ハート・オブ・レイン
              
〜第4章 熱夏にあえいで〜Shower Me〜

(10)

 まあ…それはともかくさておいて……

「…ん?…どーだ?わかったか?」

「……え?…あ…ああ……はい…」

 うっかりしちゃた町田との口約束に未だ戸惑いつつも…勇樹は、剛の声に応えて、正徳

の番号を押していく。

 ぴ…ぴ…ぴ…。

 そして……

 プルルルル…プルルルル……プルルルル……………

 3コール、4コール……続く呼び出し音の中―――

「ん〜、でねーか?」

「……ええ…。向こうも俺ら探してんのかも……」

 尋ねる剛に、苦い表情で答える勇樹。

 なお続くコール音に、あきらめかけて、電話から耳を離そうとするが……

「あ…ちょっと待って。留守電には…ならない?」

「……あ。そっか…そーですね…」

 それを制止する真子の声に、勇樹は再び電話を耳に押し付ける。

 するとほどなく―――

 ……プルル……プッ―――留守番電話サービスセンターに接続します―――

 無限に続くかと思われたコール音が、やおら機械的な女性のアナウンスに変わり…… 

「あ…!留守電になりました!」

「ん……じゃ、こっちにかけ直してもらうようにメッセージ入れときなさい」      

「あ…はい。えっと………」

 落ち着いた口調で言う真子に頷き、

 ―――こちらは0・9・0・X・X・X・X・X・X・X・X番です。只今電話に出ることが―― 

(あ……えっと……えっと……)

 勇樹は、手順を話すアナウンスが流れる間、正徳へ残す手短かなメッセージを必死で

考え……

 ―――終わりましたら、#を押してください―――

 ぴーっ。

(……え?もう?)

 ………などと。告げる内容がまとまりきらぬまま……だがそれでも意を決し(笑)、

たどたどしくも慌てた口調で――また、わかりやすいように(?)と、必要以上の大声を

張り上げ、正徳へのメッセージを残していく………。

「『……あッ!えっとマサっ!? お…おれ…高山だけど!そ…その〜…ちょっと…大変

なコトになっちまってよ! え…え〜と……と、とにかく、コレ聞ーたら、この電話にかけ

なおして!!』…………んで……#…と。」

 ……ぴ。

「………ふう。」

 そして、どーにかひとしごと終えたかのように、息をつく勇樹に、

「………あー、いや…どーでもいーけどよ…」

「………それわ……絶対ビックリすると思うわよ……お友達……」

 かなり引きつった面持ちで、剛と真子は、ぼーぜんとつぶやいたのであった。

   

