夢戦士伝説・U
六本木心中
(12)
……魔の草木…… …闇に滴る美しき異形…… …血と肉と水の黒き祭壇の元に…… …我が霊判を連ねよ…………… 粉塵巻き上げ、勇太郎が着地した場所から、やや離れた地点上空にて。 「………」 唱える知子の呪文を耳にしつつ、固唾を飲んで、眼下を見下ろす蓮。 すでに地上までは、あと十メートルほどまで迫っていた。 ざざっ! 待ち受ける怪物共が、彼女たちの着地地点を狙い集まってくる。 その軍勢、軽く百は超えているだろうか…… 「……よし、いくよっ!!」 両手に満ちた黒き魔力を携え、知子は閉じた瞳を大きく見開き―― ばさっ! 同時に背中の翼を大きくはためかせ、群がる怪物の頭上をひらりと飛び越えると、 わずかにできた空白の地点へと降り立った。 それに対して、意表を突かれた形になった怪物たちだが、むろん、すぐさま反転、 或いは各々方向変換をして、知子たちに襲いかかってくる。 呪文の完成にはもう一動作いるのだが……
周囲には、引き裂かれ薙ぎ倒された木々……。爆圧によって赤茶けた大地には、 倒れ伏す累々たる異形の怪物どものなれの果て………。 にわかに開けた森の中の荒野にて。 ばばばっ! やおら背後からの羽音。 「うるせーってんだよ!」 勇太郎は踵を返し、手刀を振り下ろす。 手刀は風を切り、そして… ずばあっ! 勇太郎の眼前で左右に分かたれたワイバーンの身体は、尚も空を舞い、ゆっくりと 下降しつつ…… ぼうっ! 失速し、墜落していくワイバーンの身体が突然赤く燃え尽きた。 「ほーう、やっぱ、同族だけに誇りある死を、ってわけか。」 にわかに生まれた背後からの灼けつく熱気に、振り返り、 「………ふん。ま、こんだけの面子で、いねえほうがおかしいとは思ったけどよ」 佇む勇太郎は、面白くもなさそうな口調で、向かい来る巨大な影と対峙した。 凶悪な爬虫類を思わせるその容貌…太い胴に直結する長い尾と首…… そして、鉤爪を持った短く…しかし屈強な四肢。 巨大な皮の翼を背負うその全身は、赤黒く、見るからに堅いウロコに覆われ…… そう…。人の世では、しばしば畏怖と絶対的な力の象徴ともされ、 力智兼ね備えた、最強を冠するに相応しい、まさに幻獣の王族。 そして、勇太郎にとっては、見知った…だが、あまり再会したくなかった顔であった。
ドシュゥッ! ティコアの頭が、ごろりごろりと辺りに転がる。 「知子さんっ、まだっ?」 群がる怪物たちの第一陣を退かせ、銀色の閃光はやがて銀狼である蓮を形取る。 ――瞬殺。 そう呼ぶに相応しい、まさに一瞬の蓮の攻撃であった。 ともあれこれで、知子との公約を一応果たしたわけではあるが…… グゥォオオッ!! そんな無惨な仲間の姿にも怯んだ様子もなく、むしろ、さらに怒りと憎悪の様相を 増した魔物の群れ…第二陣が迫りくる! 「わ…わわっ!」 全包囲から押し寄せる魔物の群れに、さすがにビビる蓮。 そのとき、 「蓮! あたしのそばへっ、巻き込まれるよっ!」 大地に手を着き、叫ぶ知子。 「う、うんっ!」 低く長い跳躍で、知子の傍らへと舞い戻る蓮。 呪文が完成したのはこのときであった。 魔力の発動。同時に、知子たちの周囲の大地に亀裂が走り、黒い輝きが弧を描く。 グォッ!? 異様な光景に、刹那躊躇するも、構わず突っ込んでくる怪物たち…… しかし、それまでだった。 円形に割れた大地から、無数の黒いツタが発生し、向かいくる怪物たちと知子たち の間に壁となって、立ちはだかったのだ。 ギィィィヤァァァァーッ!! にわかに絡み付いてきたその触手のようなツタに、その身を引き裂かれて……。 ツタ 薔薇系の植物だろうか。 だがむろん、それがただの植物ではないことは、今の惨劇が如実に物語っており… また、さらにそのことを証明するかのように、黒い花弁から、ひとしずく…… ぬらり、と輝く漆黒の蜜が滴り落ちた。 じゅっ。 灼けた鉄板の上に、水滴を落としたような音。 すると見る間に、オークの身体はどろどろに溶解し、やがて大地の黒い染みと化し た………。 周囲に近付く敵を滅ぼす暗黒の防御結界術だったのである。 黒 バ ラ 不敵な、いや、魔女のそれに近い笑みを浮かべ呟く知子。 この時、急成長を遂げた黒い植物はドームの形状をもって、知子と蓮を覆っていた。 だが―――、一つ言っておく……」 だがなにやら、その語調には不快の色が濃く…… 「我は戦いの場に邪魔なものを滅したのみ。ワイバーンごときと同族呼ばわりするの は容赦願いたい」 そんな見下すような慇懃な竜の物言いに、勇太郎はうんざりした様子を見せ、 「へえへえ、さいでっか。ったく、無節操に復活しやがってよ。 「手を貸しているつもりはない。ただ、我が主、ジーマ=スフィニア様復活の妨げとなる 危惧は僅かでも排除しておきたくてな。」 「排除するだあ? おめー、竜のくせに頭悪いんじゃねえの?忘れたんかよ。てめーは 俺に思いっきりボコにされたことをよ……」 多分に蔑みを込めた赤銅竜の物言いに、呆れた様子で返す勇太郎。 だが、赤銅竜はそれを静かに受け止めたような仕草を見せ、 「………ふむ。そうだったな……。しかし、うぬこそ忘れているのではないのか。 我が倒されたのは『金色の王虎』の力を秘めた人間だと言う事を………」 「…!?」 「つまり……」 「こういうことなのだよ……」 ぼああああっ! 赤銅竜は紅蓮の炎を吹き出した。 「……へっ!」 生まれた火線の道筋を即座に読み取り、気の砲弾でそれを迎え撃つ勇太郎。 だが、 ぶばっ! 真紅…いや白色に近い赤光の猛炎は、勇太郎が打ち出した気の砲弾をあっさりと 穿ち、 「……うぉっ!?」 さらに目の前に迫る炎の帯を、慌てて横っ飛びに避ける勇太郎。 風になびき、灼気を孕んだ髪のイヤな匂いが漂い…… また、横目でちらりと伺えば、 しゅぅぅぅ……。 よほど高温の炎なのだろう。今まで勇太郎のいた辺りの大地がオレンジ色に煮沸して いた。 「ふははははっ! いいざまだな、人間よ。そう!つまり今我の前にいるものはただの 人間なのだよ!」 ぼぉうっ!ぼっ!ぼぉぉっ! 嘲るような笑いを高々と上げながら、赤銅竜は、なおも勇太郎を弄ぶように炎の息を 吐き続ける。 烈火が次々に着弾し、大地がオレンジ色に染まる中、 「けっ!上等だっ!タダの人間にどこまでできっか……」 迫りくる炎を巧みなフットワークで躱しつつ、間合いを取り、 「そんの、寝ぼけた頭吹っ飛ばして目ぇ覚まさしてやんぜっ!!」 勇太郎は右肩に気を集中させ、身を捩って肘を後ろに引いた。 |
(13)へつづく。