夢戦士伝説・U

六本木心中

(5)

「あ〜、これもかわい〜☆」

「あ…ちょっとダメよそれは。あたしが先に目付けてたんだから!」

 その後三人は、崩壊したロアビル近く…現在の蓮の住居である比較的原形をとどめ

ている廃墟へと場所を移していた。

 建物の作りからすると、ここはおそらく元はレストランかブティック…といったところか。

 どちらにしても、外部の損傷でむろん今は店舗としては見る影もなかったが、その内

部は、蓮の手による修繕があちこちに施されており、充分人が暮らせるようにきれいに

整頓されていた。

 そんな中、三人は、室内中央に置かれた八人がけほどのテーブルについているのだ

が…。

 そう、現在ここでは……

「……いやだからあの…キミ達…もーそんくらいで……。」

 極めて重く沈痛な勇太郎の表情の元。

「ん〜?」

「……えっと…あ…あのよ…だからサイズだってあわねーし……」

「いーの。パジャマにしたり…いろいろ使い道あんだから」

「そーそー」

「…って、あぁっ!知子さんずるいぃ〜!アナーキックもう三枚も抱えて……」

「なによ蓮、あんたこそ!その胸の異様な膨らみは何?あんた、そんなに胸でかかった

っけ!?

「……………………。」

 知子と蓮による、彼のバッグの中身を巡る激しい争奪戦が繰り広げられていた……。

 もっとも、衣服等が簡単に手に入らない今の環境において、まあムリもないこと…と

言ってしまえばそれまでなのだが、そのノリはほとんどワゴンセールのつかみ合いで

ある。

 むろんのこと。あまりみっともいーものではなく、かなりあさましいやりとりだとは思うの

だが………まあそれはこの際、言わない約束だろう……。

 ともあれ、

「……ふう…。じゃ、そろそろ状況分析始めましょうか……」

 数十分後…、どーにかこーにか分配は平和的にカタがついたようで…。

 満足気な笑みを浮かべた知子が口を開く。

 テーブルに片肘を付くその指には蓮が出した柑橘系の果物の一房がつままれてい

た。

「うん、そうだね☆」

 対して、『戦利品』を改めつつ、一際元気な声で答える蓮。

 二人ともいまだ興奮冷めやらぬといった表情で、額にはうっすらと汗の跡があった。

 その一方、

「お〜…」

 そんな二人とはまったく対称的に、生気を失ったような顔で力ない返事を返す勇太郎。

 哀しげな視線で見つめる先には、ほとんど中身を失われ、くたっと力尽きたような彼

のスポーツバッグがある。

 とまあ、それはさておき……

「…そんじゃまず……ずっと聞きそびれちゃってたけど、蓮、あんたどうしてあたしを襲

ったの……?」

 髪をかきあげつつ、知子が蓮に視線を向けた。

 その時……

    

