夢戦士伝説・U

六本木心中

(4)

 そして……

「よお…」

 声は唐突に知子の頭上から聞こえた。

 頭に被せていた両手をおろし、おそるおそる顔を上げると、

「………!?」

 そこには、知子を押し潰すはずだった巨大なコンクリートの岩塊をその背に背負い、

知子を覆うように立つ大柄な男の姿。 

「……………。」

 驚愕の視線でじっと見つめる知子に、男は、端正だがその野生味溢れる顔をほころ

ばせ、

「よっ、知子…久し振りだな?……に、しても……相変わらずのムチャクチャぶりだな…

おい?」

 顔の筋肉を緩ませたおかげで、耳にかけていた男の長い髪が頬にはらりと落ちた。

「ゆ、勇太郎!」
            
かざま ゆうたろう
 そう、男の名は、『風間勇太郎』。彼もまた十二の夢戦士のうちの一人……強靱な肉

体は他の追随を許さず、己が気を圧縮、爆発させることにより圧倒的な破壊力を生み

出す技…『破掌拳』の使い手であった。

「おっと…感動の再会にこの広い胸に飛び込んできたい気持ちは分かるけど…よ。

後にしよーぜ。まだ、上の方が崩れてきそうだからよ。抱き合ったままセンベイになっ

ちまったらシャレになんねーし……んしょっ!」

 言いながら、曲がった腰を伸ばす勇太郎。

 背中に乗ったコンクリートの塊がどさりと鈍い音を立てて、滑り落ちた。

 一瞬の沈黙の後、

「ば…っ!だれがあんたなんかに! ……って、でもそーね…アンタなんかと二人で

おっつぶれちゃったら、弓香に死体ごとコナゴナにされるわね。」

 驚愕冷めめやらぬまま、勇太郎の物言いに乗ずる知子……だが、すぐに思い直し、

彼の恋人の名を交えた軽口でやり返す。

 また、唯一頭の上がらぬ人物の名を口に出され、一瞬顔色を変える勇太郎だが、

「…い…いやまぁ、それはともかくよ……マジになんとかしねえと…ホントにやばいぜ…」

 意味深な笑みを浮かべる知子の目から逃げるように、崩れ落ちた天井の先…もはや

吹き抜けとなってしまったロアビル内部を見上げながら言う。

 まあ、多分に話を逸らす意味合いも含んでいるのだが、至極もっともな意見でもある。

 二人がそんなノンキな会話を交わしてる間にも、ロアビルの倒壊は進んでおり…

 ……ぎしぎし……ごごごご…。

 建物全体が嫌なきしみ音を立て、知子たちの足元にもより激しい震動が伝わってきて

いた。

 舞い落ちる砂埃や小石の破片が視界を遮り……

 知子はとりあえず、勇太郎の身体にも自分と同じ防御の呪文をかける。
 
ヘルザー
「蒔虫膜」
                            
モ ン
「お…サンキュ、……にしてもどうするよ。こんな結界じゃさっきにみてぇなでかいコンク

リの塊は防げねえんだろ…?」

 勇太郎の問いに知子は、

「わかってるわよ。そんな事。ばらばら落ちてくる破片気にしてちゃ動きにくいでしょ。

 それより、あんたが入ってきたところは?」

 当たり前のように答え、周囲を見回し脱出経路を探す。

「んなもん、とっくに埋まっちまったよ……って、おい…まさか俺を掘削機がわりに使う気

じゃねーべな……?」

 確かに岩盤をも打ち砕く『破掌拳』の使い手の彼なら、そのようなことも可能ではある

が……。

「ばか。違うわよ。念の為、まだ無事かと思って聞いただけ。第一、これ以上衝撃与えて

どうすんのよ!?」 

「これ以上…って、全部お前のせいだろが……」

「……って、あ、あれ!?」

 呟くように言った勇太郎の言葉は、何かを見付けた知子の声でかき消された。

「ねー、あれ…外の光じゃない? あそこから出られるかも…」

 雨のように降り注ぐ瓦礫の中、知子は二十メートルほど上方に四角く光が漏れている

場所を発見した。

「勇太郎、あんたあそこまでジャンプできる?」

 光の漏れている場所を指差し、急ぎ尋ねる知子。

「お…あそこか!足場も残ってるみたいだし…な。あんくらいの高さなら、なんとか行け

っかな。…けどよ………」

 勇太郎は眉をひそめて知子の全身を見る。

「……ん?どしたの?」

「五十キロの荷物かかえちゃ、ちょっときついぜ…?」
                                    
                  イーザ
「…
!? ご…って……ちょ、し…失礼ね!あたしゃ、四十八キロだよ!! それにっ『皮翼』
            
 マーフ
はムリだけど、まだ『遊飛』くらいなら使えんだからねっ。あんたの手は借りないよっ
!!

