ハート・オブ・レイン
〜第4章 熱夏にあえいで〜Shower
Me〜
(4)
そして………… 左右に広がる、田園風景ー――― 北海道もかくや、といった感じのどこまでもまっすぐに伸びる道路――茂原街道…を ひた走りつつ、 「……………………はぁ…」 「……………………ふぅ…」 「…………………あ…あつい…」 それぞれ幾度めかの苦しげな呟き…いや、呻きを口に……… 知美を除く3人は、タマラぬ暑さに思いっきりバテていた。 ―――背中に伝わるふにゅふにゅ感に、どぎまぎしつつにへら笑いを浮かべた、首都 高速下357号線の涼しい道路………。 青空の下、右に輝くシンデレラ城に歓声を上げ、タンデムに慣れぬ勇樹の運転をよろ めかせたこと………。 渋滞していた千葉市内、その2ストの加速にモノを言わせ、一同をカルく抜き去り、 ひとり高揚感にひたったこと………………………。 ぼやつく視界とおぼつかぬ思考の中、それらがみんな遠い昔のことのように感じられ ていた―――そんな昨今、 変わらぬ前傾姿勢で一定のペースを保ち、ひたすら走り続ける知美の背を――― 『…………….』 虚ろな視線で見つめつつ、ただ黙ってスロットルを引き絞る勇樹と正徳。 及び…… 「…………(う〜)………。」 じっと勇樹の背にしがみつく美沙。 そして、当初知美が言ってたように、一同の中、いちばんキツかったのはこの美沙 だったかもしれない。 ご存知の方も多いと思うが、バイクのタンデムの場合、同乗者はただ気楽に乗っか っていればいい―――とゆーもんではなく、結構いろいろ気を使わねばならないのだ。 言うまでもなく、ドライバーの運転のために……ひいては、自分の安全のために。 と言っても、レースをしているわけではないので、ドライバーに合わせて、『抜重』や わけではない。 とにかく重要なのは………むやみに動かず、荷物のようにじっとしていること。 そしてコレが簡単なようで、なかなかムズかしく……特に現在のような状況だとそれ はなおさらである。 そう、出発してから2時間強。初めての長距離タンデムにも慣れてきた―――と言え ば聞こえはいいが、えてして慣れは刺激を減じ、退屈を産むもの……。 当初こそ大声でがなりあっていた勇樹や正徳との会話も、疲労と暑さのため、今や めっきりその口数は減っており………… さらに、運転に注意を払う必要がないぶん、何かに集中して気を紛らわすということも 出来ず……じゃあそれでは―と左右を見渡せど、そこにあるのは先ほどから何ら変わ らぬ単調な田園風景。 加えて、このけっして快適とはいい難い狭いタンデムシートにシートにえんえん跨り、 ただひたすらにじっとしがみついてるだけ……とくれば、これは落ち着きのない…… もとい、行動的な美沙にとって、なかなかにツラいものがある。 しかも、そうやって間をもてあますだけならまだしも、陽射しと熱波と照り返しが織り成 すまったくもってシャレにならない暑さは、ますますその苛烈さを増し……不快どころで は済まない感覚が、澱のように美沙の身体に、積み重なっていくのだ。 まさに、生殺し以外何物でもないそんな状況下、 蒸れたメットの中、陰鬱とした美沙の脳裏にふと、とあるイメージが浮かび上がる― (――あ―――――――――) ―――7日目の、力尽き…木から落ちる直前のセミの姿――― (……もーすぐあたしも……?……ぢゃないぃ!ま…マズいよコレわ!) 果てゆく意識の中、自分で自分にツッコミを入れ、ヤバい空想振り払い、 ……ごん…ごん…っ。 美沙は、その丸いヘルメット頭を、二度勇樹の背に打ち付けた。 「………?」 その衝撃に、勇樹はぴくっと身体を震わせ、スロットルを緩めて、 「………あ…?どした?キツい……?」 肩越しに、僅かに首を傾けこちらを見やり、シールドを開けつつ言う勇樹に、 (きつい…なんてもんじゃないわよー!) そう怒鳴りたかったが、むろん声を出す気にもなれず、 「…………ん…」 美沙は低くうめいて、首を縦に振った。 そしてほどなく、 びーっびーっ! 勇樹のバイクのクラクションが鳴り響き―――――― ふぉんっ!…うぉん!…ぉん……。 シフトダウンと共に、ウインカーを左へ出し減速する知美の背に従い、3台は路肩に 停まった。 そして、 「おー、どしたー?………と、あ…メット取っていーぞ」 言いつつ自らもメットを外し、髪をかきあげながら歩み寄ってくる知美に、 「あ…は…はい…河合さんが……かなりキテ…」 「う〜、知美ぃ…あたしもぉだめぇ〜」 外したメットをミラーに引っ掛けつつ答えかける勇樹の背中越し、長湯にのぼせた ような声を上げる美沙。 いや…『ような』ではなく、実際…限りなくその感覚に近いのだが。 ともあれ美沙は、汗に締まったあごヒモを勇樹に緩めてもらい、 「…………はふぅ〜〜………」 脱いだヘルメットを勇樹に渡すと同時に、よれたセミロングの髪を勇樹の背中に押し 付け、ぐったりともたれこむ。 一方、コレによって勇樹は、降りようとしていたシートから離れられなくなり…… 「……。」 