ハート・オブ・レイン
              
〜第4章 熱夏にあえいで〜Shower Me〜

(2)

 そして―――――――――

「ふう……あっち〜。やぁ〜っと終わりましたね〜」

「ああ…ったく、おめーといっしょに入るといっつもこんなだ…」

 汗に貼りつくユニフォームを脱ぎつつ言う正徳に、イヤミたらたらの目線で応える勇

樹……。

 きっちりさせられた時間外労働のせいで、さらに重く伸し掛かる疲労を抱えつつ、

どーにかこーにか本日の仕事を終え―――勇樹と正徳、二人は更衣室にいた。

 また、自業自得とはいえ、しなくてもいいタダ働きとムダにむなしい時間を過ごしたと

あってか、勇樹の口数は先ほどから少なく……そして当然、場の空気はあんましカルい

とは言えず………。

 ともあれ、このいかんともしがたい雰囲気をなんとかしよーと、正徳はばつ悪そうに

苦笑を浮かべ、

「い…いやいや、まーまー。この後なんかオゴリますからもぉ勘弁して下さいよ……」

「……ふーん…」

 さらに面白くもなさそうな勇樹の声にあっさり返され、ますますバツは悪くなる。

「い…いやあの…「ふーん」って……。そんな…俺だけが悪いワケじゃないじゃないで

すかぁ〜、いーかげん機嫌直してくださいよぉ……」

「いや、別に機嫌悪くなってねーって。ただ…こんなとこでおめーとぐだぐだやってっと、

また怒られんかもしんねーから、早く戻りてーの」

 先にアップした美沙が事務所で待っていることを示唆しつつ――淡々と告げる勇樹。

 ちなみに、相変わらず美沙の尻にしかれまくってることを証明してるような情けない

セリフだが、むろん本人は全く気付いていない。

 そして正徳は、そんな勇樹にアゼンとしつつ……、

「あ…そ、そーすか…」

 だがここで、ようやくこの気まずさ解消の糸口を見つけたように、懸命に話題転換を

試みる。

「……と、あ…あ〜そーいや、高山さんは、今日もこれから河合さんとデートっすね?」

 我ながら、やや苦しい強引な話の変え方だとも思ったが……

「ん〜?ああ…まあ…な。…っつっても、いつもどーりONEかどっかでメシ食って帰るだ

けだけどよ……」

 立て付けの悪いロッカーをがちゃがちゃぎぃぃ〜…と開きながら、勇樹はようやくこち

らを向いて苦笑を浮かべた。

 なるほど。ごまかしも買収も効かないが、美沙の存在にはとことん弱い、いかにも

勇樹らしいリアクションではある。

 ともあれ、よーやくマトモな反応を示してくれた勇樹に、正徳はほっとひといき。

 また、ここで思い出したかのように脱いだユニフォームを脇の洗濯物カゴに放り投げ

つつ、

「へー。でもってその後、河合さんも食べちゃうわけだ?」

 だが、からかい半分に言ったこの言葉に、

「……え……?」

 勇樹はまともに顔色を変え、一瞬沈黙。

「……ばっ…ばーかてめー!んなわきゃねーだろっ!」

 そして、予想以上の反応で否定した。

「え……?」

 またそんな勇樹の反応に、正徳は向き直って目を丸くし、

「え〜、ちがうんすか〜?…っかしーな。」

「……あ〜、なにが!?」

 不機嫌そうに応える勇樹だが、正徳は構わず、

「いや…だって、ただでさえ『覚えたて』んときは、シたくてシたくてしょーがないってのが

フツーなのに……しかも、初めてで7回もしちゃうケモノっぷりでしょ?

