ハート・オブ・レイン
〜第4章 熱夏にあえいで〜Shower
Me〜
(3)
| かくしてその後――― 期末テストやらなんやらを挟み、しばし揃って顔を合わせることが少なくなった勇樹 たちツーリングメンバー4人だったが………まあ、そこはそれ。 忙しい間を縫い、連絡を取り合って、どーにかこーにか話を詰めていき……また途中 、連絡員として…及び、足りぬツーリング費用を稼ぐためムチャなシフトインを繰り返し た勇樹が赤点を取りそうになった…などの一幕もあったが……まあ、それもともかくさて おいて。 瞬く間に時は過ぎ――― 夏休み初旬の、一際よく晴れた朝。 マネージャー町田にヒンシュクを買いつつ、勇樹達4人が同時にオフを取った、 ツーリング当日……いつものシザーズの店の前にて。 日の出からまだ数時間も、早や夏の朝陽は東天高くに輝き、見上げる空はすでに 一面抜けるような蒼――――――。 早くも本格化の様相を見せ始めたその陽射しは、いまだ早朝の静けさを残す店頭前 の幹線道路『第一京浜』をじりじりと照りつけ、まだ車の少ない路面のそのところどころ に、揺らぐ陽炎を生み出していた。 そんな、今日もまたシャレにならないだろう猛暑を予感させる中……。 「……ったくよー、お前らこんなトコ待ち合わせ場所にしやがって、イヤガラセか? おらさっさと散れ……!」 早朝の店頭掃除をする、ホーキ片手の町田に文句を言われつつ―――、 足元のアスファルトから立ち昇り始めた熱気に包まれ………すでに4人は揃っていた。 ゆえに、そんなメーワクそうにホーキを振り回されずとも、もういつでも出発はできるの だが………… 「……すっげー!コレ…モリワキ手曲げっすか?」 『……………………。』 「あ!こっちはディトナのバックステップ?いや…すっげーよ!やっぱ☆」 『……………。』 「うわ…スプロケとメーンジェットも変えてあんし……!マジですんげー……くぅぅぅ〜スゴ すぎるぅ〜!」 『………………………。』 先ほどから同じ感嘆の言葉を繰り返し、まるで、分身の術でも使ってるように忙しなく、 知美のバイクの周りをうろつきまわる勇樹を――― 『…………………………………………。』 残った三人はただぼーぜんと眺めていた。 ちなみに、最後に現れた知美がヘルメットを脱ぐや否や、ずっとこんな調子で…… 早や数十分が過ぎており―――――― 「………って……お…おい……どーすんの…コレ……?」 見るに見かねた当のバイクのオーナー…知美が、まるで別のイキモノでも見るように 勇樹に視線を固定したまま、口を開いた。 「……あ、あーいや……あたしに聞かれても……」 「いや……俺も…さすがにコレは………そーぞー以上の展開で……」 「だ〜っ!もー、そんなこと言ってる場合じゃないだろーがっ!」 いまだあぜんとしつつ答える美沙と正徳に、その長い黒髪をかきむしりつつ、怒鳴る 知美。 そしてラチあかぬ二人を捨て置き、きびすを返して、 「おいこら高山っ!」 いまだフォアーの前にしゃがみこんで「すげーすげー」を連発している勇樹に、つか つかと歩み寄り、 「お前もーいーかげんにしろ!あたしゃバイク品評会にきたんじゃねーんだぞ!」 持ち前のハスキーボイス…というよりドスの効いた声で怒鳴り散らす。 …が、 「……え?あ…はい〜☆」 にへら笑いを崩さず、振り返った勇樹の満面の笑みに、 「……う。」 やや怯んで、ニ三歩退がる。 だがそれでも知美はなんとか取り直し、頬にずり下がった黒髪をかき上げつつ、 「……あーも〜、お前わかってんのか?タダでさえ夏のツーリングはストーブ抱っこして るみたいでキツいんだぞ!早く出発しねーと……………」 至極マトモな説教をし始め……また言葉半ばでそれを止めた。 「………って、お前ぜんぜん聞いてないだろ?」 「…あ…はい…うわ〜♪…あ…すげ…いや…お〜☆………へ?