ハート・オブ・レイン
              スコール
〜第2章 はじめての甘熱雨〜

 

(4)

 そして、勇樹の部屋………。

 部屋に入るなり、勇樹からひったくった濡れタオルで顔を拭き、

「んん〜」

 現在、壁掛け鏡の前で、首を左右に動かし、顔をしかめ、顎を突き出したりして完全

に汚れが取れたかどうかを確認する美沙と、

「ねえ…もういーんじゃないの……」

 ひとりベッドに腰掛け、ややうんざりした口調でその背中に問い掛ける勇樹。

 ちなみに美沙が、鏡とそんなにらめっこを始めてから、すでに5分以上経つ……

 初めはそんな美沙の様子をおもしろおかしく眺めていた勇樹だが、さすがに段々焦れ

てきていた。

「だいたいさー、なんであんなところにいたんだよー?」

 間をもてあまし、ついにあからさまに、不満げな声を上げる勇樹。

 すると、

「んんー? なぁに…そんなこともわかんないの?」

 美沙は突然くるりとこちらに振り返り、いかにも、それが愚問であるかのように言う。

 またさらに、いつかの恋愛教授のときのような口調になり、

「あのねー。勇樹くん? キミ、ぜんぜん分かってないみたいだから、ひとつ教えといて

あげるけど……。あのね、いっくら、おウチのひとがいないからって、初めてお邪魔す

る彼氏の家で…それもリビングなんかで、そーそー落ち着けるもんじゃないんだよ。

女の子は……」

「……え?」

「それになに? ひとりでベッドの真ん中にどでーんと座っちゃって……だいいち、こっち

すわっていーよ…とかか言ってくんないと、女の子は自分からカレのベッドになんか座れ

ないでしょ…」

「あ…そ…そっか…ごめん」

 両手を腰に付き、やや憤慨した様子で言う美沙の台詞に、慌てて勇樹は座り直し身体

をずらして美沙の座る場所を作る。

「……ったく」

 きしっ。

 呆れ顔で溜め息をつき、勇樹の隣に腰掛ける美沙……と、それはいーが、少しくっつ

きすぎではないだろーか。

「………。」

 ぴったりと肩を擦り合わせ腰掛けてきた美沙に、勇樹はさらにもう少し身体をずらしか

けるが、また何か言われそうなので、それはやめておく。

「ま…いーわ。それはそれとして。で…? キレイになったでしょ。顔」

「う…うん…?」

 首を傾げるような動作で、顔を覗き込んでくる美沙。その大きな瞳に躊躇しつつ、勇樹

は軽くうなづく。

 すると、

「あーもー、『うん』じゃないよー。あのさ……さっき、なんかしよーとしたんじゃないの?

