メイプルウッド・ロード
                
〜#4.ワーフの夜は青天の霹靂〜

(2)

 RRRRRRRRR…………

 そして―――どれほどの時間が経った頃だろうか。

 RRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRR…………

 ベッド側らのサイドテーブルの上…鳴り響く電話の音に、瞬が気付いたのは。

「……んぁ…………?」

 さらに、気付いて数十秒ほどほったらかし、それでも鳴り止まぬ電話の音に、非常に迷惑そうな

視線を傾けつつ、瞬は未だぼーっとする頭を振り振り、よろよろと、その受話器へと手を伸ばした。

「………」

 身を傾けたその際に、先ほど由美が乗せていったままのバッグが、腰から床にぼすんっ、と

落ちるがむろんまったく気にせず…

「……あぁ?」

 もはや日本語も英語もしゃべる気がせず、ただの単音節で受話器の向こうの相手に、不機嫌

極まる声で問い掛けると……

「あ〜、俺や……」

 返ってきたのは、間延びした武史の声だった。

 そして、

「お〜。」

「お〜。」

 二人は、互いにまったくヤル気ゼロの声で挨拶(?)を交わし、

「いねーぞ」

「おらんな」

 そして、沈黙………………その間数分。

「ん〜、どないする?」

「あ〜、どーすっか?」

 ………その後、さらに全く前進性のない2人の会話(??)が十数分続き―――、

「あー、とにかく…」

「ん〜?」

「腹へらん?」

 問う武史の声に、思い出した空腹感が瞬の思考を少しだけ覚醒させ、

「ん……? あー、確かに。………けど、外出んのめんどくせーな……」

「まあそれは全く同感やけどな〜、せやけど、もうこんな時間やし、もーすぐ食べれる店とかは

閉まってまうやろ?」

 そんな武史の言葉に、瞬は仰向けのまま左腕を掲げて腕時計を覗き込む。

 なるほど、そろそろ時刻は午後8時を回ろうとしており―――

「あー、もぉこんな時間かぁ……」

「そーや。せやから、ここらでなんか腹入れとかんと、もっとあとになって本気で腹減ったら最悪やで。

 ま…ルームサービスっちゅうテもあるけどやな……ちょうパンフ見てみ」

 武史の言葉に導かれるように、瞬はごろり転がってサイドテーブル上のホテルのパンフレット

に手を伸ばし……A3サイズの大きな黒革のファイルを開く。

 そして、

「---げ……。」

 ぱらぱらとページを捲る手を止め、絶句する瞬。

 そう、捲ったルームサービス用のメニューの中は、ドレもコレもかなりシャレならない値段が並んで

おり―――

(ったくよぉぉっ!だからフツーのモーテルにすりゃよかったんだよ! 誰だこんなホテル選んだ

バカはっ!?)

 頭の中で、丸分かりの犯人達へ怨嗟の言葉を吐きだすが、むろん今さらどーしよーもない。

 ともあれ、さすがの瞬といえども、めんどくささと引きかえに、10$近いフレンチフライや、

20$を超えるハンバーガー(それでも一応、メニュー中最安価)を食べる気にはならず………。

 だが一方、いったん思い出した空腹感は、目覚めとともに、かなり顕著なものになってきている。

 これはもう、全てなかったことにしてやり過ごす、などということは到底ムリそうである。

 一瞬、このままもうちょっとゴロゴロして、本当に切羽詰ってから、コンビニかホテルの売店で

何か買って―――という案も頭をよぎったが、結局それも外に出なければいけないことに変わりは

なく、なにより、この両日ロクなモノを食べていない腹の虫が、どーにもそれを許しそうにもない。

 などとイロンナ事情を精査した結果……瞬は意を決し、

「あ〜〜もぉ、しょーがねーな。んじゃ、ちっと気合い入れて外でるか…」

「せやな。ここはひとつノライヌにかまれたとでも思って、がんばろーや…。」

 気合いだとか、ノライヌにかまれただとか、どこか今ひとつ表現方法が間違ってるような気が

しないでもないが…それはともかく。

 二人はまさに、マジおまえらなにしにサンフランシスコくんだりまで来たんだ感を炸裂させつつ、

「ほんじゃ、さき外出て待ってるで。」

「ああ…わかった。すぐ行く」

 言う武史の声に答えて瞬は、受話器を置き、いまだかったるさの残る身体をむっくりと起こした。

   

 そして―――

「いや〜、同じベイサイドなのにヴィクトリアとはずいぶん雰囲気ちがうな〜」

「ああ…なんちゅーかこう、エネルギッシュちゅーか…あめりかっ!ちゅー感じやな〜」 

 数時間前、半分死んでるような状態で見た街とは、まるで違った様相に見えているのだろうか。
 
         フライトジャケット
 着込んだ黒革のB-3と、茶色のムートンコートを揺らしつつ、
物珍しげな口ぶりで、フィッシャー

マンズワーフの目抜き通りを歩んでいく瞬と武史。

 ちなみにこの二人、タイプこそ違えど、黙ってじっとしていればハンサムの部類に入る顔立ちであり、

 また双方共に180cmを超える長身で、街を往く地元のアメリカンに混じっても何ら見劣りすることなく、

その姿はなかなかサマになっている。

 と言っても……

「おー!ちょ武史っ!アレ見てみ。ディアブロだぜ!ディアブロが走ってるよ!いや…すっげ!

