メイプルウッド・ロード
〜#2.ジャグジールームの甘い霧☆〜
(8)
「……え…えーっと……い…いやその……もう…やばい…?」 言いにくそうに、なにやら間の抜けた口調で尋ねる瞬に、 「……け…けっこう…キてるかも……」 引きつった苦笑を浮かべて由美。 そしてまた、しばしの沈黙の後…… 「……と、言われてもなぁ……」 困惑しきった表情で考えを巡らす瞬。 する…というテはあるのだが、中で何をしてるかを知らないときならともかく、知ってしま った現在、さすがにそれは気が引けてしまう。 かといって、眼前の由美の切羽詰まった様子から、二人が出てくるまで待つ…というの も無理だろう。また、男ではないので外行って簡単に済ますと言うわけにもいかない。 この夜中に隣人の部屋に赴き、トイレ貸してくださいというのもちょっと……… 「………うーん……」 考えが煮詰まり唸る瞬。 その一方、額に脂汗さえ滲ませた由美が、 「…ね…ねぇ…瞬…あのさ……地下のジャグジーんとこにトイレなかったっけ……?」 「ん…?あ、そーいえば!じゃ…そこ行こうぜ」 そこでようやく瞬も思い出し、ぽんと手を打ち弾んだ声を上げる…が、 「…って、瞬も行くの?」 「ばっ…、あたりまえだろ。このじょーきょーで俺ひとり残してくつもりかよ…… そ、それに、そんなことなら、俺だってトイレ行っときてーし……あ、そうだ、洗濯モ ンだって取りにいかねーと……」 「も…もう、わかったわかったっ!なんでもいーから早くして!」 なにやら慌てていいわけがましく言う瞬の言葉を遮り、絶叫に近い悲鳴を上げる由 美。 本当にもう一刻の猶予もないようで、立上がりざま部屋の隅に置いてあったディパッ ク をひったくるように背負いつつ、 「……って、なんでお前そんな荷物もってくの…?」 「う…うっさいわねっ!女にはいろいろあんのよっ……って、とにかく行くんなら早くし てっ!!」 「っとと……って、おい…鍵もってかねーと……それに洗濯物入れるバッグも……」 たたらを踏みつつ、急かす背後の由美に訴える瞬。 自室に立ち寄り、瞬はバッグと鍵を引っ掴み、 ばたんっ。
そして、バスルームでは…… 「行ったね…?」 ぶら下がるように智也の首に回していた手をゆるりと戻し、問う葉月に、 「ああ…」 答えて智也は、なにやら当てが外れたように、 「…にしても……瞬が地下(あそこ)のトイレを思い出すまでもーちょっと時間掛かると 思ったんだけどな」 「ふふん…読みが甘いわね。あの条件下で先にトイレ行きたくなるのは女のほう…… つまり気付いたのは由美よ……あー見えても、あのコ頭の回転早いし、それにトイレ 行きたく なった女の子は切実なのよ……」 したり顔で言いつつも、言葉の後半、さすがに気の毒そうに苦笑を浮かべて眉をひ そめる葉月。 「ふぅん…なるほどね……ま、なにはともあれ……」 そんな葉月に小さく感嘆の息を漏らしつつ、ややらしからぬ照れたような仕草でバ スル ームの外を促す智也。 「………もう…ばか…」 葉月の頬が薄く紅色に染まり、 「はいはい。あ・と・は、智也のお手並み拝見…というわけね……☆」 呆れたような口調で言葉を繋げて智也の腕にしがみつき、葉月はいたずらっぽい 笑みで見上げる。 二人はもう一度軽いキスを交わし、バスルームを後に…… かちゃ…… 智也の自室へと姿を消した。 ……きし……。 扉の向こうで、クイーンサイズのベッドの小さな悲鳴………。
そして、 ごぉぉぉん……… ボイラーの低い唸りが響く、深夜の地下ランドリールーム。 もっとも、地下とはいえ、室内は明るい照明に照らされ、また隣のジャグジールーム から漏れてくるほどよい熱気が満ちた、なかなかに心地好い空間である。 そんな中、立ち並ぶ十数台の洗濯・乾燥機に囲まれ、ひとり備え付けのテーブルに 腰掛ける瞬の姿――――。 「…………」 現在瞬は、トイレにいった由美を待ちつつ、テーブルの上、山と積まれた洗濯済みの 衣類をせっせとたたんでいるところである。 そこへ、 「瞬、おまた☆」 「おー。」 トイレから戻った由美に、衣類をたたむ手を休めず答える瞬。 由美は、そんな瞬の姿に小さな笑みを浮かべつつ、山と積まれた衣類を一瞥をくれ、 「あーもー、ダメじゃん。ちゃんとシワ伸ばしてから畳まないと…」 傍らのパイプ椅子を引き寄せ瞬の隣に並び、その作業を手伝い始める。 「ね〜、ちょっとぉ瞬、このパンツもう捨てたら? もーよれよれだよ…」 「え…?あ…ばか。だめだよ。それ、あんときはいてた…ラッパン(ラッキーパンツ) なんだから………」 「……?」 なんだかよくわからないことを言って、色あせ、ゴムの緩みきったトランクスをひった くる瞬に、首を傾げて不思議そうな顔をする由美。 ………。 …まあ、そんなことをやりつつ、作業は進み…… 「――で、どーすんの? これから……」 「え…?いや……そりゃ戻るしかねーだろ。部屋……」 Tシャツのシワを叩き伸ばしつつ尋ねる由美に、手の動きを止め、浮かない顔で答 える瞬。 「うーん、ま…そりゃそーだけどぉ。……なんか戻りにくくない…?」 「まーな…けど……」 気まずそうに苦笑を浮かべる由美に、瞬はまんじりとしない表情で言葉を途切らせ た。 ぱんぱん…… しばし、室内には由美が衣類をはたく音だけがこだまする。 そして、そんな作業も終盤に差し掛かり…ちょうど、瞬がお気に入りのジーンズをた たみかけたとき、 「ねーねー、瞬? じゃぁさ、時間潰しにジャグジー入ってかない?」 やたらにでかいボーダーの長Tを天井に掲げつつ、思い付いたように言う由美。 確かに妙案だが…… 「え…だってお前、水着……」 「へっへ〜、瞬の家来るのに持ってきてないわけないでしょ☆」 やや躊躇し顔を向ける瞬に、由美は得意気に言って、手にしたディパックをぽんと 叩く。 「ふ…ん、そりゃまた用意のいいことで……。けど俺が持って来てねーよ」 「ん…?瞬はいーじゃん。そこらへんにパンツいっぱいあるでしょ」 「……って、お前なー」 あっさりきっぱり言う由美に、さすがに瞬は不満の表情をあらわにする。 「じゃ、取りにいってくる?……つっても、葉月たち…あたしらが出てったのはもちろん 気付いたはずだし……今頃、すごいことになってるかもしんないけど……」 「………う。」 へーぜんと言ってのける由美に、絶句する瞬。 とはいえむろん、仮に由美の言った通りになっていたとしても、いくらなんでも水着を 取りに戻る程度で、いきなりそれを目の当たりにするわけはないはずなのだが、今 の瞬は想像が先走り、そこまで頭が回っていない。 「………。」 妙な想像を膨らませ、ひとり顔を赤くする瞬に、 「ま…とにかく、あたしひとりでも入ってくるから。瞬はここでひとりでぼけ〜〜っと時間 潰ししてればー?」 「う……。わ…わーったよっ…コレで入りゃいーんだろっ!」 意地悪い笑みを浮かべる由美に吐き捨てるように言い、瞬はできるだけ色の濃い トランクスを手に取った。 |