夢戦士伝説・U

六本木心中

(6)

「……へえ?そんじゃ、おめーが一人であのぼうず達の面倒見てんだ…?」

 つまみ代わりに出されたチョコレートのかけらをかじりつつ勇太郎。

「ふふん…渋谷、六本木を股にかけた遊び人のお姉さんが……保母さんとはね、どうい

う風の吹き回しよ……?」

 軽く鼻で笑い、からかうような口調で知子は蓮を上目使いに見る。

「う…遊び人はお互い様じゃない!それにだって、しょうがないじゃん……今、ここには

あたしとあの子たちしかいないんだもん……」

 なにやら少し頬を赤らめ、ムキになって答える蓮に、

「え…?でもあんた、さっき言ってたじゃない?埠頭第六公園に避難してた人たち全員、

恭介の結界ごとここに吹き飛ばされてきたって。そんで、全員無事だったって………」

「ん…まあ…そん時はね……」

 驚き顔で尋ねる知子に、蓮の顔が曇る。

 また、そう言って言葉を濁らせた蓮の代わりに、

「はん、発狂しちまったり、『獣人』になっちまったり、もしくは他の化物に食われちまった

ってとこか……」

 勇太郎は吐き捨てるように言うと、三杯目のバーボンをあおった。

「…?」

 さらに訝しげな顔になり、知子が視線を勇太郎に移すと、

「へ…、知子よぉ、お前…今の話聞いてピンとこねえってことは、『あの戦い』の後、結

構最近まで目覚めなかったんだろ?
         
インテリオン
 まぁ…最後のあの術で、力ぁ使い果たしちまったみてーだから無理もねえけどよ……」

 グラスを置き、勇太郎は、煙草を口にやりながらなおも話を続ける。
        
オ レ ら
「…あの後、夢戦士全員、術と『夢魔』の衝突の反動でばらばらに吹っ飛ばされたろ?

