ハート・オブ・レイン
              
〜第4章 熱夏にあえいで〜Shower Me〜

(5)

 かくして、いよいよ本格的に降りそそぐ陽射しの下、
 
    エキゾーストノイズ                          
 三車三様の排気音と、「まだぁ?」「死んぢゃう〜」などの美沙のわめきを撒き散らし

 
    は し
つつ、疾走りゆくこと十数分。
                            
              美沙のヘッドバンキング
 
また、幾度となく勇樹の背に撃ちつけられるヘルメットの鈍痛が、いーかげんシャレに

ならなくなり始めた頃……
        
   知美のバイク
 
先頭を走るCB400Fのウインカーが、左に点滅し始めた。

「ほ…ほら、河合さん、着いたみたいだよ」

「え〜、海見えない〜」

 そう、蛇足ではあるが、不満げな美沙の声が示すように、ここ外房の幹線は海岸線よ

り一本奥まっており…そのうえ、さほど海抜も高くないため、残念ながら、期待していた

オーシャンビューはいまだ望めない。

 が、それでも………

 海岸に向かう標識に従い、がたごとと揺れる砂利道の間道の先…やや高台に位置

する駐車(輪)場にバイクを入れれば―――、

「おー☆」

「やっとつきましたね〜☆」

 まずはともあれ、安堵の苦笑で顔を見合わせる知美と正徳。

 また、それに対して、

 眼下に広がる大海原…膨大な水をたたえた太平洋は、どこまでも果てしない青――

 燦々と降りそそぐ太陽は、白く崩れるその波頭を煌めかせ――――。

 そんな待ち焦がれていた光景に、

「うおおおおおおおおお〜〜☆」

「きゃああああああ!ついたついたぁ☆」

 あたかも、初めて海を見る人のように大歓声を上げる勇樹と美沙。

 そしてもう、ここまでくれば、することはただひとつ。

 メットを脱ぎ捨て、流れる潮の香りを胸いっぱいに吸い込んで……もはやただの熱気

の塊にしかすぎない用済みの愛車を放り出し――――――

 とにもかくにも海へ向かってまっしぐら!

「ごー!」

「お〜☆」

 まさに、この場所からそのまま海へとダイビングしかねない勢いで駆け出す勇樹と

それに続く美沙。

 またその背中に、

「おー、高山、乗んねーのかー?お〜い……」

 ちゃらりとキーを振りかざし、知美の声がかかるも、

「え〜?あー。帰りでいっすよ〜。あっちーから〜」

 走りながら答える勇樹の声はどんどん遠ざかっていく。

 ほどなく、駆ける二人の姿は海岸へと続く砂利道のスロープ、その先のカーブの向こう

に消えていき………

「……ふう。やれやれ……」

 腰に手を置き、知美は、大きなため息ひとつつき、

「……じゃ、あたしらも行くか」

「あはは……そっすね」

 振り返った先の正徳と苦笑と苦笑で頷き合い……二人は、流れる潮風に向かって

ゆっくりとスロープを降りていった。 

    

