メイプルウッド・ロード
                     
〜#2.ジャグジールームの甘い霧☆〜

 

(4)

「ねー瞬……」

「あー?」

 それからしばらく経った後、キッチンに顔を出した由美に、シンクの前でジャガイモを

剥きつつ瞬の不機嫌な声が返る。

 一瞬躊躇する由美だが、すぐに取り直して、努めて明るい声を出し、

「ね…ねぇ、なんかてつだおーか?」

「はぁ?めっずらしーなー……」

 むろん嫌味も含めてだが、しんそこ意外そうな声を上げる瞬。

「だ…だって、智也はゲームに熱中してるし、葉月は本読んでて、つまんないんだもん…

 マンガももう読みあきちゃったのばっかだし……」

「……ふーん……で、手持ちぶたさになって、こっち来たってわけか……?」

 ジャガイモを剥く手を休めず、低い声で呟くように言う瞬。

 このがさつな男からはとても想像できない手つきで、長く薄く剥かれたジャガイモの皮

が次々にシンクの中に落ちていく。

「う…うん…。ま…まあ…そーともいうかなー。あはは……」

 あせりまくりの引きつった笑みを浮かべる由美の声を背中に、

「…………。」

 瞬はことりと包丁をまな板の上に置き、

「おまえなー、料理なめてるだろ……?」

「え…そ…そんなことないよぅ……」

 眉をひそめてジト目で睨み付けてくる瞬に、さすがの由美も伏せた目を泳がせ、臆した

ように返す。

 キッチンにしばしの沈黙が落ち………

 やがて、

「……ふう。…ったく、しゃーねーなぁ……じゃ、サラダくらいつくれっか?」

「え…あ、う…うんっ、まかせて☆」

 疲れ切ったような溜め息を着く瞬に、由美の表情が輝く。
          
シンク
 次いで、瞬は流し台の前を由美に譲り、自分は後ろの調理台でポークソテーや他の料

理の下準備に入る。

「よーし☆」

 一方、腕捲りなんぞをして、はりきる由美……だが、

「ああっ!バカ、そりゃキューカンバーじゃねーぞ。ズッキーニだぞ…生じゃ食えねって」

「あ…ごめーん。似てたから……」

「ああっ!レタスに包丁入れんなって、手でちぎれよなー」

「え…あ…、だって水つめたいもん……」

「あ……おいおいおい。ゆで玉子はエッグカッター使えって……お前じゃムリだよ……

あ…ほーら、潰れちまった……」

「あ…。あはははは……ごめん……」

 ………そんなことがつづき……やがて……

「あーっ!もーいいっ!やっぱ、おめーむこー行ってろっ!ダメだダメだ時間かかるばっ

かでっ!」

 由美のあまりの手際の悪さについにキレる瞬。

「う…うう〜。な…なによぉ、ちょっとばっかり自分ができるからって……」

 そんな瞬の剣幕に、また自分自身への悔しさも手伝って、ぷーっと頬を膨ませる由

美。

「あー、わーったわーった。今度もっと時間があるときな」

 だがむろん瞬はまったく取り合わず、再びまな板に向かい、由美のしでかした後始

末…無残な姿に変えられた材料の再生の思案に入る。

「……もう、わかったわよっ!」

 一方、おざなりに扱われ、ほとんど逆ギレのノリでリビングへと踵を返しかける由美だ

が…

「………」

 どうにも腹の虫が収まらず、ぴたりと足を止め、

「あ………☆」

 またとーとつに、何を思い立ったか、にわかにいつもの猫目を輝かせ、ぷいと背を向

けてしまった瞬に再度近付いていく。

「ね〜瞬〜?」

「あ〜?んだよっ?」

 返る不機嫌な瞬の声に、由美は猫撫で声で、

「もお……そんな怒ンないでよぉ☆ ねぇ…あのさ……今後の参考のために後ろで見て

るのは……だめ?」

「え……?あ…ああ、まあ……邪魔しなければな……」

 妙に神妙な由美の態度に、瞬は鼻白んで、だが努めて憮然とした口調で頷く。

「うん…わかってる☆」

 にっこりと微笑み、由美は瞬の背中にぴったりと張り付き、左脇から覗き込むよう

に……

「……って、なんでそんなにくっつくんだよ……?」

 にわかに背中と左腕にむにむにと柔らかいものを感じ、眉をひそめて振り返る瞬に、

「え…だってこーしないと、瞬、背高いし、手元が見えないじゃん。横に立ったら動きに

くいでしょ」

 とぼけた声で返す由美。

「ん…あ、ああ……でもなんつーか……その……」

「ん〜〜?なに?」

 なにやら困った表情で口ごもる瞬の顔を、由美はすました笑みで覗き込む。また、

言うまでもなく、両手を後ろに組んでさらにその大きな胸を押し付けつつ。

「う…!?」

「あ〜〜、ほらほら瞬、手が止まってるよ〜。ん〜?ま〜さか、神聖なお料理の最中

に妙なコト考えてるんじゃないよね〜〜?」

「ば…ばかやろっ、んなわきゃねーだろー!」

 わざとらしくすっと目を細めて言う由美に、荒々しく答えて、包丁を持ち直す瞬……

 だが、

「ふ〜〜ん、そーだよねー。でも…じゃぁ…これはなんだろーね〜?」

