ロフト・イン・サマー

(2)

(1)

…夕方……

 別荘に帰ってきた剛たちは、シャワーを浴び、夕食を済ませると庭に出た。

 恒例の花火大会を始めるためである。

 すでに家の中では親たちの宴会が始まっており、相変わらず、子供の面倒は全て

剛と真子に任されていた。

「だめッ! それは危ないから、お兄ちゃんに、点けてもらいなさい!」

 打ち上げの花火に火を点けたがるいたずら盛りの男の子を叱る真子。三年前と同

じ光景であった………

「ああっ! だめよ! 火ぃつけたまま振り回しちゃっ! もうっ、剛っ、なにぼーっと

突っ立ってんのよぅっ!」

「あ……おう」

 忙しなく子供の世話を焼く真子をぼんやりと眺めていた剛は、その叱咤の声で我に

返る 。

 昼間はあまりにも変化した真子の姿態に戸惑い、躊躇した剛であったが、今の彼

女は昔と何ら変わらず……。

「………ふ」

 自らを嘲笑うかのように、奇妙な笑みを浮かべる剛。

 剛はまるで二人の真子に会っているような不思議な想いに包まれていたのだっ

た。

「剛ぇ……? 何、にたにたしてんの………?」

「よ…よーし、最後はでかいの、連発で行くぞーっ!」

 どぉぉぉぉんッ!

 最後に取っておいた特大の打ち上げ花火が天空に舞い、元の位置に戻りつつそ

れを振り 返り見上げていた剛は、ふと真子のほうを見やる。

 真子は、両脇の子供の肩に手を置いて夜空を見上げ、舞い上がる花火の行方を

追っていた。

 ぱ…ぱぱぱぱぱぁぁぁんっ!

 漆黒の夜空に花開き、真子の顔が照り返しでほのかに輝く。

「……ん?」

 ふと、剛の視線に気付き、不思議そうな顔で微笑む真子。

 剛は、それがなぜか妙に気恥ずかしく、慌てて顔を背けた。

「おー剛、何か歌えや!」

 夜も十時を過ぎ、遊び疲れた子供達が屋根裏の子供用寝室に上がった頃、大人

たちの宴はまさにたけなわであった。そして、なぜかその席の中に剛の姿も………

「えー…またですかあ?」

 真子の父親から差し出されたカラオケのマイクを、苦笑を浮かべて受け取る剛。一

応、 顔に笑いを浮かべているものの、内心はかなりうんざりしていた。

 そう、年齢的に大人と子供の中間にいた剛は、両方の面倒を見なければいけなか

ったのである。

 とはいえ、いい加減、酔っ払いの相手をするのも疎ましくなってきた剛は、派手なア

クションをつけたアップテンポの歌を一曲歌い、一同がわっと盛り上がったスキをつ

いて、 そそくさと宴席から抜けた。

「ふーやれやれ……」

 ため息まじりに、子供用寝室である屋根裏部屋への階段を登る剛。

 屋根裏…と言っても、家自体が大きいため、そこはかなり広く、子供が雑魚寝で楽

に二十人程寝れるスペースがあった。

 当然の事ながらすでに明りは消されており、剛は手探りでスタンドライトを探し、そ

のスイッチをつけた。うす明るくなった室内には昼間の疲れも手伝ってか、安らかに

寝ている皆の姿があった。

「さて…と……」

 階段脇の本棚から数冊漫画本を取りだし、低い天井の中、屈むようにして自分の

寝床に向かう剛。

 敷き詰められた白い布団の海がとぎれた先、一番隅の場所が剛の陣取った寝床

である。

 そこは、むき出しになった屋根の梁と柱に囲まれており、またそこだけ一段高くな

っていたため、他とは区切られたようなスペースになっていた。

 以前、剛は部屋の中央辺りで寝たとき、朝早くから騒ぎ出した子供達に顔を踏ん

づけられ、この上ない不快な目覚めを経験したことがあり、それ以来、剛はこの家に

泊まるときは絶対にここで寝ることに決めていたのだ。

 ちょっと隔離されたようなこのスペースには、布団は二組ほどしか敷けず、皆で騒

ぎながら寝たがる子供達はここには寄ってこない、という考えである。

 ところが…

「…あれ、誰だぁ……?」

 寝床に近付くと、隣に布団が敷いてあり、そこに誰かが寝ているのが分かった。

 不審に思い、薄暗い中をさらに近くまで寄って良く見ると、そこには安らかな真子の

寝顔があった。

(げ…!? なんだよ……こいつ、ここが『俺の場所』だってこと知らねェのかよ……ま

いったな、他に場所は…っと…)

 ぐるり室内を見渡したが、派手な寝相でてんでに好きな形に寝転ぶ一同の間に、

大柄の剛が今さら潜り込めるスペースはなかった。

(……ったく、なんだってこいつこんなところで……)

 もう一度、真子の寝顔を恨めしげに眺める剛。

 とはいえ、昨日から泊まっている剛に対し、真子がこの家に来たのは今日で、また

剛が前述のようにここで寝るようになったのは、真子とすれちがっていた時期のこと

であり、 そのことを知らぬ彼女が、この場所で寝ていても不思議ではない。

 不思議ではないが……

(いくらなんでも真子の横はやばいよな…。朝、こいつが先に起きたら驚くだろうし

…)

 もちろん、屋根裏部屋以外の部屋で寝るというテもあった。しかし、それには下で、

いまだ大宴会を繰り広げているだろう大人たちの中にいるこの家の人に断わらなく

てはいけない。

 むろん、剛は今更、宴の席に舞い戻って再び酒の肴にされる気は毛頭なかった。

(しょうがねーなぁ………狭いけど、あそこで寝るしかなさそうだな…)

 やむなく剛は、階段を上がった所、本棚の前の狭く踊り場のようになっている場所

に身を移し、身体をくの字に折り曲げて横たわる。硬い板の感覚がじかに伝わり、ど

うにも落ち着けないので、暫く漫画に目を通し、気を紛らせることにした。

 やがて、数冊の漫画を読み終えようとした頃…

「…剛……?」

 名を呼ぶ声に反応して剛は上体を起こし、辺りを見回す。

 すると、両手で頬杖を突いた真子が不思議そうな顔でこちらを見ていた。

「あれ…真子、起きてたのか…?」

「ん…ううん、寝てたよ…それより、何してんの…そんなトコで…? こっちに持ってき

て寝ながら読めばいいじゃない…」

 真子は剛の布団を指差しながら言った。

「え…、あ…ああ…」

 剛は躊躇したが、実際この場所で寝るのも辛いので、真子の言葉に従うことにし

た。

(まぁ…本人がいいって言ってんだからいいよな……)

 剛はスタンドライトと数冊の読みかけの漫画を持って、本来の寝床へ戻った。そし

て少しでも誤解を招かぬようにするためか、なるべく真子から離れて身体を横たえ

た。

「………」

ふと真子の方へ目を配れば、真子はすでに眠りに就いたようで、剛に背を向けてい

た。

「ふう……」

 軽いため息ひとつつき、再びページを捲りかけた剛だが、身体が落ち着いたことに

よってか、急に瞼が重くなってきた。

「明日も泊まるし、もう今日は寝よう…っと」

 剛は本を閉じ、スタンドライトのスイッチを切った。

 

 

(3)へつづく。

 

TOPへ もくじへ