……聞いてますよ〜」 そんな僅かな時間さえバイクから目を離すのが惜しい様子で、視線を定めずどーにも 落ち着かぬ勇樹を前にして。 「……………はぁぁぁぁぁ…。」 知美は、呆れとも観念ともつかぬ大きなため息をひとつつき、 「あーわかったわかった。むこーに着いたら好きなだけ乗せてやるから。今はその辺に しと……」 諭す知美の言葉を皆まで言わさず……、 「え………?ほ…ほんとっすね!?」 見る間に輝く勇樹の表情と、かっ開かれたその瞳に真っ向から見つめられ、 「あ…ああ……」 その勢いに圧されつつ、頷く知美。 また勇樹は、 「ぃやったぁ!じゃはやくいこ☆ほらっ河合さん早く乗って!おらーマサっ!何モタモタし てんだよっ!」 喜び勇んでメットを美沙に差し出しつつ、自分のバイクに跨り―――返す刀で正徳に 怒鳴り散らす。 ……………………………………。 ま…まあ、なにはともあれ、先が思いやられる展開ではあるものの、どーにかこーに か出発はできそうだ……。 美沙と正徳…二人は一瞬の沈黙の後、 「……あ…はいはい……」 「へーへー」 微妙に疲れた声を発しつつ、それぞれのバイクへ寄っていった。 そして3人は、エンジンをかけつつ、バイクを車道に出し…… 「じゃ…いっかー?カンタンにルートの確認するぞー。 そこから357に入って葛西・浦安方面を目指す………んで、千葉に入ったあとは、 『はーい』 なにやら慣れた口調で取り仕切る知美の声に、元気よく答える他3人。 ちなみに申し遅れたが、本日のツーリングは海水浴も兼ねており、目的地は千葉、 外房の海の―――どこか、である。 『どこか』とはアバウトのようだが、道路状況や海の混雑具合、またこの暑さの折、 各人の体力にもよるため、そのへんは成り行きで…ということになっている。 ともあれ、 「あと…今日もエラく暑くなると思うから、ムリはすんな。ツラくなったらクラクションかまし て停めろ……でも、できれば、なるべくメットは脱がねー方がいーぞ。被んのヤになっち まうからな……。 あと高山…おまえ、うかれてばっかじゃねーでちゃんと美沙の様子も気遣ってやれよ。 けっこーケツの方がキツいんだからな!」 「はーい。わかってまーす☆」 知美の注意に、カルい調子で答える勇樹だが、 「……ってわかってねー!…たくもー、いってるそばから…おまえわ。後ろ見てみろ!」 「……?」 知美の指摘に勇樹が振り返って見れば、 「……う……く…っ…ゆ…勇樹くん…ちょっと乗りにくいかも……」 勇樹の背負うリュックに、メット越しの頭を『わぶっ』とさせつつ、懸命にしがみつこうと してる美沙の姿が……。 「………あ。」 「『……あ』じゃねー!ほらっ、それよこせ…あたしが持ってやるから!」 躊躇する勇樹の傍ら、知美はしんそこ呆れながらそう言い、 「あ…は…はい……」 「…ったくもぉ、おまえは〜。タンデムすんならネットとか用意しとけよな〜」 おずおずと差し出された勇樹のリュックを半ばひったり、後部座席の荷物から取り出し た予備のツーリングネットで自らの赤いタンクにくくりつける。 「あ…いや…じゃあ、俺のに……」 …………ほら、できたぞ。」 進言する勇樹の言葉を遮り言いつつ、知美は手早く取り付けたリュックをぽんっと叩い て顔を上げた。 さすがに勇樹は申し訳なさげに、 「……すいません…」 「いーって。それよりマジに美沙に気をつけてやれよ。」 「あ…はい!」 言ってぱちんと締めたシールド越しの知美の苦笑に、大きく頷く勇樹。 知美はそれに片手を上げて応えつつ……また、振り仰いで後方を見やり、 「んじゃ行くぞー!マサぁ〜お前ももういいか〜?」 「はぁい。いつでもどーぞ〜」 やや焦れ気味に言った正徳の言葉を合図に、 ふぉんっ! ヴぉぅん! ぱ…ぱぁぁ〜ん! 三台のバイクが、各々異なる排気音を高らかに上げ――― 一同は、昇り始めた路面の熱波を切り裂いて、一路…北東へと駆けていった。 ―――まだ見えぬ海を目指して――――――。 |