ロフト・イン・サマー・V

Last Night〜長い長い最後の夜☆〜

(2)

「………うー。」

 例によって、屋根裏の子供用寝室、深夜。

 ひりひりと赤らんだ背中に眉を潜め、うつぶせに横たわる剛の姿があった。

 まあ、小一時間も炎天下の元、前屈みの格好で固まっていたのだからそれも

無理のないこと。

 と言っても、前日、前々日にある程度焼いていた下地もあったおかげで、我慢

できないほどの痛みではなく、おおげさに苦しんでみせているものの、半分はあの

とき途中で見捨てた真子へのささやかな子供っぽい抗議であったのだが……

「あーっ、もう、うっさいわねー。眠れないじゃない!」

 タオルケットを跳ね上げ、ごろんっ、と身体を転がし、剛を睨み付ける真子。

「だって、しょーがねーじゃん、いてーんだもん。大体誰のせーだと……」

「ふぅぅぅん!? あたしのせ−だって言うの?」

 ほとんど、だだっ子の口調で口を尖らせ言う剛の言葉を遮り、真子は冷ややか

な笑みを浮かべて問い返す。

「………う。……そ…そーだろーが……」

 その笑みに、やや気圧されながらも、剛は弱々しく答えた。

 が、

「……ふーん?」

「………う…」

 多くは語らず、その大きな瞳で蔑んだような表情をする真子に、結局剛は何も

言えなくなってしまった。

「…………」

 真子の視線から逃れ、しばし目を泳がせる剛と、表情一つ変えることなくただ

じっと剛を見詰める真子………。

「……ふう。」

 やがて、その沈黙を先に破ったのは、真子の方だった。

「ったくぅ……ちょっと待ってなよ」

 呆れたように大きく溜め息をつき、身体を起こすと、そのまま立ち上がって階段

の方へ向かった。

「え…真子…? どこ行くんだよ」

 不可解な真子の行動に、剛も慌てて半身を起こすが、真子は迷惑そうに片手を

振って剛にそのままでいるように促すと、とんとん、と階段を下りていった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 待つことしばし。

