ホワイトルーム・4
Milkey
Night〜帳の降りたサーフライダー〜
(2)
「かんぱーい」 合い…… ちーん。 高く澄んだグラスの音が夜風の中に流れていく。 そして、促すような先生の視線に従い、俺はあざやかな緋色をしたフローズンカクテ ルをひと口…。 (…?……お…☆) 刹那口の中に広がるアンズの香り、さわやかな甘みを帯びた柑橘系の絶妙な味の 「へー!美味いじゃんコレ☆」 「お?わかる〜?『シューティングスター』ってゆーのよ☆ 私のオリジナル♪」 ほんのり紅の差した頬…ややテレ気味に俺に向ける熱っぽい視線がくすぐったく… (…あ……。) 「え…えっと……じ…じゃあ、先生の…そのピンクいのは…?」 どぎまぎする心を悟られぬよう、問い掛ける俺。 「ん…?コレ…コレも私のオリジナル☆『シャングリラ』ってゆーの♪飲んでみる?」 そう言ってにっこり笑いながら、グラスを差し出す先生。 笑みを浮かべる先生のピンクの唇が、グラスの中身とは同色異彩の輝きで煌め き…… 「え…?い…いや……今はいーよ……あ、あとでもらう……」 得も知れぬテレくささから、そう答えて俺は、 ……ごくごく…っ。 何かにせっつかれるように、緋色の液体を流し込んでいった……。 「そう……?んふふ……」 やがて――― 艶っぽい笑みと甘いアルコールに浸され、次第に、とろん…となってゆく俺の思考 ……。 俺と先生…二人の間には、いつしか言葉より視線で交わす会話が増えていく…。 中天に、かがやく月の光の下――薄闇に映える白いバルコニーに囲まれて…。 ……と、まあ……、このへんまではよかったのだが……。
かくして―――、過ぎ行く時と共に、白い丸テーブルの上、先生の手元には空の グラスが並んでいき―――― 冒頭のような状況が出来上がったというわけである。
んでもって……疲れたため息つきつつ、まあ仕方なく現実に戻ってみれば…… 「いや〜……にしても、なんか暑いわね〜」 ハイな高笑いをひと落ち着きさせ、先生は、どこからともなく取り出した扇子でぱたぱ たやり始めていた。 ……………………………………。 え…えーと……。いやまあ……とりあえずここはツッコむとこだろーな……。 「あ…あー……えーと先生?質問。」 「はい、栗本クン☆」 呆れに近い驚きでおずおずと手を挙げた俺を、閉じた扇子の舳先でびしと指差し、 なんかビミョーなノリで切り返してくる先生。 「………い…いやあの。そ…それ…もハワイで流行ってるわけ……?」 そんな先生のテンションにやや怯みつつも、突き出された扇子を指差す俺。 そう、昼間のゴザに続いて第2弾?と思いきや、 「へ…?あぁ、コレ?これは違うわよ。これはね、私の…とゆーか教師の常備品☆」 「…はい?」 さすがに意味がわからず、きょとん、とした顔を見せる俺に、先生は嘲笑交じりに 目を細め、 「ふふ〜ん。まだまだ人生経験足りないわねー。キ・ミ・も。この日本伝統が誇る払暑 気器の偉大さも理解できないとは…」 嘆かわしさもここに極まれしといった表情を浮かべ、なにやらおおげさのことを言い 始める。 また、開いた扇子で再びばたばたし始め、どこか迷惑そうな顔をつくりつつ、 「いい?この時期この季節、生徒の夏休み間生活注意事項…とかで、この私も 職員会議とかに呼び出されることがあるわけよ?」 ん……?あー、まあそりゃ先生、校医だからねー。いちおー。 …とゆーか、なんだか大それた前置きの割には、やたらみみっちい方向へ話が流れ ていってるよーな気がするのは、気のせい……? などと思いつつ、 「ふーん」 クラッカーに乗せたチーズを口に運びながら、薄いリアクションで相槌を打つ俺。 「んで…まあ、席の加減よっちゃぁ、ほら…あの、体育の飯山先生あたりの隣に座んな きゃいけないことにもなんのね」 にわかに、俺の頭に年中汗臭い体育教師の姿が浮び上がり…… 「げ…?…う……。」 口に広がるまろやかなチーズの酸味が、違う味に転じたようで、眉をひそめて不快な 顔を浮かべる俺。 また、先生はそんな俺の表情を、共感と取ったのか、沈痛な顔で頷きつつ、 「でしょ?ただでさえ、オジサン臭い室内。とうとうと続く通り一遍な説明。そんなもん 今時の子達の誰が守るんだ?然とした生活注意事項をえんえん聞かされたあげく、 隣から汗臭さが流れてきてみなさいよ。」 「……はい…。」 げんなりとした俺の表情とは対照的に、そこで先生は、ぱぁ〜っと顔を輝かせ、 「…ま、そこでこの救世主とも呼べる扇でぱたぱたっとね♪あはは☆」 「…………。」 い…いやまあ、なんでもいーけど…。少なくともこの最高のトロピカルムード漂うシチュ エーションの中で話す話題としては、最低だと思うのだが………。 いや、確かに話フったのは俺だけどさ……なんちゅーかこう………いやもぉなんでも いーです。やっぱ……。 もはや、リアクションをどうこうとか言うはるか以前の先生のオチに、『いったいどーし たらいいものやら?』感満載になる俺。 だがしかし、先生はそんな俺の困りっぷりなどまるで気付かず、どこ吹く風で…… 「まあ…なんにしても、このてーどのことがわからないなんて、キミもまだまだね〜♪」 …いや…そんなモンまだまだでいーです……この先もずっと……。 どこか遠くでそんな風に思いつつ、俺がノーリアクションのままでいる一方、 「あ…でも、そーいやあの飯山先生といえばさ〜」 ……うげ?マズいぞこれわ! 再び、眉をひそめて口を開きだす先生に、俺は遠のきかけた思考を慌てて引き戻す。 このままだと、どんどん話が職場のグチとかそーゆー情けない方向へと向かっていく 危険を感じて。 「い…いや…、ねーねー先生?」 「ん?」 「お…俺ちょっと汗かいちゃったし、シャワー浴びてきていい…?」 「ん…?暑いの?栗本にもコレ貸したげよっか?」 そう言って、どこからともなく取り出したもう一本のセンスを俺に差し出す先生。 ………コレクター? いやそーゆー問題ぢゃなくて。 と…ともあれ、 「…あ、あーいやいやそーじゃなくて。ほら、昼間海でシャワー浴びたっきりだし…… 髪もちゃんとシャンプーで洗いたいしさ。」 「ん〜、そーいえばそーだったわね」 閉じた扇子を口元に持っていき、考えるような仕草を見せる先生。 ……ほっ。 どーやら、絶対危機は回避されたようで、俺は胸のうちでこっそり息を吐く。 「でしょ。あ…じゃあ、えへへ☆先生も一緒に入る〜?」 安堵の勢いで調子付き、冗談半分で言った俺のこの言葉に、だが先生は、 「ん…いーわよ。そーしましょうか」 「…へ?」 あっさりとそう言われ、俺はもうひとくち飲もうと思って手に取った汗のかいたグラス を持ったまま固まる。 「じゃあ、あたしお湯溜めてくるから。しばらくしたら呼ぶからおいでね☆」 ………え?…え?…え……? そう言って返事も待たずに席を立ち、バスルームへすたすたと歩み行く先生の背中 を、 …………え……えぇ〜っと…………? 俺は、ただただアゼンとした表情で見送った………。 |