いちばん熱かったあの夏に・・・(10)
「まままままままま…舞ぃ!?」 「…ったくゥ、ほんっと不器用なんだから。和也は。まさかマジで初めてだったワケ? 変身すんの…」 目をかっ開き驚きで口をぱくぱくさせている和也を尻目に、舞は呆れたような口調 で言いつつ…… 「……いや、その『まさか』らしーぞ。どーにもこれが……」 「うそ…マジでー?」 代わりに苦笑混じりに答えた清正に、驚き顔を浮かべ、 「それより…舞、持ってきてくれたか?」 「あ…はい、コレ…」 清正に示唆され、背中に背負っていたディパックを下ろし、舞が手渡したものは、 二人の衣類であった。 そう、今さらながらだが、『変身』によって二人の衣服は破れ散ってしまっており、 そのため、今は二人とも全裸…と言うわけではないものの、破れ散った服の破片 を寄せ集め、腰に巻き付けているだけ…という、かなりナサケない格好であった。 ともあれ、 「おお、わりーな」 「でも…なによ清正、和也はともかくあんたもなの?」 おい舞……お前、むこう向いてろよ」 「……あ。そっか、ごめん…」 手渡されたTシャツに袖を通しつつ困った顔で言う清正に、やや慌てた様子で、舞 は二人に背を向ける。 「…にしても、和也〜、あたしに感謝しなさいよ。あたしが清正呼んでこなきゃ、あんた 殺人犯になるとこだったんだからね……」 肩越しに、声だけを和也に向ける舞……だが、衣擦れの音をさせて着替えている 様子の清正に対し、和也のいる方からは何の物音も聞こえない。 「……?」 不審に思った舞は、ちらりと横目で和也の方を盗み見る。 すると、和也は着替えるどころか、舞から服を受け取った格好のまま固まってお り、何か訴えるような目でこちらを見ていた。 「………和也? どしたの? 早く着替えちゃ……」 「……舞」 やや怪訝な様子で言う舞の言葉を遮り、和也は口を開いた。 「お前……驚かねえのか? 俺の『あんな姿』見て……」 「はあ…?」 「…俺、普通の人間じゃないんだぞ……」 神妙な口調で告げる和也に、舞はあんぐりと口を開ける。 「ああああのねえ、和也? ち…ちょっとぉ、清正ぁ、何とかしてよこのひとぉ……」 まるで分かっていない和也に、舞は泣き声にも似た口調で、清正に助けを求めた。 が…… 「……いや…その…なんとかっていわれても……とりあえず、もちっとむこう向いてて くれねえか……?」 清正はトランクスを上げ、腰を折り曲げた格好のまま固まっていた。 「…あ……」
その後、躊躇する和也を急かし、何とか二人とも着替えを終え、三人は舞を間に 挟んで、張り出した太い根に座り直した。 「…だから、あのな、さっき俺が説明したろ? 舞も俺たちと同じなんだよ!」 舞に変なところを見られたテレもあるのか、なにやら珍しく憮然とした口調で言う 清正。 「俺…と同じ……?」 しかし、和也はまだ釈然としないのか、呟くように問い掛ける。 「そーだよ!ったく、だから、さっきから言ってっけど……」 「待って、清正。口で説明するより、実際見たほうが早いって。特にこの鈍い男には ね……。 いー? 和也、よく見ててごらん……」 面倒臭そうに頭をかきつつ言う清正の言葉を遮り、和也の前に右手を翳す舞。 「?」 訝しげな顔で、舞の細い指先を見詰める和也。 すると突然…、 にゅっ! その指先に生える爪が、瞬時に三倍位の長さに伸びた! 「おわぁっ!!」 「……ね、分かった? あんたが狼に変身しちゃうように、あたしもやろうと思えば、 猫に変身することができんのよ。 だいたいね、あんな短時間で清正見付けて呼んできたり、あんたたちの服持ってき たりとか……普通の人間にできると思う?」 「そ…そういや……」 「でしょ?それにさ、あたしが服持ってくんのに、ど−やって、あんたたちの部屋に 入ったと思う? まさか和也、ドアの鍵掛けないで出てきたわけ?」 「………あ。」 ようやく少し事態が収拾できたのか、和也は難問を解いたときのような顔になり、 小さく声を上げる。 「まぁ、窓の鍵まで閉められてたら、アウトだったけどね……」 「…しっかし……」 そこで、二人のやり取りを黙って見ていた清正が、話が一区切り着いたのを見計ら い、口を挾んできた。 「舞…お前、よくそんなの……部分的にできんな……?」 