甘い欧州旅行

第一章「華やかな幕開け」

(2)

 

「……あーあ、なんかもう日本へ帰りたくなくなっちゃうわねー」

 とりとめもない話が続いた数分後。椅子の背もたれをぎしりと鳴らし、美恵さんが

言う。

「あはは、ほんとほんと……って、美恵さんは彼氏が待ってンだろ?」

「ん? うーん、そうね、でも…ね、まぁ…それはそれで、色々あんのよ……」

「…? ふーん……」

 何やら意味不明の言葉を発し、美恵さんは視線を窓の外へと逸らした

 俺はその仕草が何となく気になったが、余計な詮索はせずに何気ない言葉で返し

た。

「………」

 美恵さんは視線を逸らしたまま、しばし言葉を途切らせてしまったため、俺はなん

だか気まずくなってしまい、サイドテーブルに置いてあった煙草に手を伸ばした。

「あ…ゴメン! なんか、ムード……変えちゃったね?」

 俺の気分を察してか、美恵さんは少し慌てた様子で、こちらを向く。

「ん…? ああ、いいよ。ま…人には、色々あるしね。」

「ふうん? 意外と大人っぽいんだ。基明クンって。」

 少し驚いた顔で俺の顔を覗き込む美恵さん。

「な…なんだよ、また子供扱い…?」

 また、からかってんのかと思ったが、美恵さんは結構真顔だったため、俺は自分で

言っ た言葉が急に恥ずかしくなり、美恵さんから視線を外して煙草に火を点した。

 くゆる煙が立ち上ぼり、部屋に漂う。

 すると、

「…ねぇ、基明クン…基明クンってさ、キスしたことある?」

 …なんだ? 急に変なこと言い始めたぞ。このひとは。

「んんー? 何言い出すんだよ? 突然。」

「いいから! あるの? ないの?」

 …☆。ははあ、やっぱり、そういうことか。

 俺はそこで、美恵さんの口元が笑みを隠すように歪んでいるのに気付いた。

 まーた、この人は……。そんなに面白いかね、俺からかうの。

 けど、ここでムキになっては、また美恵さんの思うツボ。俺は極めて平静を保ち答

えた。

「……ありますよぉ、キスぐらい…なんなら、今ここで実演してみましょうか?」

 実際、この言葉に嘘はなかった。自分で言うのもなんだけど、俺は年の割りには経

験豊富な方であったのである。その証拠に、凌とのコンビでバイト先の女の子はほと

んど食っちまったほどで、今も俺らがいないうちに、その事がばれていないかと少し

気をもんでいる……

 ……と、まあ、そんな事はどーでもいいんだ。

 つまり、今の言葉はあくまで美恵さんに対する仕返しであり、冗談のつもりだった

のだ。

 ところが、

「………いいよ」

 見ると美恵さんは、俺に顔を近付け目を閉じている。

 …おいおい。人を馬鹿にするのも限度があるぞ。んなら、ほんとにやっちゃうよ。マ

ジで強烈なヤツを……

 とも、思ったが、じきに凌も帰ってくるだろうし、やばいよな、やっぱ……

 なんとか思いとどまった俺は、しかしそれでも男の性(サガ)をナメている美恵さん

をそのまま許すことはできず、灸を据える意味を込めて、美恵さんの唇にそっと口付

けた。

 そう、美恵さんをおどかすための軽いキス・・・・・・・・・・・
 

 しかし、

「ん…っ!?」

 なんと、俺が顔を近付けた瞬間、美恵さんは俺の頭を押さえ付けた。

そのため、思いの外、濃厚なキスになってしまい……

 ベッドに腰掛けた美恵さんと腰を折り曲げ身を屈めた俺の影が重なる……

「……本気なの…?」

 ゆるやかに唇を離した後、俺は真顔で美恵さんを見詰めた。

「…あ、あたしじゃ、不服…?」

 頬を赤らめた美恵さんが、伏し目がちに言う。

「そ、そんなことないけど………でも、凌が帰ってきたら……」

「大丈夫よ…。凌クン、さやかさん達と一緒でしょ。さやかさん達のショッピング、凄く

長いモン…。」

 扉のほうを伺いつつ言う俺に、美恵さんは俺の頬に手を当て、強引に自分の方へ

俺の顔を向けた。

 …ちょっと、首が痛かったりする……って、そんなことより、何だって?

