いちばん熱かったあの夏に・・・(9)

 

ズガァァァン!!

 銃声が響く。

 突如現れた『怪物』に恐れおののいた男の一人が、懐に隠し持っていた銃を発砲

したのだ。

 しかし、獣の動体視力を得た『和也』は、向かい来る弾丸を難なく躱し、

 ひゅぅ…んっ!
                 
    しろがね
 その灰色の体毛が月光を浴び、白銀に輝いた瞬間、『和也』の身体は銀色の光の帯

となり、発砲した男へと伸びていった。

 どんっ!

 強い衝撃を腹に受け、男は『くの字の』姿勢のまま5、6メートルほど吹っ飛び、そのま

ま動かなくなる。

 そして、

「グゥゥゥォォォォ……」

 『和也』は、呆然と佇む残りの4人に向き直った。

 鋭い牙の生えた顎には唾液さえ滴らせ。数多の獣同様、四つの肢で大地を踏み

締めて……。

 じゃりっ。

 獲物の品定めをするように、強靭な狼の前肢が地を踏み鳴らす。

 そして、

A…YEAAAAAAAAAAAAHHH !!

 一瞬の沈黙の後、男たちは恐慌状態となったまま、狂ったように逃げ散っていく。

 …が、

 びゅうっ!

 一度見定めた獲物を逃がすわけもなく、『和也』は鋭い風切り音と共に再び銀光の帯

と化した。

 がっ!

 ずんっ!

 どんっ! 

 瞬く間に、逃げ惑う男達を薙ぎ倒す『和也』。

 男達は、正面あるいは側面から来た見えない衝撃に、声もなく次々と地面に伏し

ていった……。

 ……どさっ…。

「グゥゥォォォ……」

 『和也』は、最後に打ち倒した男の上に馬乗りになり、迷うことなくその鋭い牙を男

の喉笛に向けた。

 しかしその時、突如、『和也』に急接近してくる何かの気配が……。

「グゥッ…?」

 寸でのところで動きを止め、獣のレーダーを辺りに張り巡らせる『和也』。

 微かな足音さえ立てず、急速に接近してくるその気配は、およそ人間のものではな

い。

 …『気配』は側面から……狙いは……自分…?……来る!

「!!」

 正に本能で危険を察知した『和也』は、宙を舞って、男の身体から離れた。

 びゅうっ!

 そのすぐあとに、たった今まで『和也』がいた場所を、一陣の風のごとく気配が吹き

抜けていく……。

 とん。

 やや離れた場所に鮮やかな着地を見せ…すぐさま通り過ぎた気配に向け、臨戦態勢

を取る『和也』。

 そして、『和也』の凝視する先にいたものは……

「………。」

 月明りにその毛皮を金色に輝かせ。

 その体躯は狼である和也より、一回りほど大きい……

 そう、そこにいたのは、密林の王者…猫科最強の猛獣、『虎』であった。

「グゥゥゥ…」

 向き直った二頭の獣は、互いに威嚇の唸りを上げる。

 張り詰めた空気が周囲を包み……

 ざああああっ。

 一陣の熱風。

 ざっ……。

 踏みしめた足元で、小石混じりの砂利が微かな音を立てる。

 そして、先に動いたのは………

「やめろっ! 和也っ!」

 なんと、『虎』の口から発せられたのは、人の言葉であった。

「!?」

 聞き覚えのあるその声………

 驚愕に包まれた和也の身体が硬直する。

 そして、『虎』…いや虎の形をした獣はおもむろに立ち上がった……そう、先程の和

也の変身直後と同様、二本足で。

「…もう、やめろ。な…和也」

 低く宥めるように和也に告げるその声………間違いない。

「き…清正!?」

 驚愕と困惑が、和也に人としての意識を取り戻させたのか、和也の発した声も人

の言葉となっていた。

 また、それに呼応するかのように、和也の身体は人の姿へと戻っていき…………

 

 事後……。

 なんとか正気に返った和也、そして変身を解いた清正は、ともあれ辺りに倒れ伏す

男たちの処理に入った。

 まあ…処理と言っても、むろん抹殺したわけではなく…

 『和也』から受けた一撃で倒れた男たちは、各々かすり傷程度は負っていたものの、

特に命にかかわるようなケガはなく、ただ気絶しているだけであり、騒ぎにならぬうちに

…との考えから、全員、和也と清正の手によって車の中に放り込まれていた。 

 また、その際、彼等の懐からドラッグらしき錠剤が出てきたこともあり……

「ふぅん…エルかよ…? まあ…それならラリってたってことになるかな…」

 冷めた口調で言う清正の言葉どおり、どうやらこの件は大事にならずに済みそうで

あった。

 