 そして――――

 どこまでも続く砂浜―――波音渡る浜辺には、早や幾多のざわめきが満ちていた。

 高らかな歓声を上げ、はしゃいで走り回る子供たち。

 しぼんだイルカやシャチなどに、息を吹き込み真っ赤な顔をしているお父さん方々。

 本日の天候と波の状況を伝える監視員のメガフォン声。

 ビーチベッドに腰掛け入念にオイルを塗りこむサングラスのおねーさん…に声をかけ

つつ、あっさりフラれて別のターゲットを探す男たち……。

 ………ぽーん…ぽぽぽーん。

 これからどこかでイベントでも始まるのだろうか、景気のいい花火の音が、風に運ば

れて耳に届く。

 そんな、盛夏の賑わいに溢れる、ここ昼前の一ノ宮海岸。そのビーチにて―――― 

「―――あ゛〜、まだかよ〜。おっせーなぁ……なーにやってんだよ〜」 

 額の上に手をかざし、今しがた更衣に使った海の家の方を恨めしげに見つめる勇樹。

 いつもいつでも、何の準備があるのやら―――女子の着替えの遅さをぼやきつつ。  

 対して、

「…あ〜、んなもんは女の子と海来りゃお約束ですよ……つか、んなことよりっ、ちょっ

と手伝ってくださいよ〜!」

 冷めた口調で返しつつ、たたずむ勇樹の背後で、ひとりパラソルの固定に苦心する

正徳が、怒声を上げる。

 そして勇樹は、そのうんざりとした顔のまま振り返り、

「え〜、だって俺、今ひとりでシート敷いたもん。俺のしごとはもー終り。だいたいパラソ

ル立ては、おまえの係だろ?借りてきたのもお前だし……」

 ちなみにこのパラソルは、さきほど海の家を出るときに、正徳が気を利かせて借りた

モノである。

 ゆえにこの、恩をアダでかえすよーな勇樹のセリフには、さすがの正徳も腹を立て、

「うわっ…そーゆーこと言うんすかっ、じゃあ、高山さんはパラソルの中に入んないで

下さいねっ!」

「……あ?いーよ。そんじゃあ、おめーはシートの中に入ってくんなよ!おらっ踏んでん

ぞそこっ!」

 ややキレ気味に言う正徳に、さらに子供じみた物言いで返す勇樹。

 だが正徳も負けじ劣らず、

「へーっ、そこまで言いますかっ?んじゃあ高山さんも、まだ立ててる最中の俺の借りた

パラソルにこんなモン引っ掛けないで下さいねっ!」

 怒気もあらわに憤然と言い返し、パラソル内側の骨に引っ掛けてあった勇樹のタオ

ルを、べしっと投げ捨てる正徳に、

「あぁっ!てんめー!!」

 ………………などと……

 もはや記すことさえバカバカしい、不毛……というより、完全に小学生レベル以下の

やりとりを繰り広げる二人だが………

 まあ……とかく人間、暑さの中では正常な思考を失いがちである。

 ましてや、広がる海を前にして、逸る気持ちを抑えつけ、かくもえんえん待たされ続け

れば、それもムリなかろうことと言えるかもしれない。 

 ともあれ、そんなどーしよーもない怒りの視線をぶつけ合い、さらにムダに周囲の気温

を上昇させ続ける勇樹たちだったが………

 そのとき、

『……おっ、見てみ。すっげーぞ。あれ……』

『…え?……お〜☆』

 ………?…………。

 背後からなにやら囁く男たちの声に、ふと振り返ってみれば……

「………あ〜!いたいた〜☆ゆーきく〜ん、マサく〜ん!お〜い☆」

 着替えを終えた海の家を背に、こちらに向かって手を振りつつ、現れ出でし水着姿

の美女ふたり。

 にわかに起こるどよめきと集まる視線を、気にもせず。こちらにむかってゆっくりと

歩んでくる……………

 先ずは―――

 熱く流れる浜風に、長い黒髪たなびかせ。 

 口を開けばちょいとおっかないおねーさんだが、黙って佇みゃクールビューティ。

 すらりとしたプロポーションに、スポーティな黒のワンピースがメチャクチャハマっ

ている知美――――そして、
             
ひかり         セミロング
 降りそそぐまばゆい陽光に、きらり輝く栗色の髪。

 身長こそ知美にやや劣るも、その分を補ってあまりある―――ボンキュッボン

な見事なボディライン。

 まさにはちきれんばかりの両胸を、歩みに揺らして向かい来る―――

 そんな、まぶしくも大胆な美沙のいでたちは……

 たぷんと揺れる豊かなバストに、そのデザインさえもゆがませて、左右2輪に花開く

あざやかなハイビスカスがプリントされた――トロピカルカラーのショッキングビキニ。

 まさに陰陽……絶妙なコンストラストを描く、この問答無用な二人の姿に―――

(………………………。)

 こちらへ向かう道すがら、クギ付けとなった男たちの視線を引きずりつつ―――― 

「わりーわりー、女子更衣室混んでてさ〜」 

「おっ待たせ〜☆あ…パラソル借りてくれたんだ〜♪」

 正徳が手にするパラソルの影に入り、微笑みかけるふたりの声。

 そんな、まさに映像がそのまま現実になったかのようなその光景に、

「…………。」

 さすがに、場慣れしている正徳も言葉が出ず。ただしばし絶句する。

 また、にわかに周囲の気配が、羨望と妬み…或いは殺気に変わりゆくのを感じつつも、

それに勝る感動のまま、

(〜♪)

 そして、この分じゃあさぞかし大変なことになってるだろう――勇樹の方へと向き直り、

「いっや〜、もー何もゆーことありませんね〜♪」

 自らのテレを隠すようにやや揶揄気味に、小声で言うも、

 だがしかし……

 この『とてつもない光景☆』を前にして、対する勇樹は、

「おーし、揃ったな!じゃ…いくぞ!」

 なにやら意気込みきびすを返し、振り仰ぐその勢いのまま…海へ向かってダッシュを

かけ――――――

(………って………え……?)

