メイプルウッド・ロード
                     
〜#2.ジャグジールームの甘い霧☆〜

 

(6)

 しばしの沈黙………そして、

「……びっくりすんだろ。なかなか……」

 葉月の気持ちがひと段落つくのを待ったかのように、自嘲的とさえ思える笑みを浮か

べた智也の口が開いた。

「…………うん。びっくりしてる……」

 とはいえ、いまだ気持ちの整理がつかないのか、頬を染めた無表情、やや棒読みの

口調で、思ったまま答える葉月。

「はは……どーやらこれが俗にゆー『コイゴコロ』…とかってやつらしーぜ………って、

言っとくけど、理屈で自分なっとくさせよーとしてもムダだぞ……俺、さんざんやったけ

ど、どーにもなんなかったもん。お…そうそう、その証拠といっちゃなんだけど、さっき

のセリフな…、もっかい言おうとしてみ?」

「え…?」

 からかうように言われて、素直に試みようとする葉月だが、

「……あ……ぅ……っ!」

 声にするどころか、考えることだけでもきゅっと胸が締め付けられるような感覚に苛ま

れ、言葉に詰まる。

 そう、来る2か月後、帰国と言う必然の別れ……。

 それまであたりまえの予定のように思っていたそれが、葉月の心に重く苦しく伸し掛

かる。

 …もう片時も離れたくない……

 ……だけど…だけど、見えているのは……分かり切った答……

「い、イヤ……」
            
こたえ
 巡る想いが悲しい現実を導き出すのを、葉月は声に出して押し止める。

 (イヤだ…そんなことは考えたくない……)

 そこへ、

「……とまあ、そんな悲観することばっかじゃないんだけどな」

 そんな彼女の心情を見透かしたような智也の声。

 場違いにも思える軽い口調で言った彼の言葉に、葉月はその沈痛な面持ちのまま、

「ど…どーいうことよ?」

「あと2か月しかない…じゃなくて、まだ2か月もあるんだぜ?」

 いつもどおりの謎かけ風の言い回し…だがその瞳にどこか深い優しい光を携えて

言う智也に、
                       
オキラク
「ふ…ふーん、智也にしてはずいぶん楽天的なこというのね……」

 葉月はなんとか取り直し、精一杯いつもの皮肉っぽい口調で返す。

 メガネをかけ直すフリで、滲んだ涙を拭いつつ……。

 むろん智也はそれに気付かない素振りで目線を宙へと外し、

「ま…そりゃな、まいんちまいんちノー天気などっかの誰かさんと行動してりゃ、いくら

俺でもその思考パターンにもすこしは変化が生じるってことだ…」

 苦笑を浮かべ自らを嘲るように告げる智也に、

「え? ああ……」

 葉月は壁際で寝こける、その『ノー天気などっかの誰かさん』を軽く一瞥し、

「……つまり、ありていに言って……感化されちゃったってこと?」

「あー、まことにもって非常に不本意だけどな。お…そうそう、じゃ、不本意ついでにも

ーひとつ言ってやるよ」

「え…?」

「お互い勝手に、相手をごくふつーの人間に想定してシミュレーションしてるみたいだけ

どな……言っとくけど、相当ヘン…みたいだぞ俺たち…」

「ふ…ん、それはほんとに心外ね……」

 智也の冷ややかな口調に合わせ、おもしろくもなさそうに息つく葉月。

「だろ?でもまあ…それが世間一般…大方の見方だ……で、まあ、だとしたら、そんな
         
 オレたち
わけわかんねー二人の間柄に期間限定でエンドマーク付けること自体、無意味じゃねー

か?」

 お得意の回りくどい言い方で問い正す智也。だが葉月を見詰めるその瞳には決意に

も似た堅い意志が込められている。

 そんな、極めて真摯な表情で見詰めてくる智也に、葉月はひととき間を置き、

「……それ……ほんきで言ってるの……?」

「ああ…それに最近覚えた言葉なんだけど、なかなか気に入ったのがあるんだ…」

 真顔で見詰め返してくる葉月に答えて、なにやら意味ありげな笑みを浮かべる智也。

「……え?」

 葉月に聞き返す間を与えて、発した智也の言葉は、

「『やってみなきゃわかんない』……ってな☆」

「………。」

 きょとんっと目を丸くする葉月。次いで、驚きとも呆れともつかない表情を浮かべて、

「………ふ…ふーん、そ…それはまた最も智也らしくない台詞ね」

「ま…まあな…はは…俺も一生口にすることはないと思ってた」

 素直な感想を漏らす葉月に、なにやら珍しくばつわるそーに、鼻の頭をかきつつ答え

る智也。

 …むろん、頬が染まっているのは、いつもよりペースが早い酒のせいではなく……

「はは……。」

 ようするに、今の言葉…この男にしてはそうとう照れ臭かったらしい……。

 そして……

「………んふ…☆」

 そんな彼の仕草に満足そうに微笑んで、葉月はそっと身体を傾ける。

 智也はにわかに伸し掛かる肩への心地好い重みを感じつつ、

「ん……」

 すっと身体を開いて、その華奢な身体を優しく抱き締め―――――

「葉月……」

 呼んだわけではない。想いがそのまま口に出ただけ……。

 そして、葉月は、包み込まれた智也の胸の中からそっと、顔を上げる。

「智也……」

 いつものすました笑み…ほのかにその瞳を潤ませて……

『………。』

 見詰め合い、刹那交わされる二人の微笑。

 見上げる葉月の瞳が閉じられて。

 おそらく、二人とも初めて覚えたであろう甘いときめきを胸に……

「…………ん…」

 今、二つの唇が重なりあう……。

 

(7)へつづく。

 

 

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