 とすりゃあ、もーまいんちまいんち、ところ構わず四六時中、乾くヒマなくヤリまくり☆

…なのかと思っ……」

「だぁぁぁぁ〜!もーうっせーな!いーかげんにしろ!」

 真顔で下世話なことを言い募る正徳の言葉を遮り、ついに怒声を張り上げる勇樹。

 …………だが、

 実のところ、この正徳のセリフは、かなりマトを得ており………

 勇樹の胸中、小さくよどむ想いを直撃していた。

  

 そう、あの人生最大のイベント☆を迎えてから、かれこれ数週間がたち……

 勇樹はここ最近、とある悩みに苛まれ続けていた。

 といってもむろん、美沙との仲はおおむね順調…どころか、計らずも彼女イナイ歴17

年の以前の生活から比べれば、見違えるような楽しい日々を送っている……。

 その証拠に、いろんな意味で美沙は、前以上に自分を特別視してくれているし、実際

勇樹自身カレシとしての実感も日ごとに大きくなってはいる。

 デートを重ねるたび、美沙を送って家の前で交わす別れ際のキスもあんましテレなく

なったし、腕を組んでくる美沙のふくらみが押し付けられる感触にも、そう動揺もしなく

なった……………。

 美沙との交際を始めてひと月あまり…。初めて付き合うカノジョへの接し方としては、

妥当なセン…どころか、上出来な方だろう……と思う。

 だがその反面―――いや……だからこそ、と言うべきか、

 楽しい日々が過ぎれば過ぎるほど、勇樹の胸中には、日ごと焦りにも似た想いが

募っていった……。

 そう、つまり……あの晩以来、それ以上の……『そーゆー行為』には至ってはおらず

…………………。

     

 ―――とはいえむろん、勇樹なりにきっかけを探しはした。

 かといって、この間のように親不在でふたりっきり☆などとゆーおいしいシチュエー

ションは、そーそーあるわけでもなく………。

 加えて、初心者ゆえの悲しさか、それ以外では何をどーすればそーゆー雰囲気に

持ち込めるのかもよくわからず……また、相変わらずの美沙の口調や態度に振り回

されてるこの現況では、それもなかなか…………。

 ともすれば、あの夜の出来事は夢だったんじゃないかとすら思えてくる。

 ――どーして女って、あんなカッコであんな声を出しといて、そうフツーでいられんだ

ろ……?―――

 そんな想いが幾度勇樹の頭をよぎったことか……

 まあ…ともあれそんな風に。

 言われた正徳の軽口で、ここ最近の悩みを思い返し、うすらぼんやりとする勇樹だが

………。

「…って、高山さん?」

「……え?……あ…」

 訝しげな声で正徳に呼びかけられ、勇樹は我に返った。

「……も〜、なにいきなり怒って、むずかしー顔してんすか?」

「……へ?…あ………い、いや……」

 慌てて取り直そうとする勇樹の不審さに、ふと正徳は思いを巡らせ、

(………あ〜ん……?………)

 やがて、なにやら察したような顔になり、

「……あ。ひょっとして……」

「……え?……あ、な…なんだよ……?」

「まさかとは思うけど……河合さんとえっちな雰囲気に持ち込めなくて困ってんとか?」

 ぎ…ぎくぅっ!

「……っ……………!」

 図星どころか、あたかも自分の全思考を見透かしたような正徳の言葉に、全身を硬直

させ、絶句する勇樹。

 一方、そんな勇樹の様子に、正徳も驚き顔で、 

「う〜わ。ま…マジすか?……こないだのオレの友達とおんなじリアクションだったから

……ひょっとして…とは思ったけど……」

 言いつつ正徳の表情には、驚きに呆れが混ざり始め、なにやら疲れたため息つきつ

つ、首を左右に振り振り、

「……でも……フツーそーゆー悩みは、シちゃう前にするもんなんすけどね〜?

