夢戦士伝説・U

六本木心中

(10)

 以前なら、新宿方面の眺望が望める辺り。

 踏み台を用い有料の双眼鏡を覗いている少年……。

 背格好なら、およそ小学校低学年といったところか。

 だが……その容貌は、なにもかもが強烈な異彩を放っていた。
 
                ピ エ ロ
 派手な――だが、通常の道化師にある陽気なイメージはまるで感じられない悪趣味

な極彩色の衣装に身を包み……

 頭のてっぺんのみ剃り上げられた異様なヘアスタイル。

 また、双眼鏡を覗く、あどけない横顔には、目元から顎にかけて、不気味な紋様の

クマドリが描かれていた……。

 そう、紛れもなく。

 かつての『夢魔』の腹心の一人、混乱と幻惑を司る狂気の道化師。

 マリオネット―――その姿であった。 

「でもね…ま、変な間だなって思ったんだ。あの時……」

 知子たちの接近をあっさりと許し、マリオネットは今だ双眼鏡を覗いたまま、さらに言

いつのる。

「…けど、一体どうやったんだい?さっきみたいのは別にして、そう簡単に僕の術が

外れるわけないんだけどな……」

「ふん、あんたのかけた術だから、どーせ解除すんのはムリだと思ってね。かけられて 

命令に上書きさせてもらったのよ」

「ふうん、なるほど……リアルに再現した分、ファジーな面を多くしたからね。そこにつ

け込めば、そういう事もまた可能か。

 でも……まあ、人質にしてたつもりはなかったから、別にどうでもいいけど……」

 知子の言葉に納得しつつ――

 かしゅん…。

 呟くマリオネットの言葉の途中、双眼鏡が料金切れの音を立てた。

「あーあ、終わっちゃった……」

 やや不満げにそう言うと、マリオネットは踏み台からぴょんと飛び下り、屈託のない

にこやかな顔を知子たちに向けた。

 まことあどけない少年の顔。

 しかし、その顔面に描かれた奇怪な紋様のクマドリが不気味に歪み――

 かくも狂気を宿すつぶらな瞳が知子たちに向けられた時、

 ……ず……ぅん……

 場内に、例えようのない…異様な妖気―――むせ返るような瘴気が充満した。

「くっ!」

 低い呻きを上げたのは蓮。

 たちこめる瘴気に耐え切れず、獣戦士である彼女の身体はにわかに変調をきたす。  

「グウウウウッ……」

 銀色の髪がざわめき立ち、口から漏れる呻き声は、すでに獣のそれに変わってい

た。

「蓮……ダメ。早まらないで。まだよ。」

 自らもはやる気持ちを押さえ、知子は努めて落ち着いた口調で蓮を制す。

「ふふっ、そうだよ。話の続き、聞きに来たんだろ?そんなに焦らないでよ……」

 マリオネットは、そんな二人を嬉々とした様子で眺め見つつ、

「…って ああ、僕のせいか。ごめんごめん、久々の再会のせいかな、ちょっと興奮

しちゃったみいだね………んっ…っと」

 言葉途中で何かに気付いたように、まばたきひとつ。

「…あは。これで、もう大丈夫だろ?」

 そして、再びにんまりとした笑みを浮かべた時、場内を満たしていた瘴気は嘘のよう

に霧散していた。

「くぅっ…はぁっ……お心遣い…感謝するわ……」

「いえいえどーいたしまして☆」 

 荒くなった呼吸を整えつつ、皮肉たっぷりに礼を返す蓮に、マリオネットはまるっきり

人を食った態度で、深々と頭を下げた。

「――よお、どーでもいいけど、ちゃちゃっと話せや。マリオネット…おめーの、そのくだ

らねえお遊びの目的とやらを、よ。」

 そんな態度に業を煮やしたか、窓際の手すりにもたれかかった勇太郎が、おもしろく

もなさそうな口調で、話を促す。 

「はは…大した言われようだな……。でもね、勇太郎くん、さっきも言ったけど、今回の

コレは、話せば君達も納得……するわけは、ま、ないだろうけど、ボク…いや、僕たち

が存在するために仕方なくやってる事なんだよ。」

 ひょいと肩をすくめて、さも大袈裟に落ち込んだような顔をするマリオネット。

