夢戦士伝説・U

六本木心中

(11)

「わ、わわぁぁぁぁぁぁっ!?」

 足場も何もない眼下――およそ300メートルの高度に驚愕の声を上げる蓮。

 だがむろん、二人は構わず、

「今よ! 勇太郎っ!」

 黒い翼を羽ばたかせ、浮力のバランスを取りつつ言う知子と、

「わかってるっ! おおおおおっ!」

 彼女の身体を駆け上るようにして、勇太郎が単独でさらに上空へと飛び上がる。

 ひらり舞い上がった勇太郎の身体が、刹那空中で止まる…ように見えたその時、

「行っけええええっ! 風神波動剣!!」
                                   
 ちから
 空を裂くように胸の前で交差した腕を押し広げ、勇太郎は能力を解き放った。

 ヴ…ヴゥンッ!

 異音を奏で、生まれ出でた不可視の巨大な気の双刃が、風を切り…宙を疾る。

 聳える山をもバターにように分断し、同直線上にある全てのものを薙ぎ払う、破掌拳

奥義の一つ、風神波動剣―――。

 びゅぅ……っ!

 轟音伴い、凄まじい勢いで宙を疾るX状に交差した気の双刃は、

 狙い違わず、目標である東京タワーの最上部…特別展望台より上を断砕する……

 ……はずだった。

 だが、

 キィィィンッ!!

 かわいた音が鳴り響き、高気圧の刃は目標に触れること無く、弾かれ砕け散った。

「な…何ィッ!?」

 落下する身体を知子に受け止められつつ、勇太郎の顔に驚愕が浮かぶ。

 ずしっ……!

「……うぐっ!」

 黒い翼の根元に、落下を止めた勇太郎の体重が重くのしかかり、顔をしかめる知子。

 だがそれより……?

 知子の頭に困惑が巡る。

 むろん、東京タワー全体にマリオネットの結界が張ってあったことは、重々承知の上

だった。

 だがしかし、風神波動剣の威力をもってすれば、この程度の結界なら、その障壁もろ

とも、目標を粉砕する事など造作もないはず。

 ならばなぜ……?

 知子は瞬時に考えを巡らせ……

「……勇太郎、あんたまさか……?」

「…ふふん、どうやら、金色の王虎…カイ=イエンベルクの力を上乗せしなかった……

いや、できなかったのかな……勇太郎クン?」

 知子の疑問を繋ぐ上空からの声。

 振り仰げば、手を後ろで組み背伸びをするような格好で、空に浮遊するマリオネット

の姿が。

「けっ…そうみてえだな。」

 マリオネットを見据えつつ、吐き捨てるように言う勇太郎。不敵な笑みを浮かべている

が、それはあきらかに焦りの色が濃い。

「ど…どういうこと?」

「…つまり、ね、蓮ちゃん、勇太郎クンたち夢戦士にはそれぞれ精神界で勇者と呼ばれ

た者たちが入ってるのさ。その心の中にね。ま…守護心とでも言うのかな…」

 言いつつ、マリオネットは知子達の高度まで、すーっと降下し、
        
  か  れ  ら
「でまあ…その『守護心たち』が知子ちゃんの魔力や勇太郎クンの力の源となっている

わけだけど……

 『あの戦い』で力を使いすぎちゃったんだね。疲れが取れずにまだ守護心たちは眠っ

たままなのさ。

 もっとも、知子ちゃんの方は、モノが魔法だけに気付いてたみたいだけど、たぶん、

勇太郎クンはあれから初めてだったんじゃないかな? 本気だしたのは。」

 相変わらず敵意などまるでない口調で言うマリオネット。

 だが、その表情は邪悪に歪み、もはや遠慮なく、瘴気――どす黒いオーラを周囲に

撒き散らしている。

「……ぐっ…!」

 開けた空間にて、なんとかこらえることが出来たものの……再度、身の変化を促す

吐き気にも似た衝動に、顔をゆがめる蓮。

 その一方、

「でもさ、不意打ちはいけないよ。不意打ちは。ったく、正義の味方にあるまじき行為

だよ………」

 やや苦笑を浮かべつつ言うマリオネット。

「ま、でも知子ちゃんと勇太郎クンのコンビだもんね。この位は覚悟しとかなきゃいけ

なかったかな。くくく……」

 無防備に見えるその物腰だが、つけいるスキはまるで見当たらない。

「さてと、まあ……なにはともあれ、いろいろ話しちゃったし、キミタチは邪魔だからね。

 そろそろ、滅んでもらおうかな……っと、安心して、とりあえず僕が直接手を下すな

んて無粋なことはしないから……」

「ざっけんじゃねえっ!」

 ごうっ!

