夢戦士伝説・U

有楽町で遭いましょう

(1)

 ざくっ

 肩口まで袖を捲り上げたTシャツから抜き出た隆々とした筋肉の男の腕が振るわれ、

クワの刃先がざっくりと大地に刻まれる。

「……ふう」

 その一振りで、土に固定されたクワを杖替わりに男は一息着いた。

 見渡す限りの青空を見上げつつ―――、

 男は、はちまきのように頭に巻いていたタオルを解いて、流れる汗を拭う。

 男は一瞬、首の後ろで束ねている長い髪も解いて、さらなる解放感を味わいたい

衝動にも駆られたが、余計に暑くなるのは目に見えているのですぐに思い直し、それは

止めた。

   

 開墾途中の畑にて、

 どこから見付けてきたのか、紺のニッカポッカなどをはき、薄汚れたTシャツを身に着

けたこの男……

 やけに野良仕事姿がハマっているが、むろん農夫などではない。

 男の名は風間勇太郎。これでも、大いなる邪悪『夢魔』から世界を救った十二の

『夢戦士』の一人、爆発する気をもって敵を滅ぼす技、『破掌拳』の使い手である。

   

 かつて―――

 強大な力のぶつかり合いとなったひとつの戦いがあった。

 覚めることのない悪夢を振り撒き、世界を滅亡へと導かんとした『夢魔』。

 そして、それを妨げんと立ちはだかった『夢戦士』たちの戦い。

 後に、最終戦争…或いは、『夢戦争』と呼称されるようになったその戦いは、

 この地球という天体そのものの存続に関わるほどの凄惨なる戦いであった。

 それでも死闘に次ぐ死闘を越え、夢戦士たちは『夢魔』を倒し、からくも勝利を得るこ

とができた。

 だが、

 その結果、世界はかつての栄華の名残を残さぬほど、荒れ果ててしまった。

 地上の、主だった建造物は見る影もなく崩れ去り、人と呼べるその生物の種は、

以前の十分の一にまで減少。またかろうじて生き残った者たちも、狂った生態系が

生んだ異形の生物、怪物が跋扈する危険極まる環境の中、過酷な生活を強いられる

こととなった。

 さらに、両者の激闘から星自体が受けたダメージは、地球的規模で見ても甚大な

ものであったのだろう、大きな力…星そのものが回復しようとする力が働き、その反動

で、世界各地で考えられない自然環境が出来上がってしまったのだ。

 つまり、通常の、温帯や寒帯、熱帯地域といった自然の常識が局地レベルで目茶

苦茶になってしまったのである。それも、およそ二年間という短期間で。

 そう、たとえば日本の首都、東京などは、この狭い範囲で、森林と砂漠が点在し隣接

するという奇妙な地的状況が出来上がっていた。

 そんな状況下、現在、畑を耕す勇太郎が居るのは、その周辺を生体系の異常な変化

により、急激成長した植物、木々が生い茂る森林と化した、かつて不夜城と呼ばれ栄

えた繁華街、『六本木』。

 ここは、崩れ落ち廃墟と化した建物などを利用して、百余名ばかりの人間が過酷な

状況にもめげず、暮らしている街…いや規模的には村であろうか。

 厳しい生活ながらも、ここで暮らす人々の顔には少しずつ笑顔が戻り始めていた。

 そんな『六本木』村も、少し前までは危機的状況にあった。

 多くの建物が壊滅した中、なぜか『六本木』東に、以前の外容をまったく損なうことな

く佇む塔がある。

 言わずと知れた、日本最大、いや現在では世界最大の建造物になったであろう、

『東京タワー』である。

 ここは、ほんの一月ほど前までは、恐るべき魔物…かつては『夢魔』の腹心、八将軍と

呼ばれた幹部の一人、狂気と混乱を司どる狂乱の道化師、『マリオネット』の居城であっ

た。