 7回もしちゃった人がかかえるよーな悩みとはとてもとても……」

「だーもー、いーかげん7回から離れろよおめーはっ!」

 しつこい『回数』への指摘と、さらにいろんな意味で顔を赤らめ、声を荒げる勇樹。

 だが、正徳は大して臆した風もなく、

「いや…だって…初めてで7回って尋常な回数じゃ…………って、あ。そーか☆」

 なおも言い返そうとして―――さらに繰り返される『回数』へのセリフに勇樹のこめ

かみが一瞬ぴくっと動くが、それより早く正徳は、そこで何かに気付いたように言葉を

止めた。

 そして、

「な〜るほどね…☆」

「……う。な、なんだよ…?」

「いや〜、つまり結局…高山さんの頭ン中では、ムードよりシチュエーションのイメージ

の方が先走ってんじゃないかな〜って思って……」

「………あ?」

 なんだかいきなりややこしいことを言い出す正徳に、眉をひそめる勇樹。

「いやだからぁ…んーと、なんつったらいーかな………。

 あーそうそう、例えば…『次…親が留守になんのはいつだろー』とか…雰囲気ムード

そっちのけで、まず…密室でふたりっきりになれるよーなシチュエーションを探しちゃっ

てんじゃないすか?」

「………あ〜?…………」

 困ったように苦笑で言う正徳に対して、勇樹はしばし考え―――なるほど、確かに

多分に思いあたるフシがみつかり……………だが、

「え…まぁ…言われてみれば…な。けど、それって結局おんなじことじゃねーのか?

 ふたりっきりになれなきゃ、ムードもへったくれもねーし……」

 つぶやくように反論する勇樹に、だが正徳は立てた指先を、ちっちっちっと振りつつ、

「いや〜それは、ちょ〜っと違うんすよ〜。ムード作りがちゃんとできてねーと……っても

、マニュアル通りにこと細かくセッティングしたり、クサイセリフ使ってだせー方法でムリ

ヤリ盛り上げよーとすることじゃないですよ。

 ん〜、なんてゆーかな……そう、高山さんだって最初味わったでしょ?

