いちばん熱かったあの夏に・・・(4)
さとる 悟……小柄な身体にはしっこい笑みを浮かべた童顔の少年…。 てづかさとる フルネームは手塚悟といい、やはり、舞や和也と同じ高校二年生の研修参加者で ある。来たる道中、彼の周囲は常に賑やかで、その風貌に違わず陽気でお調子者 といった性格が余すことなく伺えた。 しかしながら、その乗りやすい性格は少々行き過ぎの感もあり、さらに舞以上に 人をからかう事が好き、という悪癖も手伝って、周囲の者が迷惑を被るという場面も しばしば見られた。 中でも、単純でささいな事にもすぐむきになる和也などは、彼の格好の獲物となっ ていたのは言うまでもなく、自分の事で悟に冷やかされ、真っ赤になってしどろもど ろに反論している和也を、舞は何度も目にしていた。 むろん、その度にお気の毒さま、とほくそ笑んでいた舞であったが……。 ところが、今回はどうやらその被害がこの目の前の恵美に及んだようである。 今一度、悟の性格を思い出し、舞は不安な面持ちを恵美に向けた。 「で…悟が…どうしたの?」 尋ねる舞に、恵美はゆっくりと話し始める。 「う…うん、あのね、悟君、部屋に行く途中の階段で、あたしがよいしょよいしょ、って やってたら、持ってやるよって言ってくれて、そのまま部屋まで運んでくれたんだけど ……」 「へえ、なかなか紳士的じゃない。彼…」 場違いに呑気な口調で、口をはさむ弓香。 「えへ…☆でしょでしょ? 結構やさしいんだよ、悟君って☆」 「………」 恵美はなぜか照れたような笑みを浮かべ、弓香に応えるが、舞が口元を引きつら せている事に気付き、慌てて話を戻す。 「あ……で、でね、部屋まで運んでくれたのはいいんだけど……あたしがちょっと目 を離してた間に、悟君……あたしのベッドで…眠っちゃったみたい…なの」 「まあ!」 先に驚きの声を上げたのは弓香。とはいえ、彼女はまるでいたずらをした子をいな す母のように苦笑している。 「ちょっと! 弓香さん、笑い事じゃないよっ!」 たまりかねた舞が声を張り上げ、また、やおら恵美の方へ向き直り、 「…で、恵美! あんたそのバカ、叩き起こしてみたんでしょうねッ!?」 そのままの強い口調で、詰め寄った。 「え…叩き起こすって…言っても…ま、まあ、一応……」 舞の勢いに、やや萎縮しつつ、恵美はなんとか答える。 「まあまあ、舞ちゃん、落ち着いて。……でも、恵美ちゃん、あなたとおんなじ部屋に な った子…確か、早苗ちゃん、だっけ。彼女はどうしたの?」 見かねた弓香が間に入り、舞を制する。そして、穏やかな口調で尋ねた。 「え…ああ、早苗ちゃんは……なんか、こっちに住んでる親戚の人が来た、とかで、 荷物置いたら、出てっちゃったの。それで……」 「……で、あんたが一人部屋に残ったってのをいいコトに、図々しく居眠りぶっこい 語尾を荒げて、舞が恵美の言葉を繋いだ。 「とにかくっ、行くよっ、恵美っ!」 「へ…? あ…あの、行く…って?」 「決まってんでしょ! そのバカ、叩き起こしによ!!」 うろたえる恵美に、舞は振り向きもせず、すでにその姿はドアの前にあった。 「あ…う…うん………あ…」 戸惑いつつ、恵美も慌てて、その後に続く……と、その前にドア付近で立ち止まり、 思い出したかのように、弓香にぺこりと頭を下げた。 「恵美〜っ! 何やってんのよっ、早く行くよっ!!」 「は…はいっ!」 遠ざかる舞の声に、ひとしきり身体を震わせ、恵美もその場を立ち去った。 「あらあら…」 後に残された弓香。駆けていく二人の背中を見送り、ゆっくりと開け放たれたドアを 閉めた。
ダムッ!! 「悟っ! あんた、何やってんのよっ!」 派手に開かれたドアの音と共に、舞の怒声が室内に響き渡る。 だが、先制のつもりで放ったその一撃も空しく、壁側のベッドには安らかな寝顔を 浮かべ、図々しくも大の字になって横たわる悟の姿があった。 なるほど、これは一筋縄ではいきそうにない…… 舞はかぶりを振って、呆れる思いを振り切ると、悟…もとい、恵美のベッドへ足を 踏み出した。 しかし………… 「はあ、はあ……」 五分後、舞は肩で息をしていた。 「だ…ダメだ、こりゃ……」 怒鳴り過ぎたせいで、そのハスキーな彼女の声は、なおかすれていた。 身体を揺さぶり、頬を叩き、はたまた、つねくってまでみたのだが、当の本人、悟 はその度に寝返りを打つくらいで、いっこうに目覚める様子がない。 思いあまった舞は、顔面を踏み付けようと足を振り上げたのだが、それはさすがに 恵美に止められた。 「どーすんのよ? コレ……」 いまいましげに悟を見据えつつ、舞が言う。 「あ…あの〜、あたし…和也くんとか呼んでこようか?」 舞の様子を伺いつつ、弱々しい口調で恵美。 「あ…そーね、あいつに頼んで部屋の外までひきずりだしちゃえばいいわけだし… …」 ………もちろん、恵美はそんなつもりで言ったわけではないのだが。 「…でも、いいわ、あたしが行ってくる。あんたはこいつ見張ってて!」 すれちがいざまにそう言い放つと、舞は素早く部屋を後にする。 「あ…舞ちゃん…」 何か言いたげに、出し掛けた恵美の右手がむなしく空を切った。 |