ハート・オブ・レイン
              
〜第4章 熱夏にあえいで〜Shower Me〜

(12)

 そんな、開放感と調度が見事に融和したような、この安らぎに溢れる空間にて―――

「………………………。」

 その独特の雰囲気に飲まれたように……しばし、ぼーぜんと佇む勇樹だったが……

「お。ビールでいーか?」

 巨大…といってさしつかえないだろう――冷蔵庫の扉を開けつつ、背中越しに声を掛け

てくる剛に、勇樹は、はっと我に返りつつ、

「……え?……は…はい……あ…い、いや…じゃあ、お茶かなんかで……」

「あれ?……飲めねーの?」

「あ…いや…飲めますけど……今は…」

 口ごもる勇樹に、剛は軽く笑いつつ、

「あはは…遠慮すんなよ……つーか、そんなところに突っ立ってねーで、どっかその辺

座って、テキトーにくつろげや☆」

「…あ…はい……」

 答えつつ、手近な長椅子をまたいで、勇樹はテーブルに着き―――またその前に、

 ……どん。

 500mlのロング缶(むろんビール)が無造作に置かれる。

「……へ?……あ、いや……こ、こんな飲めないっすよ……!」

 目を丸くし戸惑う勇樹に、だが剛は、その対面に腰掛けつつ、

「あ…?飲めなかったら残しゃいーべ?…だいいち、ちっちぇーのなんかねーもん…」

 などと、こともなげに言って、

 ぷしゅ。 

「……ほら、とりあえず☆」

 開けたビールの缶を掲げて、乾杯をうながす。

「あ…は、はい……」

………ぷしゅ。

 仕方なく勇樹も、おずおずと缶を開け――――

 二人は、ごいんっ…と缶を合わせて、喉を潤す。

「……んっ……☆」

 そう言えば、岬からこっち、何も飲み物を口にしていなかったゆえに……

 まあ…それだけでもなく、元来高校生にあるまじく『きらいじゃない』方であるがゆえ、

爽やかなビールの苦味が、心地よく勇樹の胃袋に染みわたる。

 そして、そんなほどよく回り始めたアルコールに手伝ってもらいつつ、

「いや〜、なんかそれにしても……ここ、メチャクチャいい雰囲気っすね〜☆」

 やや姿勢を楽に崩し…どこか滑らかになった口調で、周囲を見回しつつ……素直な

感想を述べる勇樹に、

「おー。だろ?」

 剛は謙遜することもなく……って、元々自分の家でもないのだから、謙遜もへったくれ

もないのだが……なんだか誇らしげにそう答え、また……

「まあ…俺なんかガキのころから来てっけどよ。この…なんか『いー感じ』は全然飽きなく

ってな……休みになって気付いてみると、ついココに来ちゃってる……ってわけだ。

 ま…それに、デートのネタとかも考えなくていーから、ラクっちゃあラクだしな…。」

 言って苦笑を浮かべる剛に、

「あ…それは一理ありますね〜。いいなぁ……こーゆーとこがあって…」

 またも妙なところで同調し、羨ましがる勇樹。

 またそこで剛は、急に何かを思いついたような顔になり、

「お、そーだ☆ なんだったら今日泊まってかねー?」

「………え?」

 思いもよらぬところから飛び出した剛の誘いに、勇樹はまともに戸惑い……

「…え…い…いや……そんな……悪いっすよ…」

 かなり、心動かされるお誘いだが……さすがにこの状況で「はい…じゃあ☆」と言う訳

にもいかないだろう……いわゆる『社交辞令』とゆーやつかもしれないし……

 などと、ガラにもないことを考えつつ、ともあれ、勇樹は苦笑を浮かべて言葉を濁す。

 ……が、剛はしんそこ意外そうに、

「え…?何が…?いやぜんぜん悪くねーって。……つーかよ〜、俺もな…ココ、元々

おーぜいで来るのがあたりまえみたいになってっから、真子と二人だけだと、な〜んか

落ちつかねーんだよ……」

 言いつつ、長椅子に半分寝そべったようなカッコになり――これ以上ない『落ち着き』っ

ぷりで、さらに重ねて勇樹を誘う。
                 
                       じぶん
 ……まあ、短い付き合いながらも、よく考えれば、勇樹の数年後の姿のよーな、この男
       
そんなもの
の口から、『社交辞令』が飛び出すわけもない。あとさきまるで考えていない思いつきなが

らも、限りなく本気で言ってるのはわかった……が、

 やはりそれでも勇樹は、困ったような笑みを浮かべつつ、

「え…あ…い…いやあの…。でも……真子さんにも……悪くないっすか…?せっかく二人

で来てんのに……」

 たどたどしくも、珍しく気を回す―――が、

 ―――そのとき。

「……あら。あたしは全然かまわないわよ〜♪」

 いつのまにやってきてたのか、勇樹の背後から聞こえる真子の涼しい声。

 真子はそのままキッチンの方へ回って、コーヒーの準備だろうか―――をしつつ、

「ま…でも、キミたちの―――特に美沙ちゃんの都合もあるだろうから、それはまた…彼女

が起きてから決めればいーじゃない」

 背中越しに言う言葉で、うまく二人の会話をまとめながら、こぽこぽ…と音を立て始めた

コーヒーメーカーの前を離れて、剛の隣に腰をおろした。

 そして、

「―――それより……ね。剛……」

 真子はなにやら、ちょっと訝しい顔になり、

「……んん〜〜?」

 寝そべりかけていた身体をめんどくさそうに起こす剛に、何かをそっと耳打ちする。

 ………ぼしょぼしょ。

 そして……

「……ん?…うん。うん………あ?あのコの……下着がない?」

 耳打ちした意味がまったくなく、はっきり声に出して言う剛に、真子は無言で、

 べしっ!