「だから・・・・・・ね☆」

「はあ? なぁ〜んだ、全部美恵さんの計画済みってわけ? なんかやっぱりオレ、

遊ばれてるみてえだなァ……」

 人差し指を唇に持っていき、何やら意味深な笑みをを浮かべて言う美恵さんに、俺

はやや憮然とした口調で言う。もちろん、悪い気はしていないが。

「ま、いいじゃない。………さ、いらっしゃい…坊や。ふふ…」

 美恵さんは脚を組み直し、流し目で俺を見る。

 なるほど、挑発のポーズのつもりなのだろうが、どことなくその動作はぎこちない。

 ……ふーん、そういう気か…? あくまで背伸びしたいんだな。このひと。

「へえ? そんなこと言って・・・・・・どうしたって俺をガキ扱いしたいんだ? でもね、

最近はこんなキスするガキもいるんだよ」

 俺は美恵さんが腰掛けるベッドに近付くと、落ち着いた動作で再度、唇を重ね、そ

のままゆっくりと体重を乗せて、優しく美恵さんを押し倒した。

 差し込めれた俺の舌に、少し驚いたのか、躊躇する美恵さん。身体の震えから、

男慣れしていないのがありありと分かる。

「…んふぅ…も、基明クン…? う、うまいじゃない…上出来よ…あは…☆」

「へへ、まだまだ。今度はそんな余裕、無くしてあげるよ…」

 言いつつ、俺は美恵さんのトレーナーに手を滑り込ませる。

「あ…ッ!」

 下着越しに乳房を掌で包むと、美恵さんの小さな悲鳴。

 俺は少しずつ力を込め、ゆるやかな愛撫を重ねる。それにともない掌の中心にな

っている部分が固くなっていくのを感じられた。

「…あ…んっ…あはぁっ…ぅ…」

 早くも熱い吐息を漏らす美恵さん。

 ……へぇ? こりゃ、楽しめそうだ。

「ふーん? こんなので感じちゃうの? じゃ、こうしたら……」

 さも興味津々にそう言うと、俺はその突起を指でつまんだ。

「……? …やっ! はぁうっ…」

 身体に電気でも走ったかのように、美恵さんは身体をぴくっと震わせた。

「…どう…美恵さん? 」

 俺はいったん手を休めて尋ねる。

「…はぁ…はぁ…ん…いじわる、そ、そんなこ…と、聞かないで…でも…すごい…あ

…」

 息を荒げ、美恵さんは俺の首にしがみついてきた。

 もちろん、俺はからみつく美恵さんの身体をまさぐりつつ、雰囲気を壊さぬよう上手

に、そしてゆるやかに美恵さんの服をはだけていく。

「ん…もう、あん…エッチ。………んん、だったら…ここを……」

 イニシアティヴを取り返そうと、美恵さんは喘ぎながらも俺の股間に手を伸ばしてき

た。

 ……ん? 結構うまいぞ。

「んっ! く…ぅ、美恵さん、うまいじゃん!」

「あ、あたりまえでしょ…あ、あたしのほうが年上なんだから…」

「ふーん、まだそんなこと言ってンの? 」

 まだ、自分の立場が分かっていない美恵さんに再認識させるため、俺は美恵さん

の耳を軽く噛み、舌を中に滑り込ませた。

「アッ…んっ! そ、それ…だ…駄目……アァ…」

「へぇ…、ホント感度いいね…、じゃ、こんなことしたら……?」

 俺の思惑通り美恵さんは反応し、俺をまさぐる手を止める。そのスキに、俺は素早

く、緩やかに、美恵さんの股間まで頭をずらした。

 ピンクの下着、シルクの布地がやけに眩しい……

「え…っ?…やだ…アアンッ…!」

 だがもちろん、ここでいきなり局部を攻めるなどという野暮なことはしない。

 俺は美恵さんの柔らかな太ももに舌をあてがい、ずりずりとその周辺を這わせる。

 そう、美恵さんの感じるポイントを試していくように……

「あ…あっ! はあ…んっ! や…ぁっ! そ…そこっ!」

 本来なら、俺を手玉にでも取るつもりだったのだろう。しかし逆にいいようにオモチ

ャにされている美恵さんは、今だ躊躇しながらも、身体をぴくぴくと震わせながら、単

音節の喘ぎ声で、俺にポイントの的中を教えてくれる。

「いや…ぁ。も…もとあ…き…クン。あ…あ…はぁぁぁぁぁぁ…」