 顔を赤らめ捲し立て、急ぎ知子は簡単な浮遊の呪文を唱え、
    
 マーフ
「……『遊飛!』……先行くよっ!」

 吐き捨てるように言うと、知子の身体は魔力によってふわりと宙へ浮き上がった。

「お…おい、待てよ知子!『アレ』はどうすんだよ…?」

 勇太郎は慌てた様子で、背後にある何かを指差した。

 そう、そこには……

 先ほど知子の呪文の直撃を受けたはずの恭介の横たわる姿……。

 徐々に瓦礫に埋もれつつも、彼は相変わらず安穏と惰眠を貪っていた。

「…ちょっと、思い出させないでよ、せっかく視界から外してたのに……」

 問われて、知子はしんそこ嫌そうな顔をする。

「け、けど……」

 むろん、勇太郎は戸惑い気味の表情を見せるが、
                                          
ダ ル シ ア ン
「へ・い・き、よ!ほっといても。だいたい、いっくら加減したとはいえ、『式士五陰魔』の

直撃に耐えたくらいだもん!こんくらいのビルの倒壊くらい何ともないわよっ!」

 怒鳴りながらも知子はどんどん高度を上げていく。

 また、それを聞いて勇太郎はまともに驚愕し、
   ダ ル シ ア ン                                   モン
「ダ、式士五陰魔だぁ…? おめー、仮にもカレシに向かってそんなやべえ呪文使った

んかよ!? ……ったく、あいかわらずおっかねえ女だな……」

 しばし青ざめ、固まったまま非難の言葉を呟く……が、

「おーい、勇太郎ぉ…、そんなトコでぶつぶつ言ってると、やばいよぉ〜。」

 一人先に、足場の位置にたどり着き、おざなりに注意を促す…まあもっともな知子の

言葉で我に返り、

「…っとぉ、そうだな、そういうことなら、とりあえず『アレ』は心配なさそうだし……

 ほんじゃ、せぇぇぇのっ!!」

 意味もなく両掌に唾を飛ばし、深く身体を沈みこめ、勇太郎は強く地面を蹴った。

 降り注ぐガレキの雨の中、勇太郎の身体は矢のように跳んでいき……

 その姿が光の扉から消えたのとほぼ同時に、

 ズ……ズズ…ゥンッ!!

 ロアビルは激しい地響きを立てて崩れ落ちた。

  

 倒壊現場より少し離れた大地に…

 とん。

 ダンッ!