 ま、おまえら魔法使いとか、恭介なんかは強力な結界が張れっから、結構近く…とりあ

えず日本の中に落っこちれたみてえだけどよ……

 俺なんか勢いに負けねえように、破掌拳の技ぶっぱなすだけだったからよ。余計に飛

距離がついちまって、結局着いた先はスイスだぞ。それもアイガーとかいう山のてっぺ

ん!」

 言い放ち、勇太郎は皿に盛られたピーナッツをひとつかみし、口に放り込んだ。

 そう、当然と言えば当然なのだが、
         
     インテリオン
 あの恐るべき秘術、『鳳凰天舞』によって『夢魔』を討ち滅ぼした際、彼ら夢戦士た

ちもまた、おびただしいエネルギーの反流に巻き込まれていたのだ。

 とはいえむろん、それぞれが持つ強大な技の力を最大限に用いて防御したのだが…

 いかんせん、恭介のように防御を専門とする力を持っているのならともかく、勇太郎

たち他の男五人の夢戦士達には、それらを相殺する力まではなく、各々発したエネル

ギーと向かい来る衝突のエネルギーの反発の力のまま、何処ともなく、かなりの遠距

離まで弾き飛ばされたのだった。

 またその一方、モロにその中心部にいた術者達…すなわち知子をはじめとする六人

の魔法使いたちも同じように衝突の余波に巻き込まれたものの、彼女らは魔法使い

特有の、術発動の際に纏う独自の守護結界に守られていたため、ほとんど外傷もなく、

少なくとも日本国内域に落着していた。

 が、しかし、彼女らがこの禁忌の術を発動させるために要した魔力・精神力は、人間

の限界をはるかに超えており、それらを回復させねば、通常の行動はおろか、生命維

持すら難しい瀕死の状態であり……

 そのため、彼女らは、先に恭介が行っていた『気根』のような、生命維持の術を用い、

その著しく衰弱した生命力を回復させるため、少なくとも一年を超える長き眠りを必要と

したのだった。

 事実、知子にしても、目覚めたのはひと月ほど前であり……また現在も生命力は回復

したとはいえ、魔力の方はあの戦いのときに比べ、十分の一も戻ってはいなかった。

 ともあれ……

「そ…そりゃ、あたしが目覚めたのは、一ヶ月くらい前だし、目覚めてからこっち、人らし

い人に会ったのは、この蓮が初めてだけど……そんなにひどいの…?」

 蓮と勇太郎…二人の様子から、ただならぬ様相を感じ、知子は神妙な顔になる。

「ああ、俺もここに来るまでいろいろ見てきたけど…ひどいなんてもんじゃないね。

 でもまあ、ここはわりかしマシなほうだぜ…そんなに人がいねー分だけな。

 発狂した人間が獣人になってく様や、それが他の人間を食い殺すトコなんて、そりゃも

う……」

「……そう…だったよ。」

 訳知り顔で話す勇太郎の言葉を、重々しい口調で遮る蓮。

『え…?』

 また、顔を向ける二人に対し、蓮はさらに重厚な雰囲気を纏いつつ、

「ここも……そう…だったんだよ……。みんな、身体は無事…だったけど…やっぱ突然
           
       こころ
のこの変わりようだもんね……精神の方はぐちゃぐちゃになっちゃったみたいで……

 それも、なまじまともな常識が染みついちゃってた大人たちは、特にね…………。

 食べ物や飲み物だって、探せば結構あんのにさ……目の色変えて奪い合って……」

「……殺し合い…狂気に駆られ、果ては獣人化…か。」

 蓮の言葉の先を推し量り、どこか皮肉めいた重い口調で知子が言う。

「……ん。それに、ほかにも、いつ襲ってくるかわかんない化物から、身を守る手段もな

かったしね…」

 作り笑いで知子に応え、蓮は先を付け足した。

「そっか……で、『獣戦士』の力に目覚めたお前さんが、人間やめちまった奴らとか、他

の化物どもから、あのぼうず達を守ったってわけだ……」

「なるほどね…。じゃ、問答無用であたしに襲いかかってきたのも、ムリないわね。

 …そういうシビアな状態じゃ、相手を確認してる間もないもんね……」

 知子はため息を一つ付いて、蓮との出会いを思い返した。

 …と、そこで、

「…ん? でもよ、『銀狼』になれるお前さんがいたんだろ。確か銀狼の咆え声には沈

静の作用があんじゃなかったっけ…?」

「あ。そう言えば…。」

 勇太郎の言葉に、知子は顔を上げ、

「そうよね、それ使えば、少なくとも全員が獣人化することは無かったはずだし……

 特にあの子達の親なんかは、わが子を守るっていう本能が働いたはずだから……

 それこそ簡単に恐慌状態は取り除けたはずだけど……?」

 知子は少し考えた後、蓮に目を移し、その答えを待った。

 勇太郎もグラスを傾けながら、蓮の様子を伺っている。
  
          ハウリング
「あ…うん、もちろん『咆哮』をするまでもなく、『人』のまま理性を保っていた人もいた

よ…。

 …そう、知子さんの言うように、あの子達の親なんかはすごくしっかりしてた……。

 で…でも……だ…だから……あたしがその人達を……守るために……」

 蓮はそこまで言うと、沈痛な表情で言葉を詰まらせた。

 心なし、肩を震わせ、息が荒くなっている。

「………あ…!」

 そしてすぐに、知子と勇太郎の二人は、蓮が途切らせた言葉の先に気付いた。

 そう、『銀狼』の攻撃力を以てすれば、『獣人』の十匹や二十匹を倒すことなど、造作も

ないことである。

 だが、その倒すべき怪物は、数日、或いは数刻前までは互いに言葉を交わせたはず

の普通の人間だったのだ。

 どのような思いで蓮が『彼等』と対峙したのか……

「…………」

 押し黙る彼女と、漂う重苦しい空気がそれを如実に物語っていた。

 ややあって、

「わ、悪ィ…、思い出したくないこと、思い出させちまったな……」

 うなだれる蓮を気遣うように、勇太郎。

「で…でも…さ、あんたがそうしなきゃ、あの子たちだって……」

 そして、知子も静かに慰めの言葉を掛ける……が、

「…あー、やめやめ!らしくないわ。あたしも……あんたもねっ!ちょっと、蓮っ、しっか

りしなさいよっ!」

「…え……?」

 突然の知子の強い口調に、思わず蓮は顔を上げる。

「これじゃ、さっきとまるで立場が逆じゃないの!あんたさっき、あたしに何て言った!?

 済んじゃったこと、ぐじぐじ考えてもしょうがないんでしょっ!それよか、これからどー

するか…でしょっ!?」

「……え…あ…」

 厳しくも毅然とした知子の物言いに、きょとんっと目を丸くする蓮。

 そして知子は、ひととき間を置き……

「……ね、話の続き、聞かせてもらえるわね?」

 とびきり優しい微笑を浮かべていた。 

 ひょっとしたら、それは負の感情を取り除く『沈静』の呪文だったのかもしれない…。

「……え……あ……?」

 だが、己が胸に広がる奇妙な安堵を不思議に思いつつ…蓮が見つめ返す知子の

瞳は……

「…………。」

 そう、同等の苦悩を知り尽くしているからこそ出来る………

 あたかも、蓮の悲しみや罪の意識をすべて受け止め洗い流すかのような、深い慈

愛の輝きに満ちていた………。

  

(7)へつづく。

 

 

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