いちばん熱かったあの夏に・・・(5)

 

一方、その頃、和也の部屋では……
     
   ゼッツー
「へーっ! ZU? マジかよ?」

「ああ…さっき走ってたぜ、ま…どノーマルだったみたいだけど…よ」

 好きなバイクの話などで清正と盛り上がり、和也は、舞や悟に邪魔されぬ、旅行始

まって以来の安息のひとときを過ごしていた。

 そこへ、

 ダンダンダンッ!!

 叩く主の手を心配してしまうようなノックの音。

「?!」

 慌てて、煙草をもみ消す和也。そして、素早くコーラの灰皿をベッドの下へ隠す。

 また、身を翻して立ち上がった清正は、煙によどんだ部屋の空気を追い出すべく、窓

を大きく押し開けた。

 ダンダンダンッ!!

 そんな二人を急かすように、さらにけたたましくノックの音が鳴り響く。

 仕方なく、和也は未だ青白く染まる部屋の空気を疎ましげに払いのけながら、ドア

の方へと向かった。

 おそるおそるドアノブに手をかけた時、

「和也ァーッ!あたしィ、開けてェー!」 

 もはや、聞き慣れた舞のハスキーボイス。 

 ほっと安堵の息を漏らし、和也は、旅のしおり片手に部屋の空気を扇ぎ出している

清正と顔を見合わせた。

「もう! 早く開けてよ! 大変なんだ…か・ら………ん?」

 流れ込む熱風と共に、部屋の中に飛び込んでくる舞……だが、その勢い付いた様

子もつかの間、すぐに室内に漂う残り香に気付き、

「ああーっ、煙草くさーい!」

 眉をひそめて鼻に手をやり、上目使いで和也を睨む。

「…う……。」

 大きな舞の瞳に見つめられ、少し怯む和也であったが、すぐに居直って、

「…んだよ、煙草くれえ、今どき中ボーだって………って、 大体、何なんだよ?

お前。いきなり押しかけてきやがって……」

 頭をぼりぼり掻きつつ、部屋の奥へと戻っていく。

「なっ! あ、あんたねぇ!」

 その物言いと態度に腹を立てたか、舞は当面の問題も忘れ、和也の前に回り込むと、

その懐へずいっと詰め寄った。

「な…なんだよ!」

「なによ!」

 睨み合う和也と舞。  

「…と、待てよ。二人とも……」

 見かねた清正が、あらためて取り出した煙草を片手に口を挟む。  

「何よ? 清正はちょっと黙ってて!」

 和也に向けた形相そのままで、清正にぴしゃりと言い放つ舞。

 が、清正は少し肩をすくめただけで、再びベッドに寝転びつつ、

「…ふん、ま、いいけどよ。舞、お前…痴話喧嘩しにわざわざ来たのか?」

 こともなげに言葉を返した。

「………………あ!」

 忘れかけていた目的を思い出し、舞は小さく声を上げる。

「ち…痴話喧嘩…って、清正、お前な………」

 一方、和也は不満あらわな顔を清正に向け、何か言おうとするが、

 ぐいっ!

「えっ?……うあっ!」

 突然、舞に手を引っ張られ、たたらを踏んだ。

「そんな事より……大変なの! 一緒に来てっ!」

「た…大変って、お前……うわっ…たっ…た」

 そしてそのまま、ぐいぐいと引っ張る舞によって部屋の外へと引きずり出されていく和

也。部屋の奥へと目で助けを求めるも、清正は涼しい顔で、いいから言ってこいや…と

ばかりに手を前後に振っている。

「じゃーね、清正、おじゃまさま!」

 和也の無言の訴えもむなしく、舞が蹴り足でドアを荒々しく閉めた。

  