 また、剛ははたかれた後頭部を、めーわくそうにさすりつつ、

「……いてっ!……って、いやあの…お前……そんなもん…お前のぱんつ貸してやりゃ

いーだろがよ…」

「いや、だ・か・らぁ〜!そっちじゃなくて…ってゆーか…そ…そっちはもう…あたしのはかせたわよ

そーじゃなくて!その……」

「…ん?」

「………その……上のほう…が…」

 なにやら、声を荒げたり細めたり……器用にトーンを変えながら、こころなし頬を染め

つつ言う真子に、

「……あ☆なるほど……」

 さすがに剛も察したよーで、

「……うんうん。たしかに、おめーの……じゃ、あのコのサイズには、合わねーだろーな〜」

 妙に得心した様子で、『おめーの……』の部分でしげしげと真子の胸部を眺めつつ、

にやにやと意味ありげな笑みを浮かべる。

「………?……」

 また、それにつられて、うっかり勇樹もソコに視線を移してしまい―――

 にわかに集まる男二人の四つの視線に………

「…………う゛…っ…。」

 刹那、真子はたじろいだように硬直し……また、

「な……なによ! 言っとくけど、あたしが―――小さいわけじゃないですからねっ!!」

 烈火のごとく顔を染め、両腕で自分を抱えるように胸を隠しながら、キャラに似合わぬ

大声で怒鳴り散らす。

 まあ……たしかに。

 その真っ白なTシャツに浮かぶ、ふくらみの蔭りは、そう薄くはなく―――まあ、言って

みれば標準サイズであろう。

 いや……とゆーより、そのスリムなプロポーションからすれば、それはかなり『ある』方

ではないだろうか……。

 ……とはいえ、しかしながら、標準をはるかにぶっちぎる美沙の、巨……いやいや。

 ―――ともあれ、美沙のそれと比べるのはいささか酷、というものであろう。

 まあ、それはともかく、

「と……とにかく!勇樹クン!キミだっていつまでもそんなカッコでいるわけにもいかないで

しょ!?」

 いまだ怒りの残る荒げた声で……また多分にごまかし気味に話の方向を変える真子に、

「………へ…?……あ……」

 いきなり矢面に立たされ、口ごもる勇樹。

 まあ確かに、もっともな話ではある。

 本人もすっかり忘れているようだが、勇樹はいまだ上半身ハダカの水着姿であり――

 しかし……

「……あ……?あ〜、そーいえば……そーっすねえ……」

 だからといって、当面、別に取り立てて今スグ困るわけでもないよーで……

 勇樹は自分の身体を見回すような仕草を見せつつも、その口調にあまり真剣味はなく、

のんきな調子で言葉を返し―――

 またさらに、それをダメ押しするように剛が、

「ん〜?……いや別に夏だし。いーんじゃん?……それに、なんか困るよーなら、それこそ

俺の…貸してやりゃ万事OKだべ?―――と、なんなら早速、ひとっプロ浴びて着替えちま

うか?」

 …などと。またしてもなんだか間違った方向に話を進めていく剛に、

