ロフト・イン・サマー

(1)

 

 十七の夏。

 ……三年ぶりに会った彼女は遥かに成長していた。

 短くボーイッシュだった髪は風になびいて爽やかな香りを伝えるほど長く伸び、た

だ痩せていただけだった少女の身体もしなやかな女の曲線を描き始めていた。

 剛は担いでいるパラソルの柄で視線の行方を隠しながら、後を付いてくる真子を振

り返る。

「真子…早くしないと、いい場所取られちゃうぞ……」

 恒例の夏の旅行……俊藤剛は海の近くの、とある別荘に来ていた。

 この別荘は剛の母親の高校時代の友人が十年ほど前に建てたもので、十年前、

剛の母たちが当時の仲間で新築祝いをやって以来、毎年八月頃になると、母たちの

同窓会と子供達 の海水浴を兼ね、家族ぐるみでここに訪れるのが恒例の夏の行事

になっていた。

 真子…岸和田真子の母親もそんな同窓生の一人で、剛の家族同様、やはり当初

からここに訪れているメンバーの一人であり、また剛の母とは特に仲の良い同級生

だったことから 、剛と真子は自然と仲良くなり……いわば幼馴染みという間柄であっ

た。

 ともあれ、そんな訳で、剛や真子の家族をはじめとする数家族が集い、親子共々、

短く も楽しい夏のひとときをここで過ごすのだが、その際、母達は友人との久々の

再会に盛り上がってしまい、どうしても子供のことはおざなりになりがちで……という

より、いくら 子供の管理をしようにもこの別荘自体、かなりの広さであったため、自

在に動き回る子供 達に対してのそれは困難であり、いつしかここでは大人は大人、

子供は子供…という世界 感が生まれ、子供達の管理は各親たちに代わり、最年長

の剛と真子に任されることになっ ていた。

 このように同じ立場に置かれた二人は、自然とその仲も深まっていくのだが、幼い

頃から一緒に過ごして来た彼等にとって、それは男女間に生まれる恋心…といった

ものではな く、むしろ同性同士の友情に似たもので、これまで二人は性別の違いを

気にすることもな く、良きパートナーとしてここでの夏休みを楽しく過ごしてきた。

 ところが、ここ数年は互いの家族の予定が合わず、今回のように同じスケジュール

で二人が過ごすのはまさに三年ぶりであった。

 

「おーい、いきなり沖まで行くんじゃねーぞー」

 浜辺に着き、剛は背負ったパラソルを下ろしつつ、一目散に海へ向かって駆け出

す子供達の背中に声を掛ける。

「そうよ。おにいちゃんが行くまで、波打ち際んとこで待ってなさーい」

 真子も、それに続いて注意を促した。

「……って、真子、お前は行かないのかよ?」

「うん。だって、あたし日に焼けて痛くなるのも、黒くなるのも、嫌なんだもん」

 パラソルを立てながら言う剛に、その位置に合わせてビニールシートを広げる真子

が答える。

 さすがに長年一緒にやってきただけあって、この辺の二人の作業は息がぴったり

合っていた。

「へぇ…? お前、しばらく会わねーうちに女の子みたいな事言うようになったんだ

な?」

 立てたパラソルの根元を踏み締めつつ、からかうように言う剛。

「し…失礼なこと言わないでよ!! あたしは立派な女の子です! 大体、剛みたいな

がさつな肌と違って女の子の肌はデリケートなんだからね……!」

 だが、さすがにこの言葉にはかちんと来たのか、真子はシートのしわを伸ばす手を

止め 、やり返した。

「がさつ……って、お前こそ失礼じゃねーか……」

 剛が憮然とした表情を浮かべる一方、立て終えたパラソルの傘が開かれるや否

や、真子はさっとその中に入り込み、日除け用のタオルと共に取り出したサンスクリ

ーンのローションを肌に塗り始めた。

「ん? なにお前、マジに海に入んねーつもりかよ?」

「うん」

 心底意外そうに尋ねる剛に対し、真子は念入りにローションを肌に擦り込みなが

ら、剛の方を見ることもなく頷いた。

「……マジかよ? んじゃ海にきた意味ないじゃん……って、だいいち、そんじゃ、俺

一人でガキどもの面倒見んのかよ?」

「うん、がんばってね。剛お・に・い・ち・ゃ・ん♪」

 慌てて捲し立てる剛に、真子は満面の笑みを浮かべた。

「じょ…冗談じゃねぇっ! ほらっ! 水着は着てきてんだろっ! 行くぞおらっ!」

 そんな真子の態度に業を煮やしたか、剛は荒々しく真子の手を取ると、無理やりパ

ラソルから真子を引き摺り出そうとする。

「きゃっ!? ち…ちょっとぉっ!」

「あ…ごめ…」

 当然、引っ張り返されることを予想していたのだが、その意に反し、真子の身体は

いとも簡単に浮いてしまい、剛は慌てて力を緩める。気付いてみれば、握る彼女の

手首も以前よりずっと細く感じられた。

「もうっ! そんなに強く引っ張ったら、い…痛いよ。わ…わかったから、行くから

……  手ぇ、はなして……」

 自分と彼女の身体の成長の違いに困惑する剛をよそに、真子はその手を振り払

い、渋々 腰を上げた。

「ったく、冗談だってば。大体、剛ひとりにあの子たちまかせられるわけないでしょ

…」

 そして、ぶつぶつ言いながら、羽織っていたヨットパーカーを脱ぐ。

 すると途端に、スポーティなセパレートタイプの水着と、それによく似合うスリムな

真子のプロポーションが剛の目に飛び込んできた。

「!?」

 困惑冷めやらぬ剛は再び戸惑ってしまう。

 なぜなら目の前で露になった真子の姿態は、剛の予想と明らかに反していたから

である ………

 スリムで華奢な外見は、昔とさほど変わっていなかったが、その体型はゆるやかに

女性特有の丸みを帯び、特に三年前までは自分のそれとさして変わらなかった胸

が、今では胸 元に谷間を作り、やや窮屈なくらいになってその水着に収まっていた。

「な…なに…? ど…どこ見てんのよ…………エッチ」

 まじまじと見つめる剛の視線を感じ、真子は反射的に両手で胸を隠し、上目遣いで

剛を睨んだ。

「ばばばばば…ばか…な…何言ってんだよっ! お前の身体のどこに見るとこがあ

んだよ …!? くだらねぇこと言ってっと…、もう…置いてくぞっ…!」

 真子の大きな瞳に見つめられ、動揺した剛は吐き捨てるようにそう言い、真子にく

るりと背を向けた。

「あ…ひっどーい。……もう! これでも少しは成長したんだからね……って、ちょっ

と 待ってよ……」

 背後から掛かる真子の言葉が紛れもなく真実であることは、早鐘のように鳴り出し

た剛の鼓動が十分物語っていた。

「あ、ちょっとぉ…剛ぇ…、待ってってば…そんなに早く歩かないでよ……」

 すたすたと、海の方へ歩いていってしまう剛を慌てて追いかける真子。

 剛は赤く火照った顔を真子に見せまいと、振り向きもせずに焼けた砂の上を駆け

るように歩いていった。

 

 

(2)へつづく。

 

TOPへ もくじへ