 さっすがサンフランシスコだな☆おい!」

「あほ。なーに言ってんのや。こっち見てみぃや!チータがあんで!ランボルギーニチータやぞ!!

 うわっごっつー!ホンマモン生で見んの初めてや!いや〜すごいで!サンフランシスコ☆」

 ……まあ、本人達にその自覚はあまりないようだが。

 ともあれ2人はなんやかんやとダベりつつ……やがて、個々の店が店頭に張り出した外屋根の

テントにより、ちょっとしたアーケード街のようになっている道に差し掛かり―――

「でー、なに食おっか?」

「そーやな〜、さすがにハンバーガーはえーかげん食い飽きたしなー。」

「そーか?まぁ…俺はなんでもいーから、とにかく思いっきり腹いっぱいになるようなモンがいーな」
                         
ト コ
「いや…そんなん言うなて。せっかくこんな港町なんやし、どーせなら美味いシーフードとか食おーや」

 両手を頭の後ろで組みつつ、きょとんとした顔で言う瞬に、ビミョーにヤな顔をして返す武史。
                             
ブロック ブロック
 とはいえ、そんな武史の希望とは裏腹に、歩む 角   々には、そろそろド派手なコートをお召し
     
フ ッ カ ー
になったお姉様方がお出ましになる時間帯であり……きらびやかなネオンの街並みも、よく見れば

『CLOSE』の看板を掲げた店が目立ち始めている現在―――二人の腹具合、そして懐具合の双方

の適当条件を満たしてくれる手頃な店はなかなか見つからない。

 そんな中―――

Hi……

Hey Gu〜〜ys

「…?………や……その……あはは……」
      
 過ぎゆく街角から送られるウインクに、瞬が顔を赤くしているその間に、

「……っておい瞬? ちょうこっち来てみ」

 やおら急に立ち止まった武史が、待ったをかけた。

「あ…?なんだよ?」

 赤らんでにやけた顔を戻しつつ、やや行き過ぎた歩道を戻る瞬。

 そして武史は、かなり立派な店構えのレストランの店頭で立ち止まり、通りに面した飾り窓から

無言でその店内を覗き込んでいた。

「……?」

 そんな武史の行動を不審に思い、眉をひそめる瞬。また同時に、あらためてそのレストランの外観に

目を向けてみれば―――

「…………。」

 規模はさほどでもないが、その外壁を落ち着いた赤いレンガで覆い、シックで瀟洒なたたずまい。

 さらに加えて、ちらり横目で伺った店頭のメニュースタンドには、シーフードイタリアンがメインメニュ

ーらしいことが記されていたが……それはさておき、一番リーズナブルなコースでも、かなりシャレになら

ない値段がついている……

(……おいおい…)

 はっきりいって、どう転んでも今の自分たちの経済状態では、分不相応に思えるレストランなのだが…

 ともあれ瞬は、いまだ真剣な面差しを見せ、店内を凝視する武史に歩み寄り、

「を〜い武史ぃ、お前ここはいくらなんでもムリだって…ムチャクチャたけーぞ」

 苦笑混じりに諫言する。

 だがしかし、

「いや…ちゃうて。ちょう見てみ瞬、あそこに座っとる二人……どっかの誰かに似とる思わへんか?」

「………?……」

 そんな武史の言葉を訝りながらも、瞬は件の窓に顔を寄せ、武史の指差す店内へと視線を延ば

してみる……。

 外観のたたずまい同様、豪奢でありながら落ち着いた内装の店内。

 すでにクローズ間近であるせいか、空席となったテーブルが目立つその一角に……日本人観光客

だろうか―――、なにやら楽しげに談笑する男女4人の姿……

「ん……?」

 どこか妙な違和感を覚えて、さらに目を凝らす瞬の瞳の先……背を向けて座る、スーツ姿の男二人

の顔や人となりはわからないが、その向かい……なんだかむやみに腹立つほどゴージャスな料理の

乗ったテーブルを挟んで、座る女二人の髪型は――――――

(………あれ…?)

