ハート・オブ・レイン
〜第4章 熱夏にあえいで〜Shower
Me〜
(11)
そして車は、早や渋滞の兆しを見せ始めた、車列の帯を作り出している海岸線の 幹線道路を横切り――― ほどなく、左右に田畑を望む簡素な沿道に入っていく。 またそれに伴って、窓から吹き込む潮の香りが、やわらかな草いきれに変わり始 めた頃―――、 「―――ところで、東京のどっから来たんだ?」 久しぶりにアレさ加減を存分に吐き出し、スッキリしたのか…よーやく話題を変える 剛に、 「え…?ああ、田町―――ってもわかんないかな…えと…東京タワーの近くです」 答えつつ…わかりやすいように言い直す勇樹。 だが剛はそれを聞いて、やや驚いたような顔になり…… 「…え?そーなんか?いや、わかるよ…つーか、そんじゃ俺んちとそんな離れてない じゃん―――俺んち……大井町だよ」 大井町……ちなみに、勇樹の住む町から二駅先で……バイクや車で行ったとしても、 およそ20分足らずの距離だろうか。 ゆえに、むろん勇樹もその町名を知らぬわけもなく、またちょくちょく買い物などで遊び に行ってる場所だけに…… 「………え……えぇ〜っ!? そ…そーなんすかっ?俺はてっきり……」 てっきり――地元の人間だと思っていただけに、勇樹の驚愕は、剛よりも大きく―― また、 「…って、でも…それじゃあ、今から行く家って…?―――あ…じゃ、真子さんの……?」 困惑気味に問い返しつつも……珍しく先を読んで、真子に話を振る。 「………………え…?……あ……」 一方真子は、未だ先ほどのダメージが抜けきっていなかったらしく、勇樹の問いに、 やや戸惑った様子を見せたが……まあ、それでもなんとか取り直し、 「―――あ…ううん。あたしも東京…調布よ……。」 「………え…?…で…でも……そ…それじゃあ……???」 答える真子の言葉に、勇樹の困惑はさらに深まる……。 …と、そこでよーやく、真子はいつもの察しのよさを取り戻したか、勇樹の惑いを打ち 消すように…… 「あ…あーそっか。あのね……私たち今、知り合いの別荘にお邪魔してるのよ」 「……あ。そーなんだ……」 真子の言葉で合点がいき、しかし、その反面…、 「…え…?で…でも…それじゃあ…その家のひとたちとか…」 勇樹は違う不安に顔を曇らせるも…真子は、そんな彼のいらぬ心配に、軽く微笑みな がら、 「ああ…それは大丈夫。さっきも剛が言ったけど、今はあたしたちしかいないから。気に しなくていーわよ☆ それに…子供のときからずっとお世話になってる家だからね。ある程度自由にさせて もらってるし………図々しい話だけど、もー自分の家とほとんど変わんなくてね……」 そう言ってイタズラっぽい笑みを浮かべる真子。 また、剛もそれに付け加えるように、 「おー、だからまー、とにかく遠慮すんな☆」 「あ……は…はい……」 とはいえ、ここはさすがに元気よく…とはいかなかったか、勇樹はやや遠慮がちに、 曖昧に返事をする。 そして、 「―――っと、そろそろだぞ…」 そんな勇樹の様子を気にもかけずに、うながす剛の言葉に、周囲を見渡せば、 「………あ……」 すでに周りは、遠くに山の端を望む田舎の風景……いつしか道路は、水田を縫うよう に蛇行する砂利道に変わっており――― またほどなく、車は低い樹棚を吊った梨の木々が連なる果樹園の合い間の狭い道へ と曲がっていく。 装路。かなり傾斜がきつそうな…その坂道に向かいて、剛はギアをローに入れ、 ……がこっ。 「……っと、ここからちょっと揺れっから、気ぃつけてな」 注意する剛の言葉どおり、斜めになった車体をがたがたと揺らし、車はその狭い坂道 を登っていく……。 また、その狭さゆえ、道の両脇から生い茂る木々の葉枝が、時折ぴしぱしと車のボデ ィを叩き――― (……おいおい…ちょ…どこ連れてかれんだ……?) そんな、まさにジャングルを行軍しているかのような状況に、勇樹は、やや不安に顔を ゆがめるが…… ややもしないうちに、 「ほら…見えた。…あそこよ」 上向いた、密林然とした坂道の前方を指差し、真子が言う。 そして、そこには、その部分だけぽっかりと木々が途切れているスペースがあり―― 「……へぇ〜!」 思わず感嘆の息を漏らす勇樹。 拓かれた木立に囲まれ、ひっそりとたたずむ……赤茶けた壁の、洒落たログハウス風 の建物を見て……。 「うわ…す…すっげー! ぺ…ペンションみたいっすね!」 勇樹が、そんな驚嘆の声を上げる中―― 車はゆっくりと、その坂道から別荘への引き込み路に曲がっていき―――また、同じ 路上の駐車スペース…別荘の玄関前に横付けされた。