 知謀に長けた『マリオネット』は、あの戦いの末期、いちはやく自分たちの敗戦を見極

めた。そして、あらかじめ『戦後』、居城とするべく東京タワーを巧みな幻術と強固な結

界をもって、凄まじい力の衝突、そしてそこから発生する衝撃波の余波などから守り抜

き、その後、電波塔であるこの建物の利を生かし、各地に散らばった同胞の魂と言うべ

く『核』を探し求めたのである。

 むろん、夢戦士との対決時、他の同胞、七名の消滅を防いだのも、このマリオネット

である。

 大将であり、主人でもあった『夢魔』は救えなかったが、もともと、心から忠誠をもっ

て仕えていたわけでもなく、事後のことを思えば、マリオネットにとってかえって、好都

合であった。

 そして、マリオネットはこの建物を機能させるため、また人の精神を用い、何処より

か発せられる微弱な仲間の念波を、効率よく感じ取るため、近隣の六本木はもとより、

各地にかろうじて生き延びていた多くの人々をここに集め、蹂躙していたのである。

 だが、たまたま現場に居合わせた、上記の風間勇太郎を始めとする、三人の夢戦士

…暗黒魔法の使い手、天野知子。最強の防御技を持つ『華晶拳』の力を持つ愚者、
                      
ビーストマスター
柏木恭介。また彼等に協力を仰いだ獣 戦 士の月影蓮の活躍により、マリオネットの

謀略はその計画半ばで阻止することができた。

 そしてその後、もともとここで生活していた人達や獣戦士の蓮はもちろん、東京タワー

から救出されたものの、帰るあても場所も無い人々、そして夢戦士の三人も、互いに

協力しあい、この六本木で暮らすことになったのである。

 故に、六本木の人口は一気に増え、以前にも増して活気を取り戻した。

 しかしながら、人が増えれば、当然最初に持ち上がってくるのが、食糧問題。

 むろん、狩りや釣り或いはかつての飲食店の廃墟などから調達したものなどで、食料

の蓄えはまだ余裕があったが、それも限りのあるもの。

 なるべく、自給自足をしたほうがよい、という皆の総意から、彼等は比較的森の開けた

場所を選んで、畑を作ることにした。

 幸い、乱れた気象も今は落ち着いており、また救出された人々の中に農業経験者も

いたことで、この計画は順調に進んでいった。

     

「お−い、上田のおっちゃ−ん、そろそろ一息つくべ−や!」

 なかなかハマり易い男である。

 薄汚れた軍手を外し、胸ポケットから取り出した煙草をくわえると、勇太郎は限りなく

農夫のそれに近い話し方で、五十メ−トルほど離れたところで、やはり鍬を片手に畑を

耕す中年の男に声を掛けた。

「おうっ、そうすっか。んじゃ、勇ちゃん、こっち来なよ。俺、弁当と茶ぁ持って来てん

からーっ!」

「おっ! いいねえ。おっちゃんの奥さんの弁当うめ−からなあ……」

 などと、いかにも『それ』風に二人は声を掛け合った後、勇太郎は上田という中年男性

の元へ駆け寄ろうとした。

 が、その時………

 ばうんっ!

 ディ−ゼルエンジン特有の咆哮も高らかに、背後の茂みから飛び出してきたのは、

一台 の大型RV車。

 こんな時代において走る車を見ることなど大変珍しいことである…が、今はそんな事を

論じている場合ではない。

 ドガァッ!!

 次の瞬間、勇太郎は驚愕の声を上げるいとますらなく、ものの見事にはね飛ばされて

いた…………

「ああああああーっ!? 勇ちゃんっ!!」

 ほどなく、勇太郎の体は、ひゅるひゅると宙を舞い、やがて耕したばかりの畑の中にめ

り込んだ。

 そして、

 ぎゃぎゃぎゃっ! ギキィィィィッ!

