夢戦士伝説・U
六本木心中
(14)
知子達の頭上、数メートルの位置.。 まるでそこに見えない足場があるように、宙に浮かび立つ小さな影は…。 「いやいや、たいしたモンだよホント☆ ほとんど昔通りの威力じゃん?」 賞賛の言葉を上げる傍ら、なにやら頬の横に寄せた指をちっちっち…と指を振りつ つ、 うすら笑いを浮かべ、マリオネットは咎めるような口調で、二人を見下ろす。 「ず…ずるいわよっ! こっちの力が弱るまで待ってるなんて!!」 無駄とは思いつつも、頭上を見上げ、非難の言葉を浴びせる蓮。 軽くあしらわれるかと思いきや―――だが意外にもマリオネットはまともに反応し、 「へ…? おやおや違うよ。僕はただ久々に知子ちゃんの凄いトコ、見たかっただけ だよ」 ややムキになった様子で、蓮の言葉を否定し、そして…… 「でも…ま、そんなこと言うんなら、ほら……」 やおら、首の運動でもするかのような動きを見せ、知子にその視線を固定した。 ぎんっ。 「あ…うっ!」 「知子さんっ!」 対応する間もなく、放たれたマリオネットの術に、身を縮める知子と、駆け寄る蓮。 知子の身体が一瞬ふわりとした感触に覆われ、 「え……?」 次の瞬間、魔力は完全に回復していた。 「ね…♪…これでいいかい?」 にやりと笑うマリオネット。その視線を今度は蓮に向けて――― ぎんっ。 「くっ……」 気味悪いほどに満ちる体力の充実。 底知れぬマリオネットの力を改めて思い知らされ、歯噛みしつつ後退りする蓮。 その一方、 「ふ…ふふん……ずいぶん気前いいわね。じゃあ、ついでにもう一つくらいお願い聞い て貰えるかしら?」 ひきつった笑みを浮かべつつも、そつなく駆け引きに入る知子。 同時に魔力の集中を行い、マリオネットの動向を慎重に伺いながら、肝計を巡らせ る。 それに対し、 「…ふうん……?」 抜け目ない知子の態度と、にわかに満ちる魔力の収束に、彼女の言わんとすることを 察したマリオネットは、やや眉をひそめつつも、 「ま…いいけどさ。でも、一発やったら次は僕の番だからね。」 興味深げな笑みを浮かべ、軽い口調でそれを了承する。 「ふん、次があるかしらね?」 疎ましそうに鼻を鳴らし、知子は呪文の詠唱に入った。
黒き炎を纏いて来れ 六道の光と闇 法と理を束ねるものよ 我は求める 汝が黒き裁きを以て為さん―――
やや早口の詠唱が、急速に魔力の収束を誘い…… ヴゥゥゥ…ンッ…! 「………?」 空間が軋み、宙に浮び上がった黒い半透明の円錐が、マリオネットを包む。 「こ…これはっ?」 魔力の檻に閉じ込められ、マリオネットの顔に初めて驚愕の色が浮かび上がった。 抵抗させる間を許さず、 闇への干渉により作り出した円錐状の結界内部の空間を魔界と繋ぎ、呼び込んだ 黒き炎の制御上、広範囲への効果は望めないが、対象が単体であるなら、絶大なる 殺傷力を誇る、闇・炎の属性を連携させた大技である。 ず…ずおぉぉぉぉぉぉっ! 空中…どす黒い炎が吹き荒れる三角形を見上げつつ、 「ふふ…確か、前に亜美がこの術であんたにダメージを与えてたの思い出してね」 知子の口元に勝利の笑みが浮かんだ。 といってもむろん、弱体化してる己の魔力を考えれば、これしきでマリオネットを倒し きれるとは思えない。 「さ…次、いくわよ………」 余念なく、知子はとどめの術を放つべく、次の呪文を口に…… しかし、 「ガアアアアアッ!!」 叫びとも咆哮ともつかないマリオネットの声が響き、黒い円錐は砕け、戒めを解かれ た黒い炎もあっさりと消え去った。 そしてあとには、 「……ったくもぉ〜、ずるいな〜…今度は僕の番でしょ…?」 多少そのピエロの衣装を燻らせているものの、まったく無事なマリオネットの姿……。 「でもまあ…さすが知子ちゃん☆いいところに気が付いたね。ちょっと、びっくりしたよ。 けど、『闇』への干渉はともかく……肝心の『炎』の力がやっぱり亜美ちゃんには、 及ばなかったかな……?」 「そ…そんな……ばか…な」 隠し切れぬ驚愕の表情を浮かべ、二、三歩後退りする知子。 もっとも、策を巡らす間もなく…… 「ま…専門外だからしょーがないって言えばしょーがないかな………と、それはともかく 、今度は僕の番だよ。 お気に入りの服…ダメにしてくれた分、上乗せするからね。」 ことばづかいは変わらないが、ふつふつとした敵意がその語調にこもる。 そして、それに呼応するかのようにマリオネットの周囲の空気が陽炎のようにゆらぎ、 びゅっ! 微かだが鋭い風切り音。 だが、驚愕、失望冷めやらず、知子は呆然としたまま。 「と…知子さんっ!!」 声だけをその場に残し、地を蹴った蓮が白銀の帯と化す。 刹那。 ドズンッ!! 大地を揺るがす鈍い音。 マリオネットの放った得体の知れぬ術……不可視の衝撃波の着弾により、知子が立 っていたその周辺はクレーターと化していた。 そして、間一髪、閃光のごとき蓮の身のこなしで、知子はその直撃を回避。ことなき を得た。 ………が、しかし、 「……う、うぐぅ…ッ!」 「……えっ?」 沈痛な蓮の呻きで、知子はようやく我に返る。 「蓮っ!」 