 そして―――  

「―――ま――――まぁ、とりあえず、行くべ?んで…連絡ついたら、こっちに来てもらう

なり送ってくなりすりゃいーだろ……」

 いまだ呆けたような声で言いつつ、剛は車を発進させ―――

「……と、ちょっと待って剛。ねぇ……あれ…あそこのボート、キミの……じゃないの?」

「……あ!そっか。そーです!うわ〜、すっかり忘れてた!」

 正面、やや左斜め前方を指差し言う真子に、勇樹は、正徳が聞いたらイヤな顔をされ

そうなセリフを吐きつつ、ダッシュでボートを取りにいき―――

「おお。けっこーでけーボートだな………乗るか?」

「ええ…まあ……なんとか……よいしょ…っと……」

 やや心配げに声をかける剛に答えつつ、勇樹は、眠る美沙の邪魔にならぬよう、ボー

トを折り曲げ……なんとか車内に押し込んで、

「……はあ…はあ……お…お待たせしましたぁ……もういっすよ…どーぞ〜……」

「おー。」

 荒く息つき促す勇樹に、剛は軽く答えて、再度改めてアクセルを踏み込み―――

 ヴゥゥ……ン……… 

 白いワンボックスは、たなびく白煙の尾を引き―――

 陽炎揺らぐ岬の道路を駆けていった……。

 そして……  

 勇樹が見つめる窓の外―――先ほどまで、遅々として動かなかった岬の景色が、ウソ

のように流れていき……

「------っと、そーいや……名前聞いてなかったな……」

 くわえタバコでハンドルを切りつつ、ふと気付いたように言う剛。

 開いた窓から吹き込む熱い潮風が、冷やしすぎの車内の室温を適度に調節し―――

 また、真子も、

「あ…ああ、そーいえばそーね……って、やだ…剛、あたしたちも名乗ってないじゃない。

 申し遅れました―――あたしは、岸和田真子……」

 苦笑を浮かべて言いながら、ややかしこまった口調で、そう名乗り…… 

「俊藤剛だ。よろしくな☆ あ…タケとマコでいーぜ。」

 剛が、カルい口調でそれに続ける。

 対して勇樹は、急にいずまいを正して、やや緊張した風に……

「あ…はい。た…高山勇樹です……よ、よろしくお願いします!」

 そして…傍らに横たわる美沙を一瞥しつつ、

「あ……と、こっちは、河合さ…河合美沙…さん…です…」

 まあ…なんとも戸惑った感じのぎこちない口調ではある……。

 が、真子は、そんな勇樹の態度を気にした風でもなく、

「ふーん……じゃあ、『勇樹クン』と『美沙ちゃん』…でいーかな?」

 そう言って、にっこり笑って振り返る。

「あ…はい」   

 頷く勇樹に、その一方、剛は…

「……けど、「さん」って……?カノジョじゃねーんか?」

 勇樹の物言いの不自然さを目ざとく聞きつけ、問いただし……

「……あ…あー、い、いやあの…一応、年上なんで……それにまだ、付き合って2ヶ月だし

………」

 なんだかイタいところを突かれたように…なにやらいいわけがましく、おどおどと答える

勇樹。

 そんな勇樹に―――と言うか、そんな聞かんでもいーことを尋ねる剛に対してだろうか…

………ともあれ、真子は困ったような笑みを浮かべつつ、

「あらら……でも、それはなるべく早く直してあげた方がいーわね……気になるわよ〜、

女としたら……」

 またそれは、勇樹も普段から美沙に言われ、気にしているコトだけに……

「そ…そっすかね〜、でも……わかっちゃいるけど、なかなかタイミング……みたいのが

つかめないんですよ〜〜」

「まーな〜、呼びなれてる名前を、急に変えんはむずかしーかもな〜」   

 そんな勇樹の言に同意しつつ、やや渋い顔を浮かべる剛。

 真子はそれに頷きつつ、

「う〜ん、じゃあ…いきなり呼び捨てにするんじゃなくて、まずは、名前の方を『さん』づけ

で呼んでみたら?」

「あ〜、いや…それわ、考えたことあるんですけど……でも、ちょっと言いにくいんすよ…」

 だが勇樹はワケアリ風に、苦い笑みを浮かべて答える。

 そんな勇樹の物言いに、真子は首をかしげて、

「ん…?言いにくい?なにが……?」

 そして、試しに……

「んと……『みささん』……。……あ。確かにちょっと言いにくいわね」

「でしょ?……だから、けっこー困ってんすよ〜。」

 気付いて苦笑を浮かべる真子に、言葉どおり、困った笑みを浮かべて言う勇樹。

 そこへ、もはやどーでもよくなったか…剛は、頭かきつつめんどくさそうに、

「ま…いーじゃねーかよ。呼び方なんてどーでもよ……違う女の名前呼んでんじゃねーん

だしよ……」

 ―――いやあの…そーゆー問題じゃ……とゆーか、そもそも最初にツッコミだしたのは

あんたでしょ……

