夢戦士伝説・U

有楽町で遭いましょう

(2)

「で…どーしよっか? ま、恭介起こすよりは楽だと思うけど……」

 軽い溜め息混じりに、知子が言う。

 知子、穏香、蓮の三人は、いまだ失神したまま床に敷かれたござの上に横たわる

勇太郎を囲み、見下ろしていた。

「知子、あなた耳元でやさしく『起・き・て』とか言ってみれば?」

「げ。かんべんしてよ。起きた瞬間抱きつかれでもしたら、あたしまで泥だらけになっち

ゃうじゃん。んなことするくらいなら、ここは一発……」

 言って掲げた知子の手に、ぱちっと魔力の火花が散る。

「あーっ! だめだめっ! 知子さんっ、魔法使うんだったら、外行ってやって!

家がこわれちゃうっ!」

「じゃーあんたコレ運びなよ」

「えー、あたしだって、汚れんのやだってば」

「じゃ、ど−すんのよ?」

 うんざりした様子で、蓮を睨む知子。

「だからあ、やっぱ、あたしら三人で行こうよ。勇太郎さんは置いてさ」

「はああ、あんたねぇ、だからそれはさっき言ったでしょ。あたしが行っても役に

立たない……どころか逆に、あたしの魔力が変な風に影響して事態が悪化する

かもしれないって。ここはやっぱり『地』の穏香、『浄化』のあんた、んで『力』の勇太郎

で行くのがベストなの!」

「でもぉ……」

「でももくそもないっ! ほら、どいてなっ、なるべく勇太郎だけにダメージいくように

やるからっ」

 払いのけるように手を振って、知子が呪文詠唱に入る。

 しかし、知子と蓮が勝手なことを言い合っている間に、穏香は呪文の詠唱を終えて

いた。

 ヅ ェ ク テ リ ア ン
「地暗猛霊星」

「へ?」

 ぼごんっ!

 知子が間抜けな声を上げ、呪文詠唱を中断した次の瞬間、室内の重力が極端に

変化し、勇太郎が横たわる場所を中心に、まるで巨大な透明の球体が落下したよう

に、部屋の床が……抜けた。

「ああああああああーっ! あ、あたしの寝室がぁぁぁっ!」

 崩れ落ちていないわずかな足場を求め、室内の縁の部分をぴょんぴょんと跳ね

ながらの蓮の絶叫が響き渡る。

「ち…ちょっと穏香ぁ、あんたひどいよこれは……いくらなんでも……」

 とっさに唱えた浮遊の術を使い、宙に浮かぶ知子がひきつりながらの笑みで言う。

「ふむ、限定された空間だと六分の一の魔力でここまで破壊力を出す事できるのか…

……ふふ、もうちょっと威力弱まると思ったんだけどね……」

 一方、穏香は呪力結界に守られ、その部分だけ足場の残る床板の上に佇み、

軽い笑みなど浮かべ、なにやら呟いていた。

 やがて、もうもうと立ちこめた土ぼこりがひと段落した頃、球形に陥没した室内の中心

から、声が上がる。

「おちちちちち……おーいてえ……な…なんだ?」

 床板やらガレキやらを押し退け、むっくりと身体を起こした勇太郎。

 そこへ、

「おちちちち…じゃないでしょっ! どーしてくれんのよっ? あたしの部屋っ!!」

 髪抜入れずに飛び込んできた蓮が、勇太郎の襟首掴んで引き起こし、かっくんかっく

ん 揺さぶる。

「お…お…い…な…な…ん…の…こと…だ…? い…った…い……」

 本日二度めの揺さぶりに、たった今目覚めたばかりの勇太郎の気が、またも遠くな

っていく。

「あーあ、知子、いーかげんにやめさせないと、またさっきの二の舞になるわよ」

 その様子を遠まきに眺め、まったく罪の意識ない口調で言う穏香。

「あ、あんたねえ……」

 知子は苦笑で穏香を見るが、誰のせいでこうなったかはともかく、至極もっともな穏香

の意見に従い、蓮と勇太郎の間に入っていった。

「ちょ…ちょっと、やめなってばっ蓮! 大体あんたこりゃ逆恨みもいーとこでしょーが!?

