メイプルウッド・ロード
                     
〜#4.ワーフの夜は青天の霹靂〜

(3)

 ―――そして、

「ごちそうさまでした〜☆」

「それじゃあ、このあともよいご旅行を♪」

 にっこり笑顔でそう言って、戸惑う男たちが言葉を返すその間なく、踵を返してその場を

立ち去る由美と晶子。

 未練がましく追いすがる背後からの思念を、纏うきゃぴきゃぴオーラで隔絶し――― 

「んで…どーするこれから? 瞬たちお腹すかせてんじゃないの?」

「んー、そーね。けっこう遅くなっちゃったし、コンビニでお菓子でも買ってこか?」

 すっかり夜も更け、さすがに灯りが乏しくなってきたフィッシャーマンズワーフの街を、二人は

ホテルへ向かって歩み行く。 

 やがて……

「はぁぁぁ……けっこー疲れたね〜」

「あはは。そーだね〜。でも明日もまだまだ周るトコあるんだし、ちゃ〜んと疲れは抜いとかない

とね☆」

 ぱんぱんに膨らんだコンビニの袋をぶら下げて、着いたホテルの廊下を行く二人。

 ちなみに、買ったお菓子の数々は、すでに瞬たちへのおみやげ…ではなくなり、全て明日の

車内での自分たちの『非常食』と決定付けられているということは、もはや全く言うまでもない。

 まあそれはともかく、

「うん…そだね。じゃ今日は早く寝ないと……って、けど、おとなしく寝かせてくれるかなぁ……」

「ん…?あー。 でもあたしは寝るわよ。ウムを言わさず。」

 苦笑を浮かべて言う晶子の言葉に、言わずもがなのイミを察知し、一瞬迷惑そうな顔をしたもの

の、由美はさらりと断言する。

「でもさ〜、絶対ぶちぶち言いそうじゃん? めんどくさいよ?」

「はん…そんなもん……もしガタガタ言うようなら、『さっきさんざん起こしたのに起きなかったの

誰よー!』とかゆー話にもってって、ウヤムヤにしちゃえばいーんだよ。実際苦労したんだし。」

 到着した部屋の前で立ち止まり、かなり強引な対抗策を展開して、晶子の憂慮を跳ね飛ばす

由美。

「あ…☆それイイ!あたしそーしよ☆ じゃっ、おっやすみ〜♪」

「ん…おやすみ〜。あ…起きたら電話するからね―――」

 などと、晴れて面倒な気がかりもなくなったようで、お気楽に会話を終えた二人は、それぞれの

ドアの向こうに消えていった。

    

 そして―――

 がちゃ。

「ただいまー。あ…武史、寝てるのー?」

 室内は、間接照明の淡いオレンジに包まれていた。

 ほどよくヒーターの効いた心地よい空気に出迎えられ、晶子が目を向けた部屋の奥…ベッドの

上には、ブランケットにくるまり、こちらに背を向けて横たわる武史の姿……

「おかえりー。起きとるよー」

 晶子の声に背中で応え、武史はむっくりとその身を起こし、

「おかえり。外…寒かったやろ。どやった?」

 にっこり優しい笑顔を向け、晶子を迎える。

 やや想定外のそんな武史の穏やかな様相に、晶子は少し躊躇するも、

「え…あ…楽しかったよ〜」

 とりあえず、あたりさわりのない返事を返しておく。

 すると、

「そっか、そりゃなによりや。ほんで、メシはどーしたん……なんかええもん食ーたんか?」

「え……?あ、ああ……まあね……。武史はー?なんか食べたの?」

 なんとなく、うしろめたさを感じつつも、適当に言葉を濁して聞き返す晶子に、

「あ…俺か?俺はまあ、さっき瞬と街出てな…………って、けっこーお前ら探したんやで〜」

 ぎくっ。

 笑顔を軽い苦笑に変えて言う、そんな武史の言葉に、晶子の身体に小さな緊張が走る。

「え…で、でも……ムリでしょ〜、それわ…。ヴィクトリアと違ってココはそんな狭くないし……」

 平静を装いつつ言う晶子に、だが武史は全く気に留めない様子で、ごもっとも然と頷き、

「ああ…せやな。ヴィクトリアみとーに道もよう知っとるわけやあらへんしな………

 せやからまあ…探すのはテキトーにあきらめたんやけど……」

(……ふう…。)

