この『鳳凰天舞』という術…。

 それは、その強大すぎる破壊力ゆえ、現世で発動させるには「禁忌」とされた恐るべき

秘術であり……。

 後者の『魔力』を有する六人の術者が、己が全ての膨大な魔力・精神力・集中力を放

出させ、かつ各々が属する六つの異なる源(地、水、火、風、光、闇)の力を最大限に

呼び込むことにより、初めて発動できるまさに究極の奥義であったのだ。

 そして結果的には、この技を放ったことにより、追い詰められた『夢魔』が自滅覚悟で

放出した凄まじい負のエネルギーを押さえ込んで、倒す事ができたのだが……。

 むろん、ここまでのエネルギーを要する術である。周囲へ与える影響もまた凄まじく…

発動の現場となったO埠頭周辺は跡形もなく消滅し、そこを中心とした東京湾岸はえぐ

り取られたようにその湾域を広くされた。

 さらに、余談ではあるが、逃げる夢魔を追い、最終的にエネルギーの衝突地点となっ

た太平洋上、ミクロネシア周辺の海域に至っては数十個の小島を瞬時に海図から抹消

し、深海深くまで達した衝撃は新たな海溝さえ作ったという。
                                     
インテリオン
 ゆえに、直撃ではないにしろ、これほどまでの力を持つ術、『鳳凰天舞』の発動を視認

できるほど間近で見て、ただですむはずがない…どころか、今、目の前に形を成して存

在していること自体ありえないのだ。

 もちろん、半端な防御壁や結界で防げるレベルではない。

 『夢魔』や夢戦士クラスの超巨大な力による守護でもない限り……。
  

(…!?……超巨大な守護……?) 