 適確にそのツボをつき、緩やかに愛撫を繰り返す俺の指、或いは舌に、美恵さん

は身をくねらせて続け………

「くっ…はぁうっ!」

 やがて、襲いかかる快感の波に、美恵さんの最後の抵抗の壁、『年上の女の意

地』とかいう牙城は脆くも崩れ落ちた。

 途端に、熱く火照った美恵さんの身体から、一切のよけいな力が抜ける。

「はぁ…ん……も、もとあ…きクン……あ…あたし……も…もう……」

 俺の両肩を握り締め、切ない表情で訴える美恵さん。

 ……桜色に染まった頬が可愛い☆

 ここは、もう少し意地悪をしたいトコだが、いかんせん、いつ凌が帰って来るか分か

らないし……

 俺は再び身体をずらして、美恵さんに重なった。

 ……むにゅ。

 美恵さんの乳房が柔らかく俺の胸板で潰される。

「美恵さん…行くよ…」

 今一度、俺は優しく唇を合わせると、自分自身をつかみ、美恵さんの女だけの部

分へ突 き立てた。

「はうっ!! ああああああああああーっ!!」

 もはやすっかり潤っていた美恵さんのそこは苦もなく、俺を奥まで深く柔らかに迎え

入れた。

「ああんっ! な…なに…コレ……? お…大きっ…す…すご…いーっ!」

 震える両腕を俺の首に回し、美恵さんは狂おしく鳴いた。

「へっ、へへ…たいしたもん…でしょ、ガキのテクも…?」

「う…うん…あ…っ! はっ! くっ! はうっ!」

 美恵さんは俺の首にしがみついて、押し寄せる快感に耐えている。

 だが、さんざん子供扱いしてくれたんだ。こんなもんで許すわけにはいかない。

「…そう、じゃ、これは…?」

 俺はしがみつく美恵さんを引き離し、彼女の両足をそろえて上に掲げるように持ち

上げると、体勢を起こしてなお激しく腰を前後に打ち込んだ。

「ア、アアーッ! も…もう…だ、だめっ!! く…ああああああーッ!!」

 一気に昇りつめてゆく美恵さん。

 だが……

「…と、まだ、ダーメ★」

 美恵さんが絶頂を迎えようとした寸前、俺は腰の動きを止めた。

「えっ…? …イヤッ……ど、どうして…? お、お願い…」

 美恵さんは潤んだ目で俺に哀願する。

 ……言いたいことは分かるが、こんぐらいでイッてもらっては困る。

 俺は持ち上げていた足を片方だけ下ろし、もう片方の足を肩に引っ掛け、より深く

腰をねじ込んだ。

「ひっ! キャアアアーッ!!」

 美恵さんは苦痛と快感の入り交じったような表情で、絶叫の喘ぎ声を上げた。

 もちろん、俺はその体勢から激しいバイブレーションを開始する。

 俺の分身が深く突き刺さる度に、美恵さんの上半身は陸にあげられた魚のよう

に、ビクビクと跳ね回った。

「ア…アーッ! す…スゴイ…だ・ダメ…も…もう…・もうーッ!」

 何度も寸前まで昇りつめる美恵さん。

 だが、その度に俺は決まって動きを止めてしまうため、美恵さんは思うように悦び

を得られず、涙すら浮かべていた。

「あン…ッ! も…もう、いじわる…ぅ で…でも、な…に…? コレ……あっ、ああ

………ど、どうして……こ…んな……あっ…あっ…ああああ…」

 そう、俺はこのやるせないまでの焦燥感を美恵さんに与える事で、彼女の知らない

『女』を目覚めさていたのだ。

「へへ…美恵さん可愛いよ…★」

 とどめの言葉を耳元で囁く。

「え…!? も、もう…こ、こんなと…きに。あ…アアーッ!」

 一瞬、美恵さんは目をぱちくりさせる。わずかながら正気に戻ったのだ。もちろん、

これは俺の作戦である。

「じゃ、一気に行くよ!!」

 美恵さんが躊躇しているスキを付いて、俺は最後の動きに入るべく、美恵さんの腰

を強くつかんだ。

「ひっ? い…いやっ! いやああああーっ!!」

 意を察したか、逃げようとする美恵さん。が、それより早く大きくストロークさせた俺

の腰が、深く強く美恵さんの中へ突き入れられた。

「…………ッ!!」

 もはや、声にならない美恵さんの絶叫。二人の吹き出す汗が交わり滴って俺たち

