ホワイトルーム・4
Milkey
Night〜帳の降りたサーフライダー〜
(3)
「…………。」 そして、一人バルコニーに取り残され―――ついでに、なんかいろんなものからも 取り残されたような気分で、 「…………。」 呆けた表情のまま、グラスを持って固まり続ける俺の指先につたう水滴がひじ辺りま で差し掛かった頃、 そう、時間にして十数分が過ぎた頃だろうか…… ざーん…ざーん。 遠くの波音が耳に届き、よーやく俺は心の空虚から我に返りつつ、 「…………ふう…。」 ……っておい…?ちょっと時間が経ちすぎじゃねーか……? しかも、今の…『波音』?…部屋側から聞こえたよーな………………。 「……………………。」 にわかに浮かぶヤな予感……。 「…………………っ!?」 次の瞬間、俺は飛びのくように席を立ち、早足でバスルームに向かっていた。
ざーざーざー……。 徐々にはっきりと聞こえるようになってきた水音を耳にしながら、息を飲んで戸口に 向かい、とりあえず…… こんこん……。 だが、ノックをすれども返事はなく。俺は大きくなる不安と共にドアノブに手をかけた。 「せ…先生ぇ〜?入るよぉ…」 がちゃ。 おずおずとドアを開けるや否や、 「…わぶっ!?」 もうもうと溢れ出してきたむせ返るような熱気と立ちこめる湯気に、思わずのけ反 る俺。 次いで、 どどどどどどどどど! 爆音にも等しい水音の方を見やれば、薄霧の向こう、もはや満ち満ちたバスタブ… そして、大量の湯が溢れ返っていた! 「う…うわぁ!」 むろん、アーもスーもなく。俺は慌ててどうどうとお湯を吐き出す蛇口を閉め、 「……ふうっ…」 訪れた静寂と共に、とりあえず安堵の息をつき、床を見下ろす。 だが幸い、排水の方はきちんとされてたみたいで、床の方はさほど水浸しにはなっ ておらず……この分なら、階下の部屋への心配はないだろう………と…… 「…?」 にわかに吹き出した額の汗をぬぐいつつ、俺がソレに気付いたのは、このときだっ た。 「…くー。」 いまだたぷたぷと溢れる湯を背にバスタブによっかかり、タンクトップとショートパン ツ姿のまま、足を投げ出してすやすやと寝入る先生に。 おいおい…。 間一髪、惨事を免れた安堵の余韻も手伝って、へなへなと脱力しかける俺だが、 「ちょ…先生…?起きて!だいじょぶ?」 「……ふぁ…………?」 肩を掴んで声をかける俺に、先生はうっすらと目を開けた。 「んぁ…ふ………?あ…くり…もと……?ん…え〜と……ここ…どこ……?」 しっとりと水気を含んだ髪の下、半開きの眼をこすりつつ辺りを見回す先生。 そして、 「…!ああっ!お風呂入れてたんだっけ!お湯…だいじょぶ?」 飛び上がるような勢い……にはならない。どーやら身体を動かすのがめんどくさい らしくて。 だがさすがに目は覚めたか、驚き慌てて背にしていたバスタブを振り返り…… 「…うわ!間一髪ね。……栗本が止めてくれたの?」 極めてズレた先生の言葉とリアクションに、重い疲労感のままこっくりと首を縦に 振る俺。 「あはっ…ありがと〜☆」 「………。」 なんともはやいかんともしがたい気分に覆われる俺だが、 …………あ………………。 ふとそこで、改めてその場にへたり込む先生を見下ろして。 お…おおおぉ〜っ? 落ち着いて、よくよく考えてみれば、かなりのおいしいシチュエーションだとゆーこと に気付く。 「うわ〜、なにこれ〜?びしょびしょ〜」 そう、さらさらのショートヘアをしっとりと濡れ乱し、いまだとろん…とした目のまま、 困ったような笑みを浮かべる先生のその姿…… 湯気やら溢れたお湯やらを浴び、濡れて肌にぴったりと張り付く黒いタンクトップ。 色が黒ゆえ、残念ながら『濡れてスケスケ☆』状態は望めなかったが、それでも 素肌に張り付く薄い布地は、先生の豊かな胸のふくらみをいっそうあらわに強調し、 また、ところどころ幾重にも浮かんだ黒い生地のシワが、艶かしく先生のボディ ラインをより際立たせ…………… 加えて、濡れた床に直接触れている腰の部分…水気を吸い上げぐっしょりと色を変 えているデニム地のショートパンツ。そこからスラリと伸びた生足には、帯びた無数の 水滴が流れ輝いており……………… 「〜〜〜〜っ…☆」 美しくも官能的に。オイシソーにセットアップされた『ごちそう』を前にして、 なんともいえない気分に浸る俺。 そう……これからこんな先生と一緒にシャワー浴びて………えへ…… …って、いかんいかん。今は妄想に浸ってる場合ぢゃない。 せっかくのしちゅえーしょんなんだから、ここはひとつムーディに行動しないと ね…☆ などと思いつつ、俺はにわかに浮かびそうになる、にへら笑いを胸中に収め、 そのムーディな行動に移るべく先生に一歩踏み出した…… が、そのとき、 「…ん?何いつまでもそんなとこで突っ立ってんの?」 そんな俺の様子を訝んだか、きょとんとした表情で俺を見上げる先生。 「…え…?…い…いやあの……あはは……」 出鼻をくじかれ、仕方なくごまかし笑いを浮かべる俺に、 「ほらほら、先お風呂入っちゃうから、リビングで待ってて」 …………………………え。 こともなげに言う先生の言葉に、俺の頭の中に浮かんでいた、様々な『フルコースの メニュー』に、ぴし…っとヒビが入る………。 いいいいいいいいいや………そりゃないでしょおおおおお〜〜〜! だがしかし、絶叫したくなる気分をなんとかこらえ、 「……え?…せ…せんせ…い?…ちょ…」 動揺しつつ、裏返った声で問い掛けるも、 「ほらあ…そこにいたら脱げないでしょ…んっ…」 先生はまるで取り合わず、めーわくそうにそう言って、その場から立ち上がろうと、 両手を腰の脇につき…… …が。 「…あ…や…んっ」 ずりずり……べしゃっ…。 どーにもまだうまく力が入らないようで、再びその場にへたり込んで、 「ん…んしょ………あ…立てない…や。えへへ…栗本…手貸して」 なにやらもがきつつ、苦笑を浮かべ、俺に右手を差し出す先生。 「………。」 ふぅぅぅぅぅ〜ん……そーかそーか。こぉんなじょーだんじゃないジョーキョーつくりだし といて、まだ俺の手を借りよーってのね? ……ふっふっふっ……。よおぉ〜くわかりました。 今後、俺がなさねばならん行いっつーモンを……。 そんな、にわかに湧き上がるブラックな感情を胸に、 「………。」 俺は無言で、差し出された先生の手を取った。 |