取り出した煙草をくわえつつ、半ば感心したように言う清正。 すると舞は、意外そうな顔になり、 「あら、女の子は結構できる子多いわよ…こーいうの。弓香さんだって、腕だけ翼に 変えること事できるらしいし……」 「へぇ…そりゃ知らなかった」 感嘆の息を吐く清正。 「あと、恵美なんか、耳だけウサギに……って、コレはあんまし違和感ないけどね」 「あはは…なるほど」 「えっと…それに、女の子は……ほら…月一で『変身』しやすくなる時期…がある… でしょ……?」 「……あ」 また、そこまで言って、やや言いにくそうに付け加える舞に、すぐにピンと来る清正。 むろん和也は何も分かっておらず、ただ不思議そうな顔をしている。 「……で、まさか人前で、ぼんっと変身しちゃうわけにはいかないじゃん? だから、 こーやって、小出しにして、時々『抜い』とくことも覚えないと…ね」 「なるほどね」 納得し、深く頷く清正。 一方、和也は、 「え…ど、どういうこと…?」 「だああああーっ! 和也、いいのっ! あんたはもう知んなくて!!」 顔を真っ赤に染めた舞の怒声が響き渡り―― また、清正は疲れ切った顔で呟いた。 「……和也…お前が何にも知らずに、研修参加したってのがなんとなく分かったよー な気がするよ……」
「…でもよ、清正、お前さっき、獣性抑止プログラム…とか言ってたけど、治せんの かよ俺らのコレ…? それに、予定だってもうあと2日しか残ってねーけど……何も ――それらしい事はやってないじゃん…?」 できた頭のたんこぶを擦りつつ、しかめた表情で尋ねる和也。 「え……? ああ、そっか、お前は何にも知らねえんだったな。あのな……」 しかし、清正はそこまで言って、言葉を止めた。 やや、頬を赤く染め、そっぽを向く舞の姿が目に入ったからである。 「……ま、この先は、舞に聞けや。俺ァもう行くからよ。弓香、待たせてるし……」 そして、清正はニヤリと笑い、腰を払いつつ立ち上がった。 「え……え……? ちょ…ちょっと…清正ぁ……」 一方、なぜか慌てて向き直る舞。 「……? 舞…一体どういう……」 「う…うっさいわね! 和也はちょっと黙って……って…あ、清正…待ってよっ」 不思議そうに尋ねる和也の横っ面を押し退け、立ち去る清正を、引き止める舞。 「んじゃ、お二人さん、そういう事で……」 しかし、清正は後ろ手に二人に手を振ると、何処ともなく、生い茂る木々の闇の中 へその身を没した。 「あ…ああああっ……」 引き止める舞の手が空しく空を切る。 「お…おい……?」 訝しげな顔を浮かべ、声を掛ける和也だが、舞はそれを冷たい一瞥でかわし、や がて、へたり込むように腰を下ろすと、膝を抱えて顔を伏せてしまった。 「な…なあ…舞……」 弱々しく和也が声を掛けるも、舞はまったく微動だにせず、とりつくしまもない。 仕方なく、和也は清正が置いていった煙草を口にくわえると、夜空を見上げて、自 分もそのまま押し黙った。 満天の星、そして静寂の中、波の音と微かな虫の声だけが二人を包む……… 気まずさは残るものの、和也にとってなぜか妙に心地好い静寂のひとときであっ た………。 やがて… 「………すんのよ…」 顔を伏せたままであるため、くぐもった舞の声。 「へ……?」 ぷかりと煙を吐き出し、和也は慌てて間の抜けた声で返す。 また、そんなマヌケ声も感に触ったのか、舞はがばっと顔を上げると、やおら和也 を睨み付け、 「だからぁっ!あたしとアンタがHしちゃうのっ! お…想いを寄せ合った獣の因子を 持つ人間同志がHしちゃえば、互いの獣性が打ち消し合って………って…… あーもーっ!めんどくさいっ!」 和也の眼前に迫る、怒っているような困っているような、舞の真っ赤な顔。 「え?え?」 そして、和也が躊躇する間もなく、舞は和也の両頬を力任せに押さえ付けると… ……ちゅ☆ 「………んんっ?!」 …押し付けられた舞の唇は、和也の想像以上にやわらかで、温かく…… また、驚きがやがて、奇妙な安堵に変わる頃、和也の瞳にはぎゅっと目を閉じる 舞の姿が映っていた。 (ん……あ…?) そっと手を伸ばせば、舞のその肩口からは微かな震えが伝わり……… 「…………」 和也は、優しく撫でるように舞の髪に手を回し、静かに目を閉じた。 |