いちばん熱かったあの夏に・・・(12)
そして、朝食後、依田先生の部屋に集まった一同。 「で、まず初めに言っておくけど……」 備え付けの机や椅子、また、ベッドや床に和也たち6人が、それぞれ腰を落ち着け たのを見計らい、依田先生は話を始めた。 「あなたたち獣の因子を持った者同士が性交渉を持っても、その本人同士の獣性が 弱まる…もしくは消えると言う事はありません」 「え……?」 開口一番、きっぱり言い放つ彼女の言葉に、清正と弓香を除く4人が驚愕の表情 に包まれた。 「……ったく、どこでそう間違った情報が流れたのかしらね…… いい? 確かにあなたたちが持ってる獣の因子は、性交渉によって互いに打ち消 し合います……。でもね、その結果、影響が出るのは、あなたたち自身にではなく、 やがて産まれるあなたたちの赤ちゃんにです!」 やや強く言う彼女の言葉に、室内は一時水を打ったようにシーンとなった。 「で、でも『獣性抑止プログラム』って……」 「ああ……そうなのよね。そのあやふやなネーミングが誤解を招くみたいなのよね。 まあ、『上』の方に直すようには言ってるんだけど……。 ま、ここでそんなこと言ってもしょうがねいわね。じゃ、最初から説明するわよ。」 ややあって、ようやく口を開いた和也の疑問に、依田先生は軽い溜め息ひとつつ き、解説を始めた。 「―――そもそも、なぜ、獣の因子をもった年頃の人間、つまりあなたたちを集め、 こんなプログラムを行っているのか……それは、このプログラムに参加させること によっ て、その特異な能力を正しく認識させ、かつその様な特異な人間を減らすこと を目的とし ているの。 ……ま、今回は和也君の疑惑問題があったから、これまでにその能力について云 々言う 事はできなかったけどね……」 皆の顔を見回し、やや苦笑する依田先生。 「え…? あ、そういや先生、何で和也が『そう』だって知ってんの? 俺たちだって 確認できたのはゆうべ、なのに……」 「ああ、それは、昨夜ね何か不都合な事があったらしくて、私のところに質問に来た ひとがいたのよ。で、話の流れというかそんなので、その人たちからね………」 思い出したかのような顔で問う悟の質問に、彼女はさらりと答え、清正と弓香に目 配せする。 慌てて、彼女から目を逸らす清正と弓香。 また、その際、清正は隣にいる和也にそっと囁いた。 『大丈夫。よけーなことは、言わなかったから』 『お…おお』 「コラ、そこ! 何ぶつぶつ言ってるの?」 睨む依田先生の強い口調に、和也と清正は慌てて、手をぶんぶか振り、彼女に話 の続きを促した。 「……たく。で、どこまで話したっけ……あ、ああそう、それで、『獣性抑止プログラ ム』 の意味だけどね…… さっきの話の通り、獣の因子を持った人間同士から産まれる子供は、その因子が 互いに打ち消し合うことによって、普通の人間として産まれてくるわよね? 結果、獣の因子の継承はそこでとどまり、それ以上増えない。 でも、もしあなたたちが普通の人間と交わり、子を持ってしまった場合……」 「あ……!」 「そう。つまり獣の因子は再び受け継がれ、100パーセントとは言わないけど、以後 また、そういう人間が生まれる可能性が出てきてしまう、というわけよ。 で、まあこの事が分かったのは、ごく最近のことなの。大体、身体の変調が顕著に 現れ出すのは、ちょうど13才から20才くらい…と、最も調査しにくい年代だしね。 いい? そもそも、この英会話教室『ESS』って言うのは、ちょうど10年前、やっ ぱりあなたたちと同じように獣の因子を持った人たちが、その数を減らすために、発 足したものなの。 だけどむろん、世間には極秘にしなくちゃいけない。そのため、英会話教室という 形でカモフラージュしてね。 