「仕方なく……だと!?」

 じわりと殺気を帯び、勇太郎の怒りの眼光が閃く。

「ちょっと待って、勇太郎。

 マリオネット、今、あんた『僕たち』って言ったわね? それって……」

「ん…ああ、もちろん、僕たち『八将軍』のことだけど―――あ。そうか! もしかして
   
  ボ ス
みんな『夢魔』と一緒にやられちゃった…とか思ってた?
       
    レ ヴ ァ  メフィーナ   
 でも、そうだね、不死王や妖鬼妃なんかはボスに忠誠誓ってただけに、あの時も、

そばにいたしね……救出すんのが大変だったよ。」

「な……っ……!?」

 耳を疑う重大事を軽々しく述べるマリオネットに、言葉を失う知子。

 また、そんな知子の驚愕を満足そうに微笑み、マリオネットはさらに続ける。

「あはは、だってそーだろ? 彼等が滅んでたら、今ボクが君達の前にいるわけないじ

ゃないか」

「ど…どういうことよ?」

 込み上げる動揺を押さえつつ、さらに尋ねる知子に、

「あれ、知らなかったの? でも、ま…そうだね。言ってみりゃこれは僕らの弱点だから、

極秘にしてたんだっけ。

 つまりね、僕ら…八将軍はボスに精神の世界から呼び出されるときに、ある仕掛をさ

れて、現実の世界に物質化させられたのさ。

 その仕掛けっていうのは、僕等の内、誰か一人でも欠けた場合、全員滅んでしまうっ

てゆーやつでね……ま、一蓮托生って言うの? 君らの言葉で言えば。

 で、ボスは何でそんな事をしたかっていうと……」

「……怖かったのね」

 先読みし、言葉を繋げた知子に、マリオネットはやや難しい顔になり、

「うーん…いや、怖いっていうほどのもんじゃないだろうけど……まあ、僕等が手を組ん

で謀反…なんてことになったら、ちょっとめんどくさいことにはなったろうね。

 だから、そんな事になったときのために、僕等のうち一人を処分すれば、事が収まる

ようにしたのさ。

 ま、用心深いボスらしい、保険みたいなモンかな……

 そんでまあ、そんな理由で、僕は彼等を救出せざるを得なかったってわけなんだけど

……」

 そこまで言って、マリオネットは、疲れたようにため息ひとつ。

 また、なにやら告げ口をするときのような顔になり…
   
               レ ヴ ァ
「でも聞いてよ〜知子ちゃん。不死王なんてさ、せっかく助けてあげようとしてんのに、

『主、滅びるなら我も共に…』なんて、わがまま言うんだよ。ほんと、困っちゃったよ…

…。

 だからボクも、しょうがないってんで、ほとんど強引にだけど彼等の核…あ、君たちで

言えば魂みたいなモンかな。それだけ取り出してさ、適当な人間めがけて撃ちこんだっ

てわけ。

 こうすりゃ、あとでその人間の生気を使って、彼らを復活させる事が可能だからね。

 けど……」

 淡々と語りつつ、だがマリオネットは、そこで困ったように眉をひそめ、
                                 インテリオン
「さすがにちょっと予想外だったんだよね。君達の術、『鳳凰天舞』の威力が。

 一応、直接被害受けないように空間を三層にも遮断して作業したのに、僕の方も

かなりダメージ受けちゃって……結局、僕自身、彼等の核がどこに飛んでったのかわ

かんなくなっちゃってさ……」

「―――なるほど。それで、『東京タワー』ってわけね……」

「!?」

 納得したように呟く知子に、勇太郎と蓮が同時に顔を向けた。

 しかし、それには、感心したような笑みを浮かべたマリオネットが答える。

「お。さすが知子ちゃん☆察しがいいね。そう、八将軍の核が入ってるっていったって

あれは解凍してない圧縮プログラムみたいなもんだからね。そのままじゃ、何の力も

発揮きないし、何かの拍子に自分から目覚めてくれてるんならともかく、人間なんて

ちょっとたことですぐ死んじゃう生き物だろ?

