しようね☆W〜パラダイスナイト☆〜(4)
がちゃ。
リビングのドアが開き、部屋の中へと顔を向けたまま、後ろ歩きで出てくるらいかの背中。
「――じゃ、行って来るからっ!おとなしくちゃんと留守番してるよーに。くれぐれもよけーなとこ開けたりいじったりしないよーにね!あ…、あとかたづけくらいはしときなさいよっ!」
「はーいっ!」
未だ不機嫌そうな口調で部屋の中へ言葉を投げるらいかと、それにきびっとした感じで唱和する女の子たちの声。
はぁ?なんだ?
そして、わけがわからず、ぼけっと廊下に突っ立つ俺に
ぐいっ!
「………へ?うぁっ!」
「ほらっ!ぼーっとしてないで、行くよっ!」
荒々しい勢いで俺の手を取り、強く引っ張るらいか。
「え…?…っとっと!い…行くってどこに?」
バランスを崩し、たたらを踏みつつ、尋ねる俺。
「買いもん。明日の朝ごはんの」
らいかは背を向けたまま、つっけんどんに答える。
「ああ…」
あ…そーいや、冷蔵庫の材料全部つかっちゃったっけ…。
玄関に向かうらいかに手を引かれたまま俺は頷いて、
……って、ちょっと待て。やっぱ泊まってくのかあの子達…。
ここで、彼女たちが帰った後、ゆっくりらいかの機嫌を直そうと思っていた俺の計画はもろくも崩れ去る。
けど…ま、しょーがねーよな。今のらいかにさからえそーにもないし……
「……」
狭い足元、並んだ小さな靴を跨ぎつつ、サンダルつっかけ、俺はらいかに聞こえないように、力なくため息ついて、玄関を後にした。
「どこいくの?こっちだよ」
マンションの出入り口、すぐそこのコンビニに向かおうとした俺の背中にらいかの声。
「え…?」
ちゃら…
振り返ってらいかを見れば、掲げた右手の指先に俺のキーホルダーをくるくると回していた。
「え…?車で行くの?」
驚き顔で尋ねる俺に、しかしらいかは、無言で踵を返し、駐車場の方へとすたすたと歩いていってしまう。
ああ、なるほど。『フェニックス』行くっつーのか。
ここへきて、ようやく俺はらいかの真意を悟り、軽い驚嘆に似た息を漏らす。
ちなみに、『フェニックス』というのは、ここから車で5分ほど行ったところにある、24時時間営業のスーパーマーケットのこと。コンビニとは違い、生鮮食品なども豊富に取り揃えてある。
つまり、言わずもがな、明日の朝食は、コンビニとかの出来合いのものじゃなく、きちんとした『モーニングセット』を
5人前作れ、とゆーことらしい。
……想像だにするだけで、はっきりいって、死ぬほどめんどくさいが………、
「…………。」
だがむろん、振り返りもせず、ずんずん前を行くらいかに、異を唱えられるはずもなく、
「はあ…やれやれ……」
もう一度深いため息をつき、俺は頭ぼりぼり掻きながら、とぼとぼとその後に続いた。
そして、駐車場の一番はじ…前から突っ込んで駐めてある4WDのワンボックス――俺の愛車の前に着き……
がちゃ。
「よっ…と」
ともあれ、運転席に乗り込む俺。
その後ろに…
え…後ろ…?
ぎー。がらがら〜〜がちゃん!
「へ……?」
スライドドアの閉まる音に驚いて、ヘッドレスト越しに振り返る俺。
「………。」
そう、らいかはいつもの指定席、助手席ではなく、後部座席に乗り込んでいた。
……う〜、マジかよ? そんなに怒ってんのかよ〜?
などと、焦りながらも、一応俺は尋ねてみる。
「ええ? らいか…そこ……乗るの?」
「うん。えっちで薄情なひとの隣には座りたくないの」
さらっと即座に切り返すらいか。
「う……。」
静かに、だが鋭く突き刺さったらいかのありがた〜いお言葉を胸に、
しくしくしくしく……。
俺は涙しながら、キーを回してエンジンをかけた。
ブロロ…
と、そのとき、
ぱちっ。
不意に後部座席のルームライトが灯り……
「ねーたけあき…?」
「んー?」
問い掛けるらいかの声に、サイドブレーキを下ろしかけた手を止め振り返って……
…………え?
そして、俺の目は、これでもか、と言うほどにかっ開かれた。
「え…ちょ……ら…らいかぁ?」
自分でも、声が裏返ってるのが良く分かる。
ルームライトの淡い光に照らされた後部座席、そこには立てた片ヒザの上に頬を乗せ、すましたような笑みを浮かべて俺を見つめるらいか。
わずかな光の薄暗い車内とはいえ、その格好では、むろんスカートがまくれあがって―――丸見えである。
淡いルームライトの光を反射し、ぼんやりと浮き立つように輝く、シンシアブルーのシルク……。
「……ごく。」
解せないらいかの態度に困惑しつつ、だが目はそこに釘付けとなったまま、生唾ひとつ飲み込む俺。
すると……
「くすくすくす……」
そんな、まさにせせら笑うような声を漏らし、らいかは頬の横に立てた人差し指をくいくいっ、と曲げ、俺を招く仕草を見せる。
「え……?あ、ああ……」
まったくらいかの意図がつかめぬまま、その指に操られるように、後部座席へと身をひねらせる俺。
途中、でかい身体が災いし、だいぶ苦労するも……
「う…んんっ!……っと!」
狭い穴を抜け出るように身を乗り出し、俺はどーにかこーにか後部座席のベンチシートの背もたれに手をついた。
その瞬間。
がこんっ!