 そんな武史の言葉に、晶子はこっそりちいさく息をつき…また、なんとなく気になる話の内容に

先を促す。

「ふ…ふうん……それで?」

「ああ…せやけど、そんときはもうけっこうええ時間になっててな……そのうち、どんどん店ぇ閉ま

ってもーて……。いや〜、まいったで…。」

「あはは…。まあ…週末とは言えシーズンオフだもんね〜。で…どーしたの?」

 苦い笑みを交えて話す武史に、晶子は安堵を深くし、軽い口調でさらに先を促す。

 すると、

「んで、結局『もおどこでもええから入ろーや』ゆー話になってな………そんときに、なんや

ゆーたかなー、ごっつー飾り窓のついた赤いレンガ色のレストラン見つけてな………」

 ぎくぎくぎくっ!

 晶子の身体に再び、さらなる緊張が走る。

「……へ……っ?」

 かなり焦った声を上げる晶子だが、それでも武史は、まったく気付かない様子で、

「……けどまあ、入口のメニュー看板見たら……それがまたごっつい値段がならんどってなー

こらあかんちゅーことで、シッポ巻いてあきらめたわ」

(……ほっ……)

 情けないような苦笑を浮かべ言う武史に、またもこっそり安堵の息つき、晶子の肩から力が

抜ける―――が、

「ほんでまあ……イロイロやってたら、いよいよ選択の余地がのーなってまってな……結局、

店たたみかけてたそこらの屋台のおっちゃんに頼み込んで…、なんやあの…酸っぱいパンの中

にチャウダーが入っとるスープパンみたいの買うてな……桟橋の防波堤んトコまで出て、男二人、

サンフランシスコ湾眺めながらすすったわ……」

(………………。)

 わびしさを含ませつつ自嘲的な笑みを浮かべて言う武史の、なんだかカナシイ話の内容に、

今度は、再度湧き上がってきたうしろめたさで、晶子の胸が痛む。

「けどまあ……けっこー美味かったで。それにアレ(スープパン)もココの名物やっちゅー話

やろ? ま…瞬と二人で…ちゅーのがなんやったけど…星もきれえやったしな……。

 まあ…ある意味、一風変わったサンフランシスコの夜を満喫できたんちゃうか。わはは…」

 そんな、わびしすぎる話を、だが笑顔で括った武史に、

「あ……ああ…そ、そーなんだー……」

 晶子はどこか上の空の口調で返し―――

 内心…先刻、自分らが貪り食べた高級イタリアンシーフードと、彼らのふびんなディナーを

比較し………晶子の胸内の後ろめたさが最高潮に達する。

「・・・・・・・・・・・・・。」

 痛む胸を抱え、しばし沈黙する晶子。

「ん…どした? やっぱ疲れたか?」

 また、そんな沈んだ晶子の様子を気遣うように言葉をかける武史に……

「……え…っ…?」

 晶子は、慌てて取り直し、

「あ…ううん!そ……そんなことないよ」

「そっかー? けど俺はやっぱ疲れたわ……今日はしんどかったしな〜、あない長時間運転

すんの初めてやったし……もう、首やら肩やら痛ーて痛ーて……」

 首を左右にこきりこきりやりつつ、何をか訴えかけるような笑みを浮かべる武史。

 すると………

「あ……武史ぃ…」

「ん…なんや?」

「あ…あのさ……あたし…マッサージして…あげよっか?」

 どこかテレているような笑みを浮かべつつ、晶子はベッド傍らに歩み寄り、

 きしっ。

 軽いベッドの軋みとともに、武史の隣に腰掛ける。

「ん? なんやめずらしいな……でもまあ…せっかくやから、頼むわ」

 意外そうな苦笑を浮かべつつも、うつ伏せに横たわる武史に、

「…うん。よいしょ…」

 晶子は、茶色のフレアスカートをなびかせつつ、背を向けた武史の腰の上に馬乗りになり、

 …もみもみもみもみもみ……

「んを〜っ…☆…気持ちええわぁ……♪」

 首・肩に伝わる、コリがほぐされる心地よさと、腰に乗る晶子のお尻のむにゅむにゅ感を、武史が

しばし堪能する中……

「あ…あの……武史……」

「ん?」

「ご…ごめんね……」

 自分でも意識せずに出した内心の声に。

「ん?なに謝ってん?」

「へ…?あ…ああ…ううん…なんでもないの!」

「…?…ふぅん……?」

 やや訝るも、武史はそれ以上追及せず……

 すると晶子は、武史の背にそっと身を寄せ、蚊の鳴くような声で、

「あ…あのさ……あたし……今日は……、武史の言うこと…な…何でも聞いてあげるね……」

「……んん?なんや気味悪いなおい……」

 困ったような笑みを浮かべつつ、だが内心では……

 (よっしゃ!)