……で、あたしの顔が汚れちゃってたから、できなかったんでしょ……?」

 呆れたように言いつつ、イタズラっぽい笑みを浮かべてさらににじり寄ってくる美沙。

「え………?」

 むろん、言ってることは分かるのだが、さっきと今では、状況が違う。

 ここで、それをするということは、いわずもがな……

「え……で…でも……だって……」

 想像が先走り、まともに美沙の顔が見れなくなって、目を伏せる勇樹。

「いーよ」

 またそんな勇樹に、美沙はあっさり答えた……ように聞こえた。

「い…いーよ…って、か…河合さん? 言ってる意味分かって……る?」

 あまりにも軽い口調の美沙に、勇樹は慌てて顔を起こして、

「………あ。」

 美沙に向き直り、その表情を見て二度驚く。

 どこか不安の色が伺えるその瞳、不自然な笑みに。

 一方美沙は、

「う…うん……もちろん。だ…だっていつかはこーなるでしょ? それに、さっき更衣室で

もあたし言ったじゃん……。か…覚悟しなきゃ…ってさ………あはは…」

 戸惑いの表情を浮かべている勇樹の視線から逃れるように顔を逸らし、乾いた笑いを

口にする。

「それとも……勇樹くんは、本気で『おさんどん』させるためだけにあたしを連れてきた

の?」

「……え…?………あ。」

 また、一向に勇樹の顔を見ようとせず、冗談めかして言う美沙に、勇樹は遅まきなが

らようやく気付いた。

 自分が年下だということ……それゆえに、必要以上に美沙に背伸びをさせてしまって

いた、ということに……。

 そして、おそらく緊張を紛らわせるためだろう、尚も横であまり意味のないことをぺらぺ

らと喋り続ける美沙の声を、上の空で聞きつつ………勇樹は意を決した。

「か…河合さん……!」

 自らを奮い立たせ、美沙の両肩をつかんでこちらを向かせ、その目を見詰める。

「……え?」

 意外に強い勇樹の力に驚き、目を丸くして勇樹の顔を見詰め返す美沙。

「あ……」

 また、真っ直ぐに向けられたその真摯な瞳の色を見て、本心が悟られたことを知り、

「……もう……ば…ばか……」

 拗ねたような顔になってそう言い、頭を前倒しに勇樹の胸へ、こてんっ、と預けた。

 どきどきどき……

(え…えっと…えっと……)

 ゆっくりと回しかけた勇樹の手が、美沙の肩に触れる寸前で止まり、躊躇する指先が

その位置でわきわきと動く。

「……ん。いいんだよ……だきしめて……」

 察した美沙は、照れくさそうにそう言って微笑み、肩越しに自らの手のひらで勇樹の手

を包み込む。

「………あ…」

 そのひとこと…そのひと動作で、まるで嘘のようにすっと肩の力が抜け、その小さな身

体を腕の中に包み込む勇樹。

「ん……勇樹くん、緊張してる……?」

「あ…う…うん…そ…そりゃ……」

「えへへ…あたしもだよ……」

「え…?でも……」

「ほら……」

 言い掛けて言葉に詰まる勇樹に、そう言って美沙は、勇樹の手を自分の胸のふくらみ

へ導いた。

 とくんとくん……

 ブラウス越しではあるが、初めて触れた美沙の乳房。柔らかな丸みの奥から美沙の鼓

動が勇樹の掌に伝わってくる。

(………う…うあ……)

 また押しては返すその弾力に、勇樹の手のひらは意識せずとも自然に動き始め……

「あ……」

 ぴくんっ、と身体を震わせて小さな声を上げる美沙に、勇樹の興奮はさらにかきたて

られ、むろんおぼつかない手つきだが、いっそう大胆に、その丸みを確かめるよう…さ

するように手を動かす。

「ん…あは…えっちぃ……」

 困ったような笑みを浮かべ、それでいてからかうように言う美沙に、

「〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!」

 たまらない想いに包まれた勇樹は、そんな美沙の表情を封じるかのように、

「んんっ…」

 唇を合わせ、そのままゆっくりと体重を掛けて、美沙の身体を押し倒していった。

「あ…勇樹く……んん…っ……」

 真っ白なシーツの上、栗色の髪が放射状に広がり、小さくも無防備な美沙の身体が

横たわる……。

「……………」

 驚いたような美沙の顔が恥ずかしそうな笑みに変わり、やや潤んだ瞳がじっと勇樹を

見つめる……。

(………え…えっと………)

 ……が、勇樹はここからどーしたらいーのかわからない………。

 いや、正確に言うなら、むろんわかってはいるのだが、果たしてそれを実行していいも

のか……?