当たるんなら、あっちでへーぜんと第三者ヅラしてるおっぱいおばけだろーにっ!」

「誰がおっぱいおばけよ」

 わずかに眉をひそめ、不満の声を漏らす穏香。

 そして、蓮は知子の制止に、ようやく握り締めた拳を緩め、ぎぎぃっと顔をこちらに向

けた。

「ん…ふっふっふっふっふ………んなこと、わかってるわよ……けど……穏香さんや

知子さんみたいなひとが、どーやったって、素直に反省するタマじゃないって事のほう

がもぉ ぉぉっと良く分かってるつ・も・り。んなら、このやり場のない怒りをぶつけられや

すいとこで爆発させるのが人情かつ合理的ってもんでしょぉぉぉ?」

「へえ、さすが西工大付属出身ね。無駄のないエネルギーの理論展開だわ」

 一語一語、噛み締めるような蓮の言葉に、妙に感嘆の声をもらす穏香。

「だああああっ! 穏香っ、あんたはまたそんな火に油を注ぐようなことをっ!

 いいっ?蓮っ、あんたがどうストレス解消しよーとこの際、どーでもいーけどっ!

 その理論展開だかでいけば、あと二三回その腕振り続けたら、今度はこの部屋だけ

じゃすまないよ!」

 いまだ勇太郎の襟首を掴んだままの蓮の手首をびしっと指差し、知子が叫ぶ。

「あ………」

 ようやく正気(?)に帰ったか、知子の言葉で蓮はおそるおそる自分の手首の先に

視線を移した。

「う…ぐ…ぐ………」

 そこには、もはや失神寸前、口から涎など垂らし、朦朧としている勇太郎が……

「ああああーっ! だめよだめだめぇっ! 勇太郎さんっ起きてぇっ!」

 ほどなく、蓮の激しい往復ビンタが盛大に勇太郎の頬に飛んだのだった。

   

