夢戦士伝説・U
六本木心中
(8)
「……………。」 頭にたんこぶ、頬に五本のひっかき傷を付けた知子を先頭に、三人は佇んでいた。 突然現れたコンクリートの地面を踏みしめ、もはや眼前に迫った東京タワーを見上げ つつ。 ちなみに、大方の予想に反し、道中、数々出現するだろうと思われた怪物や罠の類い はまるっきり皆無で、六本木からこっち、崩壊前の頃と同様にわずか十数分でここまで 辿り着いてしまった。 もっとも、蓮と勇太郎、二人の体力回復を待った30分ほど後の事であるが。 ともあれ、 「いやー、なんかあっさり着いちゃったねー。こんなことなら、あたし一人でさっさと救出に 来るんだったなー」 以前は駐車場だった場所を横切りつつ、その背に着替えの入ったナップザックを背負 った――すでに銀狼姿の蓮が言う。 だろ……それでもなんもしてこねーってこたぁ……おそらく、あそこの扉を開ければ、 中からどばぁ!っとお出迎えが待ってるって寸法……」 対して、偉そうに髪など掻きあげつつ、タワービル2F玄関口――並ぶ両開きのドアを 指差す勇太郎だが……。 「……って、お…おい、知子……?」 「……………。」 それを意にも介さず知子は、とことこと、その方向へ向かって足を進め、まったく無 造作に中央の扉を押し開けてしまう。 「……っ!?」 軽い驚嘆が知子の口をつく。ドアを開けたまま、数歩退き…… 「ほ…ほらみろ、いわんこっちゃない!」 また、慌てて知子の背後に駆け寄った勇太郎が、素早く臨戦態勢を取る。 だが…… 「……待ちなよ。勇太郎。中…見てみ。」 意気込む勇太郎を軽く制して、知子はかぶりを振ると、後ろ手に親指でドアの中―― 館内を指差す。 「へ?……あ…?あああああーっ!?」 腰に溜めた拳をゆるゆると下ろし、勇太郎は驚愕の声を上げた。 「えっ、なになに? どうしたのっ!!」 「ふん、こういう訳よ……。」 少し遅れて駆け寄ってきた蓮に、知子は面白くもなさそうに、顎で視点を促す。 そして、蓮の低い視野に映ったものは…… 「…………え………?」 いろんな意味で当時から名物にもなっており、今時誰がこんなモン買うんだ然とした、 ペナントやキーホルダーなど売り並ぶ土産物屋街。 ス○バやド○ールとは明らかに一線を画する、懐古感溢れたスタンドの喫茶コーナー ………。 むろん、店員も観光客もいる……。 そう、まったく昔通りの、東京タワー館内…2階フロアのたたずまいであった。 また、真実を見透かす銀狼の眼を以てしても、その景観は変わらぬところから、どう やら幻術の類ではないようだ………。 『………………………。』 まさに信じられぬ光景に、茫然とその場に立ちすくむ勇太郎と蓮。 一方、知子は、 「……ったく、予想はしてたけど、相変わらず悪趣味ね。マリオネット。」 そばの柱に身を預け、誰に言うともなく毒づいた。 すると、 ポーン………ザ…ザ…… にわかに機械的な音が鳴り響き、館内スピーカーがざわめいた。 『え〜、あーあー、テステス、ワンツーワンツー、マイク…入ってるかな? 』 聞こえてきたのは、間の抜けた台詞を喋る、高らかな子供の声。 「な…何よこれ…?」 「く…マ、マリオネット…か?」 今だ困惑の表情のまま辺りを見回す蓮と、下げていた拳を再び堅く握り締め、虚空に 向かいて眉をひそめる勇太郎。 そして…… 『あはは、お久し振り。勇太郎君に知子ちゃん☆ あ…それと…そこの銀狼さんは、 て、知ってるよね?』 敵意のかけらも感じられないとぼけきったマリオネットの口調に、 「はいはい、あんたの自己紹介はいいから。それより、とっとと話進めてくんない? ……ま…あんま聞きたかないけどさ……あんたまた、こんなおーがかりなことして ……いったい何たくらんでるわけ…?」 うんざりとした様子で、知子は先を促す。 『くくくっ、そういう聞き方するって事は、大体わかってるみたいだね。ま、知子ちゃんの 期待通りの答…半分はボクの趣味さ。でもね、今回はさすがにそればっかりじゃあな 「…蓮よ。」 油断なく周囲に警戒の念を払いながら、狼の口を動かす蓮。 『蓮ちゃん…?へー女の子か?ま、いーや。