 派手なスピンターンなどかまし、辺りに泥を撒き散らせ、勇太郎をはね飛ばしたRV車

はようやくその動きを止めた。

 言うまでもなく、先程まで勇太郎が耕していた畑は、台無しである。

「んんー、まだブレーキの調整甘かったか……やっぱ、寄せ集めの部品じゃ、ところどこ

ろ狂いが出るわね……」

 もうもうと立ち込める土煙の中、車から出てきたのは、整備用ツナギに身を包み、

眼鏡をかけた小柄な女性。

 眼鏡の奥に潜むその瞳にはどこか冷めた光を携えていた。

 なかなかの美人。その上、ややだぶだぶ感のあるツナギの上からでも、彼女の身体

は女性特有の豊かな曲線を描いているのが分かり、特に胸元は、その小柄な身体に

は似つかわしくないほどのボリュームを持って膨らんでいた。

 身長といい、服装といい、まったく色気など感じられない筈なのに、妙にエロチックな

雰囲気に包まれる女性である。

「ふうっ、……にしても、何かにぶつかったみたいだったけど……あら?」

 軽い溜め息など着きつつ、彼女は目深にかぶっていた整備用キャップを取る。

 癖のあるやや栗色の長い髪が腰の辺りまで流れ落ちた。

「………おい」

 辺りを見回す彼女の前に立っていたのは、顔中、いや全身泥まみれとなった勇太郎

であった。

 むろんのこと、夢戦士である勇太郎が車に撥ねられたくらいでどうということもないの

だが、それでも、やはり痛いものは痛い。首の辺りを押さえつつ、引きつった顔で彼女を

見据えていた。

「あ……」

 驚愕のせいか、彼女は二三歩後ずさる。

「こんのくそバカマドカ!! いっきなしなにしやがんだよ!」

「あ……ゆ…勇太郎……?」

 マドカと呼ばれた女は、目をぱちくりさせ、ここへきてようやく彼の正体に気付いたよ

うに言う。

 そう、誰あろうこの女性こそ、夢戦士随一の賢者…森の書物こと、大地の魔法を繰る
     
   やまむらまどか
魔法使い…山村穏香、そのひとであった。

「おおっ、そーだよっ!! ひさしぶりだなっ!! ったく、おめ−といい知子といい、てめーら

はまともな久々の再会の挨拶ってやつができね−のかよっ!?」

 怒鳴り散らす勇太郎に、だがしかし穏香は、

「やだーっ! ぶつかったのが勇太郎だとすると、へ…へこんじゃったんじゃない? 

やっと見付けたニスモのサファリ用バンパー……」

 『愛車』に駆け寄り、しんそこ心配そうに、勇太郎と衝突した箇所を擦ったりしている。

 勇太郎の目が点になった。

「あーあー、変わってねーなー、おめーもよ……やっぱ秀でも呼んでこねーと、だ…

め… 」

 呆れ返った勇太郎の溜め息と共に吐き出した言葉途中で、

「え?」

 愛車の心配をする穏香の動きが止まる。

「しゅ…秀…君…いるの?」

 やがて、掠れる声を発すると共に、

 ぼごんっ!!

 勇太郎の真下の地面が陥没し、勇太郎は腰辺りまで地面にめり込んだ。

「お…おわあああっ!? な…なんだ? おいっ!?」

 もがきながら、悲鳴を上げる勇太郎だが、穏香はそれを遮り、地面にめり込んだこと

で身長差の縮まった勇太郎の胸ぐら掴んで、前後にかっくんかっくん揺さぶる。

「ど…どこよどこどこっ!? 秀クンはどこっ? ねぇっ! 無事なのっ! 怪我してない

っ!?」

 言いながら、魔力のこもった穏香の拳が、時折顎の急所に命中し、締め付けがどん

どんきつくなり、襟ぐりが適確に勁動脈を極めていく……

「あぐっ! ちょ…ちょっと…おい…ぐ…ぐふ……や…やめ…」

「ああっ! ちょっと! 勇太郎っ、気絶なんかしてる場合じゃないでしょっ!」

 力なく、だらりとなった勇太郎の身体に、穏香の揺さぶりはなおも激しく続けられた。

     