が重なる部分の動きをさらに滑らかにする。

「くぅっ!」

 そして、俺も少々調子に乗り過ぎたようだ。思ったより早く熱いものが込み上げて

きている。

「み…美恵さんっ! いくよっ!!」

 俺は渾身の力を込め、美恵さんの中をメチャクチャに掻き回した。

 そして……

「は…………あああああああああああああああああああああああ……っ!!」

 消え入るような長い喘ぎを残し、美恵さんは何度も身体を痙攣させ、果てた。

「……くぅっ!」 

 それとほぼ同時に俺もほとばしりを放ち、崩れ落ちるように美恵さんの身体に重な

った……。

 

 ややあって、

「ちょ…ちょっと、基明クン、ヤバイわよ! そろそろみんな帰ってくる頃よ……」

 余韻を楽しんでいた美恵さんが、枕元の時計に目をやり、慌てて散らばった服を集

め始める。

 ……あ、そういや…

 ベッドから飛び起き、俺も急いで、服を身につけはじめた。

「……はあ、これでよし…と」

 ドレッサーの鏡で、きゅっ、と美恵さんが口紅を直したころ、俺は息せき切らせなが

ら、シーツの乱れを直し終えていた。

 お互い、大きく肩で息をついて、顔を見合わせる。

「ぷ……あはははは☆」

 どちらともなく、漏れた笑いが部屋の中に響き渡った…ちょうどその時、

 かちゃり……

「ただいま……あれ、美恵さん、やっぱここにいたんだ?」

 ドアを開ける音とともに、凌が帰ってきた。

 ……間一髪、セーフ! ……って、隠すことでもないけどな(^^;

「呼んだけど、返事しなかったんだって? ロエベのバッグ、いいのがあったのに

……って、さやかさん言ってたよ」

「あはは……、ちょっと…ね」

「どーせ、このバカと一緒で、眠っちまってたんでしょ?」

 呆れたように言いつつ、ベッドに腰掛け、俺を後ろ手に指差す凌。

 …けっ、悪かったな。 けど、そのおかげでこっちは美恵さんと、とっても有意義な

ひととき☆を過ごさせてもらいましたけど……

「あはは……じゃ、あたし行くね。もうすぐ夕食でしょ? 着替えなきゃ…っと、あ…、

基明くん、ごめん、それ取って……」

 凌のセリフを苦笑で返し、部屋を後にしようとする美恵さん。ふと、何かに気付いた

ように、俺のベッドサイドのテーブルを指差す。

 …ん? ああ、これ美恵さんのポーチか。

 よっこらしょっと、俺は身体を起こし、灰皿の横に置いてあった、ポーチを手に取り

美恵さんに手渡す。

「はい」

「ありがと……ああっ! タバコのコゲ後が付いてるぅ!」

 ……げ、うそ? やっべー、コレってヴィトンだろ? 

「え……うそうそ、どこ?」

「ほらぁ、ここぉ……」

 慌てて、ポーチを調べる俺に、美恵さんが顔を近づけて、指で差し示す。

 …んんー? どこもコゲてなんかないよな……

 いぶかしげな顔を浮かべる俺の耳元で、そっと美恵さんが囁く。

『…あたし、1人部屋だから……あとで、また……ね…

「……!」

「あー、ごめーん、模様だったぁ。んじゃ…凌クンも、あたあとで…ね☆」

 呆然とする俺を尻目に、美恵さんは足早に部屋から出ていった。

 ……ったく、回りくどいことして……。そんな事言われなくても、こっちはハナからそ

の気だっつーの。

「なーんだあれ? ほんっと、にぎやかなひとだなー」

「ああ。でも、ま……」

 軽い驚嘆混じりに言う凌に、俺はため息ひとつついて、再びベッドに腰を下ろす。

「でも…? なんだよ?」

「いーや、なんでもねーよ」

 凌の問いに何食わぬ顔で首を振り、すっ、と目線を窓の外に向ける俺。手で隠さ

れたその口元に、にたりと笑みが浮かんでいる。

 ジュネーブの街の灯を眺めながら、俺は旅の楽しみがまた一つ増えたことを、噛み

締めるのだった。

 

・・・・・第二章「しなやかな『女豹』」へつづく・・・・・

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