 たまりかね、勇太郎の打ち出した気圧弾が、マリオネットを襲う。

 むろん苦し紛れの一発。マリオネットを滅ぼすには遠く及ばない一撃…

「……おっと!」

 躱す必要もないくせに、マリオネットは大袈裟に身体を捩り、それをよける。

「もう…だから不意打ちはいけないって言ったでしょ? そんなに慌てないでよ。君らの

相手は、今来るからさ……ほら。」

 咎めるような口調で言い、マリオネットは頭上を指し示す。

 そして、舞い降りてきたのは、半鳥半女の怪物、ハーピーが数十羽。

「こっちからも来るよ」

 マリオネットは指先を背後に向ける。

 すると、特別展望台上部に鎮座していた石像たちがのっそりと動き始める。

「やっぱり……ガーゴイル……」

 凝視する知子の先で、奇怪な鳥人を模した有翼の石像――十数体のガーゴイルが、

こちらに向けて次々と翔び立った。

「でね、どんじりは……と」

 芝居がかった動作で両手を広げ、マリオネットが気味の悪いウインクを浮かべたとき、

 ギィィェェッ!

 天を切り裂くような怪叫と共に、その背後に飛来する巨大な影が三体。
   
 ワイバーン
「ワ…飛 竜!?」

 驚く蓮の言葉通り、中空の覇者―亜種とはいえ、こと空中戦においては本家である
ドラゴン                        ワイバーン
『竜』をも凌ぐ攻撃力を持つといわれる魔獣…飛 竜である。

「ま…とりあえずこんなもんでどうかな?」

 周囲に群がる怪物共を従え、マリオネットは得意満面な笑みを向けた。

「くっ!」

 歯がみする勇太郎。蓮に至っては驚愕のあまりか目を見開いたまま呆然としている。

 そして、知子は……

「ふーん、航空兵力揃い踏みってとこね。けど、あんた前から変わってないわね」

「ん…なにが?」

「だから……恐怖の演出もいいけど……前口上長すぎんのよ。」

 風になびく黒髪をまとめつつ、面白くもなさそうな口調で言い――

「…勇太郎、蓮、しっかりつかまってなよ!」

「へ…?」

「え…ちょ……」

 同時に、知子は浮力を切った。

「わ…わあああああぁぁぁっ!!」

 即座に、まっさかさまに落下する三人。 

「あらら〜、逃がしちゃだめだよ……」

 抑揚なく命ずるマリオネットに、むろん言われるまでもなく、

 ギィーッ!

 落下する知子達に追いすがる有翼の怪物たち。

 だが、

 知子は、すでに対抗呪文を唱え終えていた。
 ザイン=ツァイト
「煉獄炎天使!」
                            
つむじ
 呪力の発動と共に、怪物たちと知子達の間に旋風が巻き起こり―――

 ごぉっ!

 次いで生まれた爆炎が風に乗り、中空に紅蓮の大渦を作り出した。

 グゥッ!? 

 突如現れた炎の大渦を前にして、驚疑の唸りを口々に、魔獣たちは、その自慢の翼

をはためかせ、急反転、急上昇―――だが、

 ごぉぉぉぉぉ〜っ!

 周囲の大気を取り込み、さらにその半径を広げていく炎の大渦に、

 ギ……ギャァァァァァッ!!

 飛行機動力の鈍いハーピーやガーゴイルたちは、突っ込みスピードを殺しきれず、耳

障りな絶叫と共に、その大半が炎に巻かれていった。

「す…すごーい」

 頭上の炎渦を見上げつつ、目を丸くし驚嘆の言葉を漏らす蓮。

 その一方、

 ばさっ!