「あ…そっすね…」

 勇樹は頷きかけ――――だがそこへ、苛立ちを再燃させた真子が、

「いやだからぁっ!!そ…そーゆー問題じゃないでしょぉぉぉっ!! なにが『万事おっけー』よっ!!

 このコたちの荷物をどーにかしなきゃ!って話してんの!あ・た・し・はっ!」

 だごんっ!とテーブルを叩きつつ、剛に向かって言い放ち、またその勢いののまま、対面

の勇樹に、キッと顔を向け、

「大体っ、キミもっ!荷物の中にはオサイフとか…いろいろ大事なモノが入ってるんじゃない

の!?」

 剛に言うよりは、いくぶんトーンダウンしているが、それでも迫力満点で言う真子の物言い

に、

「………え…あ……あ……ああ、そ……そーっすね……」  

 かなり怯んだようすで、言葉を返す勇樹だが……それは単に真子の迫力にビビっている

だけで、むろん彼女の憤慨の意味までは考えてない。言うまでもなく。

 またそんな中、

「……ん〜、けどよぉ…」

 …と、こちらは、慣れているのか、年の功なのか(違う)――剛はビビリも怯みもせずに、

鼻などほじりつつ、

「それこそ、さっきの―――この勇樹クンの友達と連絡つかなきゃ、どーしよーもねーんじ

ゃん? ま…荷物だけ取りにいくってテもあるけどよ……で、ウマくそんとき会えりゃいーけ

どよ〜、けど……会えねー、連絡つかねーってまま……荷物だけなくなったら、まーたびっ

くりすんぜ…その友達も……」

 不真面目きわまりない態度とは裏腹に、なんだかけっこーマトモなコトを述べ―――

「………あ。ま……まあ……そりゃそーだけどぉ……」

 そんな剛の言葉に、真子は鼻白みつつ、意気消沈する。

 そして、

「……で、まだかかってこないの?」

 取り直し、怪訝な様子で尋ねる真子に、剛は、念のためケータイを取り出し、

「ん〜……ああ。じゃあ、もっかいかけてみっか……?」

 難しい顔をしながら、勇樹にケータイを渡そうとした……そのとき、

 ちゃっちゃららちゃっちゃらら♪ ちゃっちゃららちゃっちゃらら♪

 剛の着メロ――――『東京音頭』が鳴り響いた。

 なるほど。勇樹の『炭鉱節』といい、やはりこの二人、なにか通ずるとこがあるようで…

………って、そんなことはどーでもいーだろう。ホントに。

 ともかく、

「をぅ…!きたか!?」

 剛は、タイミングよく手の中で鳴り始めたケータイに、驚いた様子を見せながら、

 ぴっ。

「はい…もしもし?―――あ、そーだよ…うん。いるよ……ちょっと待ってな……」

 電話の向こうの相手……間違いなく正徳だろう―――と、軽く言葉を交わして、

「ほい…タイミングバッチリだ。」

 勇樹に電話を手渡した。

  

(13)へつづく。

 

 

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