夢戦士伝説・U
六本木心中
(13)
肩口に集中した気が腕を通して拳に伝わり――― 「爆空砲っ!」 ひしがれた弓が矢を打ち出すがごとく、その拳を撃ち出す勇太郎。 ごうっ! 風を穿つ大気の悲鳴。 先ほど迎撃に使った軽いジャブ程度のものではない。厚き岩盤さえにも風穴を開けて しまう、烈気の砲弾が射ち出された。 だが、 「ふ…笑止な」 ……ばむっ! 赤銅竜が軽く掲げた手で、それはあっさりと防がれた。 もっとも、それは勇太郎にとってもただの布石。 その間に、赤銅竜の死角に回り込み、 「へっ、バーカ。よそ見してんじゃねえよっ!」 大きく開いた両足で大地を強く踏み締め、勇太郎は胸の前で組んだ両手をすくい上げ るように押し広げた。 「風神波動剣!!」 先ほどは不発となってしまったが、今度は、不安定な空中での発動とは異なり、地 を踏みしめた完璧な体勢からの一煽。 かつての威力は望めないまでも、直撃さえさせれば、大ダメージは与えられるはず。 ずばばばばばっ!! 放たれた気の刃は、地面をVの字にえぐりながら赤銅竜に向かっていく。 「……ほう!」 迫る気刃を前に、賞賛に似た驚嘆を漏らす赤銅竜。 だが、『守護心』の助力を得られないその一撃は、威力ともどもスピードも大幅に殺が れており…… 「まあ、さすがにそれは受けるわけにはいかんな……しかし……」 「なにっ!?」 驚愕の声を上げる勇太郎の眼前、赤銅竜は瞬時に背中の翼をはためかせ空に舞い 、迫る気刃を難なく躱し、 「うぉっ!?」 同時に勇太郎との間合いを詰めて着地した。 その背後で、目標を失った気の双刃が木々を薙ぎ倒し森の彼方に消えていく……。 「くはははっ! この距離なら何もできまい。なぶり殺しにしてくれるわっ!」 言葉通り、接近戦に持ち込んだ赤銅竜。 むろんこの距離では、自らも巻き込んでしまうため、炎の息は吐けないが、目の前の 非力な人間を倒すには己の肉体のみで充分、と踏んでの策だろう。 いや……あるいは過去の私怨を晴らすがため、その手で勇太郎をひねり潰したかっ たのかもしれない。 「くーっ、くくくくっ! 小さい、小さいぞ。人間っ!!」 哄笑にも似た笑い声を上げ、赤銅竜は、凶悪な顎、鋭利な鉤爪、あるいはその太く長 い尾を上下左右のコンビネーションで繰り出し、勇太郎を追い詰める。 一方、勇太郎は、からくも気の壁を作り、尾の一撃を受け、身を翻して振り下ろされる 鉤爪を躱していく。 「んぅっ!く、くぅ…そっ!」 が、しかし、防戦するのが精一杯で、どうにも攻撃に転ぜられない。 いや、それどころか、次第に重く激しくなる赤銅竜の連撃を、いつまで持ちこたえる事 ができるのか? …このままでは…… 焦りが咄嗟の判断を狂わせた。 びゅ…びゅんっ! 「や…やべえっ!!」 赤銅竜の単純なフェイントに引っ掛かり、防御を誤った勇太郎。 「終りだっ! 人間っ!!」 喜悦の叫びを上げた赤銅竜の鉤爪が、左右から挟みこむように勇太郎の胴を薙ぐ。 「うぐっ!!」 無駄とは知りつつも、勇太郎は脇を締めて身を縮めた。
