いちばん熱かったあの夏に・・・(11)

 

 …どのくらいの時が、経ったであろうか………

 とはいえ、それはほんの5分にも満たない僅かな空隙………

 しかし、二人にはそう感じられた。

 …ざあああん………。

「あ………」 

 早鐘のように鳴っていた鼓動がやや落ち着き、さざなみの響きが耳に付くように

なった頃…

 二人は、どちらともなくゆっくりと唇を離した。

 余韻と興奮が二人を包み、しばし沈黙の空気がわだかまる………。

「……あ…あたし…じゃ…いや……?」

 やがて、先に口を開いたのは舞。

 普段の気丈さからは、とても考えられない、弱々しい声で……和也と目を合わせ

ることができず、下を向いたまま………。

「……へ?……あ…」

 一方、それを聞いた和也は惚けたような表情を急に真顔に直し、妙にらしから

ぬ口調で、はっきりきっぱり言い放った。

「……ああ、イヤだね!」

「……!」

 すると、やはりらしからぬ和也の強い口調に驚いたのか、舞は目を丸くして、和也

の横顔を見詰める……

 が、同時にその言葉の意味を解釈し、

「……そ…そうだよ…ね。あ…あたし、和也の気持ち、確かめて…ないもん…ね

……」

 伏し目がちに目を逸らせた。

 ……その瞬間、

「え…? キャッ!」

 身体をぐいと引き寄せられ、小さな悲鳴を上げる舞。

 そして、ややもしないうちに、半転した身体がふわりと浮かび上がるような感覚。

 気付けば舞は、立ち上がった和也の腕の中にいた。

「か、和也ぁ?」

 いわゆる『お姫さまだっこ』とでも言おうか…和也の腕の中、抱きすくめられ、横た

わった格好で、すっとんきょうな声を上げる舞。

「へっ、かなりツケは残っけど、今までのお返しだよ!!

 あのなーお前……俺の、男としての立場もちっとは考えろよな!

 ……ったく、こんな『大事な時』まで、お前のペースに乗せられかっつーの!」

 怒っているのか笑っているのか分からない表情で、つっけんどんに言う和也。

「え……?そ、それって……?」

「だ…だからぁ……そ、そーゆーことこ…くらい……俺の方から…言わせろよ…」

 きょとんとした顔のまま問う舞に、ここまできて急に恥ずかしくなったのか、和也

は、 消え入りそうな語尾を残し、天を仰ぐ。

 そして、ひととき間を置き、絞り出すような声で言った。

「…す…好き…だ…よ……ま…舞……お前のこ…と……」

「……だめ」

「へ……?」

「ダメだよ。そんなの。ちゃんとあたしの顔見て言って! 失礼でしょ?そんなの…」

 和也が慌てて視線を戻した先には、いつものように悪戯っぽく満面の笑みを浮か

べた舞の顔があった。

「………。」

「………。」

 一応、和也は黙ったまま目で許しを乞うが、舞はやはり無言でそれを許さない。

 仕方なく和也は、その崩れ切った顔を再び真顔に戻し、改めて舞を見つめて言う。

す…好き…だ…舞……ほ…ほら、これでいいだろっ?」

「だめ。聞こえなかった。もっかい!今度はおっきな声でね☆」

 なんとも幸せそうな笑顔で言う舞に、和也はまたも…今度は泣き出しそうな目で哀

願するが、むろん舞の笑顔はそれを許すはずもない。

 そして…

「…くっ!」

 ひとしきり。

 ツラい間を置いた後、和也はようやく覚悟を決めた。

 小刻みに2・3度かぶりを振り、大きく息を吸い込んで・・・・・・・・・・

 