唐突に、座席がリクライニングされ、当然、そこに全体重を乗せていた俺の身体はその場に突っ伏す。
「わわっ!?…うぶぅっ!」
むろん言うまでもなく、そんなことをしたのは……。
「あははははははは☆ばぁ〜〜か☆」
後ろ手にリクライニングの引き手を持ったまま、らいかは、思いっ切り俺に侮蔑の嘲笑を浴びせ、
また、
「いてて………あ、て…てめー、らいか!何すん……あぐっ!」
ざりっ、とシートに顔を擦った俺が文句を言い出す前に、仰向けになった俺に馬乗りになる。
「んー? 『てめー』…?てめー…何よ?このくらいたけあきがしたことに比べりゃカワイイもんでしょ?」
「あ…う……っく……」
ツンとした口調で言うらいかに真上から見下ろされ、また絶対不利なこの体勢の前に、あえなく俺は振り上げた怒りを下ろし、沈黙する。
かくて、観念した俺にらいかは、しんそこ呆れたような息を吐き、
「ったくぅ…。……まあ、たけあきが度を超えたスケベだってのもーじゅーぶん知ってるし、それに今日のは、不可抗力と言えば不可抗力といえないこともないから、今回だけは許すけど……」
………あ☆
俺の心に一筋の光明が差す。
「でもひとつ質問。たけあきは、らいかが他の男にあんなことされても、やっぱ黙って見てるの?」
……?ばっ!!
「ばかなこと言ってんじゃねーよっ!」
「…っ!?」
怒声に近い、俺の…自分でもビックリしたくらいの大きな声に、一瞬きょとんっ、とするらいか。
だがすぐに、その驚き顔のまま、
「え…じゃぁ、なんで女の子になら…だと平気なの…?」
……え?
「え……?あ、そ……そーだな?」
うーむ……いや、マジでそれはどーしてなんだろう?
またそんな素朴な疑問に、俺が純粋に戸惑っていると、
「あーもー、そんなことはどーでもいいの。……それより、らいか…さっき、マジにちょっと気持ちよくなりかけちゃったんだからね……」
「え…?」
「アレがきっかけで、あっちの世界に走っちゃったらどーするつもりだったの?」
「え…?い…いや、それはやっぱ困る……」
「でしょ〜〜。だったら、今度から、あーゆーことになったら、絶対助けるように!わかった?」
「う…うん」
ばしっと言い伏せるらいかに、おずおずと頷く俺……ふとあることに気付いて、
「…ってゆーか、これからもちょくちょくあるのか?あんなこと……」
「え…? あ…あるわけないでしょ!ばかぁ!」
狭い車中に顔を真っ赤に染めあげたらいかの怒声が響き渡った。
……い、いやでも、言葉のアヤとはいえ、今のはどーしたって、そーゆー風に受け取る言い回しだぞ。
などとはもちろん、言い出せるわけもなく、そのまま口をつぐむ俺。
「はぁ…。ったくもう……」
そんな俺に、またもらいかは、呆れたように息を漏らし、だが………
「えへへ……でね……、だ・か・ら……☆」
今の怒りはどこへやら、ころっと態度を変え、イタズラっぽい笑みを漏らす。
え……?なに……?
突然のらいかの表情の変化に戸惑う俺に、
「んもう……だから、そーならないように………ね☆」
らいかは、少し照れたような笑みを見せ、そのまま身体をたおして、しなだりかかってきた。
……むろん、その意味がわからぬほど、俺は鈍くない。だが…
「え……?あ……こ…ここでか?」
あまりにも意表を突かれた俺は、マヌケな声で返してしまう。
い…いや、確かにこんな車だし、今度らいかとどっか遠出したときは…☆、なんて考えてはいたけど………
まさか…今日…それも自分ちの駐車場で……?
一方、そんな俺の戸惑いを別の意味に取ったか、らいかは、
「えー、何よ?自分はひとのこと覗いてたくせに、自分が覗かれる危険があるとビビっちゃうわけ?」
いや…『くせに』って……。それはなんかどっか違うよーな気がするんですけど……(汗)。
「い…いやそーゆーわけじゃ…ないけど…」
ぷーっと頬を膨らませ、なにやら不服そうに言うらいかに、いろんな意味で困惑しつつ答える俺。
もっとも、俺の車の窓は一番濃いスモークフィルムを貼ってる上、前から突っ込んで駐めてあるため、らいかの言う『覗かれる危険』…その心配はほとんどない。まして、この時間、車の出入りは少ないし。
ともあれ、そんな煮え切らない俺の態度に業を煮やしたか、らいかは、
「じゃ、帰ってあの子達が寝静まってからにする?でも、それこそ覗かれちゃうかもしれないけど……」
「あ…いや、そ…それはいくらなんでも………」
「じゃ、かくごきめなよ。それに……」
そこまで言って、らいかは俺の耳元に唇を近づけ、なにやら声を潜めて、
「このまま帰ったら、あたし…今度こそあのコ達に犯されちゃうかもよ〜?」
くすぐるような声でそう囁き、ふぅ〜っと息を吹きかけた。
「ううっ…」
頭のてっぺんから、ぞくぞく…っとした感覚が俺の全身に駆け巡り、耐え難い興奮を呼び覚ます。
次の瞬間、
「らいかっ!」
俺は目覚めた感情のままに、ぎゅっ、とらいかの身体を抱きしめていた。