ハート・オブ・レイン
              
〜第4章 熱夏にあえいで〜Shower Me〜

(9)

 そして……

「じゃ…ちょっと待っててね……」

 ともあれ、美沙を車に運び込み―――すでに剛がセットしてくれていたのだろう、フラット

なベッド状態になっていたセカンドシートに、彼女を横たわらせた後のことである。

 そう言って、真子は軽い応急処置を施すため、美沙と共に車の中に入り―――

 また、処置をする上で、男性がその場にいると、いろいろ不都合な点もあるのだろう、

 ぎぃぃ……がちゃん。

 閉ざされたスライドドアを前に、勇樹と剛は車外に締め出された格好になり、

「………あ……。」

「……え…え〜と…………。」

 再び、熱い車外に降り立った二人は、お互いなんとなくばつ悪そうな顔を見合わせ

つつ……

 ごぉぉ〜。

 『最強』に設定されたカーエアコンの音が響き渡る車内を背に、二人はワンボックスカ

ーの白いボディに寄っかかり……

「…………………あ。あ〜……まあ…心配すんな………」

 やや気まずさが残る苦笑を浮かべ、剛が口を開いた。

 また剛は、その口に、ショートパンツのポッケから取り出したタバコをくわえつつ、
                     アイツ
「いや…あー見えても真子、スポーツインストラクターでよ。確か…ライフガードも持って

るって言ってたらさ………ま…とにかく、まかしとけばだいじょぶだと思うぜ……」

 どこか不器用な物言いで、照れたような笑みを浮かべながらタバコに火を点し―― 

「……っと。……いるか?」

 その吸い口の部分だけを一本抜き立たせたタバコの箱を勇樹にも差し出す。

「あ…す…すんません…」

 また勇樹も、たどたどしい物腰で、おずおずとその一本に手を伸ばし―――

 しゅぼっ。

 次いで差し出されたジッポライターの炎に、くわえたタバコを近づけていく。

「……………ん…っ…」

 渇いた口内に広がるタバコの味は、ややキツイものがあったが、それでも落ち着きだけ

は取り戻せたようで………。

「………ふぅ…。」

 ぴりぴりと辛い煙を吐き出しつつ、勇樹はひと息つき、隣に並ぶ剛を見やって―――

 (……あ……え〜っと……。)