「……で?」

 真っ赤に腫れ上がった頬の勇太郎が三人の女を眺め見る。

 むろん言わずもがな、その表情は怒りと不満で歪んでいる………。

 その後、ようやく気を取り戻した勇太郎をなだめつつ、四人はリビングのテーブルに

着いていた。

「い…いやー、だからぁ、いま言ったじゃない? 銀座の地下駐あたりにかなりのひとた

ちが閉じ込められてるってぇ……」

 一体どこからそんな声を絞り出すのかと思われる猫なで声。引きつった笑みを浮かべ

て知子が言う。

「ほぉぉぉう、それで……?」

「い…いや、それでって言われてもぉ……カンのいい勇太郎ならぁ分かると思うんだけど

なあ…あはは……は」

「カンがいい、ねえ……」

「うふふ…ふ、もぉうやぁだ、そぉんな意地悪しないでよぉ……だから、そこへ穏香と蓮

連れて救出に行ってもらいたいんだ…って」

 頬の辺りに掲げた手をひらひらと振り、冷や汗たらたらで知子は告げる。

「ふーん」

 椅子の背もたれにぎしっと身体を預け、勇太郎は知子を冷ややかな目で見入った

のち、

「でも、俺『ケガ人』だからなー。おめーら三人で行ってくりゃいーじゃん……おーいてえ

また腫れてきやがったかな……」

 頬をさすった指先を見ながら、抑揚のない口調で言った。

「ま…またぁ、そんな意地悪言ってぇ…。だ…だからぁ、地下だけにかなりのゴーストや

スペクターが巣くってるらしいからぁ、あたしは行けない…っつーより、あたしの暗黒系

魔力じゃ……」

 語尾を濁し、知子は隣の蓮を肘でつつく。

『ほらぁ、あんたもなんか言いなさいよ……』

「え? へ? あ…あたし?」

 小声で咎める知子の言葉に、慌ててうつむかせていた顔を起こす蓮。

 顔を上げればそこには、

「んー?」

 憤怒の笑みを浮かべた勇太郎の顔があった。

「あああああああたしが、わわわわ悪いんじゃないよ!だ、大体、穏香さんじゃないっ、

こんな原因も結果も作ったのはっ!」

 目の前で手をぶんぶん振り、蓮は咄嗟に紡いだ言葉で、唯一一人だけ平然とした

表情で対面に腰掛けている穏香に話を振った。

 そして、それに応じた穏香の口から出た言葉は……

「え? いーわよ。べつに。勇太郎に行ってもらわなくても……」

「ま…穏香さんっ?」

「ま…穏香!? あんたはまたっ!」

 すべてをぶちこわす穏香の爆弾発言に、堪らず非難の声を浴びせる蓮と知子。

「はん、そーいうことなら、話はこれで終りだな。んじゃ俺ぁしごとに戻るぜ。
                       
トコ
 誰かさんがめちゃくちゃにしちまった畑、もっかい耕さなきゃなんねーしよ!」

 一方、勇太郎は、穏香の意外な言葉と態度に、一瞬驚きの表情を見せるも、

こめかみに浮かぶ血管をまたひとつ増やし、荒々しくテーブルに手をつき席を立った。

「え…? ちょ…ちょっと…勇太郎、待っ…」

 慌てて制止をかける知子。

 にわかにそうぜんとする場の空気。

 しかし穏香は、全く動じる様子もなく、手にしたコーヒーカップを口に運びつつ、勇太

郎の背中に声を掛ける。

「あ、そうだ……ところで勇太郎?あたしさ、ここに来るまでに、あっちこっちでCBR40

0Fの部品、掻き集めてね、表のサファリに積んであんのよ」

「……!?」

 すでに出口に向かっていた勇太郎の足が止まる。

「もうほとんどのパーツ集まったから、あとは、組むだけなんだけど……」

 こくんっとコーヒーを飲み下だし、さらに穏香は続ける。

「さすがにエンジンとフレームは積めないから、べつのとこに置いてあってね……」

「ど…どこだ? どこっ!?」

 勢い込んで身を翻し、穏香の座る椅子に手を掛けて迫る勇太郎。

「へ…? どうして?……って、ああそうか、あなたの愛車もエフだったわねー。そう言

えばタンクのカラーリングも同じよ。青白の…。後で見てみる?」

 やや身を引きつつも、穏香は軽い口調で告げた。

「お…おう、見る、見るよ! で、エンジンとフレームはどこ置いてきたんだよ? かっ

ぱらわれねーだろーな?」

「だいじょーぶよ。もとバイク屋さんやってたひとに、メンテナンスも兼ねてちゃんと管

理してもらってるから……」

「そ…そんじゃさっそくそこ行って組もうぜ! な!」

「いーわよ。もともとそのつもりだったし」

 即答した穏香の言葉に、先程までの不機嫌な顔はどこへ行ったのやら、飛び上がら

んばかりの様子で喜々とする勇太郎。

「で、その元バイク屋さんだかは、どこにいんだよ!?」

「……銀座。」

 答える穏香の言葉に、勇太郎の笑顔が完全に凍結する。

 そして穏香は、一人平然とした表情で、最後の一口を飲みほしたコーヒーカップを

静かにソーサーの上に置いた。

     

