メイプルウッド・ロード
〜#2.ジャグジールームの甘い霧☆〜
(9)
そして…… 時刻は午前1時過ぎ。 この時間、まず他のアパートの住人が来る心配はないが、それでも念の為。 『 #422 Occupied 』 と記した備え付けのホワイトボードをドアの外に吊し、鍵を閉める。 もわ〜っと、濡れた空気に満ちた、およそ20畳ほどの広さのジャグジールーム。 ムーディなダウンライトに照らされ、程よい薄暗さの四方板張りの壁に囲まれた室 ペース、サウナ、が設けられている。 といっても、今はまだジェット動作はされておらず、ろ過装置の水流が静かにその これは無駄な電力消費を避けるため、利用者が各自スイッチを入れることになって いるのだが。 まあ、それはともかく、 「…ん〜……」 一足先に着替えを終え、先ほど選んだ色柄の濃い、派手なファイアーパターンの トランクス姿になった瞬が、フィッティングルームから出てきた。 「………。」 心もとない下半身に、やや不安げな表情を見せているが、これは仕方のないことだ ろう。 ともあれ、瞬は、壁際のスイッチ板に歩み寄り、オーブントースターに付いているような タイマースイッチをぎりぎりっと回す。 ヴ…ヴゥゥ〜〜ン…… 低いモーターの音ともに、水底および内壁8方向からオゾンを混じえたジェット水流 が噴射され、 じゅわぁぁぁ〜〜。 にわかにその水面が波立ち、無数の泡に満ちていく。 と、そこへ…… 「えへへ……瞬〜☆」 ぴょこんと顔だけをフィッティングルームから覗かせる由美。なにやら困ったような笑 みを浮かべ、出てくることをためらっているような仕草を見せているが…… 「……? おー、なにやってんだよ…早くこいよ」 そんな由美を、やや訝しげに思いつつ、急かすように手招きする瞬。 もとより、見飽きてる…と言うほどでもないが、由美の水着姿など付き合う以前から、 このジャグジーほかで何度も見ている。確かにその大きなバストと見事なプロポーショ ンは目を見張るものがあるが、どーせいつものあまり身体の線を目立たせないような 黒のワ ンピース…見慣れてしまえばさほど興奮するほどのものではない。だいいち…、 (…もう全部見せちゃっただろーが……ったく…なーにもったいぶってんだか……) などと呆れ顔の瞬が思っていると、 「へっへ〜〜じゃぁんっ☆」 手を後ろに組み、ぴょんと小さく横に跳ねるように更衣室から出てくる由美。 瞬は面白くもなさそうな表情を彼女に向け、 (あーあー。なにが『じゃぁん』だよ……いまさらいつもの色気のねーワンピースなんか じゃ驚かねー………………!?) 両目をかっ開き、そのままの姿勢で硬直した。 「えへへ…☆ どう……? 前に…日本にいるとき勢いで買っちゃってさ……やっぱ 恥ずかしくて着れなかったやつ……日本から送ってもらったんだけど……」 そう、瞬の目の前、やや頬を赤らめ照れ臭そうに微笑む由美が身に着けているの は『いつもの色気のねーワンピース』などではなく…… 「こんなときじゃないと……着れないから…えへへ…」 その豊かなバストを包む、左右の布地が捩じれて交差するようなデザインのブラ。 そしてパンティ部は大胆にも腰の部分をヒモで止めるタイプの、上下ともに白いライン で縁取りされたマリンブルーのビキニ……。 確かに、その主目的であるはずの泳ぐと言う事には不向きで、『こんなとき』でないと 着る機会はあまりないだろう……。 まあ…それはともかく、むろんのこと。 ただでさええっちなカラダをしている由美にこんなモノを着られた日にはひとたまりも ない。 「…………。」 まばたきすら忘れ呆然と佇む傍ら、見る間に紅潮していく瞬の顔。 …立ち込める湯気に包まれた誰もいない深夜のジャグジールーム……… …目の前に佇むは、その悩殺極める全身をさらに挑発するかのような水着姿の 由美……。 いやが上にも高まる期待感に、にわかに瞬のその表情が緩んでゆくのも無理から ぬことと言えるだろう。 そして、 「……ん?」 「え…あ…ああ。なんでもねーよ。と…とにかく入ろうぜ」 瞬はそんな自分の態度に、由美が不思議そうな表情を浮かべる前に、慌てて取り 直し、 踵を返してジャグジー…そのバスタブに向かう。 