「―――で…どこ行くんだよ?」

恵美の部屋へ向かう途中、未だ舞に手を引かれたままの和也が不満たらたらの口

調で言う。

「恵美んとこ」

「恵美…ちゃん? 何でまた?」

「もう! んだから、悟がね……」

 と、そこまで言って、舞は言葉と歩みを止めた。

 そう、和也にはまだ何も説明していない事に気付いて。

「さ…悟……?」

 だが、悟の名を聞いたとたん、和也はすでに話の半分くらいは理解できたようである。

 舞が足を止めたのとほぼ同時に、立ち止まり、怪訝な表情を浮かべていた。

「……また、何かやったのか? アイツ …」

 なるほど、悟の一番の被害者ならではの反応である。

 舞は取り急ぎ、事の顛末を話した。

「……と、いうわけよ」

「…ったく、しょうがねえな〜、アイツは……」

「でしょ? だから、早く行くよ!」

「お…おー。」

 あまり関わりたくない、というのが本心であったが、むろん、そんな事を言い出せる

訳もなく、和也は気の抜けたかけ声と共に舞の後に続いた。

 ……そして、間もなく、恵美の部屋の前。

 ドアの前には、両手を腰に当て憤然と仁王立ちにたたずむ舞と、不安げな面持ちで

固唾を呑む和也の姿。

「じゃ、行くよ!」

 思わず蹴破りたくなる衝動を抑え、ドアノブに手をかける舞。

 その時……

「キャハッ! もう、やだあ、悟君……」

 微かに開いたドアの隙間から、何とも楽しそうな恵の声が。

「?」

 いぶかしげに和也と顔を見合わせ、舞はゆっくりとドアを開く。

「恵…美?」

 すると、部屋の中では先程の不安な表情はどこへやら、愛くるしい笑みを満面に浮

かべた恵美と、おそらくその笑みの源となっているのだろう、派手なジェスチャーや

愉快にその顔の筋肉を変化させる悟の姿があった。

「な…なにこれ? ど…どーゆーこと?」

 あまりに不可解な光景に茫然と立ちすくみつつ、だがそれでも、何とか声をしぼり出

す舞。

「あ…! ま…舞ちゃん?ご…ごめん、実は…その……」

 ここで、ようやく二人の入室に気付いた恵美が振り返った。

 舞の様子を察した恵美は慌てて取り繕おうとするが、口元に浮かんだ笑みまでは

消せず、おかしな顔になっている。

そして、言葉に詰まった恵美の代わりに、悟が飄々と口を開いた。

「あらあ、これは、研修カップル第1号のお二人じゃん……?」

「だっ…誰が!」

 悟の言葉に律儀に反応する和也。そしてなぜか舞は不満げに和也の顔を見入る。

 また、その間に悟の言葉が続いた。

「おお! …ってーことは、俺たちがカップル第2号ってことになんのかあ?」

『なっ?!』

 舞と和也、二人の驚嘆が見事に唱和する。

 それから、少し遅れて、

「ええ〜? 何それぇ、あたし、まだ言われてないよぉ。悟君に…その……好き…だ

よ…って………きゃっ、もお! やだあ、悟君…何言わせんのよっ!」

 相変わらずの甘ったるい声で、恵美が言葉だけの不満をもらす。また照れ隠しの

つもりなのか、ベッドの上であぐらをかく悟の身体を突き飛ばした。

「うわぁっ!?」

 そんなに力の入ったようには見えなかったが、バランスを崩した悟はものの見事に

ベッドの向こう側へ落っこちた。

「あ…や、やだ、悟君…大丈夫?」

 慌てて、悟に駆け寄る恵美。  

「………………行こ。」

 そして…。

 舞は未だ茫然とたたずむ和也の肩を力なく、ぽんと叩いた。

「え…?あ…ああ…いやでも……」

「…じゃ〜、あんた、ず〜っとこんなところにいるつもりなわけ……?」

 躊躇する和也の横をすり抜けつつ、うんざりしきった様子で言う舞。

「う…それは、その…あ、おい、待てよ! 舞……」

 全くもって、もっともな意見に、慌ただしく舞の後を追う和也。

 踵を返すその途中で…ふと、何かに気付いたように、もう一度部屋の中へと目を移す。

「……ん?」

 部屋の奥…転がり落ちたベッドの向こうから、ひょこっと悟が顔を出し、

「……☆」

 悟は親指と人差し指を交互に立て、なにやら意味深な笑みと共にその人差し指を和也

に向けた。

 そのジェスチャーは…

(モタモタしてねーでおめーもはやくなんとかしろよ☆)

 という意味が多分に込められているようで……だがしかし、

(う…うるせ…ばかやろ。)

 にらみつける視線でそう訴え、和也は赤ら顔を振り仰いで、部屋を後にした。

 強い陽射しの差し込むオープンテラスの廊下…

 吹き抜ける南風に長い黒髪なびかせて、ずんずん前行く舞の背を追って……。

 

 

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