「んで、どーなんだよ……?」

 神妙な声で勇太郎が問う。

 現在、まんまと穏香の策にはめられた勇太郎を含め、蓮と穏香の三人は車中にいた。

 向かう先は、銀座……いや、かつてそう呼ばれた街があったところ、と言ったほうがよ

り正確だろうか。

 そう、数年前までは、有名デパート、高級ブティックなどが立ち並ぶ、国内で最も有名

なショッピングモールだったところである。

 むろん、現在はかつての栄華のかけらもなく、ガレキと廃墟が居並ぶ、見るも無残な

様相をさらしているのだが……。

「ん? ああ、まあまあってとこかしらね。クランクケースもピストンも無事だったし。

 ま、REVは死んじゃってたけど、あれは、もともとそーいう特性だしね。フレームも

多少歪み出てたけど、鉄だから簡単に調整できるしね。

 まあとにかく組んでみないとなんとも言えないけど……」

 凹凸の激しい路面に巧みなハンドル捌きでタイヤを噛ませつつ、答える穏香。

「うーん、でもまあ、とりあえず走ればそれでいい……って、ちがぁうっ! 俺が聞いて

んのは銀座の様子だよっ!」

「でも…さ、勇太郎さん? いまの勇太郎さんのそのカッコ見たら、そっちの話だと思わ

れてもしょーがないと思うよ。あたしだってそー思ったもん。……それに……今からそん

なにキレイにしたって、どーせ組むときにまた汚れちゃうんじゃない?…タンク…。」

 助手席に座る蓮が空を仰ぎ見るような仕草で、後部座席、大事そうに抱き抱えた

バイク のタンクに息を吹き掛け、ウエスで磨きながらの勇太郎に言った。

「い…いやまあ、これはその……って、それよりっ! どーなんだよ? 正味の話……

 (六本木と)似たような感じか?」

 やや赤らめた頬のまま、真顔に戻し勇太郎が尋ねる。

「うーん、まあね……」

 勇太郎の問いに対し、穏香は珍しく口調を重くし、言葉を濁らせた。

 その心の動揺が微かにステアリングを狂わせたのか、砂地を噛んだ後輪が、車体を

やや横滑りさせる。

「おっと! ま、ぐちゃぐちゃだ…ってのはどこも一緒でしょうから、特に具体的な説明は

はしょるわよ。どーせ行けば分かることだし。あたしにとってもあなたたちにとっても、い

ー気分にならないことだけは間違いないから……」

 即座に逆ハンを切り、車体を安定させつつ、穏香は続ける。

「そうね……、六本木との大きな違いと言えば、今の銀座には木…というか植物の類い

が一切生えてなくて、ただガレキの山が広がってるだけ…ってことかな」

「ほう……」

 何かに気付いたように、勇太郎が声を上げ、

「気候条件が悪いとかじゃなくて?」

 続いて、蓮がそれを裏付けるように尋ねた。

「うん。生きのびた人たちが生活できるくらいにはね。ま、六本木程とほとんど変わりな

いわよ」

 答えた穏香の言葉で、蓮と勇太郎の疑問がより深くなる。

 確かに、気候、生態系が狂ってしまったこの世界において、局地的に不毛の大地が

生まれてしまうことは珍しくない。

 しかし、それはあの戦いにおいて発生した膨大なエネルギーの余波が瞬間的にもた

らしたものであり、それ以後はその場所なりに新たに生まれた環境のまま、安定した

はずである。

 例えば、六本木近辺にしても、瞬間的に異常成長した木々が森を作り出したわけだ

が、それが今以上に拡大あるいは縮小する兆しはない。

 となれば、灼熱の地でも極寒の地でもなく、人が住める程度に気候が安定している

場所に、植物がひとつも成育していないというのはどう考えても不思議な事である。

「ふーん、そりゃ確かにおかしいな。ほかにモンスターとかは…?」

 中断していたタンクみがきを再び始めつつ、尋ねる勇太郎。だが、磨くその手に、

先程のような熱はこもっていない。手持ちぶさたになった手をただ動かしているような

感じである。

「あ、それはいたよ。まあでも、あたしがあの街に着いてからこっち、あの辺りをうろつ

いてたヤツらは退治しまくったから、当分は出てこないと思うけどね。とりあえず、生き

残った地上の人の安全はとりあえず確保できたってとこかな。食料も水もなんとか押さ

えてあるし」

「あ、なるほど。だから、あたしたちの存在に気付いてもすぐにこっちには来れなかった

んだ?」

 納得したように言う蓮に、

「そゆこと。まあそっちみたいに厄介な『奴』がいたわけじゃないから、多少時間は掛か

ったものの、さほど苦労は無かったんだけど、問題は地下に閉じ込められた人達なの

よ… 一応『探知』の魔法で大体の生存箇所は確認してあるんだけど……」

「でもさあ、さっき聞いたときも思ったんだけど、穏香さんって『地系』のひとでしょ?

 地下のことなんてそれこそ専門じゃないの? ばこっとその部分だけ一気に掘り返す

とかそーいう……」

 首を傾げつつ蓮が口を挟む。

「いや…ま、地下内部の構造がしっかりしてれば、そういうテもアリなんだけどね。おそ

らく…というか間違いなくガタきてるはずでしょ。ま、おとなしくしてる分には今すぐ

どーこうって訳じゃないんだけど、派手な術でも使ったひにゃ……」

「大崩落しちまうかもしれない……ってわけだ」

「そう。それに、地下に多量に発生してるゴースト…たぶんあそこで亡くなった人達の霊

たちなんだろうけど、それが、どういうわけだか、地下の強度を保っているってフシもあ

ってね。下手に大きな魔法で刺激すると、ホントどうなっちゃうのか、全く見当が付かな

いのよ」

「あ、なる……」

 ここで蓮は、先程知子が言ってた意味をようやく理解した。

 知子が得意とする暗黒系の魔法は、ゴーストなどの死せるものと波長が似たような

ものが多く、それらを刺激してしまう可能性が高いというわけである。

「それと、そのことがあの辺りに植物が生えないことに、何か関係があるんじゃないか

とあたしは踏んでるんだけど……」

「はん、それで地道に地下迷宮探索しなきゃなんなくて、俺たちが必要ってわけだ。

ふふん、よかったな蓮、おめーの大好きなRPGの現実版ができンぞ♪」

 シニカルな笑みを浮かべ、勇太郎が言った。

「えー、そんなセーブもリセットもできないようなシナリオやだよぉ……っつっても、

やるしかないのよね……」

「ま、そーいうことね。あとは向こうに着いてから詳しく説明するわ」

 自虐的な溜め息を着く蓮に、穏香は苦笑で答え、残された最後の建造物、東京タワ

ーを背にハンドルを左へ切った。

 穏香の駆る大型RVは、大きく弧を描いて、それまでの道よりややひらけた森の中

の間道に入る。

 かつて、日比谷通りと呼ばれた幹線道路……始終クラクションと排気音が鳴り止ま

なかったその場所は、今では、そこに道があったことのみ面影を残していた。

 むきだしになった岩やガレキが転がる悪路を踏み締め、四つの車輪の脚を持った

獣が、巻き上がる土煙の中、高らかにその咆哮を上げた。

  

(3)へつづく。

 

   

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