 ……と、そこで、知子の考察は、とある可能性を見出した。

「ま…さか、き、恭介……が?」

 険しい面持ちで、蓮に視線を投げ掛ける知子。

「へえぇ…? さすがやっぱ察しがいいね、知子さん」

 一方、蓮はこれまでにない知子の真剣なまなざしに一瞬躊躇し、感嘆の声を上げつ

つ、

「……そう、知子さんのご明察通り、『あの時』あたしら恭介さんに助けられたの。
                             
インテリオン
 あの時、知子さんたちが出そうとしてたワザ、『鳳凰天舞』…だっけ? それを完成さ

せるために恭介さんたち男六人は徹底援護に回ってたでしょ…?」

 真顔になった蓮は、知子に確認するように語り続ける。
                                       

「あン時、ホントは知子さんたちが術を完成させるより、『夢魔』が放出しちゃった負の

エネルギーが知子さんたちを包む方が一瞬早かったんだよね…ま、知子さんたちは術

の集中でそれどころじゃなかっただろうけどさ……。

 だから…あたしら埠頭第六公園に避難してた連中は、きっとみんなおんなじ風に思っ

たんじゃないかな…。『ああ、もうだめだ…』ってね……。

 でも、あたし見たんだ! ほんの一瞬だけど…知子さんたちに届くはずだった負の

エネルギーが方向を変えたのを。そう……こんな形の見えない壁に弾かれるような感じ

で……」

 そう言うと蓮は手で丸い『コ』の字型…ちょうどドームを真横にしたような形を作った。

「え…? それは…」

 知子には、すぐにそれがなにを意味するのか分かり…なにやら言いかけたが、

「……ん?何…知子さん?」

「あ……ううん…そんで…?」

 首を軽く振って、蓮に話の続きを促した。

「…? ま、いいか。そう、その後すぐに知子さんたちのアレ…『鳳凰天舞』が発動して

辺り一面金色の光だらけになっちゃって、あたしもその光に溶けていっちゃうような感じ

になったの…。でも急に視界が戻って『あれ…?』とか思ったら、目の前にひょろっとし

た背の高い人が踏ん張ってる背中が見えて、そんであたしらの回りには葉っぱがいっ

ぱい舞い上がってて、それがまるで空中に張り付けたみたいに止まってたの。

 凄い不思議な感じだったよ。あ、もちろん葉っぱもだけど、もっとびっくりしたのは、

あたしらの回りだけ…その空中に止まっているたくさんの葉っぱの内側だけ光の海に

飲まれてないんだもん!」

 両手を大きく広げ、驚きのジェスチャーをする蓮。

 それに対し、知子は人差し指を顎に当て、何やら考え込んだような表情で、
      
そりくぬぎ   ようしてん       びゃくようらん
「な…る、『反椪』と『葉止点』…ううん、『百葉嵐』の同時発動か……。はん…土壇場に
              
                         ボ ケ
来てちょっとは脳ミソ使ったってわけね……あの恭介も…」

「え…、ボケ…って…それって恭介さんのこと…? ダメだよ〜知子さん、そんなこと言

っちゃ………いちおーカレシでしょ?」

 渋い口調で言いつつも、どこか嘲笑気味の視線を知子に向ける蓮。

「…そうなのよ。不幸なことにね……って、んな事よりそれからどうなったのよ!?」

 頬に手を当て、なにやらうなだれ……だが頭をがばっと上げ、知子は蓮を急かす。

「あ。やっとあたしの聞いてた噂通りの知子さんになってきた☆調子…戻ってきたみ

たいだね……☆」

「なによ…それ。」

「まーまー。んで…どこまで話したっけ…? ああ、そう結局恭介さんが『びゃくようらん』 

って言うの?…を使ってくれたおかげで、あたしら助かった訳だけど……」

 訝る知子を制しつつ、連は、

「…だけど、いくら絶対防御を誇る『華晶拳』の使い手、恭介さんでも、あの凄い力に対

して守る人数が多すぎたんだろうね、そのうちバリアーになってた葉っぱが少しずつき

しみだして……

 バァァン! って何かが弾けたみたいなすごい大きい音がして……その後は記憶が

ないの。で…気が付いたらここらへんに倒れてたってわけ…。

 まあ多分、バリアーごとあのエネルギーの余波で吹っ飛ばされたんじゃないかな…?

 あの時公園に避難してた人達もみんないたし…。でも、軽い怪我をしてた人はいたけ

ど、ほとんどみんな無傷だったよ。やっぱ、すごいよねぇ…夢戦士の力って……。」

 感嘆のためいきをつき、蓮は話をしめくくった。

 一方、ひととおり話を聞き終え、知子は――

「――――で。

 あのバカはどこにいんの……無事なんでしょ? その話の様子じゃ…」

 頭を手でかきむしりながら、やや面倒くさそうな口調で言った。

 対して蓮は、なにやら言葉を濁しつつ、

「え…う、うん……無事っていうか……ま、とにかくついて来て。」

 北側にある獣道の傾斜に向かい、知子に背を向けた。

   