「と、いうようなわけで、連れてきたよ」

 例によって、廃墟を改造した蓮の家。

 八人掛けの四角いテーブルに着いたまま、あんぐりと口を開ける蓮と知子の前で、

上田は苦笑を浮かべて告げた。

 彼の背には、血の気が失せぐったりとなった勇太郎が背負われており、その横には

面白くもなさそうな表情で佇む穏香の姿。

「おおい、びっくりしてんのは、わかっけど、とりあえず、この…勇ちゃん、どーにかし

てやろーや」

 一同絶句、沈黙の中、上田が気まずそうに言う。

「あ…ああ、そ…そうだね……。じゃ…ごめん上田さん、こっちに勇太郎さん連れて

きて……」

「ああ」

 ようやく、気を取り直したか、蓮が立上がり、奥の部屋へと導く。

「あーあ、なあんだ、秀君、まだいないのか……」

 その間、穏香は手近な椅子に腰掛け、テーブルに片肘付いて、軽い溜め息を漏らした。

「あ、あいかわらずね……穏香」

 今だ目を見開いたままの知子がようやく口を開いた。

 ちなみに、『秀君』…『早見秀』とは、穏香の恋人。いまだ姿を見せない夢戦士の一人

である。

「あら、知子、久し振り。そっちも相変わらずみたいね。

 あ…そーいえば、 あなた、こないだおっきな呪文連発した上に、とんでもないのまで

発動しかけたでしょ?」

 その存在にたった今気付いたように言う穏香。その軽い口振りは、とても二年間はなれ

ばなれになっていた仲間に対する口調とは思えない。

「え…? どうしてそれを? 穏香、あんた近くにいたの?」

「うん。群馬あたりかな、あの辺を移動中、『智山』が激しく反応してね。魔力関知かけ

てみたんだけど…まあ駆け付けて間に合うよう距離じゃなかったし、大した相手でもなさ

そーだったから、まあ夢戦士三人揃ってればなんとかするだろーと思ってさ……」

 懐から取り出した白木と褐色の樹皮が絡み合った小型の棒杖を示唆し、穏香は言う。

 これは、守護心『森の賢者』の知識を得て、穏香が作り出した魔法の道具である。質の

違う二つの樹木が絡み合ってできた七つの膨らみには、おのおの魔道文字が一文字ずつ刻

み込まれており、この棒杖を使うことにより、それぞれ地水火風雷闇の攻撃魔法が一つず

つだけ術者の属性に関係なく行使することができる。

「ちょっと、穏香、あんたねえ……」

「な…なんですってぇ!?」

 苦い表情で反論しようとする知子の言葉を遮り、奥の部屋からどたどたという激しい足

音立てながら、息巻いた蓮が飛び出してきた。

「た…大した相手じゃなかったぁ? ちょ…ちょっと穏香さん、それってどーいうことよっ?

 あ、あたしらっ、すっごく大変だったんだからねっ!!」

「な…なに、この子?」

 その銀色の髪を振り乱し、まくしたてる蓮を迷惑そうに見ながら、穏香は知子へ話を振 る。

「あ、ああ、紹介がまだだったわね。この子、銀  狼の獣 戦 士で……そうだ、あんた

の…西工大付属の後輩よ。名前は……」

「月影蓮ですっ! よろしくっ!!」

 息巻く蓮に躊躇しつつ、彼女の紹介をする知子、また、それすらも疎ましそうに蓮は

とげとげしい口調で、穏香に自分の名を告げた。

「へー? 何年卒…? って、ああ、つぶれちゃったか…その前に……」

 穏香は相変わらずの事も無げな表情をやや難しい顔に歪め、視線をずらして軽く息を

着く。

「そ…そんなことよりっ、穏香さんっ、あたしら戦ったのあのマリオネットだったんだよっ!