そして、 「……と、ちょっと待っててね」 そう言って真子は、ひとり車を降りて、家の中へ――― また、ややもしないうちに、大きめのバスタオルを手に、再び玄関口に現れ、 「……さ、それじゃあ、コレ巻きつけて―――って、あら、よく寝ちゃってるわね…… これじゃ立ち上がらせるのかわいそうね……」 開けたスライドシートの中の勇樹にバスタオルを手渡しつつ、安らかに横たわる美沙 を見て、困ったような声を上げる。 だが勇樹は、渡されたタオルを、半裸の美沙に無造作に巻きつけつつ、 「あ…いや…。ここからなら……俺ひとりでなんとか……んしょっ!」 ぐったりとした美沙の、首の後ろとヒザの裏に手を差し入れ―――いわゆる『おひめ さま抱っこ』をして車外に降り立つ。 「……あ…。」 そして、真子はやや驚いたように、車から出てくる勇樹に道を開け――― 勇樹は、両腕にかかる美沙の重みを堪えつつ、高い吹き抜けの玄関ホールに入り、 「……んっ………っと。す…すいません……ど…どこに……?」 むろん、こともなげに……とは言わない。小柄な女のコとはいえ、人ひとり抱きかかえ 歩むのは相当な労力が要るものである――――勇樹は、正面…2階へと続くむき出し の板張りの階段を前で立ち止まり、苦しげな笑みを浮かべて真子を促す。 真子は慌てて、 驚きと…やや浮かんだ羨望のまなざしで美沙を抱く勇樹を見つめつつ、室内――― 1階右へ案内していく。 また、その後をとろとろとついてきた剛が、両手を頭の後ろに組みつつ、 「………ふ〜ん……?」 「な…なに…よ?」 「あとで、俺もしてやろーか?」 「……!け、けっこーです!」 頬を染めつつ憮然と言って、真子は、伸びる板張りの廊下の先へと、勇樹を案内し ていった……。
そして、 「ん…ごくろうさま。はい…いーわよ。ここに寝かせて……」 通された、こじんまりした和室にて―――手早く布団を敷きつつ、言う真子に、 「…あ。はい……」 ゆっくりと美沙を布団の上に降ろしつつ、ちらり部屋の中を見回す勇樹。 この六畳ほどのシンプルなタタミの部屋は、どうやら真子と剛が寝泊りしている部屋 らしく…その隅に、おそらく真子の物だろう―――きちんと口の閉じられた女性物の ボストンバッグと……その隣に、誰のものかは言わずもがな。だらしなく口を開け、 噴火のごとく衣類などを散乱させたスポーツバッグが並んでいた。 ま…それはともかく、 かなり深い眠りなのか、美沙は一向に目を覚ます様子はなく…… また、 「あ…。いーわよ。あとはやっとくから……剛といっしょにリビングで待ってて」 美沙の身体に巻きついたタオルをほどき、床仕度を整えながら言う真子に、 「…おー。こっち来いよ。ビールでも飲もーぜ」 「……あ。は…はい……」 部屋の入口から手招きする剛に従い、勇樹はやや心配げにしながらも、あとは真子 に任せて、剛の後についていった。
そして、案内されたリビングで―――― 「………へえぇ〜」 淡いツヤ立ちのフローリングの床に足を踏み入れ、またも思わず感嘆の声を漏らす 勇樹。 に近く――― 入って正面、大人が20人ほどは掛けられるだろうか――白い長テーブルと、手づくり 感あふれる木製のベンチシートが真横に伸びており……また、その対面側に壁はなく、 代わりに居並ぶ一面のガラス戸が外の陽光を取り入れ、なんとも明るく開放的なイメ ージ。 加えて、そのガラス戸の向こうは、丸太で造られたような木製のテラスに続いており、 そちらを望む景色がまた、このオープンな雰囲気を後押しするように演出していた。 そしてなお、再び室内に目を戻せば……… どうやらここはダイニングキッチンも兼ねているようで……横長の室内右側には、 見るからに使いやすそうな、明るく広いシステムキッチンが控えており……。 また、その逆の室内左側、中央に横たわる白い長テーブルが途切れた先の、ややぽっ かりと空いた感のあるスペースには――― その存在感の割には、部屋の広さをまったく損なわずに置かれているグランドピアノ。 そして、それを囲むように、革張りのシンプルなソファが、無造作に並んでいた……。 |