 また、この信じがたい勇樹の行動に、正徳は一瞬ぼーぜんとするも……  

「え………?ちょ…ちょい待ちっ、高山さんっ!」

 あわてて駆け寄り、勇樹の腕をひっつかみ、美沙と知美からやや離れた場所に導い

て―――

「あ…あの……ま―――まさか…お、泳ぐ……つもり…すか……?」

 引きつった笑みでおそるおそる問い掛ける正徳に、だが勇樹は、こともなく。そして

さも迷惑そうに、

「…あ〜?そーだよ、決まってんだろ。あちーんだから早くひと泳ぎしよーぜ」

「………って、あ…アホかぁ〜〜っ!カノジョ連れで初めて海来てっ、わき目も振らず

にひとりで海にダッシュしてどーするんすかっ?」

 いまだ小声ながらも、至極モットモな怒りを吐き出す正徳。

 だが、そんな正徳の剣幕に怯みつつも、さらに勇樹はきょとんとした顔で、

「……え?あ…な、なに怒ってんの…?おまえ……。だってお前…海来て泳がねーで

どーすんだよ…?」

 …………………………………………。

 もはやもぉ『まー高山さんだからね〜』では済まされないそんなセリフに……

 …………ぶちっ…。

 また、この期に及んで、焼付く砂の上…ひりつく足の裏をばたばたと足踏みで紛ら

わせている…そんなノンキな勇樹の態度に、

 ……ぶちぶちぶちっ。

 とうとう正徳の怒りはその限界点を突破した。

「だあぁ〜!もぉ〜っ!『ナニオコッテンノ』じゃないっすよっ!なに考えてんすかっ!

 いーっすかっ!?―――季節は夏っ!場所は海ッ!しかも目の前にはあんなとびきり

のカッコしたカノジョがいるんすよ!

 こんなポールポジションど真ん中みたいな状況で、いきなしエンストこくよーなマネ

してどーすんすかぁっ!」

 あまりの勇樹のアレっぷりにすこし混乱してるのだろう、マトを得ているのかいない

のかよくわからぬよーな例えを持ち出し、憤る正徳。

 ………まあなんとなく、言いたいことはわかるが……

 だがしかし、それこそソレは免許取立ての人間をF1カーに乗せるよーなモノ。

 そして、あんのじょう、勇樹は怒りの真意が理解できないらしく……

「え……………え〜っと……い……いやあの……よくわかんないんすけど……」

 頬をぽりぽり、ただただその剣幕に驚いた様子で応対し、正徳の怒りにさらに

油を注ぐ。

「うっわぁぁぁぁぁ!も……もおぉぉぉカンベンしてくださいよぉぉぉ!

 つかっ、だいいちっ!河合さんの水着姿だって見んの初めてじゃないのっ!?

 まー高山さんのことだから、かっちょいーセリフでうまくホメる…とか気ィ効かせてオイ

ルぬってあげるなんては当然ムリだとしてもっ――――――

 初めてつきあったカノジョの初めて見る水着姿☆なんですよっ!『立ち止まってぼーっ

と見とれる』っつーくらいのことすんのは、絶対不可欠な夏の重大イベントでしょっ! 

 これを外してどーするんすかぁぁぁっ!?」

 もはやはばかることなく張り上げた正徳の怒声に…だがやはり、

「…………え?…ど…どーする…って…いや…その…………」

 勇樹は、それでもわけがわからず風に言いよどみ、ただ正徳の勢いに圧されて、

2、3歩下がり――

 ぽよん…

 また、その下がった背中に伝わるやわらかな感触と共に、

「………いやいやまーまー高橋くん…」

 いつのまにやら、勇樹の背後に近寄っていた、なにやら重く沈んだ美沙の声が届く。

 そして美沙は、

「いやまー、キミの怒りはもっともだけどね……いまさらこのヒトにそんなの求めたって

ムダだって……。それになにより――――――」

 ………はふ…。

 一時、間を置き、重いため息ひとつつき……、

「―――なによりいちばんカナシーのは……とっときの水着着てきて無視されまっくた

あげく、そんな情けないコトを後輩にえんえん説教されてるカレシを見てるこのあたし

なんだからさ……。」

 この燦々と降りそそぐ陽光の眩しさに反比例するような、沈痛な表情を浮かべ告げた

美沙のセリフに、

「………あ。そ………そーっすね………。すんません……」

 荒ぶる意気を鎮火させ、なぜか謝る正徳。

 そして二人は、勇樹を挟んで顔を見合わせ、がっくりとうなだれて……

『…………はぁ……』

 勇樹の前後、重なり吐かれた重いため息が―――照り付く陽射しに焼けた足元…

その砂中深くへと沈んでゆく……。

 そんな中、わけのわからぬ二人の落胆っぷりに挟まれ…まあ、多少いぶかりつつも、

「…?よーよー、なんでもいーけど早く海入んねー?俺マジ足の裏あちーんだけど……」

 相変わらず足をばたばたさせつつ言う勇樹に、

 ………………ぎんっ!

 振り仰ぎ、向けた4つの瞳は、憤怒の輝き。

『いーからアンタはだまってろ(な)!!!!!』

 みごとに唱和した二人の怒声が響き渡ったのは、もはやまったく言うまでもない。

  

 そして、いまだモメる三人を遠巻きに眺めつつ―――

「―――ふう。………やれやれ…」

 腰に手を当て…もはやお決まりとなったポーズで、お決まりのセリフを吐く知美。
 
                                             そ ら
 その困った笑みを打ち消すように、かがやく蒼穹を見上げつつ―――

 かきあげる長い黒髪が、吹き抜ける浜風に流れていく……………。

  

(6)へつづく。

   

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