熱気を巻き上げ、キンキンと小さく悲鳴を上げるエンジンに目を落としつつ、何か言い たげに、ビミョーな表情を浮かべるが……まあ、それはともかく。 「………って、河合さ〜ん、『もぉだめぇ〜』の前に、そのパーカー脱いじゃったら どーすか?」 呆れた苦笑混じりの声は背後から。 いつの間にやら買ったのか、4本の缶ジュースを手に、正徳が歩道脇の自販機から こちらに歩み寄ってきた。 「………え…?」 そして美沙は、なぜか驚き慌ててがばっと勇樹の背から身を起こし……… 「はい…どーぞ」 「……お☆わりーな」 「さんきゅ☆」 知美と勇樹、名々が飲み物を受け取り、ぷしゅぷしゅ音をさせる中、 「はい…河合さんも。それ脱いで冷たいもん飲めばすこしはラクになりますよ」 「あ…ありがと………。い…いやあの…でも―――こ…コレは……あ!そうそう…! ほ、ほら…長ソデ着て来いって…知美が……」 再度脱衣を促し、飲み物を差し出す正徳に、だが美沙は言いよどみつつ、なにやら取 ってつけたようなことを口にする。 まあ…確かに、バイクに乗るときの―――特に今回のツーリングのようなときの基本 ではあるが…… 一方、自分に話を振られた知美は、やや困ったような笑みを浮かべ、 「ん〜?あーいや…まあ言ったけどさ〜、この暑さだぞ。いくらなんでも限度ってもんが あんだろ……別にガマン大会しにきてるわけじゃねーし…」 「それに、こっからあとはもうほとんど一直線でコケる心配もないだろーから…… だいじょぶっすよね?」 「そーだよ。俺らももー脱いじゃってるんだしさ」 また、正徳と勇樹が口々に、それに付け加えるように言う。 ちなみに、勇樹のその言葉が示す通り、美沙以外の三人は、すでにこの茂原街道に 入る辺りから、ずっとTシャツジーンズ姿である。 そしてむろん……美沙も、ただバカ正直にそんなキホンをマジメに守っていたわけで はない。 言われるまでもなく、この暑っ苦しいヨットパーカーなど、さっさと脱ぎ捨てたかった。 ………が、とある事情から、それはできないでいたのだ。 そう―――かたくなに羽織っているヨットパーカー…その下に着ているのは、肩ヒモ のみでぶら下がる胸元の大きく開いた、白く薄い生地のヘソ出しノースリーブ。 コレは、長袖でも涼を取りやすくすること、水着に着替えやすくすること、また、勇樹に 与えるふにゅふにゅ感をより際立たせよう☆…などとしたオバカな思いつきから選んだ ものだったのだが………それが現在、完全に裏目に出ていた。 つまり―――この懐に流れる汗の感覚からすると……おそらく上半身は水を浴びた ようにびっしょり……。 ノースリーブの薄い生地は、濡れて肌にぴったり貼りつき、またスケスケ状態になって いることは想像に難くない。 加えて、その中身も……さすがに二プレスはしてるものの、『まー夏だし〜☆』などと… つい調子にノってやっちゃったノーブラであり……、 いまだパーカーの中に収まる『だいなまいつ☆』な胸は、くっきりぷるんとその形をあら わにしているだろーし―――ただでさええっちな美沙のボディラインは、この濡れ濡れ スケスケ状態でほとんどハダカ同然…… いや、ひょっとすると、ハダカ以上の『ふぇてぃっしゅ』ナブルなカッコになっているので はないだろーか……。 しかもましてや、道路はそろそろ渋滞しかけている。むろんバイクの走行に問題はな いものの、連なり列を成す車の脇をこんなカッコで走れば…… まあ、ノロノロ運転に飽いたトラックの運ちゃんや、家族連れのお父さんドライバーな どには、この上なくイキはからいとなるだろう。 だがしかし、いくらバイトがサービス業だからといって、休みの日にわざわざそんな スペシャルサービスをする気など、むろん美沙にはない。 店のメニュー看板、いちばん下に掲げられている『スマイル¥0』とはワケが違うのだ。 いやそもそもそれは関係ないが。 まあともかく、そんなわけで。 「……って…………そ――――――そんなことよりっ!」 美沙は、いきなり張り上げた強い口調で、皆の怪訝な視線を一蹴し、 「あ…あとどのくらいで着くのよ?」 キッ…と、その汗まみれの顔を知美に向けた。 思いっきり強引なごまかし方だが、あまりのその迫力に、一同はとりあえず追及を 止め沈黙。 そして、知美はやや怯んだ後、 「……あ…ああ。じ…じゃあ……そろそろみんな限界みたいだし、ココ抜けてもーちょ っと行くと『一ノ宮』に入るから、そこの海岸で…ってことにするか。」 「…………もーちょっとってどのくらいよ?」 憮然とした表情を変えず、重ねて尋ねる美沙に、知美は、 「ん〜、そーだな……すっとばしていきゃあ、20分くらいかなー?」 「そう。じゃ、こんなトコでモタモタしてないで早くいこいこ!」 あっさり頷き、促す美沙に、 (……………いやあの……。停めたのはあんたなんですけど……) 三人は、永遠に釈然としない思いを抱えつつ、 いまだ熱冷めやらぬエンジンに再び火をつけた。 |