 あの…なんつーかこう息が詰まるよーな……それでいて甘く濡れたよーな不思議な気

分……。あの気分に辿りつかねーと、いっくら部屋でふたりっきりになったとしても、

ビデオかなんか見て、『ハイさよなら。また明日ね〜』なんてことになりかねねーっすよ」

 なるほど、一理あるよーな……。しかし…

「……でも、じゃあ、そーゆームードを作る…っつーか、そーゆームードに近づけていく

には、どーしたらいーんだよ?」

 考えつつ、さらに突っ込んで聞く勇樹に、正徳は……

「ん〜。そりゃまあ、ひとことで言えば…思いやり。ですかね」

「………はぁ?」

 ―――――オモイヤリ――――?――――――

 とてもじゃないが、到底この男から出る言葉とは思えず、すっとんきょうな声で返す勇

樹。

 その一方、正徳は、

「……って、あーも〜、わかってくださいよ。この辺で。さすがに俺もこーゆーのマトモに

言葉にするのはテレくさいんですから………」

 ことばどおり、顔をちょっと赤らめつつ――また、そのテレ臭さを隠すように、言葉を

続ける。

「ん〜……、それにコレは相手の性格によって違ってきますから、さすがに俺も詳しく

は説明できませんけどね。

 第一、まず高山さん以上に、河合さんの近くにいて、河合さんのコトをよりわかろーと

する立場にいねーとお話にすらなりませんから……っつても、もし仮に、そーしねーと

わからねーよーなコトを誰か他人に聞かされて、『河合さんはこうだから、あーしろこ

ーしろ』教えてもらっても腹立つだけでしょ?」

「……ああ…まーな……」

 想像してちょっとムカつき、ぶっきらぼうに応える勇樹。

「でしょ?…だからまあ、ひとつ言えるのは……よーは、相手が本当にされて嬉しいこと

…とか、困ってるときに何ができるか…を自分でよく考えて、そのときが来たらテレずに

素直にそれを実行するってことですかね…。

 まあ…あたりまえのことみたいですけど、コレ……慣れないとなかなかムズカシーん

ですよ?」

 最後の言葉を困ったような笑みで付け加え語る正徳に、勇樹は、   

「…って、ますますよくわかんねーよ。……よーは、ご機嫌伺いをするってことか?」

「あ〜違いますよ。逆です逆。それにソレは今高山さんがさんざんやってることでしょ?」

「……あ?」

「あーもーだから〜、よーするに今の高山さんは、河合さんに、なに言われるか…どう

思われるか…なんてことばっか気にしちゃって動いてるでしょ?」      

「…え?…あ、そ…そんなことは……」

「…あります。だからまず、それを止めて…とは、とてもできそーにないから言わないけ

ど……とにかく、それ以外に河合さんのことをまず第一に考えて 何気ない仕草や言

葉を見逃さないように努めること。

 特に―――おそらく河合さんみたいなタイプは、実際に言ってることや見せてる態度

だけが『すべて』じゃないと思いますから……。」

「…………………」

 笑顔だがどこか真摯な口調で締めくくった正徳に、まんじりともせぬ様子で押し黙る

勇樹。

 胸中、その奥深くに何か鋭いヤリのようなものがグサグサ突き刺さったような気がし

て………。     

 ―――なるほど。自分に欠けてる部分はよくわかった。

 そして、実際に出来るかどーかはわからないが、今後、改めねばならないだろーこと

も…………。

 だがしかし……

「……ってゆーか、はっきし言って、そんなこともわかってないでよくえっちまで辿り着け

たか、そっちの方が不思議ですよ…俺にわ……」 

 熟考する勇樹の傍ら、いつのまにかすでに着替えを終えていた正徳が、しんそこあき

れたようにため息をつく。

「………で、でもよぉ………」

 またそれに合わせて沈黙を破り、再び口を開く勇樹。

 そう、確かに凝り固まった悩みはほぐれたよーな気はする。だが、結局その根本が解

決されてないことに気付いて。

「……で、結局、『そっち』に持ってける手っ取り早い方法は……?」 

「はぁ…?だから…んなもんはありませんって。」

 尋ねる勇樹のムシのいい問いを、だが正徳はあっさりきっぱり否定し、

 また、もはや完全に嘲りの口調になり、

「…だいいちコレって、『カノジョが出来たー☆でも……どーやっても初えっちにもって

けない〜』って悩んで相談してくる、本当に気の毒な奴にするレベルの話ですよ?

