いちばん熱かったあの夏に・・・(6)

 

 こうして、和也と舞を始めとする、清正、弓香、そして悟と恵美、この六人は自然と

行動を共にするようになり、騒がしくも楽しいハワイ研修の日々が流れていった。

 むろん、お約束通りというかなんというか…和也と舞の仲は、相変わらずはっきりし

ないままであったが……。

   

「あのなぁ…お前ら、もう少し静かに食えねーのかよ!?」

 うんざりした口調で、注意を促す和也。ちなみにこれで3度目である。

 人影まばらな朝のカフェテリア。

 窓際の六人掛けのテーブルでは、朝食を取るくらいで 何をそんなに騒ぐ必要があ

るのか、向かい合わせに大はしゃぎする悟と恵美、そして、その悟の横で迷惑そう

に、クロワッサンをかじる和也の姿があった。

 この日は土曜日、英会話のレッスンも休講で、スケジュールでは終日自由行動と

なっていた。

 そこで和也たちは、六人でワイキキまで繰り出すことに決め、朝食を取りつつ、ここ

で待ち合わせをしているのだが…

 先に行ってて…、と言ったきりベッドから出なかった同室の清正を含め、残りの三

人は未だに姿を現さないでいた。

「あんっ! ごめんなさいっ。ほらぁ、和也クン怒ってんじゃない、いーかげんにし

なよ、悟クン……って、いやあぁぁぁっ!? そのパイン最後の1個だったのにィ〜っ!」

 言ってるそばから、恵美は、最後に食べようと、自分の皿に取って置いたパイナッ

プルを悟に盗まれ、カン高い声を上げる。

「…。」

 しわの寄った眉間を押さえる和也を、本日三度目の頭痛が襲う。

 …と、 そのとき、

「――遅れてごめんなさい、前…いいかしら?」

 テーブルの脇には、英字新聞を小脇に抱え、フルーツとライ麦パン、コーヒーを乗

せたトレイを持ってにっこり微笑む弓香の姿があった。

「……へ…?あ…弓香さん……ええ…ど、どうぞ……。でも…うるさいっすよ……」

 タイミングよく現れた弓香に、少し躊躇する和也。そして、その動揺を隠すかのよう

に、苦笑すると、悟たちの方へ目を移し、事の状況を弓香に示唆した。

「あら、にぎやかでいいじゃない?」

 弓香は和也の視線にならって、今だ自分の存在に気付かない悟たちに目くばせを

すると、にこやかな笑みを浮かべ、恵美のとなりの腰を下ろした。

「あは、弓香さんだあ☆ おはようございまぁーす」

「うぃーすっ、弓香さん」

「おはよ、恵美ちゃん、悟クン。朝から仲が良くていいわね。」

「そ、そんなあ……」

「へへへ。でしょ?」

 二人と挨拶を交わす弓香。ふと気付くと、向かいの席では、コーヒーをすすりつつ、

和也が不安げな表情で出入り口を伺っていた。

「あ…ごめんね、和也クン、舞なら、もうちょっとかかりそうよ。私が出てくるとき、

まだ シャワーから出たばっかりで、これから髪を乾かそうとしてたから……」

 和也の様子を察し、なぜか申し訳なさそうに言う弓香。

 さらに、

「ああ、そう言えば、あなたたち向かい合わせに座る方が好きだったわね……。

ごめん、私、そっちへ行くわ…」
                               
エアコン
 言いつつ、弓香は席を立ちかける。折しも、流れる空調の風に、ふわりと揺れた髪

がなびき、甘い香り…そう、舞とはまた少し違う、甘い香りが和也の鼻をくすぐった。

「へ……? あ…いや!ゆ、弓香さん、いいですって!そ、そのまんまでいいっすよ!」

 弓香の言葉か、はたまた別の理由か、顔を真っ赤に染めた和也は、大慌てで、立ち

上がろうとする弓香を制した。

「…?そう…?」

 半ば、和也の勢いに押された形になって、弓香は再び腰を下ろす。

「もう、やだな〜、弓香さんまでそんなこと言って…勘弁してくださいよ。ホントに…」

「ふふ……」

 ほっと息つき、コーヒーカップを口に、上目遣いで弓香を見る和也。

 弓香はそんな和也に微笑み、テーブルに置かれた英字新聞に目を移した。

「ふえ? 弓香さん、そんなのまで読めちゃうんすか? すっげーな……」

「え…?ああ…でも、結構飛ばし読みよ。それに社会面は専門用語が多くて、ほとんど無

理だし……」

 感嘆の溜め息をもらす和也に、弓香は苦笑で答える。

「…にしても……会話の方だって、なんか俺らとはレベルが違うって感じだったし……

弓香さんくらいできりゃ、何も『B』クラスなんかに来ないで、『A』とか、『S』 とかに行

けばいいのに……」

「ええ、そうね……って、……ええっ?」

 何気ない和也の言葉に、軽く答えて…だが、なぜか驚いたような顔になる弓香。

「え…えっと……あの…もしかして、和也クン? キミ……」

 何かを言い掛けたが、和也は自分のボイルソーセージに手を伸ばす悟を制してお

り、その耳には届いていなかった。

「え…?弓香さん、何です?こ…こぉら!悟っ、やめろって!」

「……ふう…。まさか…ね。」

 そんな様子を見て、ため息ついてひとりごち、

「…ううん、何でもないの。それより……清正クンは?」

 弓香は怪訝な顔を元に戻して話題を変えた。