もっとも、英会話教室の経営自体成功を収めている事もあって、現在は、普通に 英会話教室として通ってる人の方が多いけどね」 「ふ−ん、でも何でそんな回りくどいことするんすか?」 思い浮かんだ疑問を素直に口にする和也。 「ん? ああ、そうね。和也君は『知った』ばかりだしね。 じゃあ、考えてごらんなさい。この事が世間にばれちゃった時のことを……」 依田先生は、和也に目を移し、その問いに対してさらに疑問符をつける。 そして、やや彼に考える時間を与えた後、その答を話し始めた。 「まあ、良くて、当局の監視の元、軍事目的等に利用されるか、さもなきゃ見世物… 最悪、実験材料よ。なにしろ、普通の人間じゃないんだから、人権は認められない、 なんて言い出すかもね。世論は」 「ひ…ひでえ……」 吐き捨てるように告げる依田先生の言葉に、和也は顔をしかめる。 「だから、この研修旅行は、あななたちに『その事』を正しく認識させ、隠蔽、かつ抑 止の為にそのパートナーを見付けてもらうための物でもあるのよ。 ちなみに、和也君は勘違いしてるみたいだから言っとくけど、レベルBっていうの は、ABCランクのBじゃなくって、「Beast」、つまり『獣性』を意味しているのよ」 「あ、それで……」 弓香に目を移し、先日の朝食の時のことを思い出す和也。 「つまり、平たく言えば、手の込んだ獣人同士の、合コンってわけだよね?」 と、これは舞。いまいち、しっくりきていない和也の様子を見かねて、依田先生に念 を押した。 「え…ええ、まあ、そうね。でも、ホント平たいわね……すごく分かりやすいけど……」 舞の言葉に、ややたじろぎつつ答える依田先生。 また、それで、何やら思い出した様子で、 「でもね、だからといって、別に今すぐHしろってことじゃないのよ……清正君、弓香 さん?」 語調に少しわざとらしく拍子をつけ、当の二人に注意を促した。 「……いや、その……あはは………」 照れ隠しに笑ってごまかす清正と、恥ずかしそうに顔をうつむかせる弓香。 「……ま、簡単に言えば、そんなところかしらね。何か質問はあるかしら?」 そして、依田先生はそれを軽く一瞥し、苦笑を浮かべて話に一区切りつけた。 すると、 「はーい」 すぐさま、手を上げたのは悟。 「はい? 悟君」 「えっとさ、今の話からすると、俺たちここで見付けた相手と一生を共にするみたいじ ゃん? まあ、俺は多分大丈夫だと思うけど、中には心変わりする奴もいるんじゃ ないの……?」 恵美と依田先生とを交互に見つつ尋ねる悟。 「ああ、やっぱり、そのことね」 一方、依田先生はその質問が来ることが分かっていたように、軽く頷き、 「でもね、悟君、あなたのその恵美ちゃんを想う気持ち……これはある種、普通の人 間が相手を想い合う気持ちと比べると、少し異質なものなのよ。 そう…獣の因子を持った人間同士が想い合う気持ち……これは普通の人間同士 のそれを遥かに超越した…とても強いもので、一度、獣の因子を持った人間同士が 想いを通じ合わせ、好意を持ち合った場合、その想いは生涯消えることはない…と 報告されています」 「根拠は?」 語調に緩急をつけて語る彼女に、今度は清正が尋ねた。 「根拠?そうねえ、私はこの話はあまりにも論理的すぎでロマンがないから、あんま り好きじゃないんだけど…… ほら、普通の人間なら、種族保存の本能があるわよね? それがより多くの自分 の子孫を残したい、と言う気持ちに働き掛け、衝動的に相手を変えてみたり、浮気し たり…とするわけらしいんだけど、あなたたちの中にある『獣の因子』とは本来あっ てはならないものでしょ? すると、やはり人としての本能が、それを察知して、消え ゆく道を選ぶらしいの。つまり、獣性を持った人同士が想いを寄せ合う、ということ がスイッチにでもなるのかしらね? ま、それ以前に、一度獣の因子を持った人間同士が愛し合ったなら、その後は他 の人間に対して、性機能が働くなるはずよ……」 「……げ! それって、もしかしてイン……」 「和也!」 