 早いとこ見つけ出して解凍処理してやんなきゃ、その人間の肉体が滅んだ時点で

全ておじゃんだからね。

 もっとも、今僕が存在してられるってことは、まだとりあえず、彼らの核も無事みたい

だけど……。

 そこで、散らばっちゃった彼らの核の波動を探すために、この電波塔のシステムに

僕の力を上乗せして、『探知』をかけてんのさ。ね…こうすりゃ、かなりの広範囲を効率

よく……」

「ちょっと待ってよ!」

 ここで蓮が、偉そうに説明を続けるマリオネットの言葉を遮った。

「じゃあ、それと人さらって集めてんのには、どういう関係があんのよ!?」

「ああ、それはもちろん、ここのシステム動かすために必要だからさ。なんせ僕には人 

間の作った機械のことなんて、レベルが低すぎてちっともわかんないからね。

 で、まあ…こんだけの建物がシステムだけ動いてるってのもさみしいだろ? ついで

だから、昔どーりに再現しようと思ってね……☆」

 こともなげに言い放つマリオネット。

「そ…そんな…ことのために……」

 激しい憎悪が、蓮の心に吹き上がる。本当なら今すぐにでも飛びかかりたいところだ

が、

「………くっ…」

 いかんせん、その力のレベルが違い過ぎる。蓮は臍を噛み、顔を背けた。

「あはは…でもその顔じゃ気に入ってはもらえなかったようだね……。

 さて…と、これで僕の話は終わりだけど、何か参考になったかい?」

 蓮の落胆を心底嬉しそうに微笑み、再び知子の方へ顔を向けるマリオネット。

 すると、

「そうね……」

「……ずいぶん参考になったぜ」

 意外にも静かな表情で、交互にうなづく知子と勇太郎。

「ほう、どんな風に?」

「つまりね……」

 興味津々に尋ねるマリオネットに、知子は不適な笑みを浮かべ、目くばせでその先を

勇太郎に譲った。

 そして、勇太郎は、

「てめえをぶっ倒しゃ全部丸くおさまんだろーがよっ!!」

 言い放つ言葉と同時に、合わせた掌底をマリオネット目がけて打ち出した!

 ドゴォッ!!

 猛圧縮された気の塊がマリオネットの身体に直撃し、凄まじい音と共に爆発する。

「やった!」

「まだよ!蓮っ!」

 歓喜の声を上げる蓮の首ったまを引っ掴み、
 イーザ
「皮翼!」

 唱える呪文と共に、上着を脱ぎ捨てる知子。

 ふくよかな乳房が現れる、と思いきや、瞬時に胸部は漆黒の毛皮で覆われ、背中から

は屈強な蝙蝠の翼が生え伸びた。

「行くよっ勇太郎!」

「おうっ、来いっ!」

 蓮をしっかり抱きかかえ、背中の翼をはためかせて、言葉通り勇太郎めがけ飛び込ん

でいく知子。

 また、すでに察していた勇太郎は片手に残った気で窓ガラスを打ち破り、知子の身体

にしがみつく。

「え…?え…?」

 目まぐるしく変わる視界に、蓮が躊躇する間もなく、

「おし!蓮っ、しっかりつかまってなよっ!」

 三人はひとかたまりとなって、外…勇太郎が穿った窓ガラスをくぐり、中空に踊り出

た。

  

(11)へつづく。

 

 

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