 つまり、ここへきて、『未経験』ゆえの困惑に包まれてしまったのである。

「…………………。」

 早鐘のように鳴る胸の鼓動は一向におさまらず、ただ興奮だけが高まり、また次の行

動に移ることもできず困る勇樹。

「なぁに、ここまで来て…コワくなった……?」

 すると、美沙は、そんな勇樹の心中を見透かしたように、イタズラっぽく微笑む。

「え…?あ…ああ、い…いや…そんなんじゃないけど……」

「ん……?」

 なんとか答える勇樹に、美沙は少し考え込んだような素振りを見せ、

「あ…そっか……初めて…だっけ……?」

「う…うん……」

 もちろん、悪いことでもなんでもないのだが、なぜか責められたような気分になり、

おずおずと頷く勇樹。

「うーん……でも…あ…あたしだってそんなにケ−ケンあるわけじゃないから……だいじ

ょぶだよ……いいよ…勇樹くんの思うようにして……それにさ……」

「え…?」

「それに…止まられるのが、いちばん恥ずかしいんだよ……だから……ゆっくりでいい

から止まらないで……前に進んで……」

 言葉通り、恥ずかしそうに頬を染め、照れ笑いを浮かべつつ言う美沙。

「う…うん」

 そして勇樹は、震えてうまく動かない指先を、ゆっくりと美沙のブラウスのボタンに伸ば

していった。

  

「あ……」

 美沙が小さな声を漏らす中、ブラウスの胸元がはだけ、白い肌が露になっていく。

 勇樹は、そのまま乱暴に襲いかかってしまいそうになる荒ぶるオスの本能を懸命に堪

え、スカートのファスナーに手を掛け、

「や…やだ…すごい恥ずかしいぃ……」

 勇樹のたどたどしい動作で、スカートが足から引き抜かれ、美沙は顔を真っ赤にして

身をくねらせる。

 むろん、そんな事で隠せるわけはないし、なによりベッドの上、上下真っ白な下着だ

けの姿になった美沙のそんなポーズに……

「っ!か…河合さんっ!」

「え…?あ…ち…ちょ…ゆうきく……んんんっ…?」

 感極まった勇樹に伸し掛かられ、突然の荒々しさに驚く間もなく唇を奪われる美沙。

 やや乱暴に押し入ってきた舌に躊躇するも……

「ん…んん…あふ………」

 口の中で不器用に迷走する勇樹の舌に、自らの舌を絡ませ繋ぎ止める。

「ん…んんっ…?」

 そんな美沙の舌の動きに、目を白黒させて戸惑う勇樹。

 まさに目の前の美沙の瞳を覗き込めば、

(んふふふふふふふ……

 その目は、いつものイタズラっぽい輝きで、自分を見つめ返していた。

「え……?」

 軽くたしなめられたような気分……経験者と未経験者の差を露呈されたようで、勇樹

は戸惑いながらも、未熟な自分に小さな腹立たしさを覚える。

 また、そんな悔しさを紛らわせるように、そっと美沙のふくらみに乗せていた手のひら

に力を込める。

「ん…ああっ…んっ!」

 ぴくっ、と身体を縮こまらせ、呻くような声を上げる美沙に、

「あ…ご…ごめ……」

「んっ……あ…あは…ふふふ…ばか……あやまるコトないでしょ。…いいよ…遠慮しな

いで……」

「う…うん…」

 はにかむような美沙の笑みに誘われるように、勇樹は再び、手のひらの力に込めてい

く。

「あ…はぁ…」

 ブラジャーの布越しでありながら、初めて触れる美沙の…いや、女性の乳房……。

 それは勇樹の想像を遥かに超える、信じられない柔らかさであった。

 露出している肌の部分…触れている指先に力を込めると、やわやわと力を込めた分

だけ沈み込んでいく。かといって、少し強めに力を込めれば、それは柔らかな弾力を手

のひらに返し、元の形に戻っていく………

「………」

 自分の身体にはどこにもないそんな感触に心底酔いしれ、しばしその行為に没頭する

勇樹……。

 それは、愛撫などとはほど遠い…あたかも見慣れないオモチャを弄ぶ子供のような、

つたない手つきだったが、

「んん…はぁぁ…あ…ふ…ぅ…ぅ……」

 それでも、美沙の口からは徐々に甘い吐息が漏れ始める。

「………!」

 そんな初めて間近で聞く『女』の声に、勇樹の興奮はさらに高められていった…。

 

(5)へつづく。

 

 

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