 だが、取り立てて話す話題も見つからず……。

「……………」

 勇樹はそのまま口を閉ざし………。

 また、剛も……

「…………ふ〜。」

 しばし………

 吐き出されたふたつの紫煙の帯が、潮風に流れていき―――

 『こーゆーときはとりあえず自己紹介でも…』とかいう言葉を知らぬ男二人の……

 だが、不思議に安穏としたひとときが過ぎていく……。

 まあ…そんな中、   

「―――あ。けど……ま〜たなんでこんなトコ歩ってたんだ?」

 ふと気付いたように、口を開く剛。

「え…?あ…え〜っと……」

 問われて、やや困ったように口を開きかける勇樹に、

「いや……ココはまだ正式に開通してない道路でよ……っつてもまあ、ちょっとウラワザ

使や入って来れるし、あっちの浜の方の渋滞を迂回できっから、俺なんかはちょくちょく

使ってんだけどよ……けどまあ、歩くとなるとしんどい距離だし……デートにゃ向かねー

べ……?」

 人の詮索をするのが苦手な性分なのだろうか……剛は、どこかぎこちなく、もって回っ

たような口調で問い掛ける。  

 一方、勇樹はそんな剛の言葉に、なるほど…と思いつつ、

「あ〜、そーだったんすかぁ!どーりで……」

「……ん?」

「あ…い…いやその…実は――――――」

 答えを待つ剛に、ややたどたどしくも、かいつまんで事情説明を始める。

 そして…

「………ほえ〜!そりゃ大変だったなぁ……。ま…この辺の海は潮の流れが急に早く

なるときがあんからな〜」

 あまり流暢とは言えぬ勇樹の説明に、だが剛は素直なリアクションで驚き……

 また、どーやら勇樹は、かいつままなくてもいいことまで説明したようで………

「けど…ま、気持ちはわかるぜ。ホント女っつーのは、よくわかんねーべ?いっきなり怒り

出したり、黙っちまったりすっからよ……」

 似たような経験がままあるのか、渋い顔を浮かべて頷きながら、背後の車に目を向け

る剛。

 …と、そのとき。

 うぃぃぃ〜ん。

 閉じられたスライドドアの、スモークウィンドウが開き、

「…………ったく、黙って聞いてりゃなに言ってんだか。だいたい、よくわかんないの

は、あんたたち朴念仁の頭の中身でしょーが……?」

 あきれ返った真子の表情が、開く窓ともに徐々にあらわになっていった。

 そう、どーやら……

「え…あ……ま、真子…?」

 あわてる剛が周囲を見回すまでもなく、よく見れば助手席の窓が半開きになっており…

…二人の会話は、ほとんど丸聞こえだったらしい。

 一方、勇樹はいつのまにか剛と同類扱いされていることに、複雑な表情を示しているが

……まあ、今はそんなことはどーでもいいだろう。

「……ま、とにかく。もういーわよ。入ってきて……って、あ…剛は運転席直行ね。振り

向かないよ―に。」

 ややぶっきらぼうに言う、なにやら奇妙な真子の指示に、二人は首を傾げつつ、

「……ん?…ああ」

「は…はい」

 剛は運転席へ……そして勇樹は、セカンドシートのドアを開き、ひんやりと、心地よい

冷気に包まれつつ―――車に乗り込んだ。

「……ん…っと……」

 車内の薄暗さに目を慣れさせ、フラットシートの上に視線を伸ばせば……

「……あ…」

 脇の下や首筋などに冷えた缶ビールや缶ジュースをあてがわれ……仰向けに横たわる

美沙の姿。

 また、血行をよくするためだろうか…そのビキニのトップはヒモを緩められ、ただ胸に乗

せただけになっており、包みきれなくなった乳房の肌が、ところどころ日焼けの跡を残して

白くあらわに……そして、たわわに鎮座する豊かなふくらみが、美沙の呼吸に合わせて、

ゆっくりと上下に揺れている……。

 なるほど。かなりキワドい格好であるがゆえに、真子の出した奇妙な指示も、ここで理解

でき―――同時に、その静かに呼吸する様子から、容態はいくぶん和らいだことも伺える

が……

「あ……河合さん……?」

 息を飲み、美沙の顔を覗き込みつつ、小さく声を上げる勇樹。

 だが、それを咎めるように、

「あ…静かにしてあげてね。眠っちゃったみたいだから……

 ん〜、熱中症がどーこーって言うより、ちょっと寝不足だったみたいよ…カノジョ…。

 あんましムリさせちゃダメじゃない……」

 そう言ってドアを静かに閉めつつ、苦笑を浮かべる真子。

 勇樹は、静かに眠る美沙の寝顔を見つめつつ、

(……………。)

 刹那…勇樹の脳裏に、あのゴージャスな昼食が思い出され―――なんだかちょっと胸が

痛くなる。

 またその一方、

「……んで、どーだ真子?容態は……?」

 ルームミラーから後部座席をちらちらと伺いつつ、尋ねる剛に、

「うん、あのね……って、あ…剛はこっち見ちゃダメっていったでしょ!目線を下げるっ!」

 真子は神妙な顔で頷きかけて……やおらキツイ口調で言葉を返す。

(……って、あのな……それじゃ運転できねーじゃん…)