「…だ…だいじょ…ぶ。あは…ちっと、かすっちゃった」 痛みを堪え、苦笑してみせる蓮。言葉どおり、ちょっとかすっただけなのかもしれない が、凶悪なるマリオネットの術、今の破壊力を見れば、むろんかすっただけでもタダでは すまないことは一目瞭然である。 ぐったりと倒れ伏す銀狼……。 「……う…ぅ……」 ぱっくりと裂けたその大腿部からは、とめどなく夥しい血が流れ出していた。 さらに、白銀の毛に覆われた体躯が、その傷口を中心に白い肌に変じていき…… そう…変身が解けかかっていることから、決してそのダメージが少なくないことを示し ていた。 知子はまともに取り乱し、 「ち…ちっとどころじゃないわよっ! あんたなに無茶やってんのよっ!?」 「そ…それ…は、こっ…ちの…セリフ…だよ。しっかりしてよ……知子さん……」 荒い息づかいで途切れ途切れに言う蓮。 知子に抱き抱えられたその身体は、見る間に裸身の少女へと戻っていく。 そして、 「ふーん、あのタイミングで回避するとはね……銀狼のスピードも結構侮れないものが あるね」 頭上から、面白くもなさそうなマリオネットの声。 「けど、今度は外さないよ!」 再び、マリオネットの周囲の空気がゆらぐ。 その時、 ごうっ! あらぬ方向から飛んだ空気の砲弾が、マリオネットの身体を捕らえた。 「くっ!?」 術への集中をしているその虚をついた妙撃。その威力自体はたいしたことはなかっ たが、空中という不安定な位置ゆえその勢いを殺しきれず、さしものマリオネットもまと もに体勢を崩した。 「……っ?」 むろん、術は中断。慌てて取り直し、謎の攻撃のあった地点に目を向け、対応を急 ぐ。 だが、それより速く、 ざざっ! 「させるかよ!」 草むらから飛び出した影…勇太郎は、間髪入れず、空を十字に裂く。 「王虎烈咬斬っ!」 裂帛の気合を込めて放った気の刃は空を裂き、 しゅぱっ! 「ぐぁぁぁぁっ!」 急ぎ発動しかけていた不可視の衝撃波ごと、マリオネットの身体を十文字に切り裂 いた。 そして間断なく。 「消えちまえっ!ばかやろうっ!!」 返す刀で打ち出された勇太郎の右拳が爆風を放ち、 ごおぉぉっ! その身を四つに分断されたまま、マリオネットは虚空の彼方へと弾かれ…消えてい った。 「ふう………。へ…ざまあみやがれ」 大きく息つき、吐き捨てるように言いつつ、緊張を解く勇太郎。 そして、 「勇太郎っ!」 「おお、知子無事だったか……ん? ああっ!」 悲痛な知子の叫び。また、抱きかかえられる蓮の様子を見て、勇太郎は慌てて駆け寄 っていった。
「どお……なんとかなりそう?」 「ああ…出血はひでえけど、獣戦士だし……これなら俺の気を送り込んでやれば、なんと か……」 沈痛な面持ちで尋ねる知子に答えつつ、勇太郎は横たわる蓮の傍らに跪き、 ひゅぅぅぅぅ………はあああああああ……… 深呼吸に似た独特の呼吸法で、合わせた両掌に気を集め…… 「…おし、蓮…もーちっとガマンしろよ……」 大きく裂けた蓮の太ももに手を翳す。 「…んぅっ!」 瞬時、刺すような刺激が傷口に走り、顔を歪める蓮だが……。 「…あ…………あったかい……」 その後は焼け着くような痛みが緩和されていき、その表情にも生気が戻っていく。 そう…気を練る事でその攻撃力を得る破掌拳には、このような芸当もまた可能。 つまり、今は適度に練った『氣』を送り込むことによって、蓮の体内の治癒力を飛躍 的に活性化させた、というわけである。 ともあれ、勇太郎の気の力、そして獣戦士である蓮の強靭な体力も手伝い、大きく 裂けた傷口は、見る見るうちに小さくなっていき――― 「ゆ…勇太郎さん……」 枕にしている知子のヒザから、やや苦しげに顔を起こす蓮。 どうやら、ほぼ心配ない状態に至ったようで、不安げに視線を下ろしていた知子の口 から安堵の息が漏れる……。 といっても、完治に至るまでは今少し。 「お? 礼なら後にしな。もうちょっとで完全に傷塞がるからよ……」 勇太郎は気の注入に集中したまま、優しく応える。 だが、なにやら頬を染めつつ、気まずげな笑みを浮かべる蓮は、 「いや、そーじゃなくて。あの……」 もぞもぞと両手を動かし、自らを抱きかかえるように左手で胸…そして伸ばした右手で 股間を隠し…… 「……それ以上、上は…見ちゃ…やだよ」 「…っ? ば、ばかやろっ!」 柄にもなく、火が付いたように勇太郎の顔が赤く染まり、 「……あはは……」 力の抜けたような、安堵の笑みが知子の口から漏れた――― ―――そのとき、 とすっ。 針が紙を貫いたような音………。 ちくりとした刺激が勇太郎の背に走ったのはその時だった。 「………う…?……。」 背中に回した手に、ぬらり…と温かな感触……。 次いで、腹へと抜ける灼けつくような熱い衝撃。 「……っ!!」 激痛と、襲い掛かる脱力が、勇太郎の身体を前方に押し倒し…… 「ご…ごふっ……!」 喉の奥から込み上げてくる熱い固まりに、咳き込み、 ……どさっ。 勇太郎は、腹を抱えた格好でその場に倒れ伏した。 染み出るような赤い血が、見る間にその大地に広がっていく……。 |
(15)へつづく。