甘い欧州旅行

第二章「しなやかな女豹」

(1)

「……あれ? 基明、お前、疲れた顔してっけど、部屋で寝てたんじゃないの?」

「バーカ、二時間寝たぐらいでじゃ、かえって眠いよ…。ねぇ…美恵さん…?」

 夕食のミートフォンデュをつつきながら言う凌に答えて、俺は、ちらりと斜め前の席

に座る美恵さんに目配せした。

「ふぁ…あふ。………え? ええ…そ…そうね……」

 小さくあくびをしていた美恵さんは、口にやっていた手を素早く戻し、慌ててその場

を取り繕い、

 きっ!

 愛想笑いでそう答えた後、俺を軽く睨んだ。

 うへ……。

 そんな俺たちが軽い談笑をしながらの食事中、ホテルとの打ち合わせのため、中

座していた添乗員の加瀬洋子さんがテーブルに戻ってきた。

「ハイ、基明クン、少し静かにして。皆さんお食事をしながら聞いてくださいね、

 今日は食事の後…………。明日は……」

 俺は今後の予定を話す洋子さんを、ただぼんやり見ていた…

 

 加瀬洋子さん…この旅行の添乗員で、小さな身体にはちきれんばかりのエネルギ

ーを携えているような印象の女性である。

 肩口で切り揃えられたボブカットの黒髪、センス良くアクセント程度に押さえた化

粧、 小ざっぱりとした服装が、いかにも仕事に慣れたキャリアウーマンといった雰囲

気をかもしだしていた。

 年齢は、凌が何気なく聞いたところ、軽い冗談ではぐらかされ、そのままわからず

じまいだが、おそらくその容姿からすると、二十代後半ぐらいだろう。

 また、彼女の男まさりな性格は、まあ、おそらく地なのであろうが、聞くところによる

と、大学時代はアメリカで過ごしていたらしく、そのオープンな思考と行動力は目を見

張るものがあり、頼もしくツアー一行をリードしてくれるひとであった。

 それゆえに、というか何と言うか、洋子さんは俺や凌に対しても、単なる客としてで

はなく、実にフランクに接してくれて…いわば、俺たちにとっては、『頼りになるお姉さ

ん』的存在でもあった。

 実際、昨日、パリのルーブル美術館近辺で、妙な現地人が俺たちに何かわけのわ

からない物を売りつけようとしつこかったときにも、すぐさま飛んできてくれて、スラン

グ混じりの英語で荒っぽく追い払う…という一幕も見せてくれた。

 その時、俺がフランス人に英語が分るのか…、と聞いたところ、

「うーん、そうね、日常会話くらいは日本人よりも喋れるかナ…、でもね、フランス人

って、大体の人が自分の国の言葉が世界で一番だと思ってるから、知ってても滅多

に話さな いのよね。だからさ、こういう時は『お前は英語もロクに喋れないのか?』

って、言っ てやるの。そしたら、なまじプライドが高いもんだから、今の彼みたいにム

キになってカタコトの英語で喋り出してくるから。で、もうそうなったらこっちのもん…

ってわけ☆」

 ……と、意気揚々に語る洋子さんに俺たちはただただ感心するだけであった。

 この様に性格だけでも充分魅力的な洋子さんなのだが、その容姿もボリュームの

あるプロポーションをしており、特に小柄な身長の割に大きなバストが印象的で、更

にそれを強調するようなタイトな服装が多く、くっきりと浮き出る身体のラインは、俺

にとって、目の毒以外の何物でもなかった…。

 

「……ということです。あ、それと…基明クン、凌クン、今日は夜更かししちゃダメだ

からね! 明日、眠くたって知らないよ!」

 説明の締め括りに、俺たちに釘を差す洋子さん。俺の背後に立つと、肩に手を置

いて、俺と凌の顔を代わる代わる覗き込む……って、……え?

 ……うわお☆

 俺の背中に『2つの柔らかなもの』が当たってる。

 ったく、無造作にこういうことをしてくれるから、ホント、好きなんだ。洋子さん☆

 ……と、待てよ……

 先程の美恵さんとの事で気を良くしていた俺の脳裏に、ある計画がよぎった。

 

 夕食後、各自部屋に戻る際、

「美恵さん、あのさ、洋子サン怒らすとコワいし、ちっと疲れてるから、明日にしな

い?」

 俺はそっと、美恵さんに告げた。

 不満の声が返るかと思いきや、

「…うん、そうね、あたしもさっきそう思ってたの。誰かさんにイジめられて相当まいっ

てるしィ…今日はおとなしく寝ましょ…」

 美恵さんのこの言葉を聞き、俺は先ほど浮かんだ計画を実行に移すことを決心し

つつ、 自分の部屋に戻っていった。

 

「なぁ…凌、さっき洋子さん、明日、何時集合って、言ってたっけ?」

 部屋に戻った俺は、努めて自然に凌に尋ねた。

「え…? 基明、お前聞いてなかったの? オレ、お前が聞いてるとばっか思って、

食うのに夢中だったからなぁ……えーっと……」

「ああ、いいよいいよ、オレ、聞いてくっからさ……」

 思惑通りの凌の応えに、我ながらわざとらしいと思える動作で、俺は旅のしおりと

筆記用具を手に取った。

「待てよ、基明、内線で聞けばいいじゃん…?」

 …ち。余計なことを。……だが、それも予想済みである。

「え…やだよ。ロンドンんとき、それやってわけわかんないとこつながっちゃって大変

だったじゃんか。洋子さんの部屋、近いから直接行ったほうが早ぇよ。」

 俺は用意していた言葉を返した。

「ふーん……じゃ、オレ、先に寝てるぜ」

 ベッドにごろりと横になり、まったく無関心に言う凌。

「ああ…、ついでに洋子さんと遊んでくる…☆」

 少し拍子抜けした俺は、『計画』をほのめかす謎掛けの言葉を漏らし、凌に背を向

けた。

 すると、凌は、

「逆に食べられないように気をつけな……。んじゃ、おやすみ……」

「!?」

 ……なんだ、バレてたか…でも、ま…お互いの『テリトリー』に手ェださなけりゃ問題

ないだろ……

 驚きで足を一瞬止めた俺だったが、後ろ手に手を振ってそのまま部屋を後にし

た。

 

「しなやかな女豹」(2)へつづく・・・・

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