が、このとき瞬はひとつ大事なことを忘れていた。 そう、今はいているのは、いつもの海パンとは違い、にわかに変調をきたしたその 股間にまるで抵抗を与えない柔らかな生地の下着…… …荒れ狂う炎をさらに異様なデザインに変え、猛る局部を顕然たる形に隆起させて ともあれ、 「ふーっ、やっぱ気持ちいいや……」 どぼんと飛び込むように、流れる泡の中に身を沈めていく瞬。 「…………。」 ついで由美も、ぐるり円を回り、静かにその湯の中に足を差し入れていく…… そう、瞬の隣…ではなく、真円を描くバスタブの、なぜか一番離れた対極の位置に。 「………?」 一方、瞬はそんな由美の行動を訝かりつつも、バスタブの縁に両手を広げ、天を仰 いで、しばしこの心地好いひとときを堪能する。 全方位から噴射される心地好い水流と、泡立ち温かな湯に包まれて…… と、そのとき、 「………あのさー、瞬…ひとこと言っとくけど……」 じゅわ〜っと流れる泡の音に混ざり、聞こえてくる妙に静かな由美の声に、 「あー?」 瞬は、寝かせた頭をむっくりと起こす。 視線の先、やや遠めの正面に身を沈める由美は、伏し目がちにじっとこちらを見詰 めており、 「……ん?」 「…………」 ひととき間を置き、こころなし憮然とした表情で、低くつぶやくように…、だがはっき りとした口調で言った由美のセリフは…… 「……ぜったい豹変なしだからね。」 「…………う………。」 まさに、極太のクギを胸にずぶりと刺されたかのように、両手を広げジャグジー内壁 しばしの硬直の後、 「え…あ…ああ、あたりまえだろ……だ…誰がこんなとこで……あはは……」 「………(じーっ)」 かわき引きつった笑みを浮かべる瞬を、さらにジト目で見詰める由美。 瞬は、その視線から逃れるように再び頭をバスタブの縁に引っ掛け天を仰ぎ…… (ばーかやろぉ、だったらそんな水着着てくるなよなぁ……) 胸中、悲痛な叫びを上げ、この興奮をどう収めようかの思案に入るのだった……。
やがて…… 「う〜〜。」 濡れた大理石の床の上、力ない呻き声を口に、両手を広げ、ぐったりとうつぶせに 横たわる瞬。 そう、あたかもトラだか熊だかの敷き皮のように。 してしまったのである。 また、その症状はけっこう深刻で、あたかも泥酔したときのようなひどいめまいと虚 脱感、頭の中にぐあんぐあんと響き渡る低い耳鳴りに苛まれている。四方に伸びる両 手足は1ミリも動かせそうにない。 一方由美はといえば、 ざーざー……きゅっ。 シャワースペースで髪を……ちょうど洗い終えたところであった。 由美は、そのつややかな黒髪をさっとタオルで拭き、 「ちょっとーだいじょうぶ〜〜?」 洗いざらしの髪を揺らし左右に飛び散る水滴を輝かせて、横たわる瞬に、歩み寄 っていく。 「ねー?」 さすがに心配そうな表情で瞬の顔を覗き込む由美……瞬が首を傾けているほうに 回り、 すり寄る猫のように身を屈めて四つん這いになって。 むろんのこと、彼を気遣うその顔の下、マリンブルーの布地に包まれたたわわな 乳房がぶら下がり、シャワーの水滴を滴らせ揺れている…… 「……っ?!」 かーっと、全身の血が頭とそして特定の部分に集中し、瞬の湯当たりはさらに悪化 の途を辿る。 (……う……だ…だから…そーゆーのがやばいんだって……) また、すぐにでも跳ね起きて、抱き締め押し倒したい衝動に駆られるが、くらくらと目 の回るこの状態では、あいにく身体はうまく動いてくれそうにない…… 「く…っ…」 悔恨の思いをそのままあからさまに声と表情に出し、歯がみする瞬。 が、これがこの男の浅はかなところ。……こーゆーとき、そーゆーことは胸の内だけ に留めておくものである。 彼氏にそんな態度を見せられ、かつ己の身の『安全』が確保されているこのよーな 状況で女の子がどーいう行動にでるかが、まるでわかってない。 まして、相手は由美である。どういう事になるかは火を見るより明らかというもの で……。 「ふぅぅぅ〜〜ん☆」 瞬の心情を即座に察し、したり顔の笑みをさらに近付けて、じっと瞬の顔を覗き込 む由美。 ……いわんこっちゃない。 「う…あ…も…もう、いーから…。