八将軍のっ!!」

「え?」

 うつむき掛けた顔を起こし、穏香はようやく驚いたような顔になる。

 そして、知子に目を移して、

「そうなの……?」

「うん。そーなのよ。でもまあ、穏香が気付かなかったの無理ないかもね……アイツ、な

んだか前以上に小手先の技、多用してたみたいだし……力加減も、そう…ほかの夢戦

士に 気付かれないよう小出しにしてたみたいだしね。……っつっても、弱体化しちゃっ

たあたしらの力じゃ、このコの言うように結構ヤバかったんよ。ま、結果オーライにはな

ったけ ど、ホントちょーどいい具合で恭介のバカが『転化』してくんなきゃ、どっちに転ん

でも エラいことにはなったと思うよ……」

「ええっ?」

 なにやら、頭を掻きつつ歯切れの悪い口調で言う知子の言葉に、今度は蓮が驚きの

声を上げる。

 一方、穏香はやけに納得したような顔になり、

「結果オーライは、いつものことじゃない……それにしても、ふーん、アイツ復活しちゃ

ったんだ…ってより、そーいうことなら、どっかに尻尾巻いて隠れてたっつーことかな…

…でも、そうすると、他の八将軍も……」

「……みたいね。マリオネットの口振り、そんなだったし。それに、今回も倒し切れなか

ったみたいよ……。まあ一応、退かせただけって、感じ…?」

「えーっ! そ…そうだったのっ?」

 訳知り顔で会話を交わす、穏香と知子に、再度蓮が驚きの声を交える。

「何よ蓮、うっさいわねえ。人がせっかく珍しくシリアスやってんのに……」

「だ…だって…」

 眉をひそめ、咎める口調の知子に、蓮は少し臆した様子で、だがそれでもまだ何か

言いたげな目線を向けた。

「はいはい、わーったわーった。あんたには、あとでゆっくり説明してあげっから、ちょ

っとコーヒーでも入れてきな」

 知子は手をひらひら振って、蓮のその視線を受け流す。

「な…なによそれぇ……」

「だって、ここ、あんたんちでしょ? で、お客さんは、あんたがそんけーしてるって言

ってた先輩、山村穏香さんなんだよお……」

 言って、知子は意地悪い笑みを蓮に向けた。

「で…でも……」

 腕組みし、室内を見回している穏香と、目の前でにやにやと笑みを浮かべる知子を交互

に見やり、蓮は口をもごもごさせる……が、

「わ…わかったわよっ!」

 結局返す言葉が見当たらず、勢い良く踵を返して、キッチンへと向かった。

     

「それにしても、ここ、良くできてるわね。補強箇所もばっちりだし、強度バランスも良

く取れてるわ……。ソーラーバッテリーの効率も無駄無いしね……」

「あー、わかるぅ? さすが穏香さんだあ」

 呟くように言った穏香の言葉に、カウンターで仕切られたキッチンから顔を覗かせ、

蓮が嬉しそうな声を上げる。

 ちなみに、先程もそうだが、銀狼の能力を持つ蓮は、平時でもその五感は常人の

比ではなく、聴力もずば抜けているため、小声で言った穏香の言葉も聞き取れていた

のだ。

 と言っても、それはすべての物に対する感覚が鋭くなる、ということではなく、意識し

たものにだけ……つまり、聞き耳を立てる、目を凝らす、などといった意識的な感覚

の集中により、その感覚のみ鋭敏になるということである。

「で、水なんかはどうしてんの? まあ、コーヒー入れようとしてるとこからすると、な

んとかしてんだろーけど……」

「あ、これはねー、近くに綺麗な湧き水が湧いててね。そこから汲んできたものを自家

制の濾過器にかけてまーす」

 自家制のシステムを理解してくれる穏香に、蓮の機嫌も直ったようだ。

「ふうん。じゃあ、そこから直で引いてくるようにすれば、もっと便利になるわね。各戸

にその浄水器は配ってあるんでしょ?」

「お…それって、上水道完備ってこと? でも穏香、あんたそんな事できんの?」

「ん…、まあ、その湧き水の規模を見てみないとなんとも言えないけどね。でも、現在こ

こに住んでる人達が、困らない程度にはあるんでしょ。それなら、多分大丈夫だと思うけ

どね」

「すごーい! さすが穏香さん!」

「あ、それとね、その下流にタービン付ければ、もっと発電量も取れるわよ」

「水力発電?」

「うん。そしたら、今より安定した電力供給できるし、もっと電圧高い機器も使用できる

ようになるわよ。

 すでにいっぱいいっぱいになってるんじゃない? ソーラーバッテリーだけじゃ……」

 そう言って、穏香は壁に吊り下げられた四角い箱に目を移す。

「ちょっと蒸し暑い季節になってきたってのに、電力不足でつけられないんでしょ?