そのまま、ズバリを口走ろうとする和也を、冷ややかな目で制する舞。その目は、 言わずもがな、次の言葉を如実に語っていた。 …みんなわかってんだから、わざわざ口に出さないの!…と。 「でも…さ、男の場合はそうでも、女は無理やり…ってことも……」 と、さらに突っ込んだ質問をするのは悟。 「う−ん。ま、ないとは言わないけど……。でも…あのね悟君?獣性を持った女性が そうそうおとなしく黙ってレイプされると思う? まあ…獣の属性によって個人差はあ るけど、いざとなれば、普通の人間より相当強い力が出せるはずよ。女の子でも…」 「あ、そっか」 思わず納得し、頷く悟の傍ら…… 『お前のことだ! お前の……』 『痛っ!な…なによ?だから、あたしひとりでも逃げられたのに……コトを大きくした のはあんたでしょっ?』 和也と舞は小声で互いを小突き合っていた。 「ん? なに? 何かあったの?」 「あ! いえっ! なななんでもないですっ!」 訝しげに尋ねる依田先生の言葉に、慌てて向き直る二人。 「……? ま、いいわ。それじゃあ……」 やや首を傾げたものの、依田先生はそれ以上の追及はせず、話のまとめに入っ た。 「こんなところかしらね。ゆうべの面談では各自にこんな事を話しました。 …まあ、 つつがなくみんなカップルになってくれたことだし、まだあと二日残ってるけど、今 回の企画はとりあえず、大成功ってとこ………あ、恵美ちゃん、まだ何か質問?」 手をひらひら挙げている恵美に気付き、彼女は言葉を途切らせる。 「は−い☆ ねーねー、先生は何に変身しちゃうのぉ?」 「へ………わ、私? わ…私のなんて、い、いいじゃない……」 相変わらずの舌足らずな口調で問う恵美に、彼女は一瞬言葉に詰まり、引きつっ た笑いを浮かべてそう答えた。 心なし、その声は半音ほど高くなっているような…… そしてむろん、ここにいる6人が彼女のそんな様子を見逃す筈もない。 「えええーーー?」 「ずるいよぉ〜、そんなのー」 「だよなー。先生、俺たちのはみんな知ってるんだから……」 不満の声を口々に、好奇と非難の目を彼女に集中させた。 「………う…。も、もう!わかったわよっ!言えばいいんでしょ、言えばっ!」 さすがに耐え切れなくなり、彼女は突き放すような声で皆の視線を打ち払い、 「か…カマ…キリ…よ」 やや頬を赤らめ、消え入るような声で言った。 「………………………。」 ……一同、絶句の後…… う…うわはははははははははははははっ! 室内は爆笑の渦と化した。 「あ、あっははは……せ、先生ィ、こ、昆虫もアリなんすか? う…わはははは…」 「くっ…くくく……わ、悪いわよ……清正くん……ぷ、ぷぷぷ……」 「ひーっひひひひひ…で、でもよ、良かった、恵美がそんなんじゃ…なく…て……」 果てしなく皆が笑い続ける中、依田先生は肩を震わせその恥辱に耐えかねている 様子。 ………だが、突然、 …ぞくりっ。 「…はは…は………え?」 獣性を持つ者だけに感じられる、戦慄にも似た冷たい感覚が一同の背筋に…… そして…… 「……そんなのって、こんなのかしらぁ!?」 「え…?う…うあぁっ!!」 我に返るいとますらなく、正体不明の強い力で、ぐいと彼女に引き寄せられる悟。 他の5人が凝視する先……… そこには両腕を緑色の大鎌と化し、不敵な笑みを浮かべて、悟を抱きかかえる依 田先生の姿が。 そして、彼女は言った。眼鏡の奥、『複眼』の瞳を輝かせて…… 「うふふふふ 知ってる悟君? カマキリのメスってオスを食べちゃうのよぉ…」 「……………。」 窓の外…灼熱の太陽が照り付ける中、されど凍り付く室内に、依田先生の笑いだ けがいつまでも響いた………。 |