 そして………

 そこがかつて、何度も酔っ払って歩いた道、『鳥居坂』であることに知子が気付いたの

は、傾斜を登りきった左角にある廃墟、変わり果てた『ロアビル』のいでたちを目にした

ときであった。

 そう、道なりに木々が開けたその立たずまいが……かつては不夜城と呼ばれた繁華

街、『六本木』の町並みだと気付いたとき………

「うっそぉ! これ『ロアビル』よね? じゃ、今、登ってきたの『鳥居坂』? そしたら、

あそこらへんが『びっくり寿司』…だったトコ?」

 半壊した『ロアビル』を起点に、木々の合間に見える瓦礫を指差し、現在の六本木の

町並みを割り出していく知子。

「さーすが、夜の女王。……ほら、こっちから入るよ。」

 何やら興奮気味の知子におざなりなあいづちを打ちながら、蓮は地上3階建てほどの

高さになったかつての『ロアビル』の正面に立ち、知子に手招きをする。

「え…? あ、うん。……って、ええ…? もしかして、こン中…?」

 周囲の調査(?)を止め、蓮に近寄る知子。

 そこにはかつて、階段があったのだろうか、蓮の視線が示す先には地下に向かって

不規則な段差が続いていた。

「あ、やば、明かり持ってくんの忘れちゃった。えっと…知子さん、何か持ってる…?」

 階段に一歩踏み出しつつ、振り返る蓮。

 だが、すでにその時、知子は呪文の詠唱を終えていた。
 
レイアー
「蛍粒精!」

「……あ…」

 前に突き出した知子の手から、ふわり見えない何かが打ち出され、地下へと吸い込ま

れていき……やがて外の光が届かない場所に達すると、『それ』は徐々に発光し始め、

周囲の闇を押し退けていった。

「さ、行くよ☆」

 頬の辺りで人差し指を立て、知子は軽いウインクを蓮に投げかけた。

「あ…う、うん…」

 そして…… 

 フローリングの床は捲り上がり、そこかしこに顔を出す地下茎の植物の根が歩調を

乱す中、淡い魔法の明りに照らし出されたロアビル地下を進みゆく知子と蓮……。

「ね…ねぇ…、もしか…して、アレ…?」

 破損した洒落たテーブルや椅子、硝子の破片などが転がる様子から、ここはパブ…

或いは洋風居酒屋であったのだろうか。

 訝しげな視線で知子が促した先、荒れ果てた室内の奥には瓦礫によって作られた寝

台のようなものがあり…その寝台の上には、床から生え出した無数のツタのような植物

に絡まって横たわる人影……。

「…うん。」

 知子の問いに、神妙な顔でうなづく蓮。

 二人はゆっくりと寝台まで近付いた。

  