 言いつつ、由美は瞬の身体に添えた手のひらをつぅぅ〜っ、と下げていき……やがて、

にわかに異様な盛り上がりを見せていたスゥエットの上でぴたりと止める。

「う…あ…?ば…ばか…やめ……」

 慌てて腰を引く瞬だが、由美はさらに密着させた身体で押し返し、

「ん…あれ?どしたの?震えちゃって……。ほらほら、早くしないとみんなお腹すかせて

んだから……」

 とぼけた口調で言いつつ、それにあてがった五指をゆるやかに蠢かせ、スゥエットの

上からまさぐり始める。

「…う……っく……」

 相変わらずむにむにと背中に感じる由美の乳房の感触と、股間からぞくぞく立ち上

ぼってくるような刺激に、両手をまな板の上につき、じっと耐える瞬。

 かたん…かたん…じゅ…ぅ…

 刹那、ジャガイモをゆでていた鍋が沸騰し、立ち上ぼる水蒸気の圧力で踊る蓋の音と

ともに、中身が吹きこぼれる。

「あ……う…や…やば……な…ナベが……」

 震える手を伸ばし、なんとかコンロのツマミを回す瞬。

 ……なにやら、よく見るシチュエーションの逆バージョン(^^;のようだが…まあ、それ

はともかく、料理人としての根性はなかなかである。

 ……が、

「う…あっ!ちょ…ゆ…由美…ぃ…!」

 突然股下に走った新たな刺激に、驚きの声を上げる瞬。

 そう、その動作で開いた足の隙間から、由美はもう片方の手も瞬の股間に差し入れて

きたのだ。

「えへへ……☆」

 裏側を通って、ちょうど股間から生えてきたような由美の手は、やんわりと瞬の『下の

部分』を掴み、また、

「……くぅぅ…っ…っ?…ゆ…ゆ…み……?」

「んふふ……なぁに? ほらぁ、お料理はぁ〜?」

 ほどなく、上の部分を握り締めていた由美の手が前後の動きに変わる。

 瞬の反応が面白く、由美は完全に調子に乗っているご様子。

「〜〜っ!」

 むろん、瞬はもう料理どころではない。

 例えようのない感覚が全身に駆け巡り、瞬の視界…まな板の上に置かれた野菜が

ぼーっ とかすむ。

 全身が心地よいけだるさに包まれる反面、急速に体温が高まり、身体が芯から熱くな

るのがわかる……

 ふつふつと沸き上がる欲望が、あっというまにその沸点に達し……

 がばっ!

「う…っくっ!ゆ…由美っ!」

「え…?あ…きゃ…ちょ……瞬……あ…んむっ…んっ……」

 振り返りざま、由美を抱き締め、驚く間も与えず唇を奪う瞬。と同時に手にあまるそ

の大きな乳房をわしづかみにし……

「ん……はぁっ……だ…ダメ…だよ…瞬!こ…ここ…じゃ…あ…はぁ…んっ…」

 慌てて制止を掛ける由美だが、むろん、さんざん仕掛けておいて、いまさらそんな都

合のいいことは通用しない。

「あ…ちょ…とぉ……や…やだ……んっ…」

 また、いつも以上に荒々しく求めてくる瞬に、次第に由美の気持ちも揺らいでいき、

「や…あ…あふ……は…ぁ……ん……

 押しのけようとする由美の手はいつしか瞬の背中に回され……

「……由美…」

「…あ…瞬……☆…」

 にわかに、キッチンに甘い空気が立ち込める……

 だが、そのとき、

「お〜〜いっ瞬っ!メシ…あとどんくらいでできる〜〜?」

 リビングから届いた智也の声に。

『……!!』

 肝を潰して、慌てて身体を離す瞬と由美。

「え…え…え……あああああと……あと…も…もーちょっとーっ!」

 あわてふためき、あからさまに声を裏返らせながらも、なんとか言葉を返す瞬に、

「おー、早くしてくれよ〜〜」

 再び智也から声が返った。

  

 そして……

「ふぅん……相変わらずひとの悪いコトするわね〜……」

 リビングの壁際、膝に置いた本に視線を落としたまま、呟くように声を漏らす葉月。

「んー、なにが?」

 こちらも変わらず、寝そべってゲーム画面に目を向けたまま、すっとぼけた声を上げる

智也。

 葉月は、軽いため息ひとつつき、

「ふ…ん、由美がキッチンに行ってから、クリアした画面が5面……時間にして約10分

30秒ってとこかしら……由美が帰ってこなければ、そろそろ『始まってる』頃合だとで

も思ったんでしょ?」

 おもしろくもなさそうにそう言って、眼鏡の奥の瞳をちらり上目遣いにTVの前にいる

智也に向ける。

「ふーん……」

 そんな葉月の言葉に、気のない返事を返す智也。だが、ごろり頭を転がし、彼女の

方に向けたその表情には好奇の笑み。

「…ったく……」

 そして葉月は、そんな智也の挑発的な視線を軽い溜め息で受け流し、

「ま…でも、あのへんで止めとかないと、いつまでたってもごはん食べられなそーだった

しね……。的確な判断だった…と言っておきましょうか」

 眼鏡の奥、その切れ長の瞳を、いたずらっぽい笑みに変えて……

 葉月は見下ろすように智也を見詰めた。

 

(5)へつづく。

 

 

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