「好きだぁぁぁぁぁ! 舞ぃぃぃぃぃ! 」 

                        
  ハウリング
 ……それは正に、言いえて妙だが、狼の遠吠えのごとく、辺りに響き渡った。

「はぁ…はぁ……ど、どうだ、これで?」

「んふ☆ よろしい………でも、ちょっと……大きすぎたんじゃ…ない?」

 にっこりと微笑む舞。しかし、その後、やや顔色を変え、和也に問う。

 なぜなら………

「あ、ああ。今、なんか……車が止まったような音…が……」

 二人が同時に、駐車場の方へ首を回すと、そこには青赤色のランプをくるくると回

す1台の車が停まっていた。

「ちょ…ちょっと和也、あ…アレ……パトカー……?」

 やがて、ややもしないうちに、そのドアが開き、中から三人の警官が踊り出てきた。

 幸い、和也たちのいるこの場所は茂みになっているため、警官達から二人の姿は

見えていないようであったが、今の和也の大声で、その大体の位置は分かったらしく

、彼らは真っ直ぐこちらに向かって駆け寄ってくる。

 さらに途中、内一人の警官は、先程の男達の車に気付いたようで、そちらの方を

調べ始めた。

「や…やべえな。とっ捕まったらシャレんなんねえよ! に…逃げんぞ、舞っ!」

「うんっ!」

 小気味よく応え、舞は和也の腕からするりと抜け落ちる。

 そして、二人は、常人のそれを遥かに凌ぐ動きを見せ、音もなく木々の合間を駆け

抜けていった。

 疾風のごとく、互いに堅く手を握ったまま……

 やがて、駆け寄る警官がその場に辿り着いたとき、もはや辺りには何の気配もな

く、

「………?」

 刹那吹き抜けた一陣の風が、彼等の頬を薙いだ……。

  

 翌朝。

『ええぇぇっ!? デマぁっ!?』

 朝食のテーブルを囲む和也ら6人。清正と弓香を除く4人の声が見事にハモって

いた。

「ばっ…ばかっ! でけーよおめえら、声が! ……いや、だから、俺も驚いてんだ

よ…」

 どうやら、皆の驚愕の原因を作ったらしい清正は、ともあれ一同を制し……
            
ゆうべ
「そ、その…つまり、昨夜……弓香と…そ…その…なんだ…」

 また、何やら言いにくそうに、言葉を濁し、目線を弓香に移してその先を譲った。

「え…ええ? ちょ…わ、私が言うの?」

 急に、それも一番言いにくい所で話を振られ、慌てる弓香。目で助けを求めるが、

清正は、ただ首を小刻みに縦に揺するだけで、その目線を受け止めない。

「も…もう……」

 仕方なく弓香は、軽い溜め息ひとつつき、なにやら声をひそめて清正の言葉の先

を繋げていく。

「…だ…だからね…そ、その…シちゃった後でも、ちゃんと今まで通り、変身できちゃ

うのよ……つまり、せ、性行為をしても、獣性は押さえられないってこと……」

『え゛?』

 4人の驚嘆がまたハモる。

「ででででも、それじゃ話が違…だ大体、いつ、どこで、そ、そんなことに…?」 

 よほど混乱したのか、舞は思い浮かんだ疑問を一気に口走る。

 また悟などは、

「そ、そーいや、ゆうべ…俺らは帰ってきた和也たちと舞なんかの部屋で、ゲームし

てて、そのまま寝ちまったんだよな。んで、結局、弓香さん帰ってこなかった訳だし

……。俺と恵美の部屋はそれぞれのルーミー(ルームメイト)が寝てた訳だろ……?

……とすると、空いた部屋は1個しかないわけで……ってことは……?」

 驚きの裏返しか、妙に冷静な口振りで呟くように、コトの顛末を推す始末となり、

「じ、じゃあ二人はもう……。うわぁ……☆」

 またそれを聞いた恵美は、あらぬ想像膨らませ、火がついたように、ぼっ、と顔を

赤くする。

「ちょ…ちょっと、あんたたち! い、今はそんなこと言ってる場合じゃないでしょ!」

 全く関係ない方向へ話を進める二人を制する舞…だが、やはりその頬は赤い。

「でもよぉ、そんなすぐに、ぱっと消えちまうってもんじゃねえんじゃねえの?ほら…

そーゆーもんは徐々に…って方が、普通で……」

 何が『そーゆーもん』なのか、やたら呑気な口調なのは和也。

「そ…そうよ」

 そして、この和也の意見に、舞が珍しく相槌を打った。

 だがやはり、事態はそんなカルいものではないらしく、

「いや、それがな……」

 眉をひそめた清正が、重々しく口を開き掛けた。

 と、ちょうどその時、

「あ−っ! いたいた。良かった、みんな一緒だったのね」

 引率の講師、依田先生が和也たちのテーブルに、駆け寄ってきた。

 その表情は、何やら少し慌てている様子。

「あなたたち、どーして、昨夜来なかったの?」

「……あ」

 顔を見合わせる和也、舞、悟、恵美の4人。

 そうなのである。この研修も明日が最終日。昨夜はホームステイが終わった後、依

田先生の部屋を訪れ、研修の成果などについての個人面談が残っていたのだ。

 しかし、悟と恵美はともかくとして、和也と舞は昨晩の様々な出来事から、その事を

すっかり忘れていたのだった。

「い…いや……その……」

「……ふう、しょうがないわね。いいわ、食べ終わったら、私の部屋に来なさい。

 あ、弓香さんと清正君もね。もう少し詳しく説明するから……」

 口ごもる彼等に対し、彼女は呆れ顔で溜め息を着き、その場を立ち去った。

 

 

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