 ついぞどこかで見たような黒髪ストレートと茶色がかったソバージュで……………。 

(……って…?…え……えーっと……)

 そんな見まごう事なきスチャラカ娘二人の姿に、瞬がブチ切れるまで数十秒…………

「あ……あぁぁぁぁぁぁんのバカっ!」

 我が目を疑うその間なく、怒声を口に血気に逸って店のエントランスへと駆け出す瞬に、

 だがしかし、

「……って、瞬…ちょい待ち」

 意外にも冷静な口ぶりの武史がその手を掴んで制止する。

「あ〜なんだよ?」

 収まらぬ怒りをぶつけるように問う瞬に、だがやはり武史は静かな口調で、

「いや……高そうやろこの店?」

「あぁ?」

 意味不明に思える武史の言葉に、あからさまに不機嫌な声を返す瞬。

 だが武史はそれに臆することなく、鼻先をぽりぽりかきつつ、

「あーわからんかな? よーするにや、あん二人の様子から察するに、ナンパされたかなんかは

知らんけど、とにかくあの男らにタカってる最中やと思う。それを踏まえてや……

 この状況で、今俺ら入ってってモメたりしたら、どーなる思う?」

「ど…どう…って、お前…そりゃ……」

「カンジョー、俺ら持ちになんで。間違いなく……」

「………っ…!?」

 静かな口調できっぱり言い切る武史の言葉に、固まる瞬。 

 なるほど……。それは十分ありそうな展開である。

 またさすがに、それが自分にとってどういう不幸になるかはわかったのか、臍を噛みつつも、瞬は

思いとどまる。

 ……が、かといって一度煮え立った怒りが収まるはずもなく、

「く…っ…。け…けどよ…このままじゃなんか腹立つぞ?」

「アホ。誰がこ・の・ま・ま済ます言うた?」

 一語一語噛み締めるように言う武史の口調は、静かな…だがふつふつと湧き立つような怒りに満ち

でいた。

 そんな並々ならない武史の様子に、瞬はちょっとヒキつつ、

「あん…?ど…どーゆーことだよ?」

「ボケぇ。わからんのか? 今は…今・だ・け・は!シンボーしたるっちゅーこっちゃ!

 んで、あとで、あんのアホ女どもがのこのこ帰ってきたときにやな、こんことネタに世の中そーそー

甘ないでちゅーことをおせーたろゆーてんじゃ!」

 まさに吐き捨てるようにそこまで言って、武史はやおらイミありげにすーっと目を細め、その口元を

ダークな笑みに歪めると、

「クソナマイキな女が反省して従順になる姿は可愛いで〜★」

「………!」

 そんな武史の言葉に、瞬はようやく得心する。また、思いをめぐらせ、由美のそーゆー姿を想像……
                                   ア レ                             イメージ
いや、とてもではないが、いつもの彼女の言動・行動から察するに、そんな姿はまったく想像できなかっ

たが……

 だがともあれ、それは、なかなかに心惹かれる妙案である。

「ふぅん……そりゃーわるくねーかもな……」

 口元になんか気味の悪い笑みを浮かべながら言う瞬に、

「おう。だいたいやな、あんのアホ女どもは、俺らナメきっとるフシがあるからな……ここらで、ちょっと

シメたって、男のイゲンちゅーのを示しとかなあかんで」

 いや…フシも何も、あんたらの立場はとっくに最下層ですよ?とか、そんなパパラッチじみたことで、

シメよーなどというセコイことが果たして男のイゲンとやらを示すことに繋がるんでしょうか?

 …などと、様々なツッコミ・疑問もお有りだとは思うが、この際それは気にしない方向で。

 ともあれ、説き伏せるように言う武史に、瞬は深く同意し、

「ああ…そんで、具体的にどーする?」

「ふふん…それは……っと、とりあえずココ離れよーや。見つかってもーたらなんもかんもアウトやし、

なんか……周りの目がイタなってきたし……」

「……っと、それもそーだな。んじゃそこらへんのトコは、腹になんか入れながら煮詰めるか?」

「ああ…せやな」

 ……などと。怪しさ満点、立ちこめる後ろ暗いムードを背に、こそこそとその場を離れていく男二人は、

周囲から送られる奇異の視線を引きずりながら、再度やってるメシ屋を探して歩み出し―――

 未だ喧騒の残るワーフの街の中に、その姿を没していった。

 そして―――

「あー、星がきれいやな〜」

「おー、あのへんが『あるかとらず』とか言う島か。暗くてなんもみえねーけど…」

 吹きすさぶ寒風に震えながら、棒読み口調で会話する、ヘンな男二人の姿は―――

 なぜか、街の外れ…うらぶれた通りの先の桟橋に在った。

 結局、あの後、二人の希望するようなメシ屋は次々続々と閉店してしまい……現在口に運んでい

るのは、そこらの屋台やファーストフードやらで買った簡素な夕食。

 だが、決してそのことには一切触れず……。

 ちゃぷちゃぷと、寄せる運河のさざ波が、足元の古びた木枠を撫でていく音を聴きながら―――

「さむいな〜」

「おー。」

 ……むしゃむしゃ…。

「あいつら、ええもん食うてたなぁ……」

「おー。」

 ……ぱくぱく……。

 冬晴れの雲ひとつない星空に、さらに深まる男たちの恨みつらみが溶けていき………

 サンフランシスコ・フィッシャーマンズワーフの夜は、さらにどんよりと更けていく…………。

(3)へつづく。

   

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