飛び散る血飛沫―――。 己の爪が肉を裂く感触――――。 鉤爪が勇太郎の身体に届く刹那、赤銅竜はそんな事を想像したに違いない。 ……だが………… 「き…さま……な…ぜ?」 驚愕の色濃く、赤銅竜は押し殺した声を上げた。 眠ってても血が騒いだとか、そんなんじゃねえの。」 鉤爪の間に挟まれたまま、勇太郎が答えた。 赤銅竜の驚愕も当然。左右から勇太郎の身体を貫き裂いたはずの鉤爪は、先端が わずかにその衣服に食い込んでいるだけで、一本たりとて勇太郎の肉体に届いていな かったのだ。 そう、鉤爪の先端に伝わる勇太郎の肌の感触はまるで強固な石のようであった。 その手に勇太郎を固定したまま、赤銅竜の首がしなり、牙だらけの大口が勇太郎に 迫る。 が、 「ばーか。いつまでも調子にのってんじゃねえよっ!」 勇太郎の全身に気が漲る。 パキィィィンッ! やけに澄んだ音が響き、勇太郎を固定していた鉤爪がことごとく砕け散った。 「グゥ…ッ!?」 さすがに勇太郎の力を脅威と見たか、身を引く赤銅竜。 だが、 「もう、遅ぇよっ!」 その後退を許さず、吸い付くように勇太郎は赤銅竜との距離を詰めた。 そして、突き出した両手を赤銅竜の腹に当てたとき、 「破圧崩壁…虎咆掌っ!!」 全身に漲った気が、勇太郎の両掌に流れ込んだ。 ドゴンッ!! 鈍く突き抜けた音。 「へ……やっぱり、てめーは俺に勝てねえみたいだな……」 勇太郎が声を向けた先では、 「…………………」 もはや輝きを失った双眸を虚空に向け、赤銅竜は立ったまま事切れていた。 一滴の血も流さず―――、その巨躯の中心に、ぽっかりと大穴を穿たれて……。
「……で、これからどーすんの知子さん? このまんまじゃらちあかないよ」 黒い植物で覆われた薄暗い結界の中、蓮が尋ねる。 その一方、周囲では、どうにも攻めあぐねている様子の怪物たちが、その恐怖の植 物に警戒しつつ、未だ結界の外を取り囲んでいた。 千匹くらい呼び出してさ!」 「せ…千匹…って、あ…あのね、あんた魔法ナメてない? いっくらあたしでもそんな ゃ、あしどめくらいにしかなんないわよ! だいいち逃げを打つならともかく、この状況 で時間稼ぎしても何の解決にもなんないでしょーが!?」 嬉々とした口調でムチャを言い出す蓮に、鼻白み、憤然と吐き返す知子。 「じゃあ、どーすんのよ?」 口を尖らせ…と、最初から口は尖っているが…ともあれ、狼顔で不満の意を示す蓮 に、 「ふ、あわてなさんなって、とっときの見してあげるから」 ウインクし魔力の集中に入る知子。 「あ…あの、あんまし気持ち悪いのは止めてね。あたしスプラッタ弱いんだ。」 …ついさっき、魔獣の首や腕をすばすば切り落としたのはどこのどいつだ? そうツッコミたい気持ちを押さえ、知子は呪文の詠唱に入った。 おぼろえ 「あれ、これは……?」 覚えのある、魔力の収束に蓮は知子を仰ぎ見る。 そう、ロアビルの地下で、眠りこける恭介に向けて知子が放った呪文である。 …真となりて、我が五芳の陣に…… まもなく、あのときと同様に、知子たちの足元から五芳星が描かれ、その各頂点に黒 い球体が現れた。 が、今回はその様相がまったく違っていた。 まず、その五芳星の大きさ……地面に描かれ出たその図形は、知子たちを囲む黒い 薔薇の垣根を越えて、結界外にまで這い出し――― 「え…?……あ……」 各頂点に浮かぶ…先ほどはバスケットボール大だった球体も、五芒星の大きさに 比例し、ひと抱えほどの大きさに膨れ上がっていた。 また、先程はここから、五つの球体が掲げた知子の両手に集まり、恭介目掛け打ち 出されたわけだが…… 「さ〜て、こっからよ。