 知子、勇太郎…それぞれの着地音。

 と、同時に…

「ほ〜いっ! ほもほはん、ふびぃ? (お〜いっ! 知子さん、無事ィ?)」

 口に知子のヴィトンのバッグをくわえ、『銀狼』の姿の蓮が駆け寄ってきた。

「げ…!『銀狼』…?」

「ああ、大丈夫よ…このコは。『獣戦士』なんだって。あたしに恭介の居場所、教えてくれ

たの……」

 蓮の姿に警戒し、身構える勇太郎に、手をひらひらと振って、簡単に蓮の紹介をする

知子。

 また蓮は、そんな二人の間に割り込み、

「ねえ、それより恭介さんは…どこ…?」

 鼻先を上に向け、知子を仰ぎ見る。

「あー、あそこよ」

 知子は、いまだ土煙を上げ大きな瓦礫の山となった…背後の元ロアビルを指し示し、

さらりと答えた。

「あ……あそこ…って、ま…まさか…?」

「あ、だいじょぶだいじょぶ☆ ちょっと重めの布団引っ被って寝てるだけだから……」

「えー、ホントにィ…?」

 なにやらめーわくそうに顔をしかめ、手をぱたぱた振り言う知子に、蓮は疑わしい声
                    
ちから
を上げる……が、先ほど恭介の能力をまともに見ているだけに、すぐに思い直し、それ

以上の追及はしなかった。
                           
 バ
「……って、そんなことより、蓮! アンタまた変身けてるってことは……」

「あ…あはは……バナリパのシャツ、破けて…ダメんなっちった……」

「ったく……。んでも…まぁよかったわよ。ギャップのおニュー渡してなくて……」

 器用に前足で頭を掻きばつ悪そうな仕草を見せる蓮を前にして、知子は呆れ顔で

軽く溜め息を着く。

 …と、その一方、

「……お、お〜い……」

 完全にカヤの外に置かれた勇太郎が怪訝な声を上げていた。

「あ…あれ?こっちのカッコいいお兄さんは…?」

 初めてその存在に気付いたように、鼻先を勇太郎へ向ける蓮。

 その瞬間、なにやら知子は急に顔色を変え、

「か、カッコいい…?ば…ばかね…あんた、勇太郎にそんなこと言って……、視線で犯

されても知らないよ!」

「……。え……? 勇…太郎…さん? あの…性の『ゴーゴン』の異名を持つ…?」

 また、蓮も勇太郎の名を聞いた途端、顔色…は分からないが、その長い尾をくるりと

丸め、怯えた様子で二、三歩後退りする。

 ちなみに、説明するまでもないと思うが、『ゴーゴン』とは…その視線に石化能力を持

った巨牛の怪物である。

 ともあれ、いきなりのそんな散々な言われように… 

「……って、あ…あのな……」

 顔を引きつらせながら、絞り出すような声で何か言い掛ける勇太郎。

 だが…

「あはははははは!! 性の『ゴーゴン』? 勇太郎、あんたイイ二つ名持ってんじゃ

ん☆ あははははは……」

 彼を指差し、爆笑する知子の言葉がそれを完全に遮った。

「バ、バカヤローッ!てめー知子ッ!いくら俺だってな、分別ってモンがあるっつーの! 

 おめえみてえな性悪はともかく、なにが悲しくてアニマル相手に……って……

 え……?お…おい……?」

 顔を真っ赤にして怒鳴る勇太郎。だが、その目線の先には輝く光が……

「なっ…? しょ…性悪ってのは何よ…!?」

「ちょ…ちょっと待て、知子。そ…そいつ……」

 ドサクサまぎれに言った言葉を聞き逃さずにわかに色めく知子を制し、勇太郎は

驚愕の表情で目線の先…知子の背後を指差した。

「何よ、ごまかさないで……って、あ…ああああああぁぁっ!! れ…蓮っ!?

 振り返った知子の前には、眩い輝きを飛散させ、変身を解いた蓮の姿があった。

 …当然、一糸まとわぬ裸体である……

「ば、バカ…蓮っ! ちょ…勇太郎もっ、ぼーっと見てないであっち向いてなッ!!」

「お、おう!」

 迫力ある知子の口調に、勇太郎は反射的に従い、固まったまま回れ右。

 その間に知子は素早くバッグからバスタオルを取り出し、蓮の身体に巻き付け……

「ば…ばか…あんた、勇太郎の前ですっぱだかになるなんて…ホント、人生捨てるよー

なもんだよ!」

「で…でもでも、勇太郎さんに声もかけられないんじゃ、女じゃないってゆーじゃない?」

 妙に真顔で諭す知子に、なにやら不満げな表情を浮かべ、口を尖らせる蓮。

「ばか…!それにしたって、いきなりグリフォンに牝馬差し出すような真似しなくたって

いいでしょーが!?」

 グリフォン――鷲頭獅子身の怪物で、好物は馬。また牝馬を見つけると見境いなく襲

い掛かり、子を孕ませる習性を持っている……。

「あはっ☆知子さん、その例えナイス!」

「でしょ?」

 なにやら妙なところで異様に盛り上がる蓮と知子。

 そして…

「…おい……そろそろ俺もしゃべってもいーか…?」

 振り返った勇太郎の顔には引きつった笑みが浮かんでいた。

「………あ…。」

   

「……ったく、いいかげんにしろよな、おめーら。いいたい放題言いやがって……」

 無礼きわまりない女二人を並べ立て、憮然とした顔で口を開く勇太郎。

「だいたい…いいか?あれから二年もたってんだぞ。俺だっていつまでも女好きのガキ

とは限らねーだろ……」

 その口調は、完全に説教モードに入っており…。

 また、知子と蓮もさすがにマズイと思ったのか、神妙な面持ちで目を伏せ佇んでいる。

 そしてさらに、勇太郎の説教は続き、

「……ましてなあ、何度も死にそーになりながら、やっとここまで辿り着いたってのに…

 それをなんだ?『性のメデューサ』?…『グリフォンに牝馬』……? 