「さ、今のうちよ。とにかく空中じゃ分が悪いわ。逃げるみたいでしゃくだけど、とりあえ
        
 し た
ず下りるわよ地上に……」

 黒い翼を羽ばたかせ、やや降下のスピードを緩めて言う知子。

 しかし……

「……いや、下でも分はよくならねーみたいだぜ……」

「……?」

 渋い顔で言う勇太郎の目線の先を追ってみれば、地上の木々の合間には無数の

蠢く影、影、影………
                                       ゴーレム ジャイアント
「オー・ゴブ(オーク・ゴブリン)、オーガは、ま、当然として、土人形、巨 人……………
        アーク・デーモン  
 けっ…上級魔族もかなりいやがるな…」
        
キ メ ラ
「げ…あの、合成獣の群れ……じーさんの頭乗っけたライオンって、マンティコア…って

奴?」

 よほど目がいいのだろう、急ぎ遠見の呪文を唱える知子の傍らで、勇太郎と蓮は地上

に蠢く影の正体を口々に言い当てていく。

「……あっちゃぁ、良くこんだけ集めたわね。二、三百はいんじゃないの? 

 ……けど、どっちにしても、下におりなきゃあんたたち戦力にならないし……」

 伸びた視点の先を見詰めつつ、まんじりとしない様子で呟く知子。

「…だな。じゃ、知子、アレやるぜ。」

 対して、この危機的状況にも関わらず、勇太郎は、むしろ晴れ晴れとさえ言えるよう

な表情を浮かべていた。

「アレ……って…?ああ、アレ……?…でも、まだ百メートル以上あるわよ?」

 勇太郎のつもりが分かり、眉をひそめて言う知子だが、

「でーじょぶだろ? こないだ五十くらいっからもやったし……差額は、ま…根性でなん

とかするわ……んじゃ、あとでな」

 答える言葉もそぞろに、勇太郎は、なんと命綱であるその両手を離してしまう。

 ぶわっ!

「…ああっ!? 勇太郎さーんっ!」

 スカイダイビングよろしく見る間に小さくなる勇太郎の姿に、驚きの声を上げる蓮。

 しかし、
 エア・ウォーク
「空中走破!」

 何やら叫んだかと思うと、勇太郎の身体は一瞬ふわりと落下速度を緩め、身を翻す

と同時に言葉通り、空中を二三歩駆けたかのように見えた。

「……ほんとーにそんな名前の技なの?」

「…ううん、気を打ち出して落下スピード緩めただけ……ただの方向変換よ。ほら…

あそこのいちばん密集してるところに行こーとしてるんじゃない…?」

 怪訝な顔で問う蓮に、半ば呆れ顔で答え、地上の黒い一塊をアゴで指し示す知子。

 そして、勇太郎は、

「どっけぇぇぇ!当たると痛ぇぞおらぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 再び付いた落下速度のまま、何やら奇声を発しながら、知子の予想通り、怪物の群

れが一番集中している部分へと急落下していった。
     

タイガー・ダァァァンク 
「王虎流星爆!!」

 怪物たちの頭上すれすれの地点。勇太郎は、ぐいと上体を起こし、掲げた両手の間
      
バスケットボール
に作った球形の『気の塊』を大地へと叩きつけた。

 ド…ッゴォォォン!!

 落下スピードも加わり、叩きつけられた気の塊は即座に大爆発を起こし、周囲の木々

もろとも怪物の群れを薙ぎ払う。

「すっごーい! ……けど、ひょっとして、あのネーミングも……?」
                               
 ま え
「ま…ね。ルビの部分は勇太郎のつくりよ。あいつ…以前、ストバスやってたから……」

 賞賛の傍ら、うさんくさげに尋ねる蓮に、知子は疲れた様子で応えつつ、

「…って、それはともかく、今度はあたしらの番だよっ! いい?蓮、着地したら、
     
キョーアク
あたしが凶悪なのぶっ放すから、あんたは群がってくる奴等、一瞬だけしのいで!」 

「う、うんっ!」

 ゆるやかに落下しながら、知子は呪文の詠唱に入った。

  

(12)へつづく。

 

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