 地面よりやや高い位置にて、半ば土砂に埋まったひょろりと細長いその身体。

 絡まるツタに見え隠れする煤けた顔…。

 そう、それは間違いなく夢戦士の一人。

 体内の気を放出し、あらゆる攻撃を遮断する結界を作り出せる技…絶対防御を司る
             
かしわぎきょうすけ
『華晶拳』の使い手、『柏木恭介』その人であった…………。

「き、恭介ぇっ!」

 張り上げた知子の声が室内に響き渡る。

「…知子さん……」

 横たわる恭介の前で立ち尽くす知子、蓮は優しくその肩に手を置いた。

「大丈夫だよ…、ほら、かすかに呼吸が聞こえるでしょ? 多分、大きな力使い過ぎちゃ

ったんだよ…恭介さん。あたしら守るために……」

 蓮は静かに慰めの言葉をかける。

「…………。」

 知子の震えが蓮の掌に伝わった。

「…じゃ、ここ…に、来てからずっと……?」

 顔をうつむかせたまま…ようやく、押し殺すような声で知子は問う。

「う…うん、何か、無事そうな建物調べてたみたいだけど…そのあとすぐ、誰かが恭介さ

んがいない…って言って、気付いたらここに……」

 蓮が言い終わらぬうちに、知子はゆっくりと顔を上げた。

「…それから、御飯も食べないんだよ。恭介さん……って、と…知子サン!?」

 顔を上げた知子は、蓮の予想に反し、口元を引きつらせた怒りの表情を浮かべてい

た。

「…っの、バカ恭介ぇっ!!」

 溜まったものを吐き出すかのように発した知子の怒声。

 振動で、崩れかけた壁の破片が乾いた音を立てて転がった。

「と、知子サンっ!?」

 反射的に飛び退いた蓮の声は裏返っていた。

「ふう…。…あ。 あはは……ごめん…びっくりした?」

 一瞬の沈黙の後、知子は大きく息を着くと、妙にすっきりとした顔になり、驚きでその

場にへたりこむ蓮に手をさしのべた。

「…? もう!『びっくりした?』じゃないよ!知子さんッ!」

 きょとん、とした目の色をにわかに変え、蓮はさしのべられた手を荒々しく払うと、自力

ですっくと立上がり憤然と知子に食ってかかる。

「ったく、一体どういう事よっ! 知子さん!?」

「だ…だから、悪い…って謝ってんじゃん。…だし、それに本当に悪いのは、『このバカ』

よ!」

 知子は慌てて蓮をなだめながら、後ろ手に親指で横たわる恭介を指差した。

「ほら、こっち来て、良く見てごらん…あんたのしてた心配が無意味なモンだって分かる

から…。」

 そう言うと、知子は恭介にまとわり着くツタのようなものを一本手に取り……

「……え…?」

 ともあれ、蓮は捲し立てるのを中断し、知子の示唆する動きに従った。

「こ…これ? だってこれって地面から生えたツタだか、根っこだかが恭介さんに絡み

付いてるだけでしょ…?」

 怪訝な顔で蓮は、自分もその内の一本を手に取る。

「…あのねぇ、ぶっちゃけた話、これも華晶拳の技の一つなの……」

 湿った地下の空気を嫌うように髪を後ろに払いながら、知子は面倒臭そうに話を進

める。

「ワザ…?」
     
きこん
「そう、『気根』っつってね、周囲の環境が著しく過酷で生命維持が困難だと思われる

時にだけ!使われる技ね……」

「……ふーん…でもなんで、その『だけ』に強調するの?」

 怪訝な顔の蓮の問いに、知子は軽く息を吐き、

「ふん、ほらここよく見てごらん…?このツタみたいなの、地面から生えてるわけじゃな
  
コイツ 
くて恭介の身体から生えてんでしょ…?」

 良く見ると確かに、そのツタのようなものは、一本一本すべて根元が恭介の身体と同

化しているように繋がっていた。

「ほ…ホントだ!なんかいっぱい点滴受けてるみたいだね、恭介さん。」

 驚きの表情を見せる蓮に、知子は乾いた笑いを浮かべ、

「……はは…。ウマイこと言うわね、あんた。

 …で、身体を仮死状態にして、極限まで体力の消耗を減らした後、『こいつら』で空気

中とか土中から、生命存続に必要な最低限のエネルギーを搾取すんのよ。つまり…」

「つまり…?」

 ようやく知子の言わんとすることが分かりかけてきた蓮。相槌を打つように聞き返す。

「そ。充分とは言えないまでも、なんとかすりゃ、水も食料も手に入るこの状況で使う技

じゃないって事よ!」

「…と言う事は……?」

「そうよ!ただ動くのがイヤで居眠りブッこいてるってワケよ!!」

「…………………。」

 ……ぼーぜんと。蓮の目が点になる。

「……って、ぼーっとしてる場合じゃないわよ!今からあたしがこのバカ叩き起こすか

ら、ちょっと下がってなさい……」

「え…あ………」

 未だ惚けた顔のまま、知子に言われるまま二三歩後ろに下がる蓮。

「あ〜、ダメ、ダメ。もっと離れて。怪我しても知らないよ!」

「う…うん……」

 知子の強い口調で我に返った蓮は、慌ててさらに五メートルほど後退する。

「ん…そうね、その辺なら平気かな…。じゃ、行っくわよぉぉぉ恭介ッ!!」

 知子の身体に魔力が集中する。

『…大気の渦よりいでし雷の精…葬送の旋律を奏で嵐となれ…』 

 …ヴヴッ……

 知子の立つ場所を中心に、周囲に急激な気圧の変化が起こり…。

 足元の乾いた砂が、数箇所で小さくつむじを巻く。

 ヴ…ッ…ヴーンッ!バチ…バチバチッ!

 室内に弾けるような異音がこだまし、次第に無数の火花が散り始めた……。

「ち…ちょっとぉ、知子…さぁん…こんなのやったら、恭介さん死んじゃうんじゃ……」

 困惑し切った様子で蓮は訴えるが、当然知子にそんな言葉が届くはずもない。
 ラファイエット
「雷  嵐!」

 気合一閃! 呪文の詠唱が終わると同時に、プラズマ化した大気が青い電気のほと

ばしりを放った。

 放たれたほとばしりは数十本の電撃の触手となり、無防備に横たわる恭介に絡み付

く。

 ドォォン! …バチバチバチバチッ!