 そして……

「獣性抑止プログラム?」

 ゆっくりと語り始めた清正の話の内容に、驚愕あらわに声を張り上げる和也。

 現在、男たちの処理を済ませた和也と清正は、現場を離れ、近くの林の中…大きく

根を張り出した木陰に腰掛けていた。

 また、混乱極める和也とは対照的に、清正はいたってカルい口調で、

「そ。だから、この研修に参加してるヤツぁ、みんな生まれつき『獣の因子』っつ−の

か…そんなもんが強くて、その因子に属する獣…つまり狼だとか虎だとかに変身しち

まう特異体質の奴等ばっかりだ」

「み…みんな? じゃ、弓香さんや悟……依田先生とかも…?」

 やや論点がずれているような気もするが、興奮気味に思った疑問を口にする和也。

「おお、もちろん。依田先生は聞いてないから知んないけど、弓香は『白鳥』になれん

し、恵美ちゃんは『ウサギ』だそうだ。見掛けによらずあのコ…身ィ軽いし、足はえーだ

ろ…?んで…あ、そうそう、笑っちゃうのは悟……『猿』だってよ。『と』を抜かしゃその

まんまだっての!」

「…あ…ああ…」

 なにやら可笑しそうに話す清正だが、さすがに笑う気分にはなれず、ただあいまいに

あいづちを打つ和也。

 そんな和也に苦笑して、清正は話を元に戻す。

「…でな、まあそんなわけで、持った『獣の因子』の影響が身体にも顕著に現れちまう

んだけど……そーだ。和也…お前もこないだ見たろ?アラモアナショッピングセンター

で……」

「…あ。」

「そう。あんときの悟の身のこなしや、ひったくりをとっつかまえた俺の力は、その獣の

因子が持つ特性を上手く使ったのさ。

 あ、でもさっきみたいに、人の筋力を超えたことは、変身しなきゃできないけどよ…」

 そこまで言って、清正は先程の男達から失敬してきた煙草に火を灯し、和也にもそ

れを勧めた。

「あ、わりぃ」

 ざぁぁぁん……。

 闇の中、赤い炎が揺れ、ひととき生まれた静寂が波の音を際立たせた。

 くゆる紫煙が風に流され、再び口を開いた清正が話を続けていく。

「…まあでも、もちろんこんな事が他の奴にバレたら、えらい騒ぎになって、それこそ

普通の生活できなくなんだろ?だから、俺らが表立ってそれらを口にすることはねー

し、周りに気味悪がられちゃヤだからよ、滅多にこんな力使うこた無いんだよ。

 ま、せいぜい、ちょっとばかし、人より運動神経の良い普通の人間ってぐらいにしと

かねーとな……んだから、人前で変身するなんてもってのほかなんだぜ?」

 語尾をやや非難めいた口調で告げ、ひとまずそこで話を区切って、清正は和也の

反応を伺う。

「…………」

 が、当の和也は、理解を超えた話の内容にまるっきり放心状態…あんぐりと口を開

けたまま固まっていた。

 …まあムリもないが。

「……ったく…」

 一方それを見た清正は、なにやらやや当惑した様子で、呆れたように髪をがしがしと

掻き乱すと、

「ほんとにおめー、何も知らなかったんだな。俺ら、てっきりお前は何かの手違いかなんか

で、普通の人間が混じっちまってんのかと思ってたんだぜ。

 だから、みんなでお前に対して箝口令を敷く…なんて、めんどくさいことまでして……

 …大体よ、来る前に審査とかあったろ?」

「え…? 審査……って? ああ、あの大掛かりな健康診断…か?

 ま…まあそう言われると、たかだかハワイに行くくらいで、血液検査まですんのは、

おかしいかなー、とは、思ったけどよ」

 溜め息まじりに言う清正の問いに、和也は驚愕の緊張を解き、しどろもどろに答え

た。

「ちっ、……ったく、おかしいかなー、じゃねェよ。大体、親父さんやおふくろさんは

今まで何も言ってくんなかったのかよ? この『獣の因子』ってやつは遺伝だから、ど

っちかはお前と同じ…『狼』の因子を持ってるはずなんだけどな……」

「…いや、おふくろは俺がガキのとき、病気で死んじまったし、親父は……」

「……あ、そ…そうだったのか……悪ィ……」

「あ…いいよ、別に……。ガキの頃のことだから、もうあんまり覚えてねえし……」

 にわかに顔を曇らせる清正に、苦笑し目の前でぱたぱたと手を振る和也。

「そ、そっか……う−ん、けど、そうすると、『獣の因子』持ってたのはおふくろさん

で、親父さんはそれ知らなかった…ってことか」

「ん…、そういうことだろな。で…まあ、親父は今、単身赴任で北海道にいんだ」

「へ…? じゃ、一人暮らしか、お前?」
                                    
  ジュク 
ああ、言ってなかったか。だから、このESSに入ったのも、研修に参加したのも、

友達に誘われたりとか、先輩に勧められたとかで、そんな獣性なんたらとかの、深い

意味はねーよ」

 そんなあっけらかんと語る和也に、今度は清正のほうがア然とした顔になり、

「……げ。つーことは、つまり…お前は、普通の人間に戻るためとかじゃなく、まったくの

偶然でこの研修に参加しちまった…ってことか……?」

「ああ…どーもそうみてえだな」

 果たしてこの、度重なった偶然を解しているのかいないのか、和也は頬杖をつき、

苦い顔で呟いた。

「ま…まあ、それはともかく…だ。この研修に参加して、この事知んないのは、お前

だけだぜ……」

 いまだ当惑した表情のまま、言う清正。

「……ん…?」

 また、そのとき、何かの気配に気付いたように 眉毛をぴくんっ、と吊り上げた。

「……?」

 そんな清正の様子に、訝った顔を向ける和也。

 そして、

「…あーいや……ほら…上見てみ」

「?」

 人差し指を掲げ、木の上を指差す清正に倣い、和也は上体をそらし、首を後ろへ

傾けた。

 すると………

「にゃ〜〜〜お☆」

 風に揺れる木の葉の中、猫…いや、猫を真似た人の声。そして、まさしく猫の如く、

しなやかな身のこなしで、枝から枝へ渡り飛ぶ人の影が………

 それはやがて、太い幹をするすると走り下り、

 ………すたっ。

 和也と清正の間に下り立った。

「!?」

 …肩口に流れ落ちた黒髪を払い除けるその仕草…。

 …心なしいつもよりやや目立っているようなチャームポイントの八重歯……。

 …やや吊り目がちの大きな瞳は闇の中にいて、なお輝いている……。

 どこか違和感はあるものの、それは………

 

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