 そう思う真子だが、言ってどーなるモンでもなし。いつものよーに聞き流そうとして……

 だがしかし。

 そんな剛の言葉に勇樹は、なぜか我が意を得たりの口ぶりで、

「そ…そっすよね〜!けど…呼び方とか以外にも、ことあるごとになんか怒られんすよ〜」

 なにやら迷惑そうに、渋い顔を作りつつ、

「…やれ歩くのが早すぎるー――とか、着てくる服がいつもいっしょだ――とか……

 こないだなんて、自分で友達紹介しといて、俺がその友達とばっかしゃべってたら、

あとで全っ然、口聞いてくんなくなっちゃって………もーマジ困っちゃいましたよ〜

 ……まったくなんなんすかね?女って……」

 ―――いや……。困っちゃいましたぢゃないでしょ。君も………。

 眉間のしわを深めて、さらに顔を引きつらせる真子………。

 だが、それでもなんとか取り直し、何か言おうと口を開きかけるが………

「―――あ…あのねえ…キミ…」 

「あはははは☆」

 突如高らかに笑い上げる剛の声に阻まれ、かき消されてしまう。

 そして剛は、さらに、

「いやいや。ま…女ってーのはそんなもんだよ。細けーことチェックすんのが仕事みてー

なもんだからよ……まあ、あんま気にしねーこったな。

 どーせ俺らにゃ、考えたってわかんねーんだからよ。」

 なにやらエラそうに、わかった風な対女性論を並べ立てる剛に、

 ―――いや。いつ気にしてんのか?考えてんのか少しは?つーか、デートの当日

「ねみーから」のひとことでキャンセルしよーとすることがほんとーに『細けー』ことか。

そもそも、考えなくてもわかるよーなこともわかんないでしょ。あんたわ。

 ………果たしてどこをどーツッコんだらいいものやら……真子は思いあぐね―――

 だがしかし、その間に、

「あ…そ、そぉっすよねぇ〜!やっぱ。う〜ん…すごいな〜剛さんって。なんつーかこう…

言葉に重みがある…っつーか………」

 あたかも、探し求めていた同志をみつけたように――勇樹は語気を高めて、わけのわか

らぬ賛辞を送りつつ、剛を支持し……

 また剛もそれを受けて、ますますエラそうに…なにやらシブく、タバコの煙を吐き出しつ

つ…

「おー。ま…年の功ってやつだな。何でも聞いてくれていーぞ」

 そして……

「はいっ!」

 大きく頷き……勇樹もそれに追随する。

 よもや、剛が運転さえしてなければ、がっちり握手でも交わしそうな雰囲気である。

 一方、そんな正体不明の盛り上がりを見せる、ツッコミどころのみが充満した車内の

空気に―――――――

  ………………あ……………えーっと……………………。

 真子はひとり、知らずにアヤしげな宗教の集いに参加してしまった者のよーに固まり、

ただただ目を点にするばかり……。
                      
 バクシン
 そして……なんだか間違った方向に驀進しまくる二人の会話は、ますますエスカレート

していき―――

「あ☆……じゃ、こーゆーのもわかりますかね?実は今日も……」

「……あーわかるわかる。そうそう、髪型ちこっと変えたとか、おニューの服着てきたとか

に気付かねーくらいで、す〜ぐムクれんのな?そんないちいちチェックしてられっかって

の!毎度毎度、『7つのエラー』みてーなことやってんじゃねーんだしよ……」

「あはは…それ、俺もよく思いますよ〜。そんでアレでしょ?そのあと必ず『似合う〜?』

とか聞いてきますよね?」

「おーおー。あの、答えは一個しかない『究極の二択』か? しかもムリヤリにでも『似合

う』って言わされた後のリアクションがいーかげんだと、またまためんどくせーことになんの

な…?」

「あ!そーそー。そうなんですよぉ!さっすがわかってますね〜☆」

「あはは…まあ年季が違うからな〜」

 ……………………………などと。

 まさに水を得た魚のように、勇樹と剛は、あますことなくお互いのアレっぷりを炸裂

させ―――

 ………って………まあ、なんとゆーか……

 これ以上、こんなナサケない会話を書きつづけるのは、不毛の極みであると共に、

非常に心苦しいため、この辺で割愛させていただくとして…… 

 ともあれ……

「………………………。」

 ひとり、ヤな汗かいてただじっと助手席で前を見つめる真子を除いて、

『わはははははは』 

 やたら楽しげな笑い声を響かせた白いワンボックスカーは、間もなく岬の根元に

さしかかろうとしていた。

  

(11)へつづく。

 

 

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