 などと思いつつも、剛は言うとおりに目線を下げ、手元のハンドルに向かって話すよう

に……

「………で?」

「ん〜、そーね……。もうかなり落ち着いたみたいだし…今すぐ病院に担ぎ込んで――

って必要はないけど……もちろんムリは厳禁。

 なるべく早く、もっとちゃんとしたところで、ゆっくり休ませてあげたいんだけど……」

 問い直した剛に答えつつ、真子は、語尾の部分で勇樹に顔を向け、 

「…んと……キミたちのおうち……近い?」

「あ…いえ。東京です……」

「ん〜、じゃあ…どっか泊まる予定のトコは……?」

「え…あ〜、いや…今日は日帰りのつもりで来たから……」

「う〜〜ん……そっかぁ……」

 答える勇樹に、やや難しい顔を見せ、真子は再び剛へと言葉を向ける。 

「ん〜……じゃあ、剛…やっぱウチに連れてくしかないかも……」

「おー。わかった」 

 また、剛はそんな真子の判断に、まったく異を唱えることもなく二つ返事でそう答え…
                   
 こ っ ち
「んじゃ…(車)出すから、真子、助手席こいよ」

 言いつつ、クラッチを踏み込み、コラム式のシフトバーを握って発進の準備を整える。

 ……が、その一方、いきなりのそんな展開についていけず…勇樹は、

「え…?あ…ちょ…で…でも……」

 戸惑い慌てて、口ごもりつつ何かを言おうとするが……

 対して、剛は何をか察したように、

「あー、でーじょぶだって。遠慮すんな。すぐ近くだから…。それにウチにゃ俺らしかいねー

しよ、悪ぃよーにはしねーから☆」

 躊躇する勇樹に振り返り、歯をニカッと見せて笑う剛。

 また、真子はその身を助手席に移しつつ、そんな彼の物言いに困った笑みを浮かべ

て、

「いや……だから剛ぇ、あんたのその言い方がアヤシイのよ。なんか…セコイ誘拐犯か

ポン引きみたいよ……」

「…え?ポン…って…。おめー、そんなん聞いたことあんの……」

 要らぬところでツッコむ剛が言い終わらぬそのうちに――――

「……つーか、振り向くな!っていってるでしょーがあんたは。」

 ぐきっ!

「……ぐぁっ!………」

 真子は移動しながら、振り返っていた剛の首を強引に正面へと捻じ曲げ、黙らせて。

「…………〜〜〜っ……。」

 首を抱えて沈黙する剛を尻目に、真子は助手席に着き……再び勇樹に振り返り、

「んしょっ……と。あ…でもマジメな話、彼女…もーちょっと休ませてあげないと。このまま

じゃお家にも帰れないわよ。

 ムリさせて、ぶり返しちゃう可能性もあるし―――って、あ…。そっか……二人で来てる

わけじゃなかったのかな……?」

 言葉途中で、勇樹の心中を察し尋ねる真子に、

「――――え?……あ…は、はい。あっちの浜に連れが…」

 なんだかイロイロな雰囲気に飲まれつつも、勇樹は、おずおずと窓の外―――目指して

いた浜辺の方向を指差す。

「ん〜……?」

 真子はそれに従い、助手席の窓からその方向へと視線を延ばし……

「いてて……あ゛〜もー!なにすんだよ!? お前はいきなり………ん〜……?」

 また剛も、首をこきりこきりやりつつ、真子にぶちぶち言いながらそちらを見て、

「……あー?なに?この炎天下ん中、こっからあそこまで歩っていくつもりだったんかよ!?」

「…って、剛はまぜっかえさないの…」

 驚く剛。またそれを軽くいさめつつ、真子は再び勇樹に向き直り、

「ん〜、そっか〜…でも…あそこまで行くとなると…もうそろそろ帰りの車も出始める頃だ

し……かなり渋滞してると思うから、けっこう時間がかかるわよ……。

 それに、さらにそこから人ごみの中、友達を探して――なんてやってる間、彼女もかわい

そうだし…………」

 苦い表情を浮かべて、横たわる美沙を一瞥する真子。

 まあ確かに、もっともである。それに、もし仮に正徳達がすぐ見つかったとしても、バイ

クで来てる以上、美沙の容態を快復させる役には、あまり立たないだろう。

 …が、とはいえ、連絡くらいはつけないと……

(………う〜〜ん……)