エアコン……まあ、あたしたちはともかく、日差しも前より強いみたいだし、お年寄り

や赤ちゃんにはきつくなるんじゃないかしら、これから……」

「は…はあ」

 穏香の鋭い指摘に、感嘆の表情のまま押し黙る蓮。が、すぐに思い出したように、

言葉を返す。

「あ…でもね、その点に付いては一応考えてはいるんだ。ほら、知子さんが冷気系の

魔法使えるでしょ……」

「あ…なるほど、それでもいいわね。無駄なエネルギー消費しないですむし……」 

「ちょっと待てあんたら」

 蓮の案に納得する穏香に、しかし知子が片手を挙げて待ったをかける。

「んじゃ、何? 暑くなったらあたしがいちいち托鉢みたいに全戸、冷気呪文かけて

回んのかいっ!?」

「そーだよ。あれ、言ってなかったっけ?」

 こともなげに、コーヒーをカップに注ぎながら、あっけらかんと答える蓮。

「聞いてないっ! だしっ、魔力だって無限じゃないんだよっ!んなことやってたら、い

くらあたしだって死ぬわ!」

 椅子から立ち上がり、知子はキッチンに向かって猛然と怒鳴り散らす。

「あとね、もっとてっとりばやく大電力を得る方法もあるわよ」

 だが、そんな知子の勢いもどこ吹く風で、穏香がぼそりとつぶやいた。

 そして、この穏香の言葉に、憤っていた知子も、コーヒーを運びつつあった蓮も顔色を

変えた。

「え……それってもしかして……?」

「や…やめとこうよ穏香……それだけは……」

 だが穏香は、

「ん? ああ、原発じゃないわよ。ま…興味はあるけどね」

 目の前に置かれたカップを口に運びつつ、やはり感情の少ない口調で言った。

「……あんたのそれが怖いんだ……って、原発じゃないんなら何よ?」

「まあ、いろいろ構想はあるんだけどね……一番手っ取り早いのは、落雷発電…か

な…?」

「ら…落雷?」

「うん、そう。ほら、ソーラーだと、いくら効率よくしても天気悪い日はまるで役にたた

ないでしょ? 蓄電だって曇りや雨の日が続けば、たかが知れてるし……」

「でも、雷なんてそ−ぽこぽこ落っこってくるもんじゃなし、それこそ当てにならないん

じゃ……」

 首を傾げ言い掛けた蓮の言葉に知子が、うんざりした様子で吐き捨てるように呟く。

「穏香ぁ、あんたそれって、結局あたしに仕事させるって意味?」

「あ、なーる」

「『あ、なーる』じゃないっ! だからぁっ、第一あたしゃ魔力の容量そんな多いほうじゃ

ないんだよ! そんなに無駄に魔法使いたいんなら、江美でもなんでも呼んできて、

ばっかんばっかん稲妻落としてもらいなよ!あの子なら喜んでやってくれるでしょー

が!」

「……知子」

 息巻く知子の口調に、穏香がやけに冷めた声で待ったをかける。

「何よ?」

「あんた、もし江美がいまここにいたとして、それ本気でやらせるつもり?」

「…………」

 破壊天使の異名を持つ、雷を繰る魔法使い、『青山江美』の無邪気すぎる笑顔が

脳裏をよぎり、知子は………

「………ごめん、撤回する。落雷発電のことは考えとくわ……」

 静かに呟いたのだった。

    

「で、そろそろ、本題にいきましょーか、穏香、あんたが今頃ここに来たわけ聞かせてよ。

ひと月前に群馬でしょ? 表の車、使ってたんならそんなにかかんないもんね。

 なんか、途中で厄介ごとでもかかえた?」

 お茶うけに出されたバタークッキーをくわえつつ、知子が言う。

「ふふん……さすが知子。頭のキレも相変わらずみたいね。安心したわ」

「前以上って言ってよ。おもいっきし呪文使えなくなっちゃったから、かなりハッタリか

まさなきゃいけない事も多くなったしね」

「それは前からじゃないの? ……まあ、いいわ。実はね……」

 鼻で笑ったのち、穏香は急に神妙な顔になって語り始めた。

  

(2)へつづく。

 

   

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