「……え…清正すか?……って、悟〜っ!マジ、しつけえぞ!…ったく、てめーでフードバ

ーから取ってくりゃいーだろっ!!」

「……ふふ。やっぱり、思い過ごしね…」

「へ…?何です?」

「あ…ううん。で…彼は…?」

「ああ、清正ね? まだ、寝てましたよ。あいつもどっかの誰かさんとおんなじで、時

間を守るっつーことを、知らないから……」

 舞に対する皮肉を込め、投げやりな口調で言う和也。

「あらあら、そんなこと言っちゃっていいの?」

「いいんですよ。いないときくらい…ね。大体、あいつらときたら………」

 弓香がやや上向きに視線を移したことも知らず、和也の弁は勢い付く。

「……特に舞! あいつは、ほん…っと!に女を自覚してないっていうか……」

 すると……。

「…へえ……?誰・が・女・を・自・覚・し・て・な・い・っ・て……?」

 背後から、一語、一語、かみしめるように言う、低い声が。

「……?!」

 和也は、おそるおそる、ゆっくりと、首を背後へと回す。

 そこには、やや顔を引きつらせた『声の主』が、うっすらと不敵な笑みを浮かべ、自

分を見下ろしていた。

「え……?あ…い、いや…まま舞……こ、これは…その…いわゆる世間話…っていうか

………ね、ねぇ、弓香さん……?」

 ただならぬ雰囲気に、助けを求める和也だが、向かいの席にはすでに弓香の姿は

ない……。

「へ…?あれ……?」

 慌てて、辺りを見渡せば、彼女はフードバー付近で、追加の料理をトレイに乗せて

いた。

「あ、あれ…いつの間に…?」

 和也は、疑問の言葉を舞に向ける……が、その表情を見て、どうやらそんな状況で

はない自分の立場を思いだす。

「ふっふっふ……☆さて、それじゃぁ、その世間話とやらをあたしにも聞かせてもらい

ましょーか…?」

 弓香の座っていた席にどっか、と腰を下ろし、目だけ笑ってないコワイ満面の笑みを

浮かべ、 冷ややかな口調で言う舞。

 そう、まるでこれから尋問を始める刑事のようなノリで……

「あ…あの…いや…だ…だからね……」

 対する和也は、ご想像どおりの反応。額に大汗浮かべつつ、しどろもどろになって言

葉が出てこない。

 まさに、ヘビに睨まれたカエルならぬ、『舞にスゴまれた和也』状態といったところか。

 ともあれしばし、いーわけになってない和也のイイワケが続き…

「……ふー、そうよね…しょせん、あたしは、和也にそんな風にしか思われてないのよね

……」

 ひととき、間を置いて、舞は寂しげな表情になると、視線を斜め下方に落として言

った。

「え…い、いや……ちが……ま、舞ぃ……」

「はぁぁぁぁ……いいわよ……別に…あーあ……」

 これまた当たり前の反応で取り乱し、弁明しようとする和也だが、舞はまったく取り合

わず、おーげさな重い溜め息と共に、紅茶のティーパックをカップの湯の中に落とした。 

「あ…う……。」

 言葉を失う和也。

「……。」

 対して舞は、カップの中の湯が赤く染まるのを見つめつつ、片肘ついて頬杖し、窓の外

へと顔を傾けた……もちろん、吹きだしそうになっている顔を隠すためである。

(……あ。)

 すると、朝食の乗ったトレイを持つ弓香が、宿舎のほうへ歩いていくのが目に入り…

(…ふうん、なるほどねー…☆)

 感心したようなためいきをつき、舞はテーブルへと視線を戻すと、手にしたティーパ

ックをちゃぷちゃぷとカップの中で泳がせる。

 そして…

「……ん?」

 ふと気付けば、テーブルの向かいでは、ダークな縦線を頭上に、苦悩の表情浮かべ

た和也が、ちらちらと自分の様子を伺っていた。

 同じようなパターンは何度か経験しているはずなのに、この男はまったく学習してい

ないようである……。

「……ったくもう…」

 あまりにも、予想通りの反応をしてくれる和也が、さすがに憐れに思えたか、舞は、

呆れたようなため息ひとつつき、ゆっくりと顔を上げ……

(あ…☆)

 と、その際、今だフルーツの取り合いなどで騒いでいる悟と恵美を横目で捉え……

「んふふ☆」

「お…おい、舞……?」

 不審な動作に気付いた和也が声を掛ける間もなく、舞は何食わぬ顔で、恵美の皿

に手を伸ばすと、

 しゅぱっ! 

 先程恵美が悟から取り返したパイナップルをつまみ、素早い動作で、自分の皿に移し

た。

(…っ!?)

(いーの☆)

 驚き顔の和也が何か言おうとするのを、弾けるようなウインクで制し、舞は、おもむろに

そのパインをナイフで二つに切り分け、一つを和也の皿にのせた。

「ほら!早く食べないと、あたしの水着姿見る時間少なくなっちゃうよ☆」

 眩しいまでの舞の笑顔に、ない知恵絞ってあれこれ考えた弁明の言葉もどこかに吹っ

飛び、和也はただひたすらにうなずいて、切り渡されたパイナップルのひとかけを口に

放り込む。

 窓の外では、徐々に温められた大気が、陽炎を作り始めていた。

 今日も熱くなりそうである……。

 

 

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