 辺りは一瞬、眩い光に包まれ、同時に落雷にも似た大音響が蓮の耳を突く。

「…ひえぇぇ。き、恭介さんはっ!?」

 舞い上がる砂塵の向こう側に、黒焦げとなった恭介の姿を探す蓮。

 だが……
      
あわずな
「ちっ…、『泡砂』か。ったく、眠ったままでよくやるよ……。

 …何人とたりともわが惰眠を邪魔させず…って訳?」

 舌打ちしながら毒づく知子。

 睨み付ける知子の視線を追うと、そこには宙に舞う砂ぼこりに覆われながら、何事も

なかったかのように安らかな表情で横たわる恭介の姿があった。

 知子が口にした恭介の『泡砂』という技により、恭介を襲った電撃は宙を舞う砂ぼこり

に通電し、土中、あるいは空気中に放電してしまい、その高電圧の攻撃を無意味なもの

としてしまい―――まあ、言ってみれば、周囲の砂塵を飛散させ、簡易的な避雷針を作

り出したというわけである。

「…ふ…ふわ〜………」

 知子と恭介、二人の力量に呆然とする蓮。

 一方知子は、

「ふ…ふーん? いいわよ、恭介、アンタがそのつもりなら……」

 顔を引きつらせながら、口元に妖しい笑みを浮かべ、
                      
おぼろえ
『…汝ら…闇の名を以て映りし天子の朧影……』

 新たな呪文を口に紡いでいた。

『…真となりて、わが五芒の陣に座せ……』

 呪文と複雑な動作に呼応するように、知子を中心として、周囲の地面に黒い五芒星の

図形が描かれる。

「く…うっ!」

 思わず、苦しげな呻きを漏らす蓮。

 強力かつ急激な魔力の収束により、『獣戦士』である身体が敏感に反応してしまった

のだ。

 そして、なおも知子が発する暗黒の魔力が周囲に満ちてゆき……。

「ううっ、う、うわ…なんか、すっごくヤバそ…。こ…これは、逃げた方が……いいかも…

?」

 ただならぬ危険を感じた蓮は、再び『銀狼』へとその身を変え、地上へと駆け抜けて

いった。

 たなびく銀色の残像を残して……。

 同じ頃、知子の周囲には彼女を取り囲むように、五つの黒い球体が出現していた。

 黒い球体はそれぞれ五芒星の頂点上、知子の腰の高さ辺りで浮遊している……。

「んふふふふふ…、よーし、行っくわよぉぉぉ、恭介っ!!」

 知子は天を仰いで収束された魔力を解放する。
 
ダ ル シ ア ン
「式士五陰魔!」

 魔力の解放にともない、掲げられた知子の両掌の上に暗黒の高エネルギー体である

五つの球体が集り、それらは互いに混ざり合って一つの超高エネルギーの塊と化す。

「行っけぇぇぇぇぇ!」

 両腕を振り降ろす知子の動作と共に、知子の頭上に浮かぶ『それ』は漆黒の尾を引い

て恭介めがけて打ち出された。

 ズガァァァァン!!

 凄まじい衝撃と衝突音が地下室全体を揺らす。

「…はぁ……はぁ。や…やった……?」

 肩で息する知子。

 その時……

 ゴゴゴゴゴゴ……

 低い地鳴りのような響きと、徐々に激しくなる振動が知子の身体に伝わった。

「……? げ…! や、やば…、ちょっ…と、やりすぎたか…な…?」

 …そう、説明するまでもなく。

 このあまりにも激しい衝撃は、なんとか形をとどめていたロアビルを崩落させるのに

は充分すぎるものであったのだ。

 ともあれ、

「え…えーと……」

 パラパラと落ちてくるコンクリートの破片をかいくぐりながら、知子は結界の呪文を唱え

ようとする……が、

「…だ、だめだ……。ち…ちょっとぉ、冗談じゃないわよぉ〜。こんなトコで生き埋めな

んて…」

 沈痛な表情で臍を噛む知子。思ったより魔力の消耗は激しく、また次第に大きく、

多量になって降りそそぐ破片を避けながらでは充分な魔力の集中ができず、

「うぅ…しゃあない……」

 結局、至極簡単な…傘をさす程度の防御壁を作り出すことしかできなかった。
  ヘルザー
『蒔虫膜…』

 ようやく紡ぎ出された呪文により、微弱な魔力の見えない壁が知子を包み、降り注ぐ

破片を弾き返す。

 そのスキに知子は比較的、崩落の少ない場所へ移動しようとした

 しかし……

 ピシィィィィッ!

 天井のコンクリートに一際大きな亀裂が走った。

「や…ヤバ…ッ! く…崩れるっ…!?」

 …ズゥンッ!

 低く重い地響きを立てて、地下室の天井は抜け落ちた。

  

(4)へつづく。

 

 

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