 久し振りに再会した仲間…それにそっちのおねーちゃんは初対面じゃねえか…いきな

りそりゃねーだろ?本人目の前にしてよ……」

 勇太郎は言葉を括りながら、どこか寂しげな表情を浮かべ、二人から視線を逸らし

た。

「……………。」

 周囲に気まずい空気が漂い……

「…あ…あはは…。や…やあねえ…勇太郎。マジんなっちゃって……じょーだんに決ま

ってんじゃない……ね、蓮?」

 間を置いて、額に汗を浮かべた知子がばつ悪そうに弁解し、蓮に同意を求める。

「え…?あ…いやその……あはは……」

 話を振られ、やはり笑ってごまかす蓮だが……

「………。」

 勇太郎はそんなやりとりを尻目に、ゆっくりと歩を進め、知子の横を通り過ぎ、いまだ

憮然とした表情のまま、蓮の前に立ち塞がった。

「え…?あ……あの……」

 でかい勇太郎の身体に、前方の視界を完全に遮られ…

「え…?あ…あの…ごめんなさい。あたし調子に乗って…知子さんの口車につい……」

 その表情を即座に変え、口に拳を当て、潤んだ瞳で訴える蓮…。

 …なかなかにしたたかである。

「ちょ……ちょっと、蓮? あんた……」

 もちろん、責任をすべて押し付けられそうになった知子は、慌てて口を挾む。

 だが、そんな知子の抗議を制して、勇太郎は改めて蓮に向き直り…

「ふ…いいんだよ、俺も昔は色々やってたから…キミの耳に変な噂が届いてたのも仕方

ない………。でも、これ以上、この性悪女にありもしないコト吹き込まれちゃたまんない

からね………。一応、釘刺しただけだよ……。」

 やさしいおニーさん然とした爽やかな笑顔を作り、蓮の両肩に手を置いて、とうとうと告

げる勇太郎。

 なぜか蓮も、瞳をうるうるさせ、こくこくと頷いている。

「ちょ、ちょっと、あんたら…?」

 苦笑を浮かべ、なんとか割り込もうとする知子だが、

「……え〜?ホントですかぁ……?」

「……ああ、マジマジ☆」

 すでに二人は完全に違う世界に入っており、全く取り合ってもらえず…。

「…ところで、あのさ、向こうに置いてある俺のバッグに、アナーキックの長Tがあんだけ

ど、それ…貸してやろっか? 俺のサイズで、でかいから…変身しても破れねーかも

よ?」

 などと言いつつ、すでに勇太郎の手は蓮の肩に回っていた。

「えー、でもぉ…そんな悪いですよぉ……」

 言葉では躊躇する蓮ではあるが、その表情はまんざらでもない様子である。

「いーっていーって。いこいこ。それにほら…クロムハーツのアクセとかもあんぜ☆」

 勇太郎の言葉と共に二人は知子に背を向け、歩み始めた。

 その時……

『…魔の宝玉、全てを食らいし、闇の眼……』

 絞り出すような呪文の詠唱が風に運ばれ、勇太郎の耳に届いた。

「……!」

 にわかに勇太郎の顔は青ざめ、ゆっくりと振り返る。
                          
  ヴァルジラー
「ね…ねえ、と…知子…ちゃん? それって、『黒電炉』の呪文だよ…ね?」

「そ…」

 勇太郎の引きつった笑いに対し、知子は静かに答える。

「それって…さあ、あの…目の前の物すべてを吸い込んじゃう…小型のブラックホール

の……?」

「そうよ…」

 さらに淡々と答える知子。

「…で、い……今、その対象は……?」

「あんた…」

 知子の口元に冷ややかな笑みが浮かんだ。

 …………………………。

「だああああああっ! 待て!ちょぉぉっと待てええええ!! れ…蓮ちゃん…だっけ?

 ほ…ほら、あそこに俺のバッグあっから、勝手に好きな服選んで着てきな!」

「えーっ! いいんですかぁ!? ラッキー!あたし欲しかったの、アナーキックの!

アクセももらっていいんですよねっ☆」

 小走りにはしゃいで勇太郎のバッグのところへ向かう蓮。

「お、おい、知子ッ!これでいいだろ!? おい…やめろって、呪文……!」

 勇太郎はすっかりうろたえた様子で、呪文を唱える知子の口を塞ごうとする。

 すると、知子はそれを手の甲で軽く制し、

「あたしには…?」

「へ…? あ、ああ、わかった。や…やるよ。」

「……アナーキックのパーカーとクロムハーツのキーパーリングある…?」

「え゛…? そ……それはお前…俺だってアレは、見っけんのにえれー苦労して……」

『…汝が贄は我が元に……』

「うあああっ!わ…わかったよ!なんでも好きなだけ持ってけッ!!」

 天高く…勇太郎の悲痛な叫びがこだまし…

「んふ…、らっき☆ ……蓮っ、ちょ〜っと待ったあ! 一緒に選ぶわよっ!!」

 すでにバッグを開きつつあった蓮に向かって、知子は一目散に駆け出した。

 がっくりと膝を付いた勇太郎を後に残して……

  

(5)へつづく。

 

TOPへ もくじへ