 途中のそーゆーツラさとか悩みとか全部すっ飛ばして、超ラッキーとやさしーカノジョ

のリードに任せるだけで何の苦労もなく1ヶ月かそこらでソコまでこぎつけちゃったあ

げく、まるっきり何も学習してないゼータクなヒトにする話じゃないんです。そもそも。

 しかも初えっちで7回?じょーだんじゃないっすよ。バチ当たりますよいーかげん。」

 何かよほど腹に据えかねてたのだろうか、厳しい論調で一気にまくし立て、勇樹の愚

行をばさんばさんと切り捨てた。

 その一方、一刀両断どころかナマス斬りになった勇樹は、むろん何ら反論できず、

「え………あ…い…いや…その…ぅ……」

 ただ愕然と……あうあう言うだけ。

 そして、正徳はそんな勇樹を冷ややかな目で見つつ、

「ま…ともかくそこらへんのことを踏まえて、今後ガンバってみてください。

 今度のツーリングでも、俺も楽しみ観察させてもらいますね♪知美さんと……」

「ば…ばーか!ふざけ…………って、え?お前……知美さん誘ったの?」

 言いたいことを全部言ったあおりか、妙にサバサバした声で言う正徳の言葉に、

さすがに勇樹は激昂しかけるも……だがついぞ出てきた名前に、険しくなりかけた顔を

驚きに変えて問い返した。
                
やばなともみ
 知美……フルネームは『矢花知美』。美沙と同い年の…つまり勇樹よりひとつ年上の

先輩スタッフで―――そう、記憶力のいい方なら覚えているかもしれないが、先日、

美沙が勇樹の家に泊まった際、いーわけ作りの一端を担ってもらった人である。

 性格は男っぽく気さくで飄々とした感じの、スレンダーで髪の長い少女…というより、

まあ…美沙に輪をかけた気の強いおねーさん――とでも言った方がいいだろうか。

 ともあれ、美沙と仲がいいことも手伝って、勇樹が気軽に話せる数少ない女子スタッ

フのひとりである。

 よって、 

「あ…ええ。知らない仲じゃないほうがいいと思って。あ…知美さんじゃなんかマズかっ

たすか?」

「ああ…いや、別にマズかねーよ…つーか、いいんじゃん。あのヒトなら…よけーな気ィ

つかわねーでいーし……」

 心配げに付け加えた正徳の問いに、勇樹はいたって気楽に答えた。

 ……が、一転、勇樹はなにやらやや顔を曇らせ、

「あ…でもよ〜……」 

「……なんです?」

「いや…知美さんもかえーそーにな〜って。あんの狭くて乗りにくいTZのケツに延々

乗ってかなくちゃなんねーんだろ?」

「………よけーなお世話ですよ…」

 ここぞとばかり…揶揄を含んだ笑みで言う勇樹の言葉に、正徳はやや憮然としつつも

……

「…つーか、あー高山さん知らなかったんだ?へへ…知美さんもバイク乗るんすよ。
                フォアー
 しかも車種はなんと、CB400F☆」

「へ…?ま…マジで……!?」

 意味深な笑みで告げた正徳に、勇樹はまともに顔色を変えた。
  
フォアー
 CB400F…70年代にホンダが生み出した名車。古きよき時代の、オートバイが
           
フォルム
『オートバイ』らしい全容を持った美しいスタイリングのバイクである。

 あざやかな赤に輝くタンクに、レトロ感満載の鋲打ちのシート。ヤボなイジり方をしてな

いなら今は珍しいスポークのホイールも健在だろう―――――

 ……と。ともかく、シブい雰囲気漂いまくる旧車中の旧車。勇樹の好きなバイクベスト

テン、その上位を常にキープしている車種である。

 また、ついでに言えば、ほぼ超がつくレア車であり、プレミアがついて値段もバカ高い

ため、ここ最近街中でほとんど見ることもなく――――――

 そんな憧れのバイク――プラモではない『ホンモノ』が当日、間近で見れる……いや

いや、『見る』どころか『触る』ことも……また、あわよくばそれに跨るコトも叶うかもしれ

ない……☆

 ―――とあって、

(…くぅ〜〜〜♪)  

 まだ来ぬその日に想いをトバし、ひとり胸をアツくする勇樹。

 またそんな中、

「あ…タンデムで2台でいかねーと、なんかヤバかったすか?」

「へ……?いやいやいや!ぜんっぜんヤバくねーよ☆ ん〜…そっか〜、フォアーか

ぁ…………。う〜♪知美さん、乗させてくれっかな〜☆」

 またもや心配げに尋ねた正徳の言葉を慌てて否定し、再び勇樹はその当日へと思い

を馳せて、溢れんばかりの笑みを漏らす。

 一方正徳は、そんな勇樹の様子に一抹の不安を覚え、

「……って、あの…高山さん…?」

「ん…なんだよ?」

「もしかしてわかってねーよーだから、いちお言っときますけど………」

「………?」

「当日、いきなしはしゃいで…河合さんそっちのけで、知美さんにバイク借りようとしない

で下さいね?」

 クギを刺す正徳に、だが勇樹は心底意外そうに、

「……え、なんで?」

「うわ、『なんで?』じゃないでしょ……だから〜……」

 ほとほと困り果てて言う正徳だが、勇樹は迷惑そうにその言葉を遮り、

「……あ?なんだよ?……って、あ。あ〜わかったわかった。おめーが誘ったんだから、

先乗りはおめーにゆずってやんよ」

「い…いやそーじゃなくて……」

 まるっきり別のところを察して、なにやら不承不承に言う勇樹に、ますます困る正徳

だが……

「お…いーの?俺が先乗っちゃって?フォアーだぞおまえ?くぅぅ〜♪冷静でいられっか

な〜俺♪」

「……いやあの……だから……」

 もはや勇樹の心はここにあらず。必死に言い募る正徳の言葉もまるで届かず。

「……ん〜☆ったくもー、なんで河合さん教えてくんなかったのかな〜☆」

 …いや、なんでもなにも…。河合さんも『こーなる』のが目に見えてたから教えなかった

んでしょ?たぶん………。

 …とか、どこか遠くで思いつつ。

 正徳はロッカーに、がん…と叩きつけるように頭をうなだらせ、

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……だめだよ……ほんっと……このひと………………」

 静かに―――そして重く呟いたのであった。

  

(3)へつづく。

 

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