それより、ここ入ってくんなら、変身解いた 方がいいよ』 軽い驚嘆交じりに、なにやら忠告を促すマリオネット。 またそれとほぼ同時に、 「――あの……お客様? 誠に恐れ入りますが、ペットの入店はご遠慮戴いてるんです が……」 近くを通りかかった場内係員らしき女性が、知子に声を掛けてきた。 「……へ?」 「…っ!ぺ、ペットって…ちょっとぉ…!」 またにわかにいきり立つ蓮だが、 『いやほら…。一応、リアルに再現したつもりなんだけどさ…あるてーどの常識範囲内 での対応しか設定してないから。今のボクとかキミの声は聞こえてないと思うよ……』 なにやら気まずげにしゃべるマリオネットの言葉に、迷惑そうに舌打ちし、知子は 呪文を唱える。 ぴん、と立てた指先から漆黒の煙が吹き出し、螺旋を描いて蓮の身体を包み込み… 局地的な闇を作り出す呪文――本来は、隠匿や目くらましなどに使われるものであ るが……どうやら今は、蓮の更衣室代わりに使用されるようである。 ともあれ、 ピカッ! 床から筒状にわだかまる闇の内部が一瞬閃き……その光に弾かれるように、闇は 薄らいでいき…… 「…………。」 『……お☆』 消えゆく煙のあとには、急ぎ腰のベルトを止めつつ…Tシャツ、ジーンズ姿の蓮が現 れた。 『…へぇ〜可愛いんだね〜☆ 蓮ちゃんとやら……?いや〜、ボクとしたことが知らな まこと感嘆混じりに、マリオネットは蓮に賞賛の言葉を送りつつ、 『あ…そう言えば、こないだ、人員確保のために、あそこに送ったオークとゴブリンが半 分近くやられて帰ってきたけど…そっか、あれは……』 「そうよ……あたしがやったのよ!」 なにやら納得したように喋るスピーカーを睨みつける蓮。 『ふーん、やっぱそうか。精鋭ばっか三十も出したのに、おかしいなとは思ってたんだ けどね……。ま、精鋭とは言ってもしょせん、オークやゴブリンだしね。それに目的は しょーがないね……』 「返しなさいよっ!! 健太たちのお父さん、お母さんをっ!!」 回りくどいマリオネットの言葉を無視し、蓮の怒声が響きわたる。 『な、何だよ? いきなり大声で……って、ああ、あそこから来てもらった人達か。それ なら、返すも返さないも…その辺にいないかい? あそこは精神状態が安定してる人 が多かったから、ボクも操作しやすくてさ、結構いろんなところで働いてもらってるはず だけど…?』 「………?…」 迷惑そうに言ったマリオネットの言葉に、虚空よりゆっくりと目を落とし、訝しげに辺 りを見回す蓮。 すると、 「あ……ああっ! お…おばさんっ!?」 土産物屋のブースの中に佇む店員――年の頃なら三十才前半の女性は、蓮の知 ってる顔だった。 蓮はすぐさまそのブースに駆け寄り…だが、 「いらっしゃいませ」 ガラス張りのショーケース越し…彼女は極めて営業用の笑みで蓮に応対した。 「や…やだ、おばさん。あ、あたしよ……」 困惑気味に苦笑を浮かべ蓮が話しかけるも、彼女は、やや困ったようにそのサー ビススマイルを歪め、 「…は…?はあ……えっと……ごめんなさい。どちら様……だったかしら…?」 「ちょっと! おばさんっ何ギャグやってんのよ。あたし…蓮よ。蓮!」 「………れん…さん?……」 たまりかね声を荒げる蓮に、しかし彼女は、気まずそうな愛想笑いを浮かべたまま、 首をかしげて、蓮の顔を見つめるのみ。 「そ、そんな……おば…さ…」 「やめなよ。蓮。」 うろたえる蓮の腕を掴み、知子は沈痛な表情で言った。 そんな知子の言葉に、混乱から我に返るも…… 「あ…う……だ…だって、知子さん……このひとは、美香のお母さんなんだよっ! ほらっ、さっき知子さんも会ったでしょっ!あの…いちばん小さい女の子のお母さん なのっ!」 振り返りざま、知子につかみかかり、半ば泣き顔に顔を歪めて訴える蓮。 掴まれた知子の腕に蓮の爪が深く食い込み、痛みと共にその悲痛な思いが伝わる 「だからっ!精神操作されてんのよっ!ここにいる人達っ!それも、あたしの術とかあ 取り乱す蓮を落ち着かせようと、両肩を掴み返し、厳しい口調で諭す知子。 ……その時だった。 「み……美…香……?」 女店員―美香という少女の母親が、呟くようなか細い声を上げたのは。 