 コンコン…。

 ノックの音は、勇太郎が腰掛ける背後――有り合わせの材料で補強された出入り口

の扉から。

「………?」

 知子と勇太郎は共に怪訝な顔を蓮に向ける。

「あ…やっば〜!」

 だが蓮はそんな二人の視線に気付くより先に、壁に掛けられていた時計に目をやり、

「………そっか〜…もう、こんな時間かぁ…」 

 むろん、それは正確な時を刻んでいたわけではないだろうが、外の明るさなどから、

おおまかに合わせてあるのだろう、針は午後三時を差していた。

「まずいな〜、いろいろあったんで、なんにも用意してないよ……」

 なにやら渋い表情のまま、ぶつぶつ言いながら出入り口の扉に向かう蓮。

 むろんのこと、知子と勇太郎には何のことだかさっぱりわからず…またそんな彼らが

首を傾げる中…。

 蓮の手によって、ぎぃっと、軋んだ音を立てて扉が開くと、

「おねえちゃ〜ん、おなかすいた……」

 そこには十歳前後くらいであろうか、少年の姿があった。

「…………?…」

 状況が飲みこめず、さらに訝しげな顔を見合わせる知子と勇太郎。

 またその一方で、

「……あ…」

 少年は、室内の二人の姿にを少し臆した様子を見せ、

「お…お客さん…?」

「ん?ああ、おねえちゃんのお友達。向こうが知子さん。こっちのお兄ちゃんが勇太郎さ

ん」

 扉の影に半身を隠し、怪訝な様子で問う少年に対し、蓮は軽く微笑み、簡単に二人を

紹介した。

 また、知子と勇太郎も、

「こんちはー☆」

「よっ☆」

 蓮に調子を合わせ、少年の緊張を和らげるように、かわるがわるに笑顔を送る。

「こ…こんにちは…」

 その二人の表情を見て、少年は少し安心した顔になり、おそるおそる挨拶を返した。

 また蓮は、双方のそんなやり取りを見送りつつ、

「…で、ごはんよね……。でも…ごめんね〜、今日おねえちゃん忙しくてなんにも用意

してないんだ……」

 少し困った顔になって言う。

 すると、

『……え〜?』

 蓮のその言葉を聞き……扉の影に隠れていたのか、三、四人の少年そして少女が

声を合わせ、一斉に顔を覗かせた。

 皆、先の少年と同じ年頃のようである。

 ともあれ、あからさまに不安と不満の表情を浮かべる彼らに対し、

「あ…なあんだ、みんなで来てたの? あはは……でもそんな顔しなくても大丈夫☆

 おねえちゃん、こんな時のためにとっといた物があるから…。ちょっと待っててね。」

 蓮は、片目をつぶって空腹の彼等をなだめるように微笑むと、おそらく店舗だった頃

は事務所だったのであろう、奥の部屋に入っていった。

 ………ややあって、

「……お待たせ〜」

 大きめの紙袋を両手で抱え、蓮は奥の部屋から出てきた。

「よいしょっと!えへへ…今日はこれ…でかんべんね」

 ごとり…と音を立て、テーブルに置かれた紙袋。

 中には種々様々な缶詰が入っており………

「あ…わ〜い☆」

 子供達はすぐさまテーブルに群がり、めいめいに缶詰を手にしていく。

 ……が、最後の缶詰を手にした一人の少年が空になった紙袋の中を見詰め、

「ねー、おねえちゃん、缶切は?」

「え…?あ…そ、そうだね……。ええと、あっれーっ、どっかにあったと思ったんだけど

な〜…」

 頭を掻きつつ、困惑した表情を見せる蓮。

 すると……

「なんだよ、しょーがねえなあ……缶詰だけあって缶切がねえのか?」

 それを見かね、呆れたような口調で口を挾んだのは勇太郎であった。

「え…? 勇太郎さん、持ってンの?」

 ぱっと明るい顔になり、向き直る蓮。

「いや、缶切はねえけどよ…つーか俺の持ち物検査はさっきすんだべ?

 おっ…ぼうず、それ貸してみ?」

 イヤミを交えつつ、勇太郎は近くにいた少年の手にある缶詰を受け取り…

「んっ…と」

 勇太郎は右手に軽く力を込めると、人差し指で缶の上蓋の縁に沿うように円を描い

た。

「ちょっと、勇太郎、いいカッコすんのはいいけど、力入れ過ぎて底まで切んないように

しなさいよ…」

 当惑する蓮と少年たちを前に、つまらなそうに口を挾む知子。

「わかってんよ。……ほれ、ぼうず、これで食えるぞ。あ…汁こぼさねえようにな」

 言いながら、勇太郎はそっと少年の手にそれを手渡した。

「あ…!?」

 少年が驚きの声を上げる。見ると、缶の上蓋には勇太郎が指でなぞった通り、くっきり

と円の切り口が入っていた。

 まるで缶切…いや、それ以上の鋭利な刃物で切り裂いたように……。   

  

