夢戦士伝説・U

六本木心中

(9)

「本日はご来場、誠にありがとうございます。このエレベーターは一分ほどで大展望台

までお客様をご案内致します。途中、耳がツーンとなる事がありますが……」

 操作盤に向かい立つエレベーターガールの声が響く中、三人は、大展望台行きの

エレベータの中にいた。

 むろん、マリオネットのはからいで、エレベータガールの他、乗客は知子たちだけで

ある。

 またちなみに、東京タワーの構造上、マリオネットのいる『特別展望台』まで行くには、

途中、今向かっている――タワーのトレードマークでもあり、外から見ると腹巻のよう

に見える『大展望台』を経て、このエレベーターの他にもう一機、特別展望台行きのエ

レベーターに乗継がねばならないのだが……。

 ともあれそんな中、

「なあ、知子よぉ、何でバカ正直にあいつの誘いに乗ってやんだよ?」

 奥の壁にもたれかかる勇太郎が、不満げな声をもらす。

「まーね」

 エレベーターガールの背後に立っていた知子は、勇太郎に背を向けたまま、事も無

げに言葉を返した。

「ま…『まーね』って!?お前な………え?」

 意に介さないその答に声を荒げる勇太郎。が、だらりと下ろした知子の手…指先が

なにやら、わきわきと動いているのに気付いて…

「………。ふ…ん、わかったよ。今か?」

「……ん…」

 知子は、目だけを勇太郎に向け、軽くうなづく。

 そして、勇太郎は再び壁にもたれかかり、

「ねえねえ、おねーさ〜ん、臘人形館とか不思議な散歩道とかも、ちゃんとやってん

の〜?」

 いつもの軽い調子で、エレベーターガールに尋ねた。

「は…? ええ、もちろ…ん………あ。」

 振り返りざまに、答えるエレベーターガールだが、背後にいた知子に、その大きな猫目

に見詰められ、言葉を止めた…

「………。」

 が、それも一瞬のこと。知子の口が少し動いたように見えたが―――、

「…?。…あ。え…ええ、もちろん。でも、このエレベーターでは止まりませんから……」

 多分気のせいだろう……首を傾げつつ、彼女は勇太郎の問いに言葉を続けた。

「…そうですね、お帰りの際にでも、寄ってみたら、いかがです?」

 にっこりと微笑み、再び操作盤の方へ向き直るエレベーターガールの背中に、 

「ああ、無事に帰れたら、そうするわ。無事に…ね。」

 軽く溜め息をつき、自嘲気味な笑みでそう呟くと、勇太郎は高度を示す表示ランプ

へと目をやった。

 現在、八十メートルを越した所。間もなく、大展望台である。

  

 チーン。

 特有の音が鳴り、エレベーターの扉が開く。

「お待たせ致しました。大展望台でございます。特別展望台へお越しのお客様は場内

左の方へお進み下さいませ」

 三人に軽く頭を下げるエレベーターガール。

 ふいに、知子は彼女の肩にぽんと手を置き…。 

「じゃ、お願いね。」

「は…?」

 反射的に顔を上げる彼女だが、すでに知子は踵を返していた。

「え…あの……」

 何か言いすがる彼女を残し、また、不審な顔を浮かべる蓮を引き連れるようにして、

三人は特別展望台行きのエレベーター乗り場へと向かった。

 そして、

 先程よりも小さい、四方ガラス張りの――特別展望台行きのエレベーターの中、

「ね…知子さん……」

 不審に思った知子の行動を問いただそうと、いぶかしげに口を開く蓮。

「ま、今にわかるよ……」

 だが、それを遮るように、言葉と共に勇太郎が蓮の頭に手を置いた……

 そのとき……

 ぽーん…。

『えー、特別展望台ご来場のお客様に申し上げます……』

 場内アナウンス。先程のエレベーターガールの声が響いたのはまさにこの時だった。

『誠に恐れ入りますが、ただ今をもちまして特別展望台の業務は終了させて頂きます。

ただ今お着き致しますエレベーターが最終となりますので、どなた様もお急ぎの上、

エレベーター前にお並び下さいませ。

 続いて、業務連絡、特別展望台業務の係員は、同エレベーターにて大展望台まで降

りて下さい。繰り返します………』

「え…これって……?」

「そ。ま…時限式の催眠術っていったところか。ほれ…人払いしとかねーと、俺らも動

きにくいべ――なぁ?」

 驚き顔で自分の顔を仰ぎ見る蓮に片目をつぶって応え、勇太郎は背後の知子へと視

線を移した。

 蓮はその視線に従いつつ、知子に目を向け、

「で…でも、このエレベーターで上にいる人たち全員乗り切れるの?」

「あ…それは平気でしょ。知らない?特別展望台って結構狭いのよ。売店とかもないし

ね…おそらく、係員いれても、十人くらいしかいないんじゃないかな。

 それに、今まで見たとおりじゃアイツもさほど人間集めてるわけじゃないみたいだし…

………」

 蓮の疑問に知子が答える中、間もなく、エレベーターは特別展望台に到着した。

「ほらね」

 知子たちとすれちがい、ぞろぞろとエレベーターへ乗り込む客たち。それを見送りつつ

知子は蓮の肩に手を置いた。

 その人員は知子の読み通り、十数名であった。

「さて、これで、少々ドンパチやっても気兼ねしなくていいわけだけど……」

 安堵にも似た息を吐き、直径十メートルほどの円形の場内を見回す知子。

 展望用の窓の外には、以前とは違う景色、大きくその変貌を遂げた東京の眺望が広

がっており……だがむろん、誠に興味深いその光景も、今の知子たちにそれらを眺め

見る余裕はなかった。

 深海の底にも似た異様な沈黙。そして肌にまとわりつくような嫌な空気が、じったりと

立ち込めていたからである……。

 そして、

『……こっちだよ』

 声は場内右手の方より聞こえた。

「………」

 警戒しつつ、ぐるり円柱に沿ってゆっくりと歩を進める三人。 

「いやあ、見事な手際だったね。やっぱ、やるねえ、知子ちゃん」

 それは―――――居た。

  

(10)へつづく。