 階段を上る音とともに、片手に何かチューブのようなものを持った真子が戻っ

てきた。

「ほーら、さっきみたいにうつぶせになって」

「…ん? な…何?」

「日焼け後のアロエのジェル…よ。痛いんでしょ。ほら、あたしが塗ったげるから……」

「ん…あ…ああ」

 真子の気遣いに戸惑いながら、剛は両腕を枕にうつぶせになった。

 ぺたぺた……

 ぬりぬり……

 丁度、剛の尻辺りにまたがり、背中にジェルを丁寧に塗り広げていく真子。

「どう? 冷蔵庫で冷たくしといたから、気持ちいいでしょ…」

「ああ……」

 確かに、火照った背中に広がっていく冷たい粘性の感触は、日焼け後の

ひりひり感を心地好く癒していき、また円を描くように動く柔らかい真子の両手

の感触も、なんとも言えない気持ち良さであった。

 ぬりぬりぬり……

「ねぇ、まだ、痛む?」

「ああ……」

 陶酔したような声で再度、返事とも溜め息ともおぼつかぬ声を漏らす剛。

 比喩ではなく、永遠にこの感触が続いて欲しいとさえ思った。

 が、しかし……

「…はい、終り」

「………えぇ?」

 ちょっと大袈裟だが、今の剛にとって真子のその声は、死刑宣告にも近かった。

 あからさまに、不満…というより悲痛な声を上げ、首を捩じって真子を仰ぎ見る剛。

「え…、だって、もう塗るとこないよ」

 悲しげな、何かを訴える剛の目に、戸惑い、真子はきょとん、とした表情でそう

答える。

「そっか……そう…だよな」

 何とも悲しそうな表情で、元の位置に顔を戻す剛。

 そんな剛に、真子は優しげな笑みを浮かべて、そのまま剛の背中に覆い被さった。

「んふ……」

「あ…? え…ちょっと、おい、ジェルがついちまうぞ、服に……」

「いいの……」

 剛の耳元に真子の吐息が吹き掛かり、耳たぶに柔らかい唇が触れた。

 ジェルのおかげか、真子の優しさに戸惑っているせいか、背中はもうちっとも痛

くない。

 代わりに、押し付けられ柔らかくつぶれている乳房の感触が、鮮明に伝わって

くる……。

 先ほどの陶酔するような快感も捨てがたいが、今のこの全身に染み渡るような

安堵は、それにも増して剛の心を心地好くくすぐった。

 とくん…とくん……

 真子の心音が伝わってくる。

「ね…」

「ん…?」

 掠れたような小声に、剛が首を傾ければ、そこには濡れた瞳でいたずらっぽく

笑う真子の顔があった。

 言葉に出さずとも、むろん剛に真子の言いたいことは分かり……

「え……? ああ、じゃ…下(ベランダ)行くか?」

 だがしかし、そう言って身を起こしかけた剛に真子は、

「やだ……ここがいい……」

「……え? けど……やべえ…だろ…ここじゃ……いいかげん。」

「だって、下だと、帰ってこなきゃいけないんだもん。あの、帰ってくるときって

何かすっごく寂しいんだよ……今日、最後の夜でしょ。あたし、今日はそのまま

剛の隣で寝たい……」

 拗ねた声で言う真子の微妙な女心に、困惑する剛。

「……と言われてもなー」

 すると、真子は、

「へっへー、そんな困らなくても大丈夫。ちょっと待ってて」

 そう言って、剛の身体から下り、足元辺りに折り畳んであった何やら大きめの布

を手に取った。

「えへへへへ☆ これ、覚えてる?」

「んんー?」

 あたかも、マントのようにそれを背中に背負いはらりと広げる真子。やけに鮮烈な
デジャヴュ
既視感が剛の脳裏によぎる。

「……………あ!」

 そして、剛は思い出した。

 それはかつて……そう、十年ほど前、剛や真子がこの別荘に訪れ始めた頃のこと。

 飛び入り参加などが相まって、訪れた客の数が別荘の持ち主の予想をかなり上回っ

てしまったことがあった。

 もちろん、家自体は前述の通り、かなりの広さがあるため、それくらいはまだ十分許

容範囲内であったが、問題は準備していた布団の数。

 敷布団のほうは、座布団なども合わせて敷き詰め、その上にザコ寝する…ということ

で何とかなったが、掛け布団、つまりタオルケットの数が全然足りない。

 むろん、夏ということもあって、大人の中には「要らないよ」と申し出る人も多かっ

たが、まさか子供たちにまでそれを強要するわけにもいかず……

 まして、海沿いの木々に囲まれた場所に建つこの別荘。夏場でも、明け方は、

結構冷え込むため、寝冷えして風邪でも引かれたらたまらない。

 結果。裁縫の得意な母親が思いついた案、二三枚のタオルケットを繋ぎ合わせ、

四、五人の子供にあてがう、という荒業でその場をしのいだ、というわけである。