 しばし難しい顔をして思い悩む勇樹に、すると真子は、

「あ…そーだ。お友達…ケータイ持ってきてないの…?」

「あ…持ってきてると思いますけど……」

「おー、なんだ。早くいえよ。」

 答える勇樹に、剛は無造作にポケットをまさぐり―――

「ほら…コレでかけてみ?」

 取り出したケータイを、後ろ手に勇樹に手渡す。

「え…?あ……す、すいません…じゃあ…使わしてもらいます」

 勇樹は戸惑いつつも、それを受け取り……

 ぱこ。

 二つ折りのケータイを開いて、正徳の番号を……

「………………う。」

 ボタンを押す指を立てたまま、固まる。

「あれ…どしたの?」

「い…いやあの……友達の番号が……」

「あ〜、覚えてねーんか……?」

「…は…はい……着歴とかからしか、かけたことないんで……。」

 困惑しつつ、申し訳なさげに言う勇樹に、真子はやや考え、

「ん〜〜、じゃあ…そのお友達のケータイ番号がわかる所で、覚えてる番号とかはない

の…?例えば他の共通のお友達の家とか……?」

「う〜ん……そう言われても……。他の奴らもみんなバイト先の友達で……ケータイしか

知らないから似たよーなモン……」

 そこまで言って、

「……あ…☆」

 勇樹は、とある絶対忘れよーもない番号を思い出した。

 そう………度重なる遅刻や急オフの連絡等で、ケータイ・家電話問わずあらゆる場所

から、かけ慣れ尽くしてるその電話番号は……

 もちろん、『シザーズ・三芝店』。

「お…。どっかわかるトコあったか?」

「はい……えっと…」

 ひらめいた勇樹の顔に気付き、声をかける剛に答えて、

 ぴ…ぴ…ぴ…………

 勇樹の親指は、その狭いキーボードの上を軽やかに弾んでいく。

 そして………

 プルルルル…プルルルル……プルルルル…プルルルル……

「………?……」 

 かなり長い呼び出し音に、勇樹が眉をひそめ始めた頃―――

『は―――はいっ!お待たせしました。シザーズ三芝店でございますっ!』

 やや上ずった感のある、聞きなれた愛想いい町田の声が、勇樹の耳に届いた。
                                 
ピーク
 どーやらその声の調子から察するに、時間外れの多忙期を迎えていたようだが…。

 もちろん、今はそんなことを気にしてる場合でもなく、

「あ…町田さんすか?俺です。高山です!」

『…………あ〜〜〜!?』

 名乗る勇樹にすかさず、町田の声はそのトーンが変わる。

「あ…い、いやあの……」

 まるで地獄の底から聞こえてきそうなその声に、刹那勇樹はビビって言葉を失い……

 だが、その間にも、

『んだよっ!? おめーわ!こんのクソ忙しーときに電話なんてかけてくんなっ!!」

 怒鳴る町田の声は、まるで今すぐにでも電話を切ってしまいそうな剣幕で…

 勇樹は慌てて、

「あ!や…ちょ…町田さん、切んないで下さいよっ!ぢ…ぢつは…………」

 取り急ぎ、かいつまんでいるんだかいないんだか…要点・不要点を交えた、コトの顛末

を一気に告げ――――

 また、それに伴って、町田の声も怒りから困惑に変わり……

『…あ〜?い…いやちょ…高山、落ち着け……。まあ…なんだかわかんねーけど、とにか

くなんか大変なんだな……?』

 なだめる方向に変わった町田の口調に、勇樹もその言葉のトーンを落とし、

「あ…そ、そっす…。で、だ…だから、マサのケー番、教えて欲しーんすけど……」

 すると町田は、

『か〜……ったく、なにやってんだよおめーらは…?遊びに行ってるときまで俺に手間

かけさせんじゃねーっての…………ちょっと、待ってろよ……』

 かなりイヤそーに悪態をつきつつも、どうやら正徳の番号を調べ始めてくれた様子。

 ややあって……

『お…待たせたな……。いっか?言うぞ。マサの番号は……と、お前、メモとかしなくて

だいじょぶか?』

「あ…そっか……ちょっと待ってください……えっと……」

 尋ねる町田に、勇樹は俯いた顔を上げ、視線を宙に泳がせ……

「―――はい…コレに書いていーわよ」

 そのタイミングを待っていたかのように、真子が差し出したメモ用紙とペンを手に取り、

「……あ。すんません。―――はい、町田さん、いっすよ……お願いします」

『おー。じゃ言うぞ――――090のXXXX………』

「……はい…090の……はい…はい………………」

 ………かくて。

 勇樹は、正徳の電話番号を無事書き取り終え―――

「―――あ、あの……すいません町田さん……あ…ありがとうございました…」

 いつになく殊勝な態度で、町田に礼を告げる。

 対して町田は、やや照れた様子で、

『…お? はは。まあ…いーって。ま…ひとつ貸しにしとくからよ…?』
                  
 オープン
「あ…はいっ!帰ったら、もー"朝番"でも"通し"でもなんでもっ!」

 多分に軽口気味に言った町田の言葉を、まともに間に受け、勢い込んで答える勇樹。

 また、そんな勇樹に町田は、カルい笑い声混じりに、

『あはははは。いや〜、そんな気にすんな。ま…さしあたって、週3”通し”の残りは”オープ

ン”…ってことくらいでチャラにしてやるよ』

「あ…はい。すいません。ありがとうございます!」

 言われたことをよく考えもせずに、勇樹は町田に感謝の言葉を述べ、

『……っと、やべ…!そろそろ戻んねーといけねーや。

 んじゃ高山、これで切ンぞ! あんま美沙ちゃんにムリさせねーよーに。気ぃつけて帰

ってこいよ―――んじゃな!』

「はい!ありがとうございました!」

 慌しくも気遣いの言葉をかけてくれる町田に、再度改めて礼を言い―――

 …ぷっ…。

 町田との通話を終えた勇樹。

 その刹那、ふと浮かんだ違和感に考えを巡らせ―――

 ……つ〜…つ〜……。

「……って、よく考えたら、『週3"通し”、残り”オープン”』って……。かなりシャレになんない

よーな………。」

 切れた電話を見つめつつ…勇樹は半ばぼーぜんとつぶやいていた。

  

(10)へつづく。

 

 

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