本気ヴァージョン見してあげっからね☆」 結界外…突如起こった異変に躊躇する怪物たちを見据えつつ、知子は不気味に浮遊 する五つの球体をひとつひとつ指差していく。 燭熾の焔群……埋伏の泥砂……捏造の轟雷……隠蔽の空凪……蛇蠍の氷河…… あたかも、示唆する知子の指に息を吹き込まれるように…… ヴヴゥ〜………ンッ! 五つの球体は異音を伴い、変貌を遂げていき……それらはやがて、それぞれ異なる 色の輝きを持つ光球と化した。 「…うわ……きれい……」 あまりにも場違いな蓮の言葉だが、実際それらは彼女の言葉通り、美しく鮮やかな色 を放ち、茂る梢の合間に輝き浮かび………。 …猛き漆黒の誉もちて、雅なる武の魂と舞え……。 詠唱を終えた知子の唇が、再度妖しく魔女の笑みに歪んだその刹那…… ダ ル シ ア ン 球を象り、闇の名を以て顕在した五つの精霊…その美しくも艶やかなる殺戮の宴が 幕を開けた……。 グギャァァァァァァァァァァッ! ギィヤーーーーーーーーーァッ! ガアアアアッ! 怪物たちの阿鼻叫喚が渦巻き…。 「……す、すっご…い……」 まばたきすることも忘れ、蓮が見つめるその先では…… ごぉぉぉっ! 緋色をした光球――超々高温の熱球は、ゆらめく陽炎をたなびかせ、巨人の体躯を 瞬時に溶かし―― ばちばちばちばちっ!! 金色の光球――高電圧の雷球が、弾けるプラズマの触手にて逃げ惑う妖魔たちを 絡め取り、累々たる黒い屍の山を築く。 濃緑色の光球が頭上で輝いたとき、 ずず…んっ! 音もなく…… …ひゅ…ぅ…っ! 凄まじい速さで空を舞う、純白の光球――その軌跡にできた真空の渦は、空中に また、限りなく透明に近い青の光球……その身震わせ発する冷気は、 ……き……ぃぃぃぃぃぃんっ! の塵の山を築いていき…………… ――――やがて、 十数分もたった頃であろうか。 知子達を取り囲んでいた二百余の怪物の軍勢は、一匹残らず全滅していた。 天駆ける風の白球が、よどんだ血の匂いを吹き流し……消えゆき…… 周囲に静寂が落ちる。 「くっ……」 重い疲労感が両肩にのしかかり、大地にがっくりと膝を着く知子。 同時に黒薔薇の結界もその役目を終えたように、大地へと還っていき…… 「あーあ、でもこりゃ完全に自然破壊だよ。知子さん…」 開けた視界の中、辺りを見渡す蓮の言う通り、知子たちのいる森……いや、すでに そうは呼べないほど、周囲の地形は完全に変形していた。 と、それよりも… 「って、あれ…?…知子さん……?」 ぐるり周囲を見回す傍ら、息を荒げ、力なく地面にへたり込む知子に気付き、 「ああっ! ちょ…ちょっと、大丈夫っ!?」 「はあはあ………え…? あ…ああ、だ…大丈…夫…よ。あはは…今のあたし…じゃ ……ちと、きつかった…みたい……だけど……」 慌てて駆け寄る蓮に、額に脂汗をにじませつつ苦笑で応える知子だが… しかし、その内心は、決して少なくない動揺に包まれていた。 そう、確かに今、知子が放った二つの術…双方共に、通常でも大技に分類される魔力 消費の激しい術ではあった。 が、しかし………ここまで消耗が激しいとは……。 知子は改めて痛感した。 あの戦い以後、失われた力は、己の想像以上に大きいものであった事を。 そして、 「ほえー。こりゃすごいね〜!」 一番聞きたくない声が響いたのはこのときだった。 |
(14)へつづく。