 また、後年、別荘を訪れる客の数が落ち着いてからも、それは子供たちのいいおも

ちゃとなり、当時は、剛も真子も就寝前に、この巨大なタオルケットでよく遊んだもの

であったが……

 そういえば、ここ何年かは目にしなくなっていた。

 てっきりその用途を全うし、捨てられたか、どこかへ片付けられたとばかり思ってい

たのだが……

「へーっ、そんなんまだあったんだぁ……うわ…っぷ!?」

 妙にノスタルジックにひたる剛に、真子が背にしたタオルケットを広げたまま伸し掛か

ってきた。

「えへへ、で、こーすれば、ほら、いざってときは何とかなりそーでしょ?」

 ぱさり、と被さったタオルケットの裾、剛の胸板辺りから顔をぴょこんっ、と覗かせ、

真子はウインク一つ。

 「え…? ば…ばか! なんねーって……あ……?」

 躊躇する剛が、戸惑ういとまもあらばこそ。

 もぞり……

 すでに剛の股間に添えられていた真子の手の平が動き始めた。

「ちょ…? ま…真子?」

「んふふ… でもさ、すごいことになってるよ……ココ

「だぁ〜! あっ? こ…こら、オモチャじゃねーんだぞ…あ…くっ……」

「ふふ〜ん オモチャだも〜ん。あ・た・し・の うふふ、ほら…ほらほら……」

 すっかり慣れた手つきで、剛の股間をまさぐる真子。

 全体重を乗せて伸し掛かられているせいもあるが、剛は巧みに蠢く真子の五本の

指の動きに手も足も出ない。

 やがて………

「う…くっ……ま…真子……」

 いつしか剛は、真子の身体を強く抱き締めていた。

「あは☆ 剛……ん…ん……ん……」

 心地好い力を感じ、真子は嬉しそうに剛の唇や耳元にキスの花を咲かせる。

 ちゅ…ちゅ…ちゅっ……

 触れては離れる軽いキス。

 剛はその度に真子の唇を捕らえようとするが、真子は巧みにそれをかわして、

次の場所へと唇を移していく。

 つーっ……

「うう…っ!」

 耳の裏側から首筋にかけて、尖らせた舌を這わせると、剛の身体が大きくビクンッ、と

震えた。

「ふふ……おもしろーい☆」

「ば…ばかやろ……くっ…ずりーぞ…こんなの……」

「ふふーん、そぉ〜んなこと言える立場かなぁ……?」

 悪態をつく剛に、真子は意地悪く微笑み、股間をまさぐる手の動きを再開させる。

 もぞ……

「あ…! く…ぅ…こ…この……」

 たまらず、剛はやみくもに真子の身体をまさぐるが、どうにもこの体勢では肝心な所に

どこも手が回らない。

 唯一、お尻から股間に指を差し入れようとしたが、真子はきゅっ、と脚を閉じ、身体を

スライドさせて逃げてしまった。

「あ、ち…っくしょ…」

「へっへー☆」

 臍を噛む剛の前に、真子の得意満面の顔。

「く…っそ……」

 軽い敗北感を味わいながら、剛は真子の腰に置いた手をゆるゆると頭上へ戻す。

 ……とそのとき。

「……あ……んくっ!」

 背筋を伝って上へと登っていった剛の手の動きに、真子はピクンっ、と軽い反応を

示し、小さな悲鳴を上げた。

「……ん?」

「……へ? あ…な…何でもないよ! あ…あはは……」

 垣間見せた真子のおかしな反応、またなぜか慌てて繕うその態度に、訝しげな表情を

浮かべる剛。

 あるいは、そんな真子の様子を見なければ、ニブい剛のこと。気付かなかったかも

しれない。

「ふーん……」

 面白くもなさそうに鼻を鳴らした声で応える剛。

 一方真子は、気付かれなかった、ということを悟り、胸の内でほっと安堵の息をつく。

 内心ほくそ笑む剛が、わきわきと動く両手をこっそり宙に漂わせていたことも知らずに

………

 そして、

 つぅぅぅぅーっ。

 腰から上へと一直線。真子のタンクトップの中に潜り込んだ剛の指先が、背筋をなぞ

るような動きで駆け上がっていった。

 ぞぞぞぞぞ……っ!

「ひっ!? んああああああーっ!」

 気を抜いたところに、寒気にも似た感覚が全身に駆け巡り、たまらず真子は肩をすく

めて、身体をえびぞらせた。

「へっへっへーっ……お? どした? 真子。さみーのか?」

「んはぁぁぁぁ……はぁぅ……はぁっ……」

 ブラのホック辺りで指を止め、にんまりと笑みを浮かべる剛に、真子は荒げた息を

着きながら崩れ落ちる。

 ふぁさっ……

 しなやかな真子の髪が流れ落ち、剛の顔の周りに甘いシャンプーの香りがこもった。

 

 

(3)へつづく。

 

 

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