 こぶしを握り小さくガッツポーズ。

 さらに……むろんそんな嬉々とした思いをおくびにも出さず、武史は表情を崩さぬまま、

「ん〜まあなんでもええけど……っと、とりあえず、その前に風呂でも入らせてくれや。

 やっぱ、あんなトコロでメシ食ーてたせいか、身体冷えてるわ……。

 ちゅーか晶子…お前も入っとらんやろ?」

 何食わぬ顔で言う武史に、

「あ…うん…そーだね……でも、それなら武史、先に入っていー…」

「せや!ほんなら、一緒に入らへん?」

「………へ…っ…?」

 言葉途中でかぶせてきた、たった今思いついたように言う武史の提案に、晶子は一瞬固まり…

「え……ええ〜っ!? そ…それは……ちょ…ちょっと……」

 驚きの表情あらわに、まともに鼻白んで言いよどむ。

「えーやろ……?」

 さらに、念を押すように聞いてくる武史に、晶子はまた慌てて、

「え…あ……いいいやでも……ほ…ほらっ、武史、疲れてるって言ったじゃん?せまいお風呂二人で

入っても疲れ取れないし……そ…その……」

 なんとも苦しいイイワケめいたことを追加するも……

「ん〜?いや…さっきトイレ行ったときに見たけど、そんなせまなかったで?いや〜、誰かさんらが

ええホテル選んでくれたから、風呂もかなり豪勢や。問題ないで☆」

 武史は、すでにリサーチ済みの内容に、イヤミを交えてその逃げ道を塞ぐ。

「……う…。そ、そーじゃなくてさ……つか、大体…入ったことないじゃん!ふ…ふたりでなんか…」

 そして、なおも顔を真っ赤にしてうろたえながら、往生際の悪いことを言う晶子に、

(アホやな〜、だ〜から、入るんやないか。この機会に…★)

 などと、内心満面の笑みで思いつつ、武史は詰めのセリフを口にする。

「ん〜〜けど、お前今、なんでも言うこと聞くゆうたやん?」

「え…?あ…!で…でも……そ、それはその……」

 先ほどの言動を思い出し、臍を噛みつつ、さらに逃げ口上を探す晶子だが、むろん言うまでも

なく、コレはもうすでに詰んだ将棋である。

 武史は、そんな晶子のムダな困惑を断ち切ってやるためにも(笑)、ウムを言わさず素早く身を

起こして、 

「な〜にテレてんやいまさら。ほら…いくで!」

「え…ちょ…や…きゃぁっ!」

 などと、疲れているはずの武史から意外にも強い力でひっぱられ、バスルームへと引きずら

れていく晶子。

「え…ちょっ…ま…マジで?…は…恥ずかしいってばぁ……」

 たたらを踏みつつ、頬を紅く染めたまま、ようやく本音を口にする晶子に、

「えーから。えーから」

「えーからぢゃないよぉ……もおぉぉぉ……」

 などとやりつつも、二人はどんどんバスルームに近づいていき…

「あーもぉ…わ…わかった。わかったから……ちょっと待って武史……」

 もはやどーにもこの展開に逆らえないことを知ったか、晶子は覚悟を決めたようにそう言って、

握る武史の手を解き、

「で…でも…お風呂セットだけは、もっていかせてよ…ね……」

 苦い声で言いつつも、その表情に、ほんのかすかに期待が入り混じっているように思えたのは

、おそらく気のせいではないだろう………。

 そして武史は―――

 お風呂セットとやらを取り出すため、一度ベッド脇のバッグのところに戻った晶子の背中を見つ

めつつ……

(…………ま…、つかみは大体こんなもんやろな……んで、あとは……☆)

 ほぼ計画どおり、上々の首尾でその導入部分を完遂させた満足感を胸に、今後のシナリオへと

甘い期待を伸ばす。

 またその反面、ちらり入口のドアの方へと目線を向け―――

(……瞬とこは、ウマくやっとんのかいな……?)

 対面の部屋のへと思いを馳せた………。

(4)へつづく。

   

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