 そして…

『おにーちゃんおねーちゃん、ありがとー!』

「おー、じゃーな」

「またね〜☆」 

 めいめい蓋の開いた缶詰を乗せた薄い板を両手で持ちながら、去りゆく彼らの背中

を見送り、三人は再度テーブルに着いた。

「ふう……。さて…と、蓮、あんたにはまた聞くことが増えちゃったみたいね…」

 軽い溜め息をつき、苦笑を浮かべる知子に、

「あはは、そうみたいだね、でも、知子さんがさっき聞きかけたコトと今の子たちのコトは

無関係じゃないから、かえって説明しやすくなったよ」

 蓮はやはり苦笑で返しつつ、

「あ、勇太郎さん、ごめんね、なんか缶切代わりに使わせちゃって……」

「おー。」

 うつむきながら、相槌を打つ勇太郎の口には、しわくちゃの煙草がくわえられていた。

 彼は手慣れた動作で愛用のジッポーを取り出し、それに火を点し――

 …しゅぼっ。

 にわかに、くゆる煙が部屋に漂った。

「あ…この匂い、マルボロ…ライト? 勇太郎、あんたこんな世界になっても、よく愛用の

タバコめっけて来るわね…ったく、見上げた根性してるわ」

 自分の方に流れてきた煙を手で払いながら、知子は呆れたように言いつつ……

「あ…☆…てことは、この中身はターキーでしょ?」

 先程、勇太郎のバッグからせしめたスキットルを取り出し、意気揚々とそのキャップ

に手を掛けた。

「え…?ああっ!! お…おめーそ…そんなモンまで!? ちょ…やめろっておい!そりゃ、

割れてなかった十二年物で…こないだやっと見っけた貴重なヤツなんだって……」

 顔色を変え、勇太郎は慌ててそれを奪い返そうと手を伸ばす…が、

「お…おいやめ……うぶぅっ!?」

 向かい側にいた知子にその手が届くはずもなく、勢いあまってぺしゃりとテーブルに

突っ伏してしまった。

「いただきまーす☆」

 対して知子は、潰れた勇太郎を冷笑で見下ろしつつ、口に添えたスキットルを傾け、

「……ん…

 バーボン独特の甘い香りと、粗野ではあるが豊かで深い味わいが、知子の口一杯

に広がり……。

「ぷは☆………くぅぅぅ〜っ おいしっ♪二年ぶりの味☆」

 ノドを灼くような液体を胃に押し込め、しみるようなアルコールの残り香を吐き出しつ

つ、知子はにんまりと笑みを浮かべた。

「ああああっ!『ぷは☆』ぢゃねーっ!ちょっ…、てんめー、返せっ!!」

 悲鳴を上げ、荒々しく席を立つ勇太郎。

「んふふふ〜☆や〜だ♪」

「…………あ、あの〜、知子さん…?」

 また、そんな二人のやりとりに唖然とし、困惑した声を上げる蓮だが。

 むろん知子は、つかみかかる勇太郎の手を躱すのに忙しく、それどころではなく……

「ん〜、なに蓮…?あんたも欲しい?」

 振り返りもせず、後ろ手にスキットルを蓮に差し出した。

 そして……

「………」

 蓮は差し出されたスキットルを、半ばひったくるように自分の手に収めると……

「ああああぁ!?」

「ん…?」

 再び、勇太郎の悲鳴。また、それにつられて、知子も振り返る。

 ……ぐびっ!

 二人が見つめる中、蓮は一息でそれ口に流し込み……

 だむっ!

 銀製のスキットルは、荒々しくテーブルに置かれ……

「……………いーかげんそろそろ本題に入らない?」

 静かだが、怒りを噛み締めたような蓮の口調。目は完全にすわっており……もちろん

それは酒の酔いによるものではない。

『…………。』

 そんな静かな迫力に、二人はつかみあったまましばし固まり、そして……

『…は…はい……』

 勇太郎はすごすごと席に戻り、知子もきちんと椅子に座り直した。

 蓮は心底あきれ返った目で二人を見据え、

「はあぁ…。ったくもー、いい加減にしてよね。大の大人がこんなもんの取り合いで、

子供みたいに…」

 言いつつ、再び口に当てたスキットルをぐいと傾ける。

 はらはらとそれを見詰める勇太郎。

「だいたいねー、こんなもんなら、ここに売るほどあんだよ……ほら……」

 そう言いながら、蓮は器用に右足のつま先をフローリングの床の割れ目に引っ掛け、

蹴飛ばすように、その一部をひっぱがした。

「……へ?」

 あらわになった床下……その中身に、瞬間目を丸くし、

「おお〜っ!」

「へええええ☆」

 次いで、口々に歓喜の声を上げる勇太郎と知子。

 二人の見詰める先…床板をはがされた床下のスペースには、様々な洋酒のボトル、

箱入りの缶ビール、そして日本酒の一升瓶がところ狭しと並んでいた。

 ………ごく。

 思わず舌なめずりをする知子と勇太郎に、

「はいはい、お二人さん、話が済んだらいくらでも飲んでいいから…今はこれだけにしと

こーね☆」

 蓮は軽く手をぱんぱんと叩き、二人を宥め、床下に手を伸ばして、スキットルの中身と

同じワイルドターキーのボトルを取り出すと、二人の前に差し出し………

「ん〜まー、そっちのW&Mも気になるトコだけど…☆」

「おーおー♪今はこれでガマンしとくか…☆」

 かくして……ようやく話は進められていくのであった。

  

(6)へつづく。

 

 

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