『……おや?』 同時に、スピーカーを通したマリオネットの声に疑念の色がこもる。 「え…?」 すぐさま知子たちも彼女へ目を向ける。 「……………」 すると、彼女は虚空を見詰めたまま、凍り付いたようにその場に立ち尽くしていた。 『へええ、僕の術が解けかかってるよ。いや、大したもんだね。親子の情ってやつは…』 なにやら感嘆の声を漏らしつつも、マリオネットは… 『けど…ま、お店の人がいなくなっちゃ困るからね。しょうがない。もちっと強いやつを掛 けさせてもらいますか』 「や…やめなさいっ! マリオネット!」 知子の制止も空しく、場内には、マイクのハウリングに似た異音が響き渡った。 ぼわぁぁぁぁ…… それは知子たちには、ただの耳障りな雑音でしかなかったが、 「はうぅっ!」 被術者である美香の母親だけが、まともにその影響を受けていた。 「…あ゛あ゛あ゛ぁ゛ァ゛ァ゛ァ゛……!」 ぶるぶると身体を小刻みに痙攣させ、白目をむき――表情を失った彼女は、やがて 崩れ落ちるように、その場に昏倒していく。 「あぁっ! お…おばさんっ!」 間一髪、ショーケースを飛び越え、素早く彼女の背後へ回った蓮がそれを抱きとめ た。 「ね…ねぇっ、おばさんっ、大丈夫っ!? ねぇってばっ!」 彼女の体を激しく揺さぶる蓮。しかし彼女は両目を見開いたまま、何の反応も示さな かった。 「ちょっと、蓮!そんなに揺さぶらないのっ! ……ん、大丈夫。気絶してるだけよ 」 慌てふためく蓮を制しつつ、ブース内に回り込んできた知子は、彼女を看て取り、静 かに言う。 そして、 『あはは、ごめんごめん。今度はちょっと強過ぎちゃったみたいだね』 全く悪びれた様子もなくしゃあしゃあと言うマリオネットに、 「……いいかげんにしろや。てめ……」 それまで、押し黙っていた勇太郎が静かに口を開いた。 しかし、その静かな口調とは裏腹に、凶獣にも似た怒りの視線で虚空を睨みつけ、 目に見えるほどのゆらめく闘気を纏いつつ、 「………マジさっさとこのくだらねえお遊びをやめろ。でねえと……」 勇太郎は奇妙にも見える四肢の動きで、全身に迸る気の流れを両の拳に集める。 周囲に、並々ならぬ殺気が満ち………だが、 「勇太郎! やめな、思うツボだよ!」 「止めんなっ!知子っ!俺ァもう……」 「ばかッ!マジギレしてどうすんのよっ!?こんなトコであんたのその勢いで技出したら、 ここにいる人達、全員タダじゃすまないよっ!」 「……う…………くぅ………っそ!」 知子の言葉で、勇太郎は両拳を強く叩き合わせ、なんとか思いとどまる。また、その 無念を表すように、彼の両拳からは一筋の鮮血が滴り落ちた。 『ふふっ、なあんだ、つまんないの。相変わらず冷静なんだね。知子ちゃんってば。』 「………いいかげんにしなよね。マリオネット。あたしだって寸前…だよ……」 表情こそ変えないが、知子は怒気をはらんだ巻き舌で話す。 「…んなことより、さっさとそのクソくだんないあんたの目的とやらを話してみなよ……」 猫を思わせるツリ目がちな両の瞳が虚空を射抜き… 「このアタシがぐっちょんぐっちょんに潰してやっから…さぁッ!!」 ゆっくりと顔を上げた知子の表情は、激しい憎悪の笑みに歪んでいた。 『へ…?あはは……コワイなあ〜……』 だがむろん、スピーカーから出るマリオネットの声には怯んだ様子もなく……いや、 むしろ、以前よりさらに嬉々とした感がこもっており、 『……でも、ま…そのつもりだったしね。いいよ、聞かせてあげるよ。…と、マイクごし じゃ何だし、ボクんトコまで、おいでよ。お互い顔が見えてたほうが、話しやすいでしょ? ……で、ボクのいる所は…分かるよね? ほら、よくいうじゃない? なんとかと煙は高いトコに登るって、ね。くくっ……』 「っざけんな! てめえが出てこ……」 「いいわ、あんたんトコまで行ったげるよ。エレベーターは、ちゃんと動くんでしょうね?」 色めき立つ勇太郎を後ろ手に制し、知子はマリオネットの申し入れを受ける。 『もちろん。それにどうせ君たちお金持ってないだろうから、特別優待客ということに ……プッ 軽い抹消音と共にスピーカー音は止んだ。 |
(9)へつづく。