お…お前さき上がってていーぞ!」 ともあれたまらず顔を背け、まったく意味のない台詞を吐く瞬に。 「ええ〜?そんな〜!瞬がそんな状態になってるのに、ほったらかしになんかできないよ 〜。カノジョとして。 ちゃぁんと、良くなるまで待っててあげるから、安心して☆」 わざとらしく驚いてしらじらしくそう言い、 「あ…でもぉ、ただこーして瞬の気分が良くなるまで待つってのもたいくつよね……」 由美はなにやら考え込むように表情を変え…… 「あ、そだ! ねーねー、せっかくこんな水着着てることだしー、こないだ瞬のとこにあ ったヤンジャンのグラビア…瞬のだ〜〜いすきな川村ひかるちゃん…だっけ…?あの 子のポーズとかやったげよっか?……」 「え……?」 なんでそんなことになるのかは分からないが、 どこかちくっと刺すさような言い回しを交えて言う由美の言葉に、それでも反射的に 目を向けてしまう瞬……悲しいかな男のサガである。 「ん〜、まずこんなかんじ…?」 その場にあぐらをかき、小首を傾げてにこっと微笑む由美。腕組みするようなその 格好により、寄せて持ち上げられた乳房が、むにゅっと深い谷間を作る。 「☆▲○■!!」 血圧が一気に上昇し、目の前がちかちかするような感覚に襲われる瞬だが、むろ ん目線は外せない。 続いて、 「うーん。こんなカッコもしてたよね〜☆」 濡れたマーブル模様の床の上、その肢体を寝そべらせ、由美は自らを抱き締めるよ うな格好で瞬を見詰める。 (え…ちょ…う…うあ………。………〜〜っ!) 求め訴え掛けるような無防備な目を向けられ、なんともはや、表現不可能なたまらな い気分に包まれる瞬。 またその後も、由美は動けぬ瞬の前で、まさにグラビアアイドルよろしく様々な刺激的 なポーズを取ってみせる。 胸を突き出し髪をかきあげ、挑発的な視線を送ったり、背中を見せて腰に手を置き、 振り返って物憂げな表情を見せたり…… (ううう………) まさに、『美味しそーな獲物を前に鎖に繋がれた獣』…そのままの気分を存分に味わ う瞬。 一方由美は、そんな千変万化する瞬の反応をさんざん楽しんだのち、瞬の前にうつ ぶせに寝転んで………と、これはもう『ポーズ』ではなかったのだが、豊かな乳房が床 との間に押し潰されていく様は、さらにきっついダメージを瞬に与える。 「……ぅ…〜〜っ!」 苦しいんだか嬉しいんだか、なかなかに複雑な表情を浮かべる瞬を前に、 「んふふふ☆」 由美は両肘ついて頬づえし、後ろに投げ出した片足をぶらぶらさせて、 「にへへへへへ〜、瞬…おもしろーい☆」 「ふ…ふんっ!」 満面の笑みを向けられ、どぎまぎしつつもぷいっと顔を背ける瞬……だが、そっ と伸ば した由美の手がやさしく頬に添えられ、それを引き戻す。 「え……?」 「瞬……」 瞬の目の前、間近に迫った由美の表情には、やけに優しい笑みが浮かんでいた。 「え…?……あ……」 頬に添えられた、やわらかな手のひらの感触を感じる間もなく…… ちゅ☆ そして…… 「……いーよ」 「……へ……?」 瞬間、視界がスパークし、何が起こったのか何を言われたのか分からなかった瞬。 ひととき、間を置いて、 「……あ…ああ……」 欲望のまま…というより、そんなはにかむように言った由美の言葉にただ従うように、 躊躇した表情のまま、身を起こしかけ…… 「…う…ぁ……」 だが、やはりまだ目の焦点が定まらず、軽いめまいと共に視界がぐるんと回り…… べしゃっ。 滴る床の水を盛大に跳ね上げ、その場に突っ伏してしまった。 「え…あ…ちょっと瞬、大丈夫?」 「んっ…あ…ああ。な……なんか力はいんねーや……あはは……」 そんなにひどいことになってるとは思わなかったのか、やや不安げな表情を浮かべ る由美に、力ない笑みを浮かべる瞬。 「あ…『あはは』じゃないよ。あ…そーだ、冷たい水でも浴びれば……」 「あ…そ…そーだな…んっ…」 シャワースペースに目を移して言う由美に答えて、今度はゆっくりと身を起こす瞬。 ふらつく頭を抱えてよろよろと立ち上がり、 「…っとと…」 「あ…ちょっと危ないよぉ……んしょ…